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告発の年代記 〜真実を書いたはずの記録が、人を殺す証拠になっていた〜  作者: 三交代制コーヒーライター
第2章 異端の町

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第14話 読めない名

朝になっても、町は静かにならなかった。


声が小さくなっただけだった。


記録庫の前には、濡れた紙と焦げた紙が積まれていた。


水をかけられたもの。


火を逃れたもの。


火に食われたあと、形だけ残ったもの。


私は膝をつき、一枚ずつ広げた。


指先が黒くなる。


水を含んだ羊皮紙は重い。


紙は軽いはずなのに、焼け残ると人より重くなる。


「読めるか」


ベルトランが聞いた。


声は掠れていた。


彼は一晩で年を取ったように見えた。


「まだ」


私は答えた。


「まだ、乾かさないと」


「数だけでも要る」


「数?」


「死者の数だ。負傷者の数。焼けた家。壊れた扉。兵に連れていかれた者」


彼は言葉を並べた。


並べるほど、顔が歪んだ。


「報告に要る」


私は目の前の紙を見た。


文字は半分だけ残っている。


洗礼名の最初の二文字。


家印の端。


日付の月だけ。


これを一人に数えるのか。


数えないのか。


「これは、誰の名ですか」


私は紙を持ち上げた。


ベルトランは覗き込んだ。


何も言わなかった。


読めないのだ。


私にも読めない。


読めないものを、彼に読ませようとしただけだった。


「マティアス」


彼は低く言った。


「今は、できることをしろ」


「読めない名は、どこへ入れますか」


「後で確かめる」


「誰に」


ベルトランは答えなかった。


確かめる相手が、もういないかもしれない。


確かめる家が、もう家ではないかもしれない。


確かめる記録が、ここで焦げている。


ドミニクが近づいてきた。


彼の外套にも煤がついていた。


だが、手袋は汚れていない。


彼は紙に触れなかった。


「読める名から分けよ」


「読めない名は」


「別に置け」


「死者ですか」


「未確認だ」


「生者ですか」


「未確認だ」


「なら、どちらでもない」


「だから別に置けと言っている」


彼の声は平らだった。


怒っていない。


急いでもいない。


火のあとでも、彼は分類できるものから世界を組み直そうとしている。


「別に置かれた名は、後でどうなりますか」


ドミニクは私を見た。


「必要なら、調べる」


「必要でなければ」


「残る」


「どこに」


「未確認の欄だ」


私は紙を見た。


未確認。


便利な言葉だった。


死なせない。


生かさない。


ただ、決めずに置く。


置かれたままの人間は、誰に呼ばれるのか。


「書記」


ドミニクが言った。


「感情で欄を作るな」


「欄で人を消さないでください」


言ってしまった。


周りの手が止まった。


ベルトランが私を見た。


司祭も。


ドミニクは表情を変えなかった。


「消すのは火だ」


彼は言った。


「我々は残ったものを扱う」


私は何も返せなかった。


火が消した。


そう言えば、誰も消していないことになる。


兵も。


町も。


刷毛を持った者も。


扉を叩いた者も。


名前を差し出した者も。


誰も、消していないことになる。


「門の方はどうなった」


ベルトランが聞いた。


答えたのは、近くにいた若い衛兵だった。


「ギヨームがいます」


「無事か」


「怪我は」


若い衛兵は言葉を探した。


「体は」


そこで止まった。


私は立ち上がった。


門へ向かった。


誰も止めなかった。


止める理由がなかったのかもしれない。


町の通りは、朝の顔をしていなかった。


白い印は煤と水で流れていた。


濃く残る扉。


薄く滲む扉。


ほとんど消えた扉。


印のなかった扉は、壊れているか、開け放たれているか、誰も近づかないままだった。


その中で、パン屋の煙突からは煙が上がっていた。


朝食の火だ。


誰かが生きている証だった。


同時に、誰かが戻らない朝でもあった。


門の前に、ギヨームがいた。


立っていた。


門扉に背を向けず、町の方を見ている。


手には鍵束がある。


何度も握り直したせいで、手のひらが赤くなっていた。


「ギヨーム」


彼は私を見なかった。


「閉めていた」


それだけ言った。


「ええ」


「俺は閉めていた」


「知っています」


「開けたのは俺じゃない」


「分かっています」


「閉めていたんだ」


同じ言葉だった。


けれど、同じではなかった。


一度目は報告。


二度目は弁明。


三度目は、誰にも届かない祈りに近かった。


私は彼の隣に立った。


門は閉まっている。


確かに閉まっている。


鉄の横木も、閂も、鍵も、その形を保っている。


それなのに、町は破られていた。


「記録に残します」


私は言った。


ギヨームがようやく私を見た。


目が赤かった。


「何を」


「門は閉まっていた、と」


彼は笑わなかった。


泣きもしなかった。


ただ、鍵束を見た。


「それで足りるか」


足りない。


門が閉まっていたことでは、何も守れなかった。


でも、書かなければ、彼は開けた者にされる。


私はそれを知っていた。


「足りません」


私は答えた。


「でも、消させません」


ギヨームはまた門を見た。


「なら、書け」


短い声だった。


門番の声だった。


私は記録板を開いた。


手が止まった。


ギヨームの言葉は書ける。


門が閉まっていたことも書ける。


だが、読めない名は書けない。


書けないものが、朝の町に積もっていく。


記録庫へ戻ると、紙は少し乾いていた。


乾いたぶん、崩れやすくなっていた。


私はもう一度、焦げた名簿の前に座った。


読める名。


読めない名。


半分だけ読める名。


滲んで別の名に見える名。


私は筆を持った。


欄を作らなければならない。


けれど、最初の線が引けなかった。


読めない名は、死ななかったことになるのか。


生きていることにもならないのか。


その問いを書けば、報告ではなくなる。


書かなければ、問いそのものが消える。


私は紙の端に、小さく印をつけた。


欄ではない。


数でもない。


ただ、後で戻るための印だった。


ベルトランがそれを見た。


何も言わなかった。


ドミニクも見た。


「それは何だ」


「読めないものです」


「未確認欄に入れよ」


「まだ入れません」


「なぜ」


私は焦げた紙を押さえた。


指が黒くなった。


「まだ、人かもしれません」


ドミニクはしばらく私を見ていた。


それから、別の紙へ視線を移した。


許されたわけではない。


ただ、今は他に処理するものが多すぎただけだった。


私はその隙に、読めない名を別の束へ移した。


死者にも。


生者にも。


未確認にも。


まだ入れなかった。


その時、戸口にいた少年が言った。


「あそこに、何かある」


彼が指したのは、白い印のなかった家だった。


マレーヌの家ではない。


その隣の、戸口が半分焼けた家。


石段の上に、水袋と包帯が置かれていた。


誰かが、夜のうちに置いたものだった。

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