第2話 旅の途中でうっかりヤバい悪魔と遭遇して、あっさり殺されそうになる
登るにつれて山は険しくなっていく。
切り立った岩肌や深い谷。
木々の隙間から見える空も次第に狭くなる。
俺は山道を進みながら、頭の中で書庫の神に声をかけた。
「しょこたん、これ、どこか目指して歩いてるのか?」
書物で埋め尽くされた小部屋が浮かび、真ん中で書庫の神が古びた羊皮紙を見ている。
「うん、回復の泉に行ってみよう。
山をいくつか越えたところにあるらしい」
「回復の泉か。いいねー、冒険っぽい!」
俺は歩く速度を速めた。
ゴーレムも後ろをついてきている。
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旅に出て三日目。
小山のような大きな岩が、道を塞いでいる。
「迂回するのは無理そうだしな」
俺たちは岩の凹凸に手足をかけながら、慎重に登っていった。
と、その時――
グラッグラッ!
岩が激しく揺れる。
「うわっ!」
一瞬身体が岩肌から離れ、そのまま転落しそうになる。
だが、すぐ横からゴーレムの腕が伸びてきた。
ガシッ!
俺の服を掴む。
もう片方の手は岩に深く食い込ませている。
「危ねー……サンキュー」
横にいるゴーレムは小さく頷いた。
その間も揺れは続いている。
「何だこれ、地震かよ!」
いや......普通の地震とは違い......上下に揺れながらも一方向に進んでいる。
なんとか岩の頂上へ這い上がると、その理由が判明した。
頭の中で書庫の神が言う。
「これは岩山じゃなく、岩壁亀の甲羅だったんだ。
それを知らずに登ってたんだよ」
「で、亀が歩き始めたんだな。
もうちょっとで真っ逆さまだよ」
俺とゴーレムは岩山にしか見えない甲羅のてっぺんに座った。
書庫の神は続ける。
「岩壁亀......通称、道造り。
深い山の中にある広い道は、こいつらが木を踏み倒しながら通った跡って言われてるね」
「じゃあ、山歩きを楽にしてくれて感謝だな」
その後も亀はバキバキと木を押し倒しながら、止まることなく進み続けた。
夜――
眩しいくらいの星空の下、俺とゴーレムは甲羅の上で揺られながら、並んで寝転がっていた。
しばらく無言で星を眺めていたが、俺はふと口を開く。
「お前とは子どもの頃から一緒にいるんだもんな」
ゴーレムが俺の顔を見る。
「これからもっと、いろんなところに行こうな」
ゴーレムは頷いた。
「いつか海とか見てみたいな」
ゴーレムが遠くを見るように顔を向ける。
「でもお前、泳げたっけ?」
ゴーレムは首を横に振った。
「だよな」
俺は笑った。
結局俺たちは、亀が次に動かなくなるまでの一昼夜、甲羅の上で過ごさせてもらった。
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七日目。
シャー!
山道を歩いていると、茂みから木の子の魔物が突如現れ、襲いかかってきた。
数日前からこのレベルの魔物は時々現れたので、俺も倒すのに慣れてきている。
俺は老木の神からもらった木刀を構えた。
「タキ、こいつは毒の胞子を......」
頭の中で書庫の神が助言する。
「わかってるって。頭を攻撃すると飛ばすんだろ」
俺は素早く魔物の後ろに回り、太い軸の部分を力一杯叩いた。
ギエー!
木の子の魔物は叫び声を上げながら倒れた後、黒い煙となって消える。
「うん、魔物についての知識もついてるね」
書庫の神は満足そうに言った。
「10年以上、勉強してきたからな」
「ではテスト。今の魔物の毒を応用した魔法は何?」
俺は木刀を腰に仕舞いながら答える。
「えーっと、自然魔法 ビオス イオスだろ?」
「正解。では、木の子の魔物を指輪のデザインに使って人気を得たデザイナーは?」
「え、指輪のデザイナー?」
俺は眉を寄せた。
「そんなの覚えたか?」
「商業国家ラーダで富を成した、ダバダ・ダ・ダバンダだよ。
100年くらい前に死んでるけど」
「そんな変な名前のやつ、絶対覚える意味ないだろ!」
書庫の神は淡々と話す。
「あの書庫にあった全書物の内容は、タキも知ってるはずなんだよ。
僕が心に住んでるんだから」
「はいはい。あまりにも膨大すぎるから、少しずつ取り出して定着させてるって話だろ?」
「そう。だから一度学習したら忘れることはないはず」
「じゃあまだ学習してないんだよ。
だって忘れる名前じゃないからな」
少し間を置いて、書庫の神は続けた。
「まあ、確かに変な名前だからね」
「そこは認めるんだな……」
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十二日目。
手を伸ばすと空が掴めそうな山の稜線。
圧倒されるほどの巨大な龍巣雲が南方から湧き出ている。
俺はしばらく雲を眺めたあと、ふと横の山に視線を落とした。
すると山肌の一部だけに、妙に白い靄がかかっているのが見える。
「ん……? あそこだけ……なんだ?」
しばらくの沈黙があり、書庫の神が話す。
「……うん。古文書によると、どうやら回復の泉はあの辺りみたいだね」
俺は思わず笑みを浮かべた。
「やっとだな!」
俺は歩く速度を上げた。
ゴーレムも後ろからついてくる。
そして太陽が真上に上がるころには、靄がかかっていた場所にあと一歩の所まで近づいていた。
険しい山の中にぽっかりできた草むら。
俺たちが暮らしていた草原の半分にも満たないその場所で、気になるものを見つけて足を止めた。
「あそこに小さな神様がいるな……。
そこに生えてる若木の神かな?」
まだ樹齢三十年程度の可愛らしいリドの木が草むらの脇に生えている。
その根元あたりで木製の人形のような神がウロウロしていた。
俺の半分くらいの身体には、小さい葉っぱがたくさん生えている。
「ちょっといいかな? 回復の泉ってさ……」
俺がそう話しかけると、どうも様子がおかしい。
若木の神は落ち着きなく、不安そうな面持ちで周囲を見回している。
「……なんだか様子が変だね」
書庫の神の声にも、わずかな緊張が混じる。
俺たちが近づく。
すると若木の神は、スルスルとリドの木へ登って身を隠した。
「おっと、逃げないで」
俺は木を見上げる。
「俺たちは敵じゃないよ」
若木の神の身体から生えている葉っぱがざわざわと震えた。
「怖いよう……怖いよう……」
「どうしたんだ?」
「いつもいないやつがまた来るよ……。
こわいやつ。わるいやつ……」
その瞬間――
森が静まり返った。
鳥の声が聞こえない。
風の音も消えている。
俺は周囲を見回した。
書庫の神の声が低くなる。
「……確かに変だね。気をつけて」
若木の神が叫ぶ。
「そこまで来てるよ!
こわいよ……こわいよ……!」
ゴーレムも何かを感じているのか、緊張しているように見える。
「お前も分かるのか?」
ゴーレムはもちろん何も答えない。
ただ、森の奥を睨んでいる。
その時、木々の向こうから音もなく異様な何かが現れた。
黒いボロ布に覆われた身体と、絵の具を塗ったような真っ赤な顔。
ぼさぼさとした白髪から覗くその赤い顔は、痩せた中年男のようだが、なんと両目を太い糸で縫い合わされている。
さらに異質なのがボロ布から出た両手で、手のひらは人の何倍も大きく、木の枝のように長い指からは1メートルを越える鋭い爪が生えていた。
そいつには足がなく、宙に浮いて移動する。
俺は禍々しいその姿に圧倒され、思わず息を呑んだ。
「……なんだ、こいつ」
頭の中から、書庫の神の声が返ってくる。
「こ、こいつは……悪魔族だ」
珍しく、その声は動揺していた。
「欲望のある場所にしか現れないはず。
どうして、こんな山奥に……!」
「悪魔族って、あの……」
俺が言いかけた、そのとき。
悪魔はゆっくりと首を左右に振りながら、鼻をクンクンと鳴らした。
そして俺たちのほうに顔を向ける。
不快な声が森に響いた。
「貴様。この辺りで、骨は見てないか?」
俺の身体は硬直していた。
「な、何言ってんだ……こいつ」
「逃げろ!」
書庫の神が心の中で叫ぶ。
次の瞬間――
悪魔の長い爪が俺に向かって伸びる。
「キャー!」
若木の神が悲鳴を上げる。
爪が俺を切り裂こうとしたその時、ゴーレムが前に飛び出した。
ザシュ! ザシュ!
鋼の剣も通さなかったゴーレムの身体を、悪魔の爪がいとも簡単に切り裂く。
ドサッ! ドサッ!
斬られたゴーレムの身体が、地面に転がった。
俺は言葉を失う。
「……」
目の前には、バラバラになったゴーレム。
若いリドの木の下で、悪魔がまた鼻を鳴らした。
第2話 終わり




