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神つかい 奇奇奇譚  作者: 葉山P之介
2/8

神代前 カミヨノマエノマキ

あれは、およそ十年前。


まだ幼かった俺の、朧げな記憶――


その日、俺たち一家と村の民は、大陸の東にある城へ集められていた。


城の大広間は、俺たちが暮らす村とは何もかも違っている。


大理石の壁に、高い天井。


そして、甲冑に身を包んだ大きな兵士たち。


集められたおよそ二百人の民は、不安そうに周囲を見回していた。


「……なんだろうね……

こんな立派なお城に、みんなして呼ばれて……」


村の婆さんが、不安そうに呟いた。


父さんは周囲の兵士を睨んでいる。


「嫌な空気だ」


母さんは俺の手を握り、小さな声で言った。


「子どもまで連れてきたけど……」


「なーに、いい物がもらえるかもしれんよ」


長老は、古びた布の服で汗を拭いながら微笑んだ。


そんな中、俺は別のものに目を奪われていた。


父さんの腰帯に、何かがしがみついている。


手のひらほどの大きさ。


三日月のような形をした、半透明の身体。


小さな目と手足がついており、キョロキョロと周囲を見回している。


俺がつい手を伸ばすと、母さんが止めた。


「タキ。今はダメ」


俺はしぶしぶ手を引っ込める。


その時、ゆっくりと大扉が開き、ひとりの兵士が声を張り上げた。


「王のお出ましだ! 静まれ!」


同時に扉から男が現れた。


どっしりとした腹に、伸びた顎髭。


いかにも偉そうな男は、のそのそと一段高い壇上へ上がると、中央の椅子に身体を沈めた。


両脇には二人の大臣と、屈強そうな兵士たちが控えている。


男はひとつ咳払いをし、不気味な笑みを浮かべた。


「よしよし、揃っとるな。楽にせい」


その時、隣に立つ神経質そうな大臣が声を荒らげる。


「偉大なるハロン王の御前であるぞ! 

田舎者ども、礼儀をわきまえんか!」


民たちの緊張が一気に高まる。


「まあ、よいよい。彼らには、なあ……」


ハロンの目が、民たちを舐めるように動く。


「これから色々と頼み事をするんじゃから、優しくの」


もう一人の大臣も口を開く。


「お前たちにいくつか質問する。

正直に答えるように」


俺は、また父さんの腰にいる何かに手を伸ばす。


しかし、また母さんに止められた。


そんな中、長老が村人たちの前へ出る。


「これはこれは、国王様」


長老は両手を揉みながら頭を下げる。


「私がこの村の長老です。なんでも聞いてくだされ」


「うむ、では聞こう。

お前たちの村の民は、みな不思議な力を持っているとか。

それは確かか?」


長老は笑顔で答える。


「……まあ、不思議な力といいますか……。

何代にも渡って八百万の神というものを信仰しておりましてな」


ハロンの顔が明るくなった。


「おう、それじゃ!」


身を乗り出す。


「その、なんやらかんやらの神。

お前たちは、その神を使役しとるんじゃな?」


「えー……使役というのは違いましてな……」


長老は困っている。


「神々と交信したり、相談したり。

時には力を借りながら、慎ましく暮らしておりまして……」


「貴様! 何をごちゃごちゃ言っとる!

ハイかイイエで答えんか!」


大臣が怒鳴った。


もう一人の大臣も続く。


「して、その神とやらは、この国の役に立つのか?」


「はて? お役に?」


長老は首を傾げる。


「まあ、神によっては掃除を手伝ってくれたり、重い荷を運んでくれたりと……」


「……んー」


ハロンは頭を掻いた。


少し考える。


そして、


まるで面倒な会話を終わらせるように言った。


「こいつ、殺してよし」


その瞬間――


ハロンの側近の兵士が飛び出した。


シュパンッ!


長老の首が、宙を舞う。


少し間を置き、小さな音を立てて長老の身体が倒れた。


大広間に悲鳴が響く――


俺にはまだ何が起こったのかわからない。


ただ身体だけが、ガタガタと震えた。


「静まれい!」


ハロンの横にいた、熊のように巨大な兵士が怒鳴った。


「王の御前であるぞ!」


怒声に押され、村人たちの喧騒が少し収まる。


その間に、父さんが長老の遺体へ歩み寄った。


肩が怒りで震えている。


「ど、どういうことだ……これは」


ハロンが苛立ちを露わにする。


「なーにを、掃除だの荷物だの!

戦争に役立つのかと聞いとるんだ!」


父さんが顔を上げた。


「我々は神をそんなことに使わない!」


父さんが叫ぶ。


「神つかいは!

一族を守るために神々と交信するんだ!」


ハロンは鼻を鳴らした。


「フン」


そして、立ち上がる。


「お前な」


その目から、さっきまでの笑みが消えていた。


「なぜ村人ども全員を、こうして集めたかわかるか?」


あたりは静まり返っている。


「それは! クズどもを一掃するためだ!」


その言葉に、母さんの腕が俺を強く抱きしめた。


ハロンは続ける。


「戦争に使えないなら、我が国に不要」


そして――


「皆殺しにしろ!」


王命が下った。


兵士たちが、一斉に刀を抜く。


真っ先に動いたのは、長老の首をはねた兵士だった。


刃が婆さんへ向かう。


「ヒィッ!」


婆さんは逃げようとするが、足がすくんで動けない。


そのとき――


父さんが腰から小刀を抜いた。


そして、頭上へ突き上げる。


「刀の神よ!」


あの三日月のような何かが、父さんの腰から飛び上がり眩しく光る。


「ここに宿れ!」


光が小刀へ吸い込まれる。


次の瞬間。


ガッハ!


老婆へ斬りかかった兵士の身体が、頭から真っ二つに割れた。


ドサッ。


左右に分かれた身体が、床へ落ちる。


父さんの手には、光り輝く長い刃が握られていた。


大臣が叫ぶ。


「武器を取り上げてなかったのか!」


「い、いや……」


出入口の兵士が慌てて答える。


「全員、大したものは持っていなかったので……」


父さんは光る刀を構えながら、周囲を見渡して叫んだ。


「戦える神つかいは、抜刀しろ!」


「オウ!」


次々と男たちが小刀を抜く。


刀に神が宿り、光の刃へと変わっていく。


全部で十三人。


その姿に、兵士たちが怯んだ。


ハロンと大臣たちは、すぐさま大扉へ向かう。


ハロンは逃げながら叫んだ。


「戦争に使えても、歯向かうならどうせ使えん!

全員殺せー!」


それを合図にいくつもの扉が開き、大量の兵士が雪崩れ込んでくる。


父さんが顔を歪めた。


「くっ……こんなにおったか!」


次の瞬間、ハロンの横にいた、熊のように大きな兵士が父さんへ斬りかかった。


光る刀と鋼の剣がぶつかり合う。


ガキィン!


「フン!」


巨大な兵士が笑った。


「光る剣とて、我が鋼の刃を砕く力はないようだな!」


父さんは答えない。


その視線は兵士ではなく、母さんと俺へ向いていた。


「タキを連れて逃げろ!」


母さんが頷いた。


「こっちよタキ!」


母さんが俺の手を引いて走り出す。


「うおおおっ!」


「死ねぇ!」


大広間は戦場になっている。


戦える者の数では、圧倒的にこちらが不利だった。


老人が倒れる。


女が倒れる。


子どもが倒れる。


村の民が次々と斬り殺される。


その乱戦の中、俺は母さんに手を引かれながら父さんを見た。


父さんは大きな兵士と刀を合わせ踏ん張っている。


その時、俺は光る刀を指差して思わず叫んだ。


「お父さんを助けて!」


その願いが――


届いた。


刀の光が目が眩むほど強く輝く。


そして刃がさらに長く大きく変化し……


ズバァッ!


大男の胴体を、鋼の剣ごと真っ二つに切り裂いた。


「なっ……!」


父さん自身も、驚きで目を見開いている。


光る刀の中から、あの三日月のような神が顔を出した。


小さな目が、俺を見ている。


「我の力が、一瞬で……」


神は呟いた。


「あの幼子の願いの力か……」


父さんは倒れた兵士を一瞥すると、すぐに周囲を見渡した。


まだ敵はいる。


むしろ、さらに増えている。


父さんは母さんに叫んだ。


「頼むぞ! その子は村の希望だ!

必ず逃げ延びてくれ!」


父さんが刀を振る。


「行けーー!」


母さんは大広間の端にある大きな窓へ向かった。


その背中へ、兵士が迫る。


ザクッ!


刃が母さんの背中を切り裂いた。


「……っ!」


母さんは俺を抱き、身体を大きく崩しながら窓へ体当たりした。


バシャァン!


ガラスが砕け散る。


母さんと俺の身体が、城の外へ転がり落ちた。


「……っ、くっ!」


母さんは立ち上がったが、背中から血が流れている。


それでも俺を抱きしめ、走り続ける。


背後から兵士の声が聞こえる。


「女と子どもが逃げたぞ!」


「追えー!」


母さんは走る。


けれど、出血がひどい。


やがて足がもつれた。


俺を抱いたまま、大きな建物の脇にある草むらへ倒れ込む。


「フーッ……フーッ……」


母さんの呼吸が荒い。


背中から流れた血が、地面を赤く染めていく。


その時だった。


大きな建物の影から、何かが顔を出した。


父さんの腰にいた刀の神と同じように、半透明でぼんやりと光っている。


てるてる坊主のような身体。


その表面には、びっしりと文字が刻まれている。


丸い頭からは数本の葉のない木の枝が、角のように生えており、そこに古びたランタンと鍵がぶら下がっていた。


それは俺たちを見て、首を傾げた。


「なんか騒がしいね」


そして、母さんを見る。


「……あれ? どうしたの? ひどい怪我してる」


母さんは、その不思議なものを見つめた。


「……助けてください。

この子だけは……お願い……」


その何かはしばらく母さんを見つめていた。


そして、無表情のまま言った。


「大変そうだね。まあ、入って入って」


厳重に閉ざされていた大きな扉が開いた。


母さんは俺を抱いたまま、這うようにして中へ入る。


そして――


ズズズズズ……


重い扉が、ゆっくりと閉じていった。



-----



城からは、悲鳴と叫び声が絶えず聞こえる。


母さんは暗い建物の中で座り込み、荒い息を繰り返している。


俺は母さんにしがみついていた。


「……その怪我、かなりひどいね」


目の前にはあの不思議なものが立っている。


「母さんを助けて!」


俺は叫んだ。


不思議なものは困ったように首を傾げる。


「僕はこの書庫の神。

だから、怪我や病気の知識はあるけど……」


淡々と言葉を続ける。


「何もできないし、どこにも行けないんだ。すまないね」


母さんは、苦しそうに声を絞りだす。


「私は……もう構いません」


そして俺を抱きしめる。


「この子だけは……」


そのとき。


遠くから父さんの声が響いた。


「うおおおおっ!!」


続いて兵士たちの怒号が聞こえる。


俺は振り返った。


「お父さん!」



-----



大広間では、父さんと数人の神つかいが、背中合わせに立っていた。


その足元には、倒れた仲間たち。


床に転がった小刀が次々と光を失っていく。


「まだ戦える者は!」


父さんが叫ぶ。


「五人!」


「いや……四人だ!」


兵士たちが押し寄せてくる。


「くっ……」


父さんは光る刀を握り直した。


「まだだ!」


神つかいたちが一斉に斬りかかる。


ガキィン!


ザシュッ!


しかし、兵士の数は圧倒的だった。


残りの仲間も倒れていく。


最後に残ったのは、父さんだけだった。


敵は、まだ大量にいる。


「……もう、ダメか。妻よ……」


父さんは刀を構える。


「タキを頼んだぞ」


そして、敵へ飛び込んだ。


「うおおおおっ!」


光る刀が兵士を切り裂く。


しかし――


兵士たちが一斉に襲いかかった。



-----



その時、書庫の外から声がした。


俺はびくりと身体を震わせ、母さんにしがみついた。


「この建物が怪しいぞ!」


「扉を壊せ!」


ドンッ!!


扉が揺れる。


母さんが、書庫の神を見た。


「書庫の神様……お願いを聞いて」


「聞けるものだったらね」


母さんは、しばらく黙っていた。


そして――


「私は今から……秘術、神やどしをします」


その言葉を聞いた書庫の神の身体が、一瞬固まる。


「神やどし……知ってるよ。

確か、八百万の神を信仰する巫女だけの禁呪だ」


そして、母さんの目をじっと見る。


「あれを使うと……君は死ぬ」


母さんは答えなかった。


ただ、俺の頭を優しく撫でる。


「……ごめんね」


「お母さん?」


「もう、お母さんは一緒に行けない」


「やだ! 帰ろう!」


母さんは涙をこらえながら笑った。


そして、書庫の神を見る。


「お願いします。この子を守って」


「……本気かい?」


母さんは頷いた。


ドンッ!!


その時、扉が大きく歪む。


「見えたぞ!」


「隙間ができた!」


扉の隙間から、剣が突き刺さる。


母さんは俺を強く抱き寄せる。


「あなたは、生きるのよ」


そして俺の額に手を当て、もう片方の手で書庫の神の身体に触れた。


書庫の神は、母さんを見つめる。


頭の枝からぶら下がっているランタンと鍵が揺れる。


母さんは静かに目を閉じた。


「我と交信する慈悲深き神よ

我が生命と引き換えに――

この者の心に、神殿を築きたまえ」


書庫の神が光に包まれる。


棚に並んでいる本が、風もないのに一斉にめくれ始めた。


『秘術――神やどし』


突然、周囲の音が消えた。


書庫の神は完全な光となって、俺の中へ流れ込んでくる。


うわぁぁぁぁ!


そして――


俺の頭の中に声が響く。


「……聞こえるかい?」


「……うん、どこにいるの?」


「ここ。君の心の中」


母さんの身体から、力が抜けた。


「……お母さん?」


母さんは目を閉じて、もう動かない。


座った姿勢のまま、横に倒れた。


「お母さん!」


その瞬間――


バキィィィン!!


扉が完全に破壊された。


兵士たちが、書庫へ雪崩れ込んでくる。


「いたぞ!」


「女とガキだ!」


頭の中で、書庫の神がつぶやいている。


「どうする……どうする……

この子が死んだら僕も消える」


兵士たちが、俺と母さんを取り囲む。


「城にいた奴らは全員死んだ!」


兵士の一人が剣を向ける。


「残るは、お前たちだけだ!」


書庫の神は必死に考えている。


「考えるんだ……この書庫にあるもの

……本……本……」


そして――


「そうだ!」


書庫の神は何かを閃いた。


「大地のグリモワール!」


書棚の一番奥。


分厚い土色の本が、淡く光っている。


「これはもう君の心に入っている」


書庫の神が叫ぶ。


「イメージして! 君を守るもの!」


俺は泣きながら叫んだ。


「守ってーー!」


その瞬間――


ゴゴゴゴゴゴッ!!


床が揺れた。


「な、なんだ!?」


石畳が盛り上がり、壁が砕ける。


その瓦礫が俺の足元で一つに集まっていく。


眩い光が書庫を包む。


「なんだ、これは!?」


兵士たちが後ずさる。


光が消える。


そこに立っていたのは――


大人の背丈よりずっと大きい、丸くて無骨なゴーレムだった。


その胸がぱかりと開く。


「そこへ入って」


書庫の神の声に従って、俺はゴーレムの胸に飛び込んだ。


「囲め!」


兵士たちが一斉に襲いかかる。


しかし、ゴーレムは兵士と戦わなかった。


砕けた壁の隙間から外に飛びだし、ぎこちなく走り出す。


ドタッ、ドタッ、ドタッ


追ってきた兵士たちが剣でゴーレムの背中を切りつけた。


しかし石と瓦礫の塊......剣を弾き返す。


「なっ……!」


そのまま城の庭を駆け抜け、城門までたどり着いた。


「止めろ!」


「門を閉じろ!」


書庫の神が言う。


「止まらない、そのまま」


ゴーレムが力を込めて地面を踏んだ。


ドゴォン!!


三本の大きな土柱が突き上がる。


数人の兵士たちが吹き飛び、城門の一部が崩れた。


ゴーレムは、そこから城下町へ飛び出す。


石畳を転がりながらくだり、そのまま橋を渡る。


さらにドタドタと街を越え、森も抜ける。


高い崖を滑り降り、浅い川もザブザブと渡る。


何度か馬に乗った追手と遭遇したが、ゴーレムは夕日に向かってひたすら進んだ。


夜になると俺は走るゴーレムの中で眠り、朝になるとやはりゴーレムの中で果物を食べた。


数日それを繰り返し、やがてゴーレムは城の支配が届かない場所まで辿り着く。


大陸の二割を占める山脈地帯の入口。


そこで、ゴーレムが止まった。


胸が開く。


俺は外へ出た。


後ろを振り返っても、城は見えない。


追手の姿もない。


それでも――


父さんも母さんも、もういない。


俺はおもいっきり泣いた。



-----



王の間では、ハロンが激昂していた。


「これだけの兵がいて、

おめおめとガキ一匹を逃がすとは!」


拳を玉座へ叩きつける。


「全員、死罪じゃ!」


大臣が頭を下げる。


「子どもはゴーレムと一緒に逃げたそうです。

書庫で死んだ女の仕業でしょうな」


ハロンは鼻を鳴らした。


「フンッ、まあガキの一人だ。いいだろう」


そして、立ち上がる。


「次は南の森に住むドワーフを、一人残らず集めよ!

最強の武具を作らせるんじゃ!」


「もし、従わない場合は……?」


兵士が恐る恐る尋ねる。


ハロンは笑った。


「そりゃもう、な」



-----



深い山脈への入り口。


俺はゴーレムと並んで歩いていた。


夕日が山の向こうへ沈んでいく。


俺はつぶやいた。


「……ひとりになっちゃった」


そのとき。


頭の中から、あの声が聞こえた。


「そうだね。でも僕がいる」


俺は涙を拭った。


そして――


ゴーレムと共に夕暮れの山道を歩き始めた。



神代前 終わり

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