第3話 バラバラにされたゴーレムが、何やら新しい神として生まれ変わった
「ゴーレム!」
俺は地面に散らばったゴーレムの破片へ駆け寄った。
瓦礫でできた身体は生気の抜けた砂となり、さらさらと崩れていく。
腕が、脚が、胴が少しずつ形を失っていった。
「しっかりしろ!」
俺は崩れていくゴーレムを必死に掴んだ。
「頼むよ! おい!」
砂が指の間からこぼれていく。
「ずっと一緒にいたじゃないか!」
返事はない。
悪魔はまだリドの木の下で、何事もなかったように空を見上げている。
時折スンスンと鼻を鳴らし、何かの匂いを探しているようだ。
頭の中で、書庫の神の声が響く。
「今のうちに逃げろ。ゴーレムはもう無理だ」
「いやだ……」
俺は砂になっていくゴーレムを見つめた。
「そうだ……あれを使う!」
「待て」
書庫の神の声が鋭くなる。
「大地の回復魔法は、まだ君には使えない。
君の身体も砕けるよ」
「それでもいい!」
俺は目を閉じ、かろうじて原型が残っているゴーレムの胸へ手を当てる。
「その魔法は生命があるものにしか使えない。
魂のないゴーレムには無意味なんだよ」
「うるさい! やってみないとわからない!」
書庫の神の忠告を聞かずに呪文を詠唱する。
そして魔法を発動した。
『大地の回復魔法! グランディス リヴァイヴ!』
地面から緑色の光が噴き上がった。
光は砂になったゴーレムを包み込み、周囲の大地を激しく震わせる。
「うおおおおっ!」
俺は必死に魔力を送り込む。
だがすぐに光は消え……
俺の前には、半分以上が砂になったバラバラのゴーレムが、変わらず横たわっていた。
長い髪がうなだれた両肩からこぼれ、顔を覆う。
「……」
俺は何も言えなかった。
「なんだよ、うるさいな」
悪魔が、ゆっくりと俺の方へ不吉な赤い顔を向ける。
「骨は近くにありそうだが……。
もう一度聞く、骨は見てないか?」
俺は力なく両手をついた。
「ダメ……か」
そのまま砂を握りしめる。
「ちくしょう……!」
涙が頬を伝った。
悪魔がゆっくりと近づいてくる。
鋭い爪の先端が、陽光を受けてきらりと光る。
そのとき――
どこからともなく、風が吹いた。
最初は小さな風だった。
だが、次第に強くなる。
ゴォォォ……!
木々を大きく揺らし、地面の砂を巻き上げるほどの風。
悪魔が動きを止めた。
「……?」
周囲を警戒するように、ゆっくりと首を動かす。
そのときだった。
俺の頭の中に、初めて聞く声が響いた。
「タキ様……我に名前を……」
「……なに?」
俺は周囲を見回した。
「なんだ、この声は……」
書庫の神も戸惑っている。
俺は目の前の砂へ視線を落とした。
「ゴーレム……お前なのか?」
「早く……我に名前を……!」
悪魔が鼻を鳴らす。
「ふん。ただの風か」
そして、禍々しい大きな手を広げた。
「何も知らんなら、もういい。死ね」
悪魔の身体が沈む。
「分かった! 名前を与える!」
声の主へ向かって叫ぶ。
「グラン! お前の名は、グランだ!」
その瞬間――
地面に横たわるゴーレムの残骸と砂の山が強い光に包まれる。
そして光の中に、見たことのないゴーレムが立っていた。
「なっ……!」
全身に硬く隆起した石の筋肉を搭載し、身長は俺の2倍以上ある。
口と鼻と肩は鎧のようなものに覆われ、眼光は鋭く光る。
手には石でできた斧が握られており、もう片方の手は大きな拳を握りしめている。
以前のゴーレムとは、まるで別物だった。
その時、悪魔の爪が俺へと迫る。
ガギィィン!
グランと名付けたそいつの斧が爪を弾いた。
「ここは任せて、行ってください」
「喋った……お前……あのゴーレムか?」
「私の名はグラン。
あなたが生み出したゴーレムの神です」
グランは悪魔を見たまま、斧を握り直す。
悪魔もまたグランに顔を向けている。
「……嫌な臭いじゃ」
尖った爪の先を擦り合わせ、ガチャガチャと鳴らす。
「最も嫌いな臭い……神の臭いだ……」
書庫の神の声が響く。
「何が起きているのか、僕にも分からない。
でも、とにかく今は逃げて」
悪魔が低く笑った。
「いいだろう。私も本気でやってやろう」
その顔が、おぞましく歪んでいく。
そして額と頭部から4本の角が生え、縫われていた目がゆっくりと開いた。
白目と黒目が反転した不気味な瞳――
そして悪魔の爪が、さらに伸びた。
グランは石斧を振り上げる。
ガシン!
鋭い爪と斧が激突する。
今度は悪魔に近づき、頭に石斧を振り落とす。
しかし悪魔は空中で素早く回転し、斧をかわした。
次の瞬間にはグランの頭上に飛び上がり、そこから爪を伸ばす。
ガシュ!
グランはそれを腕で受け止める。
石の身体が削られ、破片が飛び散る。
それでもグランは一歩も退かない。
斧を振る。
悪魔が避ける。
爪が迫る。
グランが受ける。
激しい攻防が続く。
「なかなかやるな」
悪魔が距離を取る。
「しかし……いつまで持つかな」
グランの身体には、すでにいくつもの傷が刻まれていた。
大きな肩当ては削れ、胸には深い亀裂が走っている。
俺は立ち上がり、突如現れたゴーレムに声をかける。
「大丈夫か......グラン……」
息苦しく、身体に力が入らないが、俺はグランへ手を伸ばした。
「俺が回復してやる……」
グランは振り返らずに答えた。
「私は大丈夫」
石斧を構え直す。
「さあ、早く行くのです!」
書庫の神の声が飛んでくる。
「君に魔力が残っているはずがない。
足手まといになるだけだ」
「……そうか」
俺は息を整えた。
そして、ふと顔を上げる。
「回復の泉……」
俺はグランを見て、拳を握る。
「待ってろ、グラン! 泉の水を持ってくる!」
グランは返事をしない。
「それまで耐えるんだ!」
俺は靄がかかっていた方向へと走り出した。
「必ず戻ってくるからな!」
俺は山道を駆ける。
なぜか自然と力がみなぎってくる。
背後では、グランと悪魔の戦いが続く。
ザシュッ! ガシュッ!
石が削れる音が山中に響く。
「待ってろ……!」
俺の足はさらに速くなり、やがて髪をなびかせて木の枝から枝へ飛び移りながら移動していた。
幾つもの枝をかすめたのだろう、身体中が傷だらけになってる。
やがて――
「ここか……!」
青い光を放つ泉が眼下に広がる場所まで辿り着いた。
奥は霞んで見えないが、それほど大きくはなさそうだ。
一帯が山間の窪地となっており、泉の周囲も開けている。
俺は腐葉土の土手を滑り降り、泉に駆け寄った。
と、その時――
心の奥で、大切な何かが弾けたような感覚に襲われる。
「……え?」
世界が、ぐにゃりと歪む。
木々も、泉も、空も。
すべてが溶けるように揺らいでいく。
「おい!」
書庫の神の声が響く。
「こ、これは……!」
視界が一気に白く染まった。
「……」
バッシャァン!
俺の身体は、そのまま泉へ倒れ込んだ。
そして――
意識が完全に途切れた。
第3話 終わり




