第5話 生まれたての女神と骨を探しに行くと、大量の魔物に遭遇した
「サントピエラ……素敵な名前をありがとうございます」
泉から現れた女神は、濡れた髪を揺らしながら微笑んだ。
そして――
いきなり抱きついてきた。
「うわっ!」
思わず身体を引こうとするが、サントピエラは離れない。
「うふ……。これから私があなたを守りますので、ご安心ください」
「ちょ、ちょっと!」
俺は困って、頭の中へ意識を向ける。
「……なんだろう、こいつは」
「……」
書庫の神は、特に何も答えない。
サントピエラは俺を抱いたまま、楽しそうに笑っている。
「なんか……妙に陽気だな」
そのとき泉の脇に置いていた小さなガラス瓶が目に入った。
同時に昨日の記憶がよみがえる。
――泉で水を汲もうとした時……
俺は確かに、花の神からもらった蜜を泉へ流した。
「……あっ」
書庫の神が尋ねる。
「どうかした?」
「そういえば……」
俺はサントピエラを見る。
女神は何も知らず、ニコニコしている。
「花の神様の蜜……。
あれ、けっこう酔っ払うんだよ」
書庫の神は黙った。
サントピエラが、また俺へ抱きついた。
「よろしくお願いしますねっ」
「……」
しばらく沈黙があり、書庫の神が静かに言った。
「……もう遅いね」
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回復の泉のほとり。
俺は近隣で収穫したキノコ入りのスープを飲みながら、ふと思い出す。
「そういえば、しょこたん……
あの悪魔が探してた、骨が気になっててさ」
書庫の神は、なにか分厚い書物を見ている。
「あれね。実は僕も気になってた。
それで過去の文献を探していたんだ」
「さすが、仕事が早い」
一冊の古文書が心の中で開かれる。
「きっと、あの悪魔が言っていた骨は――これ。
二百年前にこの地で命を落とした暗黒龍のものだよ」
俺はスープを飲むのを止めた。
「暗黒龍か。なんか、すげーな。
......よし、その骨を悪魔より先に見つけようぜ」
「お出かけ、楽しみですね!」
隣からサントピエラが嬉しそうに声を上げる。
「お出かけって……」
俺は苦笑した。
「しょこたん、だいたいの場所は分かるか?」
「意外と近くだよ」
書庫の神が答える。
「おそらく暗黒龍も何かで深傷を負って、この泉を目指していたんだと思う」
「なるほどな。今日は神うみして疲れたし、明日の朝から出発しよう」
するとサントピエラが口を挟む。
「その必要はありません」
「え?」
サントピエラは俺の前に手をかざす。
『回復魔法――アクア リカバー』
青い光が俺の身体を包み込んだ。
温かな感覚が身体の奥へ染み込んでいく。
すると神うみによる疲労が、嘘のように消えた。
「おおー。詠唱なしか! やるなー」
書庫の神も確認するように言った。
「魔力も完全に回復している」
サントピエラは嬉しそうに笑う。
「では、出発しましょう!」
「……元気だなあ」
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暗黒龍の骨を見つけるため泉を後にした俺たちは、山間の草原を歩いていた。
しばらく進むと――
木々の向こうの空から大きな影が迫ってくる。
馬車ほどもある巨大な翼……。
鋭い爪をもった鳥の魔獣が俺たちに襲いかかる。
「タキ様、伏せて!」
サントピエラが叫ぶ。
ヒュンッ!
次の瞬間、棘のついた長い鞭が伸び、鳥の首へ絡みつく。
「それ!」
サントピエラは身体をひねって鞭を操り、鳥の巨体を地面へ叩きつけた。
ギャース!
魔獣は身体を痙攣させたあと、黒い煙になって消えた。
俺は思わずサントピエラを見る。
「すげー! 回復だけじゃないんだな!」
サントピエラは胸を張る。
「お褒めいただき光栄ですわ!」
「でもテンションの高さはなんとかならないか?」
「なんともなりませんわ!」
「あ、そう……」
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さらに進むと、今度は険しい山道へ入った。
そこで俺たちはまた魔物に襲われる。
大木の影から現れたのは3メートル以上あるトロールだ。
髭に覆われた顔と、瘤だらけの身体……
丸太を荒く削った棍棒を振り上げ、唸り声をあげながら近づいてくる。
「ここは任せろ!」
俺はサントピエラにそう言い、二本の木刀を腰から抜いた。
地面を蹴る。
木の枝を使ってかなりの高さまで一気に駆け登り、トロールの頭上めがけて落下した。
「おりゃー!」
ドンッ!
けむくじゃらの頭に木刀を二本とも叩き込む。
トロールは地面へ倒れ込み、やはり黒い煙となった。
サントピエラが駆け寄ってくる。
「タキ様、さすがです。
お怪我は……ないですよね!」
「楽勝、楽勝」
心の中で書庫の神がつぶやく。
「……やっぱり何か変」
「どうした?」
「さっきの巨鳥も今のトロールも、本来は別の場所に生息しているはず」
俺は木刀をズボンの背中にさし、周囲の山々を見渡す。
「そっか……」
「もしかすると、暗黒龍の骨の影響かもね」
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それから俺たちは数匹の魔物を倒しながら、二日ほど山を探索した。
やがて木々が途切れ、ひらけた場所に出る。
俺が暮らした草原と同じくらいの広大な平地――
その奥には高さ数十メートルの、不自然に盛り上がった小山がある。
そして小山の周囲を、トロール、グール、ゴブリン、スケルトン、ゾンビなど何種類もの魔物がうつろな目で徘徊していた。
深い山に突如開けた空間。
唐突な印象を与える小山。
本来は相まみえることのない多種類の魔物。
そこには明らかに異質な雰囲気が漂っていた。
「しょこたん、魔物がうじゃうじゃいるぞ」
俺は心の中で書庫の神に声をかける。
書庫の神の声には警戒が混じる。
「しかもみんな様子がおかしい」
サントピエラが前へ出た。
「さすがに危険です。
タキ様は下がってください」
「いや、ここは俺に任せろ」
俺は魔物の群れを眺める。
「面倒だから、こいつを使う!」
俺は片膝をついて地面に両手を置いた。
神経を集中させて呪文を詠唱し、魔力を送り込む。
すると魔法陣が足元に浮かび上がり、やがて広大な平地いっぱいに広がった。
「よし、ここだ!」
大地が大きく震え始める。
『大地の魔法――サンド グレイブ ヘル!』
ゴゴゴゴゴ……!
地面が大きくうねった。
魔物たちの足元が、砂漠のような細かい砂へと変わる。
そして巨大な流砂が発生し、まるで蟻地獄の巣のように魔物たちを次々と飲み込んでいく。
「グオオ!」
「ギャア!」
魔法開始からわずか十数秒……
すべての魔物は抵抗する間もなく、地面の底へと姿を消した。
「タキ様! すごいですわ!」
サントピエラが歓声を上げる。
「わ、わ、ストップ、ストップ!」
書庫の神は珍しく焦っている。
「ん?」
俺は魔法を止めて、あたりを見る。
いつの間にか、平地の奥にある小山まで砂に沈みかけていた。
「やりすぎだよ」
書庫の神が呆れた声を出す。
その小山の近くまで行ってみると、今の振動で一部の土が崩れている。
その崩落した断面から――
ゴツゴツとした大きな骨があらわになっていた。
書庫の神は言う。
「やっぱりね。これは暗黒龍の死体でできた山だったんだ」
暗黒龍が死んでから二百年……
その長い年月の中で、死体は土に覆われ草木が生え、いつしか山そのものになっていた。
「これ全部、暗黒龍の骨かよ……」
俺は目の前の数十メートルある山を見上げて、暗黒龍が横たわる姿を想像した。
書庫の神は、珍しく興奮している。
「この巨大な骨は二百年経った今でも魔物に影響し、周囲の生態まで変えていたんだ」
俺は表面を覆う土を木刀でほじくり、地面に落としていった。
やがて、暗黒龍の顔半分の骨が見えてくる。
地面に顎が埋まっているというのに、その目元の位置は俺の身長よりも高かった。
「……デカいな、こいつ」
俺は巨大な眼窩を見上げた。
暗く、何もない空洞。
そこには永い時間だけが、静かに残されているようだった。
「こんなところで二百年か……」
俺は呟いた。
「退屈だよな」
そして――
そっと、骨の鼻先へ手を置く。
「今日から一緒に旅しようぜ」
一度、息を吸う。
「……神うみ」
その瞬間。
大地に風が吹いた。
グランやサントピエラの時と同じ風……
ゴォォォォ……!
やがて風は勢いを増し、木々が大きく揺れる。
俺の心に男の声が響いた。
「我に……我に名前を……」
俺は書庫の神に尋ねる。
「しょこたん、こいつの元の名前は?」
「暗黒龍ダスクベイル。
そう呼ばれていたみたいだ」
「そうか……」
俺は骨を見上げる。
「お前の名前は――ダスクリュート!
龍神ダスクリュートだ!」
巨大な龍の骨が、眩い光に包まれた。
第5話 終わり




