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告発の年代記 〜真実を書いたはずの記録が、人を殺す証拠になっていた〜  作者: 三交代制コーヒーライター
第2章 異端の町

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第11話「赤い糸が切れる」

リアは走った。


石畳を蹴る音が、夜明け前の町に細く跳ねた。


エティエンヌがその半歩後ろにつく。


私はさらに遅れていた。


記録板を抱えて走るのは、思っていたより難しい。


木の角が肋に当たる。


息が上がる。


けれど、止まれば見失う。


教会の鐘楼は、すぐそこに見えていた。


近い。


近いのに、遠かった。


広場には人がまだ残っていた。


マレーヌの家から流れてきた者。


門の方を見に行った者。


ユーグの家の前で足を止めた者。


誰も一つの場所にいないのに、町全体が一つの大きな人垣になっている。


教会の表扉も塞がれていた。


祈りに来たのではない。


逃げ込もうとした者。


司祭に答えを求める者。


鐘を鳴らせと叫ぶ者。


鳴らすなと叫ぶ者。


その声が、石の壁に当たって潰れていた。


「通して」


リアが叫んだ。


声は通った。


だが、人は動かなかった。


動けなかったのかもしれない。


誰かのために道を開ければ、自分の場所がなくなる。


そんな顔をしていた。


「通してって言ってる」


「中へ入ってどうする」


誰かが言った。


「教会なら助かると思ってるのか」


リアは答えなかった。


エティエンヌが先に動いた。


「裏へ」


彼はリアの手首を取った。


「こっち」


「母さんは」


「今は走って」


「母さんはって聞いてる」


「聞こえてる」


「だったら」


「答えたら、君は止まる」


リアが彼を睨んだ。


エティエンヌはその目を受けたまま、引いた。


強くではない。


けれど、ためらわなかった。


教会の脇には、荷車が二台倒れかけていた。


昼なら野菜や布を積む車だ。


今は、逃げようとした荷が半分落ちている。


車輪の間には、樽の蓋が挟まっていた。


その一台に、赤い糸が結ばれていた。


市場で荷を見分けるための糸。


古い糸だった。


何度も結び直され、少し色が褪せている。


私はそれを知っていた。


リアが何度か、エティエンヌの荷車に結んでいた糸だ。


目印だと言っていた。


冗談のつもりで。


でも、彼がその糸をほどかないことも、私は見ていた。


リアは荷車の横を抜けようとした。


その時、糸が彼女の袖に引っかかった。


小さな音だった。


裂ける音ではない。


止まる音。


布が引かれ、リアの体が後ろへ揺れた。


「何」


彼女は振り向いた。


赤い糸が、袖口の縫い目に絡んでいる。


エティエンヌがすぐに膝をついた。


「待って。ほどける」


「早く」


「分かってる」


彼の指は器用だった。


荷の縄なら、目を閉じてもほどける男だ。


けれど、赤い糸は濡れていた。


夜露か。


誰かの手の汗か。


それとも、石畳に落ちた水を吸ったのか。


細い糸は、強く引くほど締まった。


広場の方で、兵の声がした。


「女はどこへ行った」


リアの肩が跳ねた。


エティエンヌの指が止まる。


「続けて」


リアが言った。


「ほどいて」


「リア」


「切らないで」


その言葉は、命令ではなかった。


お願いでもなかった。


もっと裸の声だった。


エティエンヌは一瞬だけ、彼女を見た。


それから腰の小刀を抜いた。


「切らないでって言った」


「ごめん」


「謝るならやめて」


「やめたら、君が捕まる」


「捕まってもいい」


「よくない」


彼は短く言った。


刃が赤い糸に触れた。


糸は抵抗しなかった。


音もほとんどなかった。


ただ、ふっと力が抜けた。


リアの袖が自由になる。


切れた糸の片方は荷車に残り、もう片方は彼女の袖口に垂れた。


リアはそれを見た。


息を吸った。


怒鳴ると思った。


泣くと思った。


どちらでもなかった。


彼女は、エティエンヌの頬を叩いた。


乾いた音がした。


周りの声が一瞬だけ遠のいた。


「最低」


「うん」


「返して」


「あとで」


「あとなんてないかもしれない」


「だから今は走って」


エティエンヌの声は震えていた。


軽口はなかった。


彼は頬を押さえもしなかった。


叩かれた顔のまま、リアの背を押した。


教会の裏へ続く細い通路がある。


墓地へ出るための道だ。


昼間なら、子どもが近道に使う。


今夜は、誰かの足で泥が崩れ、壁際に置かれていた古い桶が転がっていた。


リアは一歩進み、すぐに振り向いた。


「一緒に来て」


「行く」


「嘘」


「嘘じゃない」


「顔が嘘」


「君はこんな時までよく見てる」


「見たくて見てるんじゃない」


「分かってる」


エティエンヌは笑おうとした。


失敗した。


広場の方で、甲冑が鳴った。


近い。


人垣の中から兵が二人、こちらへ回ってくるのが見えた。


一人は槍を持っている。


もう一人は松明を持っていた。


松明の火はまだ小さい。けれど、夜明け前の薄い青の中では、十分すぎるほど目立った。


「女がこっちへ来た」


誰かが言った。


町民の声だった。


誰かは分からない。


分からないことが、もう町の形になっていた。


エティエンヌはリアの肩を押した。


「入って」


通路の途中、石壁に小さな木戸があった。


教会の古い物置へ続く戸だ。


昔、祭壇の壊れた燭台や、使わなくなった布を入れていた場所だと聞いたことがある。


鍵はかかっていなかった。


エティエンヌが体で戸を押す。


木が湿った音を立てて開いた。


中は暗い。


古い蝋と埃の匂いがした。


「嫌」


リアが言った。


「ここに入ったら、母さんの声が聞こえない」


「聞こえたら出たくなる」


「出る」


「出さない」


「あなたに決められたくない」


「うん」


「うんじゃない」


「怒っていい。あとで全部聞く」


「だから、あとなんて」


「作る」


エティエンヌはそう言った。


強い声ではなかった。


強く言える人間の声ではなかった。


それでも、その一語だけは逃げなかった。


作る。


リアは口を閉じた。


兵の足音が近づいてくる。


松明の光が石壁に揺れた。


私は通路の入口で立ち止まっていた。


進めば、彼らの隠れ場所を知った者になる。


戻れば、兵の前に出ることになる。


どちらにいても、私は見たことになる。


エティエンヌが私を見た。


一瞬だけだった。


その目は、何かを頼んでいた。


言葉にはしなかった。


言葉にすれば、記録になってしまうからだ。


私は記録板を抱え直した。


まだ、何も書いていない。


リアが木戸の中へ押し込まれた。


彼女は抵抗した。


肘でエティエンヌの胸を押した。


足を踏んだ。


それでも、声を大きくはしなかった。


大きくすれば見つかると分かっていた。


悔しいほど分かっていた。


「エティエンヌ」


彼女が低く言った。


「置いていったら許さない」


「許さなくていい」


「本当に許さない」


「その方がいい」


「よくない」


「君が怒ってるなら、生きてる」


リアの息が止まった。


エティエンヌは戸に手をかけた。


「リア」


「何」


「走って」


「もう入ってる」


「それでも」


彼は戸を閉めた。


完全には閉めなかった。


指一本分だけ隙間を残す。


そこから空気が通る。


声も、少しは通る。


だが、人の体は通らない。


エティエンヌは地面に垂れた赤い糸を見た。


リアの袖の方ではない。


荷車に残った方だ。


彼はそれを掴み、通路の反対側へ引いた。


糸は短かった。


役には立たない。


それでも彼は、まるで道を作るように引いた。


「こっちだ」


彼が叫んだ。


兵の足音が止まる。


「女はこっちへ逃げた」


彼は走り出した。


教会の裏ではない。


墓地へ向かう道でもない。


市場の方へ戻る道だった。


松明を持った兵がそちらへ向きを変えた。


槍の兵も続く。


町民が道を開けた。


誰も、エティエンヌを止めなかった。


止めれば、彼を助けることになるからか。


あるいは、彼が囮だと気づかないふりをしたかったからか。


私は分からない。


ただ、道は開いた。


エティエンヌの背中が人の間へ消えていく。


彼は一度だけ、振り返りそうになった。


肩が動いた。


けれど、振り返らなかった。


そのまま走った。


リアは戸の内側で何かを言った。


声にはならなかった。


口だけが動いたのかもしれない。


私には聞こえなかった。


聞こえなかったことを、私は覚えている。


広場の方で、また別の声が上がった。


「火だ」


最初は誰かの叫びだと思った。


次に、匂いが来た。


煙。


湿った木が焦げる匂い。


薪の匂いではない。


食事の火でもない。


紙が焼ける時の、軽くて嫌な匂いが混じっていた。


私は顔を上げた。


教会の東側。


役所の裏。


記録庫の屋根のあたりから、細い煙が上がっていた。


一筋ではなかった。


屋根瓦の隙間から、いくつも薄く漏れている。


風がそれを低く押した。


煙は町の上へ広がらず、通りへ降りてきた。


人々がそちらを見た。


マレーヌの家を見ていた目。


ユーグの家を見ていた目。


リアを探していた目。


その全部が、煙へ移った。


私は走り出した。


記録板が腕の中で跳ねる。


木戸の隙間から、リアの目がこちらを見ていた。


暗くて、はっきりとは見えない。


それでも、赤い糸だけは見えた。


袖口に残った短い赤。


切れたまま、ほどけずに垂れている。


私は何も言わなかった。


言えば、彼女の場所を知らせる。


言わなければ、彼女を置いていく。


どちらも正しくなかった。


どちらかを選ぶ時間もなかった。


記録庫の方で、誰かが戸を叩いている。


開けろ、と叫ぶ声。


水を持ってこい、と叫ぶ声。


紙を出せ、と叫ぶ声。


同じ場所へ、別々の命令が殺到していた。


私は走った。


後ろで、木戸が小さく鳴った。


リアが内側から触れたのだと思った。


開けようとしたのか。


押さえたのか。


分からない。


分からないまま、私は煙の方へ向かった。


赤い糸は切れた。


今度は、名前が燃えようとしていた。

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