【7】宗明:なんという迂闊2
――三日後。
領主邸の午後の執務室には、柔らかな陽光が降り注いでいた。飾り窓の幾何学模様が、床に影を落とす。
宗明は、机の上に高々と積まれた書類を前に、彫像のように座っていた。
「――さま、領主さま」
部下から二回呼ばれて、宗明はやっと顔を上げた。
「こちらの書類、二回目ですが……」
戸惑ったように、部下が二枚の紙を出してくる。同じ公文書を、自分は二回も書いてしまった。
「すまん」
短く言って、二枚を見比べ、出来の悪いほうを捨てる。そうして、机の上に積まれている書類を一枚取り、目を通し始める。しかし、頭は別のことを考えてしまう。
(彼女は、あの恋文の相手が自分だと、気づいただろうか)
(いや、あの言い方なら、何も気づいていないかもしれない)
(そもそも、凛ではない可能性も。髪の色が違ったし)
三日間ずっと、悶々としながら、何度も同じ考えを巡らせている。
宗明は、今日何度目になるかわからないため息をついた。
夕方、宗明は直裾を脱ぎ、麻の短衣に着替える。
(自分で取りに行くしかない)
気恥ずかしいから部下に行かせることも考えたが、内容は恋文だ。とても取りに行かせられない。
重い足取りで、代筆屋へ向かう。扉を開けると、店主が顔を上げた。
「出来ていますよ」
「うむ」
「ご確認を」
代筆屋は、前回とまったく変わらない表情だ。愛想はなく、ただ事務的に紙を差し出してくる。
淡い珊瑚色の紙。宗明はそれを、恐る恐る受け取る。
深呼吸をし、紙を開いてみる。
会えなかった十年以上の間、彼女が恙なく暮らしているかをひたすら案じる思いが綴られている。古い詩がところどころに引用され、心を打つ。美麗すぎず、素朴すぎず、今の自分にぴったりな内容だ。
(俺は十年以上、こう思っていたのか)
その答えを得たような、そんな詩。
「お代を」
淡々と、代筆屋が言う。
(聞いてみようか、お前は凛か、と)
代筆屋の前で拾った「雲」の書。それと、十数年前のあの日に、彼女からもらった「雲」の書。家で何度も見比べた。同じ人物の手であるように思えた。
あの日から、凛は突然いなくなった。思い出すたびに、後悔がよみがえる。何度か行方を探させたが、杳として知れなかった。
「お前は――凛か?」
宗明の問いに、代筆屋が瞬きをする。ゆっくり息を吸い、口を開いた。
「はい。ご無沙汰しておりました、明さま」
そうして、にやりと笑う。
「明さまも、隅に置けませんね。このような思い人がいらっしゃるとは。お返事が来たら、また代筆しますよ。ごひいきに」
(凛だった――)
(そして、まったく気づいていない!!)
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