【2】明:過去
――十数年前
「明さま。これは稚拙すぎるでしょう」
十歳の宗明が書いた詩は、凛にばっさりと切り捨てられた。
「そうかなー?」
自分ではよくできたと思っているのに、凛はいつも手厳しい。
午後の学習室には、飾り窓から柔らかな光が差し込んでいた。中央の大きな卓では、宗明の兄二人が、書家から文章作法、詩の技巧を教わっている。
自分は妾の子だから、その教えを受けることはない。その時間、宗明は隅の小さな座卓で、書家の娘の凛と過ごしていた。
凛は、自分よりひとつ上の十一歳。すぐに仲良くなった。彼女は父の影響で、幼い頃から書に親しんでいる。そして生意気にも、自分が書いた文章を添削してくるのだ。
「じゃあ、凛ならどう書くのさ」
「私なら――」
そう言って、彼女は慣れた手つきで詩を書く。
「ここ、意味分かんないんだけど」
「古典の引用です。明さま、勉強が足りませんね」
「くそー」
凛の書く詩は、たまに分からない。けれども、その字の美しい曲線も言葉選びも大好きだ。
「これ、もらっていい? 参考にしたいから」
「そんなものでよければ、どうぞ、明さま」
凛がくれた書をしばらく眺める。そして紙越しに、宗明は彼女をこっそりと見る。
彼女は真っ白な紙を目の前にして、目を閉じていた。ふんわりとカールした鳶色の髪が、あるかなしかの風に揺れる。
やがて彼女は目を開け、筆を執る。墨を筆先にたっぷりつけ、硯の丘を三回撫で、余分な墨を落とす。
筆先が紙の上で踊る。そうして形になっていく文字を、宗明はただ見つめていた。
(きれいな曲線。俺にはできない言葉選び)
見ているだけで、うっとりする。
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