第4話 いつの間にか俺は、神を生み出す能力を身につけていたらしい
翌朝。
回復の泉――
静かな水面に俺は浮かんでいた。
髪を結っていた紐が解け、長い黒髪が広がっている。
ビクッ。
指先が動く。
「……」
俺はゆっくりと目を開けた。
頭の中から、ぼんやりと声がする。
「気がついたか」
書庫の神の声だ。
俺は身体を起こし、泉から這い上がった。
濡れた服が身体に張り付いている。
「俺……どれくらい……」
「一晩だよ」
俺は辺りを見回し、やっと状況を理解する。
「グランは!」
書庫の神は、たくさんの書物に囲まれた空間で、静かに首を振った。
「……しょこたん」
書庫の神は寂しそうな声で言う。
「……あの場所に行ってみよう」
俺はグランとの約束を思い出した。
「そうだーー
この泉の水を持っていかないと」
俺は懐から小さな瓶を取り出す。
そこには花の神からもらった蜜が入っていた。
「花の神様……ごめんな」
俺は瓶の中身を泉へ流し、代わりに泉の水を汲んだ。
これだけは持っていかなければならない。
そして肩までの髪を縛り直し、あの場所までの山道を駆け登った。
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悪魔と遭遇した草むらへ戻る。
しかし――
そこには、グランの姿も悪魔の姿もなかった。
「うんしょ……うんしょ……」
若木の神が小さな身体で、何かを運んでいる。
落ち葉を使って、地面に散らばった砂を集めていた。
俺に気づくと、若木の神の顔がぱっと明るくなる。
「あ、お兄ちゃん!」
俺は駆け寄った。
「グランは?」
若木の神は、少し寂しそうに答えた。
「怖いやつと戦ってね……砂になっちゃったの」
そして足元を見る。
「僕、それをずっと集めてたの」
リドの木の下には、小さな砂の山ができていた。
俺はその前に座り込む。
「……ゴーレム」
ポケットから泉の水を入れた瓶を取り出す。
「これ、回復の泉の水だぞ」
砂の山へ、少しずつ水をかける。
何も起こらない。
もう一度。
それでも何も起こらない。
「お前、いつも俺を助けてくれたよな。
今度は俺が助ける番だろ」
その時、頭の中にある考えが浮かんだ。
「そうだ……もう一度、大地の回復魔法!」
書庫の神が静かに答える。
「好きにすればいいさ」
俺は顔を上げた。
「……止めないのか?」
「うん。きっと大丈夫だよ」
「あんなに止めてたのに?」
「ゴーレムの力が尽きたことで……
まあ、その辺は後で話す」
「そうだな。それより」
砂の山の前で片膝をつき、両手を砂に置く。
「では、遠慮なく」
俺は呪文を唱え、叫んだ。
『大地の回復魔法――グランディス リヴァイヴ!』
緑色の光が地面から噴き上がり、砂の山を包み込む。
だが――
何も起こらない。
光が消える。
「……なぜだ!」
書庫の神が答える。
「やっぱりね」
声は静かだった。
「死んだ神は、蘇らないんだよ」
俺は砂の山を見つめた。
そして、もう一度手をかざす。
『グランディス リヴァイヴ!』
やはり砂の山は動かない。
三回目……四回目……五回目……
そして六回目にして俺の魔力が底を突き、魔法が発動しなくなった。
「そこまで連発するのは無理か」
書庫の神がそう呟く。
だが俺は首を横に振った。
「いや。諦めない」
俺は瓶に残っていた回復の泉の水を飲む。
そして再び手をかざす。
『グランディス リヴァイヴ!』
今回は緑の光が地面から噴き出す。
だが、やはり砂は動かなかった。
書庫の神は何も言わない。
俺は砂を握りしめたまま、その場に座り込んだ。
若木の神が心配そうに俺を見つめている。
俺はゆっくり若木の神に目を向けた。
「……砂を運んでくれてありがとな。
……グランの最後を教えてくれるか?」
「えーとね……えーとね……」
若木の神は、小さな手を動かしながら話し始める。
「怖いやつの爪が、ギューンってなってね」
「うん」
「そしたら大きいお兄ちゃんが、ガサーッてなって」
若木の神は両手を広げる。
「でも、お兄ちゃんは斧でガチーンってやって……」
今度は石斧を振り下ろす真似をしている。
「そしたら怖いやつが、ぎゃーって倒れて、そのまま逃げちゃったの」
若木の神は砂の山を見る。
「そのあとすぐに、大きいお兄ちゃんは砂になっちゃったの」
俺はしばらく黙っていた。
「そっか……」
砂を一握り、手の中に収める。
「頑張って守ってくれたんだな」
砂を見つめる。
「俺、守られてばっかりだ……」
そして、ゆっくりと立ち上がった。
「今度は俺が誰かを守れるように、強くなるよ」
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回復の泉。
俺は泉の中に立ち、目を閉じていた。
冷たい水が、ゆっくりと身体を癒していく。
しばらくして、書庫の神が口を開いた。
「考えていたんだ。君に何が起きたのか」
「ん?」
「君は最初にゴーレムがやられた時、大地の回復魔法を使おうとした」
「……」
「本来なら君の身体は魔法に飲まれて、バラバラになってるはずだ」
「ああ。昔からそう言って止められてたよな」
書庫の神は、少し間を置いた。
「これまで君の魔力は、あのゴーレムを生かし続けるために、大量に使われ続けてたんだよ」
「どういうこと?」
「子どものころ、あのゴーレムを作ることができただろ?」
「あんまり覚えてないけどな」
書庫の神は淡々と話す。
「君と僕が出会った日だ。
僕は、あの日ゴーレムが生まれたのは奇跡のようなものだと思っていた」
「ああ。その後はチビゴーレムしか作れなかったしな」
俺は十年以上いた草原を思い出した。
「それが間違いだったんだよ」
「間違い?」
「神つかいの血筋のせいか、僕と結合したからか、あるいはグリモワールの影響か……」
今度は八百万の神を信仰していた両親を思い出す。
父さんは村一番の神つかいで、母さんは代々受け継がれる特別な巫女だった。
「理由は定かではないけど、あの段階で君は大魔法使いレベルの魔力をもっていたんだ」
「なら、どうして……」
書庫の神は答える。
「そこだよ。本来、ゴーレムを作っても魂を生成しなければ、数時間で動かなくなる」
俺は泉の水を見つめる。
「それを十年以上、ずっと維持していた」
「……俺が?」
「そう。無意識に大量の魔力を使い続けていたんだよ。
朝から晩まで、寝ている時も。
ずっと休まずに走り続けてるような状態だったんだ」
俺は少し考えた。
「それでゴーレムが俺をかばって崩れた瞬間……
魔力が戻ったってことか」
「その魔力の返還で精神力も上がっている。
あと運動能力も格段に上がっているよ」
「そうか?」
俺は自分の腕を見る。
「昨日、回復の泉に向かった時、木の枝を飛んで移動しただろ?」
確かに――
夢中でやった行動だが……これまでの俺ができる芸当ではなかった。
「ただ、それだけでは説明できないこともある」
書庫の神の声が少し低くなる。
「グランのことだ」
「……あれは回復魔法の影響じゃないのか?」
「明らかに違う。あいつは、自分をゴーレムの神だと言った」
「……うん」
「つまり君は――」
少しの沈黙。
「神を生み出したんだよ」
一瞬、何を言われているのかわからなかった。
俺は流石に驚く。
「そ、そんなの大地の魔法になかったぞ」
「そうだ。僕の知る限りでも、そんな魔法は存在しない」
書庫の神も認める。
「じゃあ、なんで?」
書庫の神は静かに続けた。
「君の中にある神つかいの才能と、生命を司る大地の魔法が呼応した、と考えるしかない」
八百万の神を信仰してきた神つかいの末裔――
「奇跡的にも、神を生む能力が身についたんだよ」
俺は目を閉じる。
「……神を生む能力……神うみ……か」
書庫の神は続ける。
「君はゴーレムだった石や砂から、あの新しい神を生み出した」
「うん。それでグランって名前をつけた」
「その名付けによって君の魂と繋がるんだろう」
俺は泉に入った時に起こった、最悪の感覚を思い出す。
「……だからグランが倒された時……」
書庫の神の声が静かになる。
「君に大きな反動が返ってきて、一晩生死をさまよった。
回復の泉の中にいたのは幸運だったよ」
俺は水面を見つめる。
「神うみ……危険な能力かもしれないな」
「こればかりは僕の知識にないから、分からない」
書庫の神は一度言葉を止めた。
「でも、今回のことで僕も考えが変わった」
「どう?」
「少々危険でも、やってみることだよ」
「……」
「次にまた、あのレベルの悪魔や魔物に出会ったとき、戦えるようにね」
俺は静かに頷いた。
「そうだな」
泉の水を手ですくう。
「今度は大切なものを守れるように」
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翌日、俺は回復の泉の水面を眺めていた。
「しかしこの泉の力はすごいな」
書庫の神が答える。
「うん。体力も魔力も、かなり回復している」
俺は膝上くらいの深さの泉へ入った。
「なあ、しょこたん」
「なに?」
「神うみって、俺の意思でできるんだよな?」
「たぶんね」
俺は泉の底を見る。
そこには巨大な鉄鉱石が沈んでいた。
俺はその石に向かって泉の中を歩いた。
「やってみよう」
泉の底に沈んだ鉄鉱石の前で、膝をついた。
「回復の泉の水と、この鉄鉱石」
手をかざす。
「この二つで神をつくる」
一度、深く息を吸う。
そして――
二つが融合するイメージを持ち、それぞれに触れながら言った。
「神うみ」
風がゆっくり吹き始め、次第に強くなる。
ビュオオオオッ!
やがて強烈な風に変わり、泉の水面が大きく波打つ。
グランが生まれたときと同じ風だった。
「タキ様……私に名前を……」
その風の音に混じって、女の声が聞こえる。
「......私に名前を......授けてください」
俺は目を閉じた。
「お前の名前は――サントピエラ」
そして叫んだ。
「回復の泉の神、サントピエラだ!」
鉄鉱石と泉の一部が眩い光を放ち、水面からゆっくりと生まれたての女神が姿を現す。
灰色がかった青い肌と、腰まである濡れた白銀の髪。
頭には後光のようにも見える数本の長い針が円環を描いている。
身体と手足にはピタリと張り付いた黒い装具をまとい、美しい顔立ちの頬と額には古代文字が刻まれている。
そして、どこか妖艶な笑み……
俺は思わず息を呑んだ。
「はじめまして、タキ様」
白目も瞳もない青一色に染まったその目には、俺しか映っていないように見える。
「サントピエラ……素敵な名前をありがとうございます」
泉の水面が、ゆっくりと揺れていた。
第4話 終わり




