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【連載版】私を捨てた王国の「後始末」はいたしません  作者: 空席あり


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9/10

招待状には条件がある

 返事は、その日のうちに出した。

 翌日、帝国大使館へ伺うことになった。

 朝から何度も髪を直していたら、ミナに櫛を取り上げられた。


「もう、乱れておりません」

「そうね」

「こちらの襟飾りでよろしいですか」


 彼女が二つ並べる。

 私は一つを選びかけて、やめた。


「つけない方がいいかしら」

「お相手は、何度も会っていらっしゃる方でしょう」


 殿下の後ろにいる私と、二人で話をする私では、違う。

 そう思ったが、うまく言えなかった。

 結局、小さい方を選んだ。

 鞄には、返却を済ませた書類の目録ではなく、大使からの手紙だけを入れた。


     ◇


 大使館には、一人で入った。

 ミナは来客の付き添い用の控室へ案内され、私は応接室へ通された。

 大使が入ってきて、椅子を勧める。

 私は、いつも殿下が座る場所を見ていた。


「そちらへどうぞ」


 言われてから、座った。

 膝の上の鞄が、大きすぎる気がした。


「突然のお誘いで、驚かれたでしょう」

「はい。ありがたいお話をいただきまして」


 そこで止めた。

 まだ、どのような話か全部聞いたわけではない。

 大使は薄い書類を一部、私の前へ置いた。


「帝国の外務院では、外国語と実務経験のある者を補佐官に採る制度があります。毎年、決まった人数を採るわけではありませんが、今年は通商の部署から募集が出ています」


 私は頁を開いた。

 経歴審査、語学試験、資料作成の実技。

 指で押さえたところに、面接とある。


「私に、推薦を」

「応募をお勧めしたいと思っています」


 大使は答えた。


「私から、これまでの会談で拝見した仕事について、所見は添えられます。ただし、採否を決めるのは外務院です」


 私は頷いた。

 椅子の上で、腰を据え直した。


「どなたから、私の話をお聞きになったのでしょう」

「婚約の解消は、王宮から正式な連絡を受けました。先日の協議の担当者変更も含めて」


 私は手を止めた。

 あの文官が、ようやく局へ話を持ち帰ったのかもしれない。


「役目を終えられたのであれば、別の仕事に関心をお持ちかと思いまして。外れていたら、失礼しました」

「いえ。ぜひ、伺いたいです」


 少し早口になった。

 大使は頷き、待遇について説明を始めた。


 給与は、思っていたより少なかった。

 何と比べて少ないと思ったのか、自分でもよく分からない。

 単身者向けの宿舎は空きが少なく、住居の手配は原則として自分でする。赴任費には上限がある。採用された場合も、初めの二か月は試用期間になる。


「侍女を伴うことはできますか」

「ご自身で雇用されるなら。ただ、職員の宿舎は、同居人のある方を想定していません。住居を探す必要があるでしょう」


 私は書き留めた。

 家賃。燃料代。ミナの給与。

 どれも、今まで自分で払ったことがない。


「それから、守秘に関することです」


 大使の口調が、少し変わった。


「王国で知り得た非公開の情報は、こちらへお持ちにならないでください。試験も、当方で用意した資料を使います」

「経歴を証明するための、仕事の記録などは」

「公開の記録や、役職にある方の証明で足ります。持ち出してよいか迷うものは、お持ちにならない方がよい」


 私は頷いた。

 王宮の資料は、鞄に入れてこなかった。

 それでも、次の言葉を聞くまで、少し不安だった。


「王太子殿下との交渉内容を伺うために、お呼びしたのではありません」


 顔を上げると、大使が私を見ていた。


「その点は、安心してください」

「……はい」


 お茶へ手を伸ばした。

 初めの一口を、ようやく飲んだ。


「審査は帝都で行います。王都の大使館で書類を確認してから、渡航していただく形です」

「不採用でしたら」


 言ってから、顔が熱くなった。

 大使は普通に答えた。


「帰路の旅費も、規定の範囲で支給されます。審査期間の宿泊費も同様です。手元の案内で、金額をご確認ください」


 私はその頁を開いた。

 帰りの切符を買えると分かって、ほっとした。

 行ったまま、どこにも戻れなくなるような気がしていたのだ。


「ご意向を、三日以内にお知らせいただければ」

「受けたいです」


 大使が一度瞬きをした。

 私も、少し驚いた。


「条件を、きちんと読みます。その上で、改めてお返事をいたします」


 大使は頷いた。

 帰り際、書類が鞄へ引っ掛かって折れた。私は慌てて直した。


     ◇


 屋敷へ戻ると、まず家令を探した。


「私が一か月に、どのくらいお金を使っているか、教えていただけますか」


 家令は、特に驚かなかった。

 夕方、帳面を持ってきてくれた。

 服を作る年と作らない年で、随分違う。私の馬車に使う費用も、家全体のものとは分けにくい。


「一人、いえ、ミナと二人で住む場合には」

「それでしたら、まず家賃ですね。帝都の相場は、私も確かめねばなりません」


 知らないと言われて、少し落ち着いた。

 私も、知らなくてよいのではなく、これから調べればよいのだろう。


 父は、支度に必要な費用は出すと言った。


「ありがとうございます。でも、いつまで、どこまでお願いするのか、決めたいです」

「採用も決まっていないのだろう」

「はい。だから、戻ってきた場合のことも」


 父が口元を押さえた。

 私は顔を見た。


「可笑しいですか」

「いや。先日までは、ここにいてもよいかという顔をしていたから」


 反論しかけ、やめた。

 今も、していないとは言えなかった。


     ◇


 ミナには、寝支度の前に話した。

 帝国へ行くこと。まだ採用は決まっていないこと。もし仕事に就けても、今ほど広い部屋には住めないこと。


「あなたが来るなら、給与も含めて、新しく決めなければならないと思うの」


 ミナが目を丸くした。


「置いていかれるお話では、ないのですね」

「一緒に来てくれたら、助かるわ。でも、王都に残りたければ」

「参ります」


 返事が早かった。

 私は、それで済ませていいのか迷った。


「ご家族には、相談して」

「明日、母へ話します。兄が家におりますし、母も私よりは元気です」


 ミナは鏡の前の瓶を数えた。


「あちらは、水が違うのでしょうか。髪を洗うものは持っていった方が」

「そこまでは、聞かなかった」

「では、少し多めに持って参ります」


 私は笑い、それから書類をもう一度開いた。

 大使の手紙を受け取ったときは、何かに選ばれた気がした。


 必要な身分の証明は父に、語学を教わった期間の証明は先生にお願いする。経歴書のうち、正式な役職名を書く欄には、まだ何も書けなかった。

 ミナが湯を替えに出た間に、私はその欄へ小さく鉛筆で印をつけた。大使館へ書類を出すとき、聞けばいい。

 今は、試験を受けに行くのだと分かっている。

 落ちたら、また探さなければならない。


 翌朝、応募の意思を伝える返書を出した。

 窓から使いの馬車を見送る。

 ほどなく家令が戻ってきた。


「一週間後の列車で、お席を手配できるそうです。よろしいでしょうか」


 一週間。

 私はまだ、旅行鞄をどこへしまったのかも思い出せなかった。


「お願いします」


 答えてから、ミナを呼んだ。


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