第二章 祝いの煮込み
前の章で書いた畑の汁は、毎日の鍋である。この章は、年に何度かの鍋だ。婚礼、収穫の祭り、船が無事に戻った日、子が生まれた日、そういう日に、その家でいちばん高いものを鍋に入れて、いちばん長く火にかける。祝いの煮込み、と私は呼んでいる。土地の名は、北ではブラウテン、西の平原ではヤーゲル、南の丘ではボダーレ、湾岸ではゼルダールという。ブラウテンは花嫁、ヤーゲルは狩り、ボダーレは婚礼、ゼルダールは黄金にあたる、と土地の人は言う。四つとも、鍋の名ではなく、日の名だ。
毎日の鍋と祝いの鍋の違いは、材料の値段だけではない。手間の掛け方が違う。畑の汁は、刻んで、炒めて、水を張って、待つ。祝いの煮込みは、そのあとにもう一段ある。汁にとろみを付ける段だ。北はパンと肝で、西はパンで、南はアーモンドで、湾岸は米で汁を受ける。祝いの鍋を並べると、その土地でいちばん高いものが何かが分かる。北ではサフランと若鶏、西では葡萄酒と猟の獲物、南では羊と葡萄酒とアーモンド、湾岸では香辛料と米が、その高いものにあたる。高いものを惜しまず使い、その上で手間をかける。祝いというのは、そういうことなのだと思う。
この章の分量は、六人前で書いた。祝いの鍋は、四人で囲むものではないからだ。
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北方 ブラウテン
この紙片は、北の高地からヴェレンの粉屋に嫁いできた娘、イルゼが持ってきた。嫁いで半年ほどして、母親に持たされたのだという。母親の字で、分量はほとんど書いていなかった。婚礼の朝に村の女たちが寄って作る鍋で、花嫁の家がサフランを買えるかどうかで、汁の色が決まるそうだ。イルゼの家は買えた、と言ったときの顔は、この鍋の値打ちを何より正確に伝えていた。私は聞き書きで穴を埋め、三度作って、量を決めた。
材料(六人前)
若鶏 一羽(千二百グラン)
仔牛のすね肉 五百グラン
水 十二クルーグ
玉葱 一個(二百グラン)
人参 一本(百グラン)
リーキ 一本(百五十グラン)
パセリ 大きな一束(百グラン)
塩 十二グラン
白パン(皮を除いて) 八十グラン
鶏の肝 二羽ぶん(八十グラン)
サフラン ふたつまみ
黒胡椒 小匙半
固いパン 六切れ
作り方
一、鶏は腹の中まで洗い、丸のまま鍋に入れる。すね肉、皮を剥いた玉葱、人参、リーキの青い部分、パセリの茎(葉は取り分けておく)、水十二クルーグを加え、中火にかける。
二、煮立つ手前で火を弱め、灰汁を丁寧に引く。とろ火で一刻、決して沸き立たせない。
三、鶏とすね肉を取り出し、汁を布で漉して鍋に戻す。塩を入れる。鶏は皮と骨を外して身をほぐし、すね肉は二ディト角に切る。
四、白パンを汁一クルーグに浸してふやかす。肝は汁で三クレド茹でて取り出す。ふやけたパンと肝を鉢に入れ、すりこぎで滑らかに潰し、汁を少しずつ足してどろりとさせる。
五、サフランを汁大匙二に浸して、色を出す。
六、漉した汁をとろ火にかけ、四の潰したものを漉しながら加えて、混ぜる。汁がわずかにとろりとするまで十クレド。沸かさない。
七、肉を戻し、サフランの汁と胡椒を加え、パセリの葉を細かく刻んで、思い切って全部入れる。二クレドで火から下ろす。
八、椀に固いパンを敷き、汁を張る。緑と黄色の汁になる。
火入れ帳より。肝とパンでとろみを付けるのは、古い流儀だ。学院の書庫にある百年以上前の台所書にも、ほとんど同じ手順が載っていた。北の高地では、村によっては肝の代わりに卵黄を使うと聞くが、イルゼの村は肝を使う。肝を煮すぎると汁がざらつくから、三クレドを守ること。サフランが買えない家では、汁は緑一色になる。それでも婚礼の汁であることに変わりはない、とイルゼは言い足した。書き添えておく。
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西方 ヤーゲル
この鍋は西の森番から預かった。名は出さぬよう頼まれている。白霜の月の終わり、狩りの締めの祝いに作る鍋だという。紙片は森番の妻の字で、兎の血で仕上げよ、と最後にあった。血は店では手に入らず、私は血なしで何度か作った。血で仕上げたものと同じではないと思うが、これはこれで一皿として立つ。血の仕上げは書かない。ただ、森番の妻がそう書いたことだけは、記しておく。
材料(六人前)
兎 一羽(切り分けて千グラン)
豚の背脂 六十グラン
玉葱 五百グラン
赤葡萄酒 三クルーグ
酢 大匙二
水 三クルーグ
パン(固くなったもの) 八十グラン
生姜の粉 小匙半
丁子 三粒
黒胡椒 小匙半
塩 十グラン
パセリ ひと握り
作り方
一、パンを窯かあぶり網で両面が濃い狐色になるまで焼き、鉢に入れて葡萄酒一クルーグと酢を注ぎ、浸しておく。
二、玉葱は薄切り。兎は骨付きのまま八つほどに切り分ける。
三、鍋で背脂を溶かし、兎を中火で表面が色づくまで焼き、取り出す。
四、同じ鍋に玉葱を入れ、中火で十五クレド、透き通って甘くなるまで炒める。焦がさない。
五、兎を戻し、残りの葡萄酒二クルーグと水三クルーグ、丁子を加える。煮立ったら灰汁を引き、蓋をしてとろ火で一刻。
六、一の浸したパンをすりこぎで潰して糊のようにし、鍋の汁を少し加えてのばし、鍋に戻す。生姜の粉と胡椒と塩を加え、蓋を取ってとろ火で小半刻。汁が濃く、匙にまとわりつくまで。
七、丁子を取り除き、刻んだパセリを散らして供する。
火入れ帳より。焼いたパンでとろみを付けるのは、北の肝とパンと兄弟のような手だ。三百年前の鍋が、西の森番の家でまだ生きている。玉葱は五百グランを疑う者が多いが、減らさないこと。この鍋の甘みは玉葱から来る。兎が手に入らなければ鶏の腿でもよいが、煮る時間は小半刻減らす。酢は必ず入れる。葡萄酒だけでは、味が眠る。
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南方 ボダーレ
この紙片を書いたのは、南の丘の小さな教会の司祭、ベルナルで、婚礼の鍋の作り方が書いてある。教会の用でヴェレンへ来て、宿代に困ったわけではなく、単にただ飯の噂を聞いて試したかったらしい。司祭は婚礼のたびにこの鍋を食べるから、村のどの家の作り方も知っている、と言った。家ごとの違いは玉葱の量と、最後のアーモンドの甘みの加減だそうで、司祭は自分の好みで書いた。神の家の人が書いた紙片だからといって、正しいとは限らない。私は作り直して、司祭の甘みを少し減らした。
材料(六人前)
羊の肩肉 千二百グラン
塩豚 百グラン
南の木の実の油 大匙二
玉葱 六個(千二百グラン)
白葡萄酒 三クルーグ
水 三クルーグ
香草の束(ローズマリー、タイム、月桂樹の葉) ひと束
塩 十グラン
黒胡椒 小匙半
湯剥きアーモンド 六十グラン
蜂蜜 大匙一
サフラン ひとつまみ
酢 小匙二
固いパン 六切れ
作り方
一、羊肉は四ディト角に切り、塩豚は一ディト角に切る。玉葱は全部薄切りにする。
二、鍋に油と塩豚を入れて中火にかけ、脂が出たら羊肉を入れ、全面に焼き色を付ける。取り出す。
三、同じ鍋に玉葱を全部入れ、中火で二十クレド。量が半分に減って、色が付き始めるまで。
四、羊肉を戻し、葡萄酒と水と香草の束を加える。煮立ったら灰汁を引き、蓋をしてとろ火で一刻半。肉が骨から外れる柔らかさになるまで。
五、アーモンドを鉢で細かく潰し、蜂蜜と酢と、鍋の汁一クルーグを加えて、なめらかにのばす。サフランを汁大匙一に浸して色を出し、これも加える。
六、香草の束を取り出し、五を鍋に入れて、蓋を取ってとろ火で十クレド。汁がとろりとして、色が黄金になるまで。塩と胡椒で味を決める。
七、椀に固いパンを敷いて、汁ごと盛る。
火入れ帳より。玉葱六個は、この本でいちばん多い玉葱だ。婚礼の鍋だから、と司祭は言うが、私はこの玉葱が、羊の脂を受け止めて甘みに変えるのを見て、量に理由があることを知った。アーモンドと蜂蜜の仕上げは、南の古い台所書にある羊の煮込みと同じ手だ。司祭の紙片には蜂蜜が大匙二とあったが、その量だと菓子に寄る。婚礼の日だけは大匙二でもよいのかもしれない。読者の判断に任せる。
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湾岸部 ゼルダール
この鍋を書いたのは港町の船大工の女房、ライラで、夫の船が嵐の季節を越えて戻った日に作る。港の家では船が帰るたびにこの匂いがする、と言った。黄金と呼ぶのは、サフランの飯の色から来ている。紙片には鍋の作り方と飯の炊き方が、同じくらいの熱で書いてあった。この土地では飯は添え物ではなく、鍋と対等の主役だ。私は港で、飯の底の焦げをめぐって家族が争うのを見た。あれは争うだけの値打ちがある。
材料(六人前)
鍋
羊肉(肩か腿) 八百グラン
玉葱 二個(四百グラン)
バターまたは羊の脂 八十グラン
カルダモン 六粒
桂皮 三ディトほどの一片
丁子 四粒
黒胡椒 小匙半
生姜の粉 小匙半
乾し杏 百グラン
乾し葡萄 五十グラン
塩 十グラン
水 五クルーグ
飯
米 五百グラン
塩 十グラン(茹で湯用)
バター 六十グラン
サフラン ふたつまみ
湯 大匙三
作り方
一、米は水を替えながら三度洗い、水に浸して小半刻おく。サフランは湯大匙三に浸して色を出しておく。
二、鍋の脂の半分を溶かし、薄切りの玉葱を中火で十クレド、黄金色まで炒める。カルダモン、桂皮、丁子、胡椒、生姜の粉を加えて一クレド。
三、三ディト角に切った羊肉を加え、表面の色が変わるまで五クレド。水五クルーグと塩を加え、煮立ったら灰汁を引き、蓋をしてとろ火で一刻。
四、乾し杏と乾し葡萄を加え、蓋をしてさらに小半刻。汁が煮詰まって肉にまとわりつくくらいになるまで。
五、飯を炊く。大鍋に水十五クルーグを沸かし、塩十グランを入れ、水を切った米を入れて、混ぜながら中火で七クレド。米の外は柔らかく、芯にわずかに歯ごたえが残るところで、湯を切る。
六、鍋を空にして、バターの半分を溶かし、米を山の形に戻し入れる。残りのバターを小さく切って上に散らし、サフランの湯を山の頂に回しかける。
七、布で鍋の蓋を包んで蓋をし、とろ火で小半刻。底に黄金色の焦げが張る。
八、皿に飯を盛り、黄色い部分と白い部分を混ぜずに並べ、底の焦げは割って一番の客の前に置く。羊の鍋を上からかけるか、脇に添える。
火入れ帳より。飯を先に湯で茹でてから蒸すのは、湾岸の流儀だ。学生通りの南の食堂でも同じ炊き方をするが、港のほうが底の焦げを厚く作る。サフランは山の頂だけに掛けること。全体に混ぜると、黄金と白の二色にならない。乾し杏は、港では船乗りの家に必ずある。長い航海の携行食だそうで、それを祝いの鍋に入れるのは、無事に戻った印なのだとライラは言った。鍋の甘みは杏から来る。蜂蜜は要らない。
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四つの鍋を並べ終えて、書き残しておきたいことがある。祝いの鍋は、どれも汁を受け止めるものを持っている。北はパンと肝で、西は焼いたパンで、南はアーモンドで、湾岸は米で受ける。毎日の鍋は汁を椀に張って終わりだが、祝いの鍋は汁をとろりとさせるか、飯に吸わせるか、必ずひと手間かけて、汁を逃がさない。高い肉の脂も、葡萄酒の香りも、サフランの色も、その手間がなければ椀の底に沈んで終わる。祝いの手間とは、汁を逃がさないための手間なのだと思う。それから、もうひとつ。四つの鍋のどれにも、玉葱が畑の汁より多く入る。祝いの日は玉葱を惜しまない。これは四つの土地が示し合わせたわけでもないのに、揃っていた。
※現実の読者のための覚え書き
サフランは少量のターメリックで色だけは代えられるが、香りは別物になる。兎は鶏の腿肉、仔牛のすね肉は牛すね肉で代えてよい。南の木の実の油はオリーブ油、乾し杏はドライアプリコット、桂皮はシナモンスティック、丁子はクローブのことだ。分量は六人前で、一グラン=1グラム、一クルーグ=200ミリリットル、一クレド=1分。




