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『海から百万石 ~江戸時代に転移した国交省の土木職員、水守と河童と有明海の大干拓に挑む~』  作者: 天手古まい


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第八普請 机の上から、国をつくる

<長崎県諫早市 高来町「轟峡・楊柳の滝」>

挿絵(By みてみん)

第八普請です。


農業、漁業、林業、畜産、商い――。


何をやっても失敗続きだった白瀬ですが、ようやく自分の得意な場所へ戻ってきました。


今回生まれるのは、小さな納屋の「白瀬工房」。


まだただの仕事場ですが、この場所と、ここに集まる子供たちが、これから少しずつ大きな意味を持ち始めます。

「まずは、この村を描いてみよう」


農業――駄目。


漁業――駄目。


林業――駄目。


畜産――駄目。


商い――言うまでもなく駄目。


「…………」


夕暮れの納屋。


湊一は筵の上で膝を抱えていた。


服には泥。


髪には藁。


そして、なぜかまだ少し魚臭い。


「白瀬」


長吉が、慰めるように肩へ手を置いた。


「気にすんな。百姓は向いとらんだけたい」


「ありがとう」


「漁師も向いとらん」


「うん」


源太も続ける。


「網ば投げて、自分ん足に絡ませる人は、おい初めて見たばい」


「それはもう忘れてくれ」


「山でも転んどったばい!」


小春が元気よく追撃する。


「牛にも逃げられとったしね」


お紗が冷静に付け加えた。


「商いじゃ、一文も稼げんかったし」


「待て待て待て!」


湊一は立ち上がった。


「どうして反省会が、俺への集中砲火になってるんだ!」


「うちは、あったことば言うただけたい?」


「お紗、それが一番刺さるんだよ!」


くくく。


納屋の隅から笑い声がした。


「いやあ、見事やったばい、白瀬」


ガタ吉である。


いつの間にか湊一の筵を半分占領し、寝転がっていた。


「人っちゅうもん、あそこまで何ばやっても駄目なことがあるとやな」


「お前は今日、俺を励ましに来たのか、殺しに来たのか、どっちだ」


「見物たい」


「帰れ」


「ここ、居心地んよか」


「俺の家だ!」


「正しくは、おいんちの納屋ばってんな」


長吉が言った。


「…………」


湊一は黙った。


そして最後に、とどめを刺したのは澪だった。


「白瀬」


「はい」


「騒ぐ暇があるなら、まずこれをどうにかせい」


澪が納屋の中を指差す。


農具。


薪。


竹。


縄。


布。


箱。


湊一が集めた細々とした物。


そしてガタ吉。


「最後の一個も片づけていい?」


「おいば物扱いすんな!」


子どもたちがどっと笑った。


     ◇


だが。


澪の一言で、湊一は気づいた。


「……確かに、これじゃ仕事にならないな」


今日まで見聞きしたことを整理しようにも、紙を広げる場所すらない。


箱の上では狭い。


床へ置けば誰かに踏まれる。


壁際には農具。


灯明のそばに紙を広げるのも怖い。


湊一は納屋を見回した。


「よし」


「何が、よし、なのじゃ」


澪が怪訝そうな顔をする。


湊一の口元が上がった。


「ないなら、作ればいい」


「何を?」


真っ先に食いついたのは健太だった。


「机」


「机?」


「棚も欲しい。道具置き場も。それから、大きなものを広げられる作業台」


長吉の顔がぱっと明るくなる。


「作るとや!」


「ああ」


「おい、竹ば取ってくる!」


「待て長吉、今から!?」


「まだ明るかけん、よかたい!」


もう走っていた。


「なら、おいは縄ば持ってくる!」


源太まで駆け出す。


「うちは掃除する!」


小春が箒をつかんだ。


「うちは材料ば見る」


お紗は散らばった縄や木切れを拾い始める。


「使えるもんまで捨てたらもったいなかし、縄も無駄遣いしたらいかんよ」


「……すごいな」


湊一が感心した。


「何が?」


「まだ何も始めてないのに、もう経理担当がいる」


「けいり?」


「いや、気にしないで」


一方、健太は納屋の柱を見上げていた。


「白瀬」


「ん?」


「棚なら、この柱とこの柱ん間に作った方がよくなか?」


「……おお」


「ここなら邪魔にならんばい」


湊一は健太を見る。


「お前、こういうの好きか?」


「好きたい!」


即答だった。


「よし」


湊一は腕をまくった。


「やるか!」


「おう!」


「やるばい!」


「おいは監督たい」


「ガタ吉も働け!」


こうして。


長吉の家の納屋で、突然の大工仕事が始まった。


     ◇


長吉が竹を運ぶ。


源太が縄を集める。


小春が埃を掃き出す。


お紗が材料を仕分ける。


健太は湊一の横にぴたりと張りつき、組み方を覗き込む。


「白瀬、なんでここに斜めん木ば入れると?」


「こいつを入れるとな――」


湊一は組みかけの棚を横から押した。


「ほら。揺れにくくなる」


「へええ!」


健太の目が輝く。


「なら、こっちにも入れたら、もっと強うなると?」


「そういうこと」


「なら入れよう!」


「ただし材料も増える」


「む……」


「駄目たい」


横から、お紗。


「まだ何も言ってないぞ!」


「材料ば余計に使おうとしたとやろ?」


「……商人、怖いな」


笑い声が納屋いっぱいに広がった。


湊一は、ふと手を止める。


何だろう。


少し不思議な気分だった。


昨日までここは、ただ眠るだけの場所だった。


けれど今は違う。


人がいる。


声がする。


誰かが竹を運び。


誰かが縄を結び。


誰かが笑っている。


子どもの頃、仲間たちと秘密基地を作った時のようだった。


「よし!」


湊一が立ち上がる。


「机、完成!」


「おおー!」


子どもたちが集まった。


湊一は胸を張る。


「どうだ」


ぐら。


「…………」


ぐらぐら。


「白瀬」


小春が真顔になった。


「揺れよるよ」


「見れば分かる」


健太が押してみる。


ぐらぐらぐら。


「あっはははは!」


「押すな!」


そこへ澪が無言で出てきた。


「貸せ」


「え?」


縄を取り。


木と竹の合わせ目へ回し。


手早く締める。


ぎゅっ。


ぎゅっ。


別の場所も締め直す。


「……ほれ」


湊一が机を押した。


動かない。


「うそ」


「何じゃ、その顔は」


「澪、こういうことできるの?」


澪の眉がぴくりと動いた。


「水守を何だと思うておる」


「いや、水を操る人というか……」


「杭も打てず、縄も扱えず、水辺で何ができる」


「ごもっともです」


するとガタ吉が机の下を覗き込んだ。


「まだたい」


「え?」


「こっちん脚が浮いとる」


「脚?」


よく見る。


ほんのわずかだが、確かに片方が浮いている。


「机が悪かとじゃなか」


ガタ吉が床を叩いた。


「ここが高か」


そして反対側。


「こっちは低か」


湊一は床を見る。


「……傾いてるのか」


「当たり前たい。地面っちゅうもんは、どこも真っ平らじゃなか」


ガタ吉は鼻を鳴らした。


「水も同じたい」


「水?」


「高かところから、低かところへ行く」


「…………」


その一言に。


湊一の中で、何かが引っ掛かった。


高い。


低い。


水は、低い方へ行く。


「白瀬?」


健太が顔を覗き込む。


「……いや」


湊一は笑った。


「まず完成させよう」


     ◇


日が傾くころ。


納屋は、朝とはまるで違う場所になっていた。


壁際には竹の棚。


農具は一か所へまとめられた。


縄や細かな道具を入れる籠。


小さな机。


そして中央には、少し広めの作業台。


「できたあ!」


小春が両手を上げた。


「おお……」


湊一自身も感心する。


豪華ではない。


むしろ粗末だ。


竹と端材と縄を組み合わせただけ。


けれど。


ここには何かを始められそうな空気があった。


健太が作業台を撫でる。


「ここで何ば作ると?」


「船たい!」


源太。


「鍬がよか!」


長吉。


「売れるもん」


お紗。


「お菓子!」


小春。


「小春だけ方向性おかしくない?」


「お菓子も売れるばい!」


お紗が言った。


「お紗が食いついた!」


澪まで吹き出した。


「ねえねえ」


小春が納屋をぐるりと見回す。


「ここ、名前つけようよ」


「名前?」


「秘密ん場所みたいで、格好よか!」


「俺の寝床なんだけど……」


健太がしばらく考え。


ぽん、と手を打った。


「白瀬がいろいろ作るところやけん――白瀬工房!」


「おお!」


長吉が即座に賛成した。


「白瀬工房、よかたい!」


「おいもそれがよか!」


「待て」


湊一が止める。


「本人の了承は?」


「白瀬工房!」


「聞けよ!」


ガタ吉が腹を抱えて笑った。


「よかじゃなかか、白瀬工房」


澪まで面白そうに言う。


「澪まで!」


「決まりじゃな」


「決めるの早いな!」


そうして。


本人の意思とは、あまり関係なく。


長吉の家の古い納屋の片隅に――


**白瀬工房ができた。**


     ◇


「さて」


湊一は出来たばかりの作業台の前へ座った。


その声だけで、子どもたちが集まってくる。


「白瀬工房、最初の仕事だ」


「おおっ!」


また目が輝いた。


湊一は反故紙と板を用意する。


そして炭を一本持った。


「何ば作ると?」


健太が尋ねる。


湊一は作業台を囲む顔を見回した。


それから。


板の真ん中に、一本の線を引いた。


「まずは、この村を描いてみよう」


「村ば?」


「そう」


湊一が線を指差した。


「これは川」


「あ!」


長吉が身を乗り出す。


「なら、おいんちの田んぼはこの辺たい!」


「待て待て。順番に教えてくれ」


しかし、一度火がついた子どもたちは止まらなかった。


「おいんちは、こっち!」


「船ば出すところは、こっちたい!」


「井戸はここ!」


「こっちに細か道があるとよ!」


「そこ、雨ん日は通れんばい」


「なんで?」


「泥になるけん!」


「白瀬、ここも!」


「こっちも描いて!」


「ちょ、ちょっと待て!」


湊一の炭が追いつかない。


いつの間にか。


五人全員が、村の案内人になっていた。


長吉は田畑を知っている。


「この辺は、水の足らんことがあると」


「こっちは?」


「雨の多かと、逆に水がなかなか引かんとたい」


湊一が描き込む。


源太は海と潮を知っていた。


「船ば出すならここ。でも潮ん引いたら、こっちは泥ばい」


「どの辺まで?」


「もっと先たい」


「そんなに?」


「有明ん海ば甘う見たらいかんばい」


また描く。


健太は何にでも疑問を持った。


「白瀬、なんでこの道、曲がっとると?」


「俺に聞くな。お前らの村だろ」


「あ、そがんやった」


「でも面白いな。今度、確かめよう」


その一言だけで健太の目が輝いた。


「確かめる!」


「おいも行く!」


「うちも!」


小春は村中を遊び回っているだけあって、妙な道に詳しかった。


「ここからこっち、抜けられるとよ!」


「道あるの?」


「ある!」


「大人も使う?」


「使わん!」


「なんで知ってるんだよ!」


「秘密たい!」


「地図に描いたら秘密じゃなくなるぞ」


「あ」


みんなが笑った。


そして、お紗は――。


「荷ば売りに出すなら、この道たい」


「なるほど」


「ばってん、雨ん日は遠回りせんばいかん」


「それは困るな」


「困るとよ」


「どれくらい?」


「その分、人も要るし、運べる荷も減るたい」


湊一の手が止まる。


「お紗」


「何?」


「やっぱり君、商売向いてるよ」


「当たり前たい。うち、商人ん娘ばい」


胸を張った。


湊一は笑った。


そうか。


子どもだから、何も知らないんじゃない。


むしろ。


毎日ここで暮らしているからこそ、知っていることがある。


湊一が知らない村を。


この子たちは知っている。


「面白いな……」


思わず口からこぼれた。


「何が?」


小春が尋ねる。


「みんなで描くとさ」


湊一は、少しずつ形になっていく村を見た。


「俺一人じゃ絶対に見えない村が、見えてくる」


「なら、うちもっと教える!」


「おいも!」


「うちも!」


また作業台の周りが騒がしくなる。


その様子を。


澪は少し離れたところから眺めていた。


やがて。


絵図の前へ歩いてくる。


「白瀬」


「ん?」


「足りぬ」


「何が?」


「水じゃ」


「川なら描いたぞ」


澪は首を振った。


「川がある、だけでは足りぬ」


細い指が、絵図の上を滑る。


「雨が降れば、ここから水が来る」


田へ。


「ここに溜まる」


さらに指が動く。


「そして潮が高ければ――こちらへは抜けぬ」


「…………」


湊一の顔つきが変わった。


「なるほど」


炭を取る。


今度は川そのものではない。


川から田へ。


田から低地へ。


いくつもの矢印を描いた。


健太が首を伸ばす。


「それ、何ね?」


「水が動く方向」


「水ば描くと?」


「ああ」


「ばってん水、見えんよ?」


「だから描くんだ」


湊一は笑う。


「目で見えないものも、分かるようにする。それが図面の面白いところだ」


「ずめん?」


「こういうものを、そう呼ぶんだ」


健太が小さく繰り返す。


「ずめん……」


まるで新しい玩具の名前を覚えたように。


湊一は次に、ガタ吉を見た。


「ガタ吉」


「ん?」


「干潟は?」


「何ね」


「潮が一番引いた時、どこまで陸になる?」


ガタ吉の顔が変わった。


「ほう」


にやり。


「ようやく、おいに聞く気になったか」


「分かる?」


「誰に聞きよる」


ガタ吉は作業台へ飛び乗ろうとして――。


「乗るな!」


「見えん!」


「椅子を使え!」


「河童に椅子なんぞ要らん!」


「なら背伸びしろ!」


また笑い声が弾けた。


けれど。


その日。


納屋の中で描かれたものは、ただの遊びではなかった。


田。


道。


山。


川。


海。


船着き場。


水が溜まる場所。


荷物が通る道。


人が行き来する場所。


少しずつ。


村というものが、一枚の板の上につながっていく。


     ◇


湊一は絵図を眺めた。


農業。


漁業。


林業。


畜産。


商い。


昨日までは。


全部、別々の仕事だと思っていた。


だが――。


「……違う」


「何がじゃ?」


澪が聞いた。


「つながってる」


湊一は田を指す。


「米を作る」


道へ指を動かす。


「運ぶ」


海へ。


「魚を獲る」


また道へ。


「運ぶ」


山へ。


「木を切る」


そして村へ。


「運ぶ」


お紗が口を開く。


「売るたい」


湊一が笑った。


「そう。売る」


そして川を指した。


「水も同じだ」


「水もね?」


長吉が首を傾げる。


「必要なところへ持っていく」


炭を動かす。


「多すぎるところからは、出してやる」


澪の目が細くなる。


「流れ、か」


「そう」


湊一は頷いた。


「水が流れる」


別の場所を指す。


「人が動く」


さらに。


「物が動く」


そして、お紗を見る。


「銭も動く」


「そこは大事たい」


「やっぱり食いつくな」


皆が笑う。


だが湊一は、もう一度絵図へ目を落とした。


「どこか一つが詰まったら、全部が止まる」


ぽつりと呟く。


すると健太が言った。


「なら」


「ん?」


「詰まっとるところば、直せばよかとやろ?」


「…………」


湊一は健太を見る。


そして。


ゆっくり笑った。


「そういうことだ」


簡単な答えだった。


けれど。


その答えを見つけるために。


農家に教わった。


漁師に笑われた。


山で転んだ。


牛に逃げられた。


商いでは一文も稼げなかった。


無駄じゃなかった。


全部。


この一枚につながっている。


ガタ吉が腕を組んだ。


「ようやく、白瀬らしか顔になったな」


「どんな顔だよ」


「面倒くさかことば思いついた顔たい」


「褒めてないだろ」


澪もくすりと笑う。


「何をやらせても駄目な男にも、使い道はあったようじゃ」


「それも褒めてないよね?」


「半分は」


「半分なんだ……」


     ◇


外はもう薄暗い。


「そろそろ帰れ」


湊一が言う。


「ええー!」


小春が不満そうな声を上げた。


「もう帰らんばいかんと?」


「もうだ」


「明日もやると?」


「やるばい!」


健太が勝手に答える。


「次は外で測ろう!」


「待て。誰が決めた」


「田んぼなら、おいが案内する!」


長吉。


「海なら、おいに任せんね!」


源太。


「道なら、うち!」


小春。


「使った材料の数も書いといた方がよかよ」


お紗。


湊一は五人を眺めた。


誰一人。


勉強をしているとは思っていない。


遊んでいる。


面白がっている。


知りたいから、聞いている。


だが。


湊一は少しだけ思った。


教えるって。


案外、面白いな。


「よし」


湊一が頷いた。


「じゃあ明日も、白瀬工房集合」


「おう!」


「はーい!」


五人が嬉しそうに納屋を飛び出していく。


「走るなよ!」


「はーい!」


絶対に聞いていない。


小春だけが途中で振り返った。


「澪も来るとよね?」


「無論じゃ」


「やった!」


そして今度こそ。


子どもたちは夕暮れの向こうへ消えていった。


     ◇


静かになった納屋。


湊一。


澪。


ガタ吉。


三人で、出来上がったばかりの絵図を見る。


「さて」


湊一は再び炭を持った。


村の一角。


長吉が教えてくれた。


雨が降ると、なかなか水が引かない土地。


そこから。


低い方へ。


すうっ――。


一本の線を引く。


澪が覗き込む。


「何じゃ、その線は」


「水の逃げ道」


ガタ吉の目が細くなる。


「掘るつもりか?」


「いや」


湊一は首を振った。


「まだ掘らない」


「ほう」


「高さを調べる」


「水を見る」


「雨が降った時、実際にどこを流れるのか確かめる」


湊一は炭で引いた線を指先でなぞった。


「思いつきだけで穴を掘ったら駄目だ」


「ならば?」


「測って、見て、考える」


湊一は笑った。


「土木ってのは、そのあとだ」


その時だった。


ぽつ。


「ん?」


納屋の屋根から音がした。


ぽつ。


ぽつ。


ぱらぱらぱら――。


三人が同時に外を見る。


夕暮れの空から。


雨が落ち始めていた。


ガタ吉が笑う。


「ほう」


澪も空を見上げた。


「水を見ると申したばかりであったな」


雨脚が強くなる。


ざああああ――。


湊一は。


描いたばかりの絵図を見る。


そして。


にやりと笑った。


「……ちょうどいい」


「白瀬?」


湊一は立ち上がった。


「白瀬工房――」


外では。


村の道を雨水が走り始めている。


「次の仕事だ」


一本の線から。


すべては始まる。


まだこれは。


古びた納屋に置かれた、一台の机にすぎない。


けれど、いつか。


この机を囲む人間は、もっと増える。


描かれるものも。


この小さな村だけではなくなる。


そのことを。


今はまだ、誰も知らなかった。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。


一人では何もできなくても、農家には農家の知恵があり、漁師には海の知恵があり、子供たちにも毎日の暮らしの中で知っていることがあります。


そして澪は水を読み、ガタ吉は干潟を知り、白瀬はそれらを一枚の図面につなげる。


「白瀬工房」の最初の仕事は、村を知ることから始まりました。


机一台、炭一本、そして一枚の絵図。


まだ誰も知りません。


ここがいつか、人が集まり、学び、村を変えていく場所になることを。


次の第九普請。


降り始めた雨が、白瀬たちに本物の「水の流れ」を見せます。

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