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第三章 炙り肉



 煮る料理は水が土地を語るが、焼く料理は火が土地を語る。北の家は長い冬を窯とともに過ごすから、肉は窯で焼く。西の平原の家には炉があって、炉には串がある。南の丘では葡萄の剪定枝を熾して、その上で焼く。湾岸の港では炭と串だ。同じ肉を焼いても、火が違えば別の皿になる。この章の四品は、その火の違いを、そのまま皿にしたものだ。


 土地の名を書いておく。北ではバイツェン、西ではシュピーサ、南ではブラゼッタ、湾岸ではカバールという。バイツェンは漬ける、シュピーサは串、ブラゼッタは熾火、カバールは炙る、という古い言葉が名の元だと聞いた。北だけが焼く前の仕込みを名にしているのは、北の焼き物が漬けることから始まるからで、これはあとで書く。


 どれも、毎日の皿ではないが、よいことがあったときに食べれる特別な皿というのがいちばん近い。分量は四人前で書いた。


*


北方 バイツェン


この紙片は、北の高地で鵞鳥を飼っている寡婦、マレンのものだ。冬の初めに鵞鳥を絞めて売りに来る道すがら、うちに寄った。北では冬の肉を酢に漬けて持たせる。酢は北の家の冷え物置だ、と彼女は言った。漬けてから焼くので、焼く前の三日間もこの料理のうちに入る。


材料(四人前)

 鵞鳥または鴨の胸肉 二枚(合わせて八百グラン)

 塩 十グラン

 酢 二クルーグ

 水 二クルーグ

 丁子 四粒

 粒胡椒 小匙一

 杜松の実 六粒

 月桂樹の葉 一枚

 玉葱 一個(二百グラン)

 塩豚の脂身 八十グラン

 蕪 四個(四百グラン)

 バター 二十グラン

 濃い酸乳 一クルーグ

 小麦粉 大匙一


作り方

一、胸肉に塩をすり込む。深い鉢に酢と水、丁子、粒胡椒、軽く潰した杜松の実、月桂樹の葉、薄切りの玉葱を入れ、胸肉を沈める。冷たい場所に三日置き、朝晩ひっくり返す。

二、三日目、肉を取り出して布で水気を拭う。漬け汁は漉して一クルーグ取っておく。

三、脂身を細い棒に切り、肉の繊維に沿って小刀で切り込みを入れ、棒を差し込む。肉の表面に脂の点が並ぶまで、六箇所ほど。

四、窯を中窯にする。蕪は皮を剥いて四つ割りにし、バターをまぶす。

五、天火皿に胸肉を皮を上にして置き、まわりに蕪を並べる。中窯で四十クレド。皮が赤茶に色づき、指で押して弾むまで。

六、肉を取り出し、布をかけて十クレド休ませる。

七、そのあいだに、天火皿に残った脂と焼き汁に小麦粉を振り入れて混ぜ、漬け汁一クルーグを注いで、火にかけてこそげながら煮立てる。とろりとしたら火を弱め、酸乳を加えて混ぜ、沸かさずに温める。

八、肉を斜めに薄く切り、皿の上でもとの形に戻して並べる。蕪を添え、汁は別の器で出す。


火入れ帳より。酢に漬けた肉は焼き縮みが小さく、三日前とは別の肉になる。杜松の実がない土地では、丁子を六粒に増やすとよい。汁に酸乳を入れてから沸かすと分かれる。第一章のスールケと同じ注意になる。北の人は乳のものを煮立てない。切った肉をもとの形に戻して並べるのは、マレンの村の作法で、丸のまま焼いたように見せるためだという。見せるための手間を惜しまないのがこの料理の肝だ。


*


西方 シュピーサ


この紙片を持ってきたのは、西の平原の羊飼いの親方、オルフだ。春の毛を売りにヴェレンへ来て、店の炉に串がないのを見て、本気で驚いていた。串のない炉は炉ではない、と言うので、翌年までに串を付けた。その礼のつもりか、次の春にこの紙片を持ってきた。羊の腿を丸ごと焼くときの、親方の家の流儀が書いてある。塗るものが乳とバターだというところが、羊の国らしい。


材料(四人前、余りは翌日)

 羊の腿肉(骨付き) 二千グラン

 塩豚の脂身 百グラン

 にんにく 四片

 ローズマリー 三枝

 塩 二十グラン

 黒胡椒 小匙一

 バター 六十グラン

 牛乳 一クルーグ

 固いパン 四切れ


作り方

一、脂身を細い棒に切り、塩と胡椒をまぶす。にんにくは縦に四つに割る。ローズマリーは葉をしごいて刻む。

二、腿肉の表面に小刀で深さ二ディトの切り込みを二十ほど入れ、脂身の棒とにんにくと刻んだローズマリーを交互に差し込む。表面に残った塩をすり込む。

三、串に刺して、炉の火の前に据える。串がなければ、窯を中窯にして天火皿に載せる。

四、小鍋でバターを溶かし、牛乳と合わせて、火の脇で温めておく。

五、焼き始めてから、十クレドごとに串を回し、刷毛でバター乳を塗る。一刻半で、串を刺して出る汁が薄い桃色になる。

六、串から外し、布をかけて小半刻休ませる。

七、休ませているあいだ、天火皿か受け皿に落ちた汁にパンを浸す。

八、骨に沿って薄く切り分け、汁を吸ったパンとともに供する。


火入れ帳より。乳を塗るのは、羊の脂の匂いを乳の甘さで包むためだと親方は言う。実際、乳を塗らずに焼いたものと並べると、匂いの立ち方がまるで違う。落ちた汁をパンに吸わせるのは、西の平原の炉の前に古くからある食べ方で、串の下にパンを置いておく家もある。二千グランは四人には多いが、羊の腿は小さく焼くと固くなる。翌日、冷えた肉を薄く切ってパンに挟むのが、親方の家の月曜の昼飯だという。


*


南方 ブラゼッタ


この一枚は、南の丘の葡萄農家の主人、ジョルダが書いた。秋に新しい葡萄酒を売りにヴェレンへ来る男だ。葡萄酒の樽の代金と一緒に置いていったもので、ただ飯狙いではない。ただ、うちの葡萄の葉で包む鶉を知らないのは損だ、と言って書いていった。南の丘では、葡萄の剪定枝を束ねて干しておき、冬から春の焼き物はその枝の熾火でやる。葉で包むのも枝で焼くのも葡萄で、その上、葡萄酒を飲むのだ。


材料(四人前)

 鶉 八羽

 葡萄の葉 十六枚(生なら湯にくぐらせる。塩漬けなら水で塩を抜く)

 塩豚の薄切り 八枚

 塩 八グラン

 黒胡椒 小匙半

 南の木の実の油 大匙二

 固いパン 四切れ


作り方

一、鶉は腹の中を洗って布で拭き、内と外に塩と胡椒をすり込む。油を塗る。

二、一羽ごとに胸に塩豚の薄切りを一枚当て、葡萄の葉二枚で全体を包む。葉の端を重ねて、麻糸で二箇所縛る。

三、火を起こし、炎が落ちて熾火になるまで待つ。手をかざして五数えられる熱さがよい。炎が残っていれば葉が燃える。

四、網か串に載せ、熾火の上に置く。三クレドごとに返しながら、十二クレドから十五クレド。葉が黒く乾いて、押すと胸が弾む。

五、火から下ろし、そのまま五クレド休ませる。

六、糸を切り、葉を開いて供する。葉は食べない。中の塩豚は食べる。パンを添える。


火入れ帳より。葉で包んで焼く手は、古い台所書にも載っている流儀で、脂と汁を逃がさないためだと書いてあった。ジョルダの家では塩豚の薄切りを一枚足す。鶉が痩せている秋の初めのための工夫らしい。熾火の加減がこの料理の全てで、炎で焼くと葉が燃え、弱すぎると葉の中で肉が蒸れて水っぽくなる。五数えられる熱さ、というのは当てにならない物差しに聞こえるが、私が試した限り、これより確かな言い方を知らない。


*


湾岸部 カバール


この紙片は港町の串焼き屋台の親父、ユーサルから受け取った。船が入る日は朝から炭を熾していて、荷役たちが薄焼きパンに挟んで立ち食いする。屋台の味を家庭料理と呼ぶのは筋が違うかもしれないが、港の家ではどこでも同じものを作る、と親父は言った。屋台のほうが家の真似をしているのだ、とも言った。だからここに載せる。紙片は屋台の油紙に書いてあって、抽斗の中で最も匂いが強い一枚になった。


材料(四人前)

 羊の挽き肉(脂身を混ぜて挽いたもの) 六百グラン

 玉葱 一個(二百グラン)

 パセリ ひと握り

 固いパン 五十グラン

 塩 八グラン

 黒胡椒 小匙半

 湾岸の合わせ香(七種) 小匙一

 薄焼きパン 四枚

 添えの玉葱 一個(二百グラン)

 酢 大匙一

 塩 ひとつまみ


作り方

一、固いパンを水に浸して、しっかり絞る。玉葱一個をすりおろし、布で包んで汁を絞る。パセリは細かく刻む。

二、挽き肉に、絞ったパン、絞った玉葱、パセリ、塩、胡椒、合わせ香を加え、手で十クレド、粘りが出て手にまとわりつくまで練る。

三、冷たい場所で小半刻休ませる。

四、炭を熾す。炎が落ちて、炭が白く粉を吹くまで待つ。

五、手を水で濡らし、練った肉を八つに分けて、平たい串に十ディトほどの長さで握り付ける。串がなければ、同じ形に握って網に載せる。

六、炭の上で、片面三クレド、返して三クレド。表面に焦げ目が付き、押して弾むまで。

七、添えの玉葱を薄切りにし、酢と塩で和える。

八、薄焼きパンに肉と玉葱を載せて、包んで食べる。


火入れ帳より。練る十クレドを惜しむと、炭の上で崩れる。港の屋台の親父は、練り終わりを手の匂いで見分けると言った。私はまだその境地にない。玉葱の汁を絞るのも崩れを防ぐためで、汁は捨てずに添えの玉葱にかけるとよい。合わせ香は第一章のバハーラと同じ七種で、手に入らないときの代え方もあの頁に書いた。港の家では、これを作る日は必ず船の入る日だそうだ。


*


 並べてみて、分かったことがある。焼く料理は、どれも脂を足している。北は塩豚の棒を肉に差し、西は脂を差した上に乳とバターを塗り、南は塩豚の薄切りを当てて葉で包み、湾岸は脂身を混ぜて挽く。煮る料理では水が肉を守るが、焼く料理では脂が肉を守る。四つの土地の焼き物は、火の種類はまるで違うのに、痩せた肉に脂を足すという一点では揃っていた。それから、休ませることも揃っている。焼き上げてすぐ切った肉は汁を失う。北は十クレド、西は小半刻、南は五クレド、湾岸は握る前に小半刻と、休ませる長さは肉の大きさで違うが、休ませない土地はなかった。


※現実の読者のための覚え書き


 鵞鳥の胸肉は鴨の胸肉で、鶉は骨付きの鶏腿肉で代えられる(鶏腿は焼く時間を五クレド増やす)。杜松の実はジュニパーベリーのことで、葡萄の葉は瓶詰めの塩漬け葡萄葉が手に入る。熾火は炭火のグリルで作り、炎が落ちてからを目安にする。中窯は約180度で、湾岸の合わせ香の代え方は第一章の覚え書きを参照してほしい。分量は四人前で、一グラン=1グラム、一クルーグ=200ミリリットル、一クレド=1分。


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