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【連載版】私を捨てた王国の「後始末」はいたしません  作者: 空席あり


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10/10

駅で待っていた人

 出発の前夜、荷物を一度、全部出した。

 服はミナが詰めたので、触らない。私が出したのは、本と紙の方だった。

 辞書が二冊。帝国の地図。外務院から届いた案内。先生が手紙に書いてくださった、勉強しておくとよい本。

 王宮で使っていた予定帳も、紛れ込んでいた。

 私はそれを抜き、抽斗へ戻した。


「重くなりますか」


 ミナが戸口から覗いた。


「少し。でも、持てると思う」

「列車の棚へは、私が」

「駅の方に頼みましょう。二人とも持ち上げられなかったら困るわ」


 そう言って、笑った。

 自分の荷物の重さを心配するのは、何年ぶりだろう。


 家令が最後の書類を持ってきた。

 王家から預かっていたものの返却は済み、受領書も届いていた。未処理の仕事について問い合わせが来た場合は、各局の新しい担当者へ回す。

 孤児院の立替は、まだ返済前だが、侯爵家の会計で追ってくれるという。


「こちらへ、ご連絡する必要がある場合には」

「審査の間は、大使館に伝えた宿へお願いします」


 私は住所を確かめた。

 自分が泊まるところなのに、口にすると外国の地名が少し引っ掛かった。

 家令は書面を綴じた。


「どうぞ、お気をつけて」


 返事をしようとすると、彼が続けた。


「旦那様も、明日は駅へおいでです。お一人で先に出られませんように」

「分かっているわ」


 朝が早いから、父は見送りに来なくてよいと思っていた。

 それを見抜かれたようだった。


     ◇


 駅は、風が強かった。

 家令が荷物の手配を確かめ、ミナが帽子を押さえている。

 父は外套の内側から手袋を出した。


「向こうは朝晩、冷えるそうだ」

「私、手袋は持っております」

「それは薄い。こっちを持っていけ」


 受け取ったものは、少し大きかった。

 私が指を入れると、先が余る。


「お父様の、ですか」

「新品だ。店の者に選ばせた」


 自分で買ったのかもしれない。

 私は聞かず、片方だけ嵌めた。


「ありがとうございます」

「便りを寄越すように」

「はい」

「試験の結果が出るまで、待たなくていい」


 私は、父の顔を見た。

 父は私の帽子へ目をやっている。

 曲がっているのかと思ったが、何も言わなかった。


「着いたら、書きます」


 父が頷く。

 その向こうから、私の名を呼ぶ声がした。


     ◇


 リリア様だった。

 灰色の外套に、飾りの少ない帽子を被っている。付き添いの侍女が、少し離れて立っていた。


「お話をしても、よろしいでしょうか」


 私は父を見た。

 父は時計を確かめ、家令の方へ歩いた。

 リリア様はその背中へ礼をし、私へ向き直った。


「申し訳ありませんでした」


 私は、何についてかを尋ねなかった。

 彼女も、すぐには続けなかった。

 そばを荷車が通り、私たちは柱の方へ寄った。


「寝具の件、私、あなたが意地悪をしているのだと思っていました」

「はい」

「殿下も、ご自分が認めればよいと仰っていたので。どうして、それではいけないのかと」


 リリア様は、外套の袖を握った。


「今、お分かりになりましたか」


 自分で思ったより、硬い声が出た。

 彼女が頷く。


「注文を、しようとしたのです。せめて寝具だけでも、私から届けたくて」


 私は彼女を見た。


「商店へ行ったら、何枚、どの大きさで、いつまでにと聞かれて。色だけ決めても、買えないんですね」


 俯いた帽子の縁で、顔が半分隠れた。


「私が聞いたことも、同じです」

「はい」


 少しだけ、意地の悪いことを言ったと思った。

 言い直そうとして、言葉が出なかった。

 リリア様が先に口を開いた。


「殿下は、今、何でも私へ聞かれます」


 私は黙っていた。


「私には分からないと言うと、エレノアなら分かったと。エレノアなら、そんなに時間はかからなかったと」


 彼女の目の下に、薄い影があった。

 私は、手袋を嵌めていない方の手を握った。


「私、王太子妃にはなれません」

「殿下には、お伝えになりましたか」

「まだ」

「では、ご家族には」


 彼女は首を振った。


「父は、喜んでいます。王宮に招かれて、私が殿下の隣にいるのを見るのを」


 私は、父のいる方へ目をやった。

 家令と何か話している。


「殿下と婚約をする前に、お話しになった方がよいと思います」

「逃げたと言われませんか」


 すぐに、そんなことはないと言いかけた。

 分からない。私のことも、そう言う方はいらした。


「言われるかもしれません」


 リリア様の肩が落ちた。

 私は唇を開き、少し迷ってから続けた。


「私は、もっと早く言えばよかったと思っています」


 彼女が顔を上げる。


「できることと、できないことを。嫌だと思ったことも」

「あなたも、お嫌だったのですか」


 返事が遅れた。

 王宮の会議室や、楽しかった視察のことが浮かんだ。


「全部では、ありません。でも、もう戻りたくありません」


 言い終えると、駅の鐘が鳴った。

 ミナがこちらへ一歩近づいた。


「そろそろ、参ります」


 リリア様は慌てて道を空けた。

 通り過ぎようとしたとき、また呼び止められた。


「帝国で、外交官に?」

「まだ、審査を受けるだけです」

「決まっているわけでは、ないんですか」

「ええ」


 彼女の顔を見て、自分が随分無茶なことをしているように思えた。

 今なら、父の馬車へ戻れる。

 私は旅の鞄を持ち直した。


「受けてみます」


 リリア様は、何か言いかけた。

 結局、深く頭を下げた。

 私は、その横を通って改札へ向かった。


     ◇


 列車が動くと、父が帽子を持ち上げた。

 私も手を上げた。

 リリア様の灰色の外套が、柱の向こうへ隠れる。

 見えなくなってからも、しばらく窓に顔を向けていた。


「お嬢様、座ってください。揺れますので」


 ミナに言われ、席へ戻った。

 向かいの座席には、商人らしい男性が座っている。私たちを一度見て、そのまま本へ目を戻した。

 ミナが小さな包みを出した。


「厨房からです」

「もう?」

「朝、あまりお召し上がりにならなかったでしょう」


 薄いパンに、肉と野菜が挟んである。

 私は一つ取り、もう一つをミナへ渡した。

 包みを広げると、紙が一枚落ちた。

 大使館でもらった、面接の案内だった。昨夜、荷物を詰め直したときに挟まったらしい。

 拾って、折り目を伸ばす。


『ご自身が担当した業務について、権限と、判断の根拠を説明できるようにしてください』


 読んだはずの一行が、気になった。

 殿下のご判断ですので。

 何度、そう説明してきただろう。

 その前に私が何を考え、何を選んだのか。

 私は鞄から筆記具を出しかけた。


「先に、そちらを」


 ミナがパンを指す。

 私は手を止め、一口齧った。

 からしが強くて、少しむせた。

 向かいの男性が、本から顔を上げた。


「水なら、車掌が持ってきますよ」


 帝国の言葉だった。

 私は返事をしようとし、すぐには声が出なかった。

 頷くと、彼は立って、通路の向こうへ声を掛けてくれた。

 車掌が来たので、水を頼んだ。男性にも礼を言うと、今度はつかえずに帝国の言葉が出た。

 私はパンの包みを畳み、白い裏へ、小さく『私が決めたこと』と書いた。

 その下に何を書けばよいのか、すぐには思いつかなかった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


エレノアはようやく王都を離れました。次は、帝国での採用審査です。

まだ仕事が決まったわけではない彼女を、引き続き見守っていただければ嬉しいです。


空席あり


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