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神つかい 奇奇奇譚  作者: 葉山P之介
3/8

第1話 十年以上かけて修行した俺は、そこそこ戦えるやつになっていた

あれから十年と少しの月日が流れた――。


俺は心の中で、大地のグリモワールの最後のページを閉じる。


それまでグリモワールを包んでいた光が消え、古びた土色の分厚い本へと戻っていく。


俺は目を開けた。


鼻の頭まで伸びた黒い前髪が揺れている。


「……ふぅ」


俺はゆっくり息を吐き、両手を上げて叫んだ。


「よし! 全部読んだぞ!」


バシャ!


1メートル程度の小さなゴーレムが、俺の声に驚いて尻餅をつき、川から運んできた水をこぼす。


さらにもう一体のチビゴーレムも、そいつに足を引っ掛けて転び、水の入った桶をひっくり返した。


「なに遊んでんだよ……」


俺は思わず苦笑した。


険しい山々の合間にぽっかりできた平原――


真ん中には、太い枝がどこまでも広がる古木が立っている。


一部は朽ちているものの、生い茂る葉は緑に輝き生命力に満ちていた。


枝の上には小屋と手作りのハシゴがあり、巻き付いた数種のつる植物が、時の流れを感じさせる。


その古木が作る濃い影の中、俺は大地のグリモワールを読み終えた達成感に浸っていた。


「十年以上かけてグリモワールを完読したね。

おめでとう、タキ」


心の中で、いつもの声が聞こえた。


「ありがとう、しょこたん」


俺はそう言って、目を閉じ意識を集中する。


すると書物がぎっしり並んだ小さな空間の真ん中に、書庫の神の姿が浮かんできた。


「君にそう呼ばれ始めてから、もう十年以上か。

改めて変な名前だね」


沢山の文字が書かれた、てるてる坊主のような身体に立派な角……そこから下がる古びたランタンと鍵も、出会った頃と変わらない。


「子どもの頃につけたあだ名だからな」


俺は笑った。


目を開けて横を見ると、二人の神が笑顔で拍手し、グリモワールの読破を祝ってくれている。


一人は3メートルを超える古木の神――


もじゃもじゃとした髭を蓄え、丸坊主の頭には小鳥がとまっている。


もう一人はこの草原に咲く万年朝顔の神――


無数の花びらが集まった丸いかたまりから目と手だけが出ており、フワフワと浮いている。


俺は二人を見て微笑み、軽く頷いた。


そしてまた目を閉じて、意識を集中させる。


「しかし今日まで魔法に武術、勉強に狩りってかなり忙しくやってきたよな。

明日からはゆっくり寝てもいいか?」


書庫の神は、何かの書物を読んでいる。


「いや。朝はもっと早くなる」


「えー、なんでだよ」


「明日からは……旅に出るからね」


「……本当か! やっとあの川を越えるんだな!」


書庫の神は書物を読むのをやめ、俺に視線を移した。


「君も大きくなったし、僕も冒険してみたい」


冒険という言葉に俺の心は踊った。


「よし。昼からは武術訓練だな!」


俺は草むらに寝転がっていたゴーレムを見る。


子どもの頃に城から逃してくれた、あのゴーレムだ。


「ほら、行くぞ」


ゴーレムはノソノソと立ち上がった。


書庫の神が、次の訓練内容を告げる。


「今日は双斉流剣術、八の型ね」


「了解!」


俺は肩よりも伸びた髪を、適当に紐で束ねながら答えた。



-----



俺たちは草原の端まで歩き、二人の神様とチビゴーレムから離れた。


服を一枚脱いで、身軽になる。


細身の身体ではあるが、毎日の鍛錬でついた筋肉が浮かんでいる。


俺は二本の短い木刀を手に持ち、ゴーレムめがけて突っ込んだ。


ゴーレムが地面を殴る。


ドゴン!


足元から土柱が突き上がった。


俺はそれを足場にして跳ぶ。


回転しながら宙を舞い、そのままゴーレムの背後へ回り込む。


だが――


ゴーレムの胴体だけが、ぐるりと回った。


拳が飛んでくる。


ガキィン!


二本の木刀で受け止めた。


が、その反動で後ろに飛ばされる。


ゴーレムが再び地面を叩く。


ドゴン!


土柱が次々と突き上がる。


俺は身体をひねり、その間を抜けた。


そして土柱の隙間からゴーレムの足元に滑り込み……


ドンッ!


二本の木刀でゴーレムの胴を叩いた。


「それまで」


頭の中から、書庫の神の声がする。


「これで百二十五連勝。また記録更新だね。

では、いつものように元に戻して」


「了解了解」


俺は木刀をズボンの裾に挟み、片膝をついて地面へ手を当てた。


『大地の復元魔法――レストア グラウンド!』


ゴゴゴゴゴ……!


緑の光を放ちながら、土柱は沈み、地面の穴が塞がっていく。


……荒れた草原は、数秒ですっかり元の姿に戻った。


俺は辺りを眺めながら書庫の神に語りかける。


「なあ、しょこたん。

復元魔法とか、小さなゴーレムの生成じゃなくてさ。

そろそろドカーンと大魔法をためして……」


そこで書庫の神が割って入る。


「ダメだね」


「えー、魔力もそこそこ高くなってると思うんだけど」


「何度も言うけど大魔法はとても危険。

身体がバラバラになるよ。

せっかく君の親が守った生命も無駄になる」


「……わかったよ。

せっかくグリモワール全部読んだのに無意味かよ」


俺がぼやくと、書庫の神は静かに答えた。


「ねえタキ、この十年以上の年月の中で……

無意味なことなんて何一つないんだよ」



-----



その日の夜。


古木の枝の上にある小屋。


壁には靴くらいの大きな蛍が数匹とまり、淡い光を放っている。


俺は床に敷いた動物の毛皮の上で坐禅を組み、精神を集中させていた。


しばらくして、目を開く。


「よし。これで、この辺りにある国の法律は全部覚えた」


書庫の神が、分厚い書物のページをめくる。


「では、スベルグ共和国で泥棒をしたら?」


「銀貨二十枚と、百日間収容の罰則!」


「うん。よくできました」


「そりゃ毎日勉強してるからね。

……よし、次は神学の途中からだ」


書庫の神が本を閉じる。


「いや、今日はもう寝よう。明日は朝早いから」


「そうか……初めての冒険か……。楽しみだな」


俺はその場で上を向いて寝転がり、明日からの冒険を想像した。


当分はうまく眠れそうになかった。



-----



翌朝。


晴れ渡った空の下――


広場でゴーレムの胸を開き、俺はその中に旅の荷物を詰め込んでいる。


「よし。これで全部だ」


古木の神と花の神が二人並び、俺を見送ってくれた。


俺は二人と握手を交わす。


古木の神がシワだらけの手で、新しい二本の木刀を渡してくれた。


俺は木刀を受け取り、軽く振った。


ヒュン!


「お、軽くて頑丈そうだな。ありがとう」


今度は花の神が、涙を浮かべながら小さな瓶を差し出した。


中には黄金色の蜜が入っていた。


俺は一口なめる。


「……うわ」


瓶を見つめる。


「これ、酔っ払うやつだよ。未成年に渡すなよ」


花の神が笑った。


その横では、二体の小さなゴーレムが寂しそうに立っている。


俺はしゃがんで二体の頭を撫でた。


「お前たちもありがとな。

長い旅になるから連れて行けないけど、ここで神様たちと仲良く暮らせよ」


二体のチビゴーレムが、涙を拭うような仕草をする。


「そんな顔するなって」


俺は笑いながら古木の枝にある小屋を眺めた後、声を張り上げる。


「さあ、行こう!」


座っていた大きい方のゴーレムが立ち上がる。


俺はその胴体を手のひらで数回叩く。


「昔みたいに、お前に乗れたら楽なんだけどね」


ゴーレムが申し訳なさそうに頭を掻く。


「まあ、仕方ないよ」


俺たちは草原から山に向かって歩き出す。


古木の神と花の神。


二体の小さなゴーレム。


みんなが手を振っている。


俺も手を振り返す。


少し歩いたところで、もう一度振り返った。


グリモワールの読書、ゴーレムとの戦闘訓練、食料集め、小屋での勉強と、何かと忙しく過ごした十年以上の月日……。


本当に楽しかった。


寂しさなんて微塵も感じたことがなかった。


人間は俺一人だったけど、見守ってくれる仲間はたくさんいた。


俺は前を向き、歩きながら呟いた。


「ありがとう楽園。広い世界を見てくるよ」



-----



俺とゴーレムは深い山の奥へ進む。


やがて、大きな川にぶつかった。


対岸は遠く離れており、流れもかなり速い。


「……これ、どうやって渡るんだよ」


ゴーレムを見る。


「俺はなんとか泳ぐにしても、お前は沈むだろうし」


「新しい魔法に挑戦してみる?」


書庫の神の提案に、俺は顔を上げた。


「新しい魔法ね……でも飛べるようなのはないし……」


「グリモワール六十四ページ。木も大地の一部だよ」


「ああ、あれか!」


俺は川の横にある大きな木を見上げる。


「では――」


膝をついて片手を地面につけ、息を吸い込む。


『大地の魔法! フォレスト アクセル!』


その瞬間、川岸の木々が緑に光った。


何十本もの枝がみるみる伸びていく。


さらに何百本もの蔓や蔦も伸びる。


ギギギギ……!


やがて――


枝と蔦が複雑に絡みあった、大きなアーチ状の橋が完成した。


俺は額の汗を拭う。


「ふぅ……できた」


書庫の神が静かに言う。


「初めてにしては、なかなかだね」


「じゃ、行こう」


ギシッ ミシッ


俺とゴーレムは、落ちないように注意しながら、時間をかけて作りたての橋を渡った。


この先にあるのは――


まだ見たことのない、広い世界だ。



第1話 終わり

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