神代先 カミヨノサキノマキ
朝。
山脈都市の入口に広がる巨木の森――
その、ひときわ太い木の枝に作られた集会場に、俺はいた。
大きな長机が置かれた室内には、窓から差し込む朝の光が筋となって伸びている。
「よし……みんないるな」
俺は会議室に集まった数体の神を見渡した。
姿も大きさも、まるで違う。
共通しているのは、俺が生み出したということだけだ。
今日は、この山脈都市に隣国の派遣団が初めて訪れる記念すべき日。
俺はいつになく緊張しながら話し始めた。
「前にも言ったけどさ、派遣団が来たらお前たちは隠れてもらいたいんだ」
神たちは俺の言葉に黙って頷く。
「俺は、多種族が暮らすこの国の代表という立場で派遣団を迎える。
あとは......ただの15歳の人間で、大地の魔法使いという自己紹介くらいはするだろう」
するとすぐ隣に立っていた、アッシュブルーの肌と白銀の髪を持つ女神が口を開く。
「我々のような眷属を生めることは秘密、というお話ですね」
「そうだ。お前たちには悪いけどな。
知らない奴らに警戒されたくないし、奥の手は隠しておきたい」
彼女は回復の泉の神、サントピエラ。
ここにいる神の中で、俺が最初に生み出したのがこいつだ。
「タキ様、何も気にすることはありません。
それが賢明なご判断ですわ」
そう言いながら、座っている俺の肩にそっと手を添える。
「ありがとな。じゃあ役割の最終確認だ」
俺はサントピエラの美しい顔を見上げた。
目の全体が身体よりも深い青色で、額と頬には古代文字が刻まれている。
「何か問題があれば俺が合図を送る。
そうしたらすぐに水の結界で、この国を守ってくれ」
サントピエラは白銀の髪をかき上げる。
「お任せください。あと怪我人が出たら、バンバン治していきますわ!」
いつもの調子で、サントピエラが嬉しそうに答えた。
こいつについては、まあ心配ないだろう。
問題はここからだ。
「えー、次はダスクリュート」
「......はい」
浅黒く端正な顔立ちの男が、胸まで伸びた黒髪の間から静かに俺を見る。
頭からはひびの入った二本の白いツノが生えている。
およそ二百年前に猛威をふるい、この大陸の生物を絶滅させかけた暗黒龍――
その死骸の骨から生み出した神だ。
「お前はほんとに何もするなよ。
もし俺がちょっと舐められても......」
ダスクリュートは俺の言葉を遮る。
「その時は全員を八つ裂きにします」
ハァー。
俺はため息をついて、額に手を当てた。
「ダスクさ......そもそもの約束を覚えてるか?」
ダスクリュートは腕を組み、自信満々の顔つきで天井を睨んでいる。
「はい。指示があるまで誰も殺さない」
俺は大声で叱った。
「そうだよ! だから勝手に八つ裂きにするな!
俺の指示を待つんだよ!」
ダスクリュートは肩を落とした。
「そうでした。......承知しました」
「本当に! 真剣に! 真面目に! 承知してくれ!」
俺はできる限り釘を刺した。
ダスクリュートはつまらなそうな表情で小さく頷いた。
次に、その隣に立つ俺の二倍くらいの背丈の、灰色の神を見上げた。
「次はグリだ」
こいつは、宇宙の神を見てみたいという好奇心から、大地の魔法で隕石を落とし、それを元に生み出した。
ゴツい身体は金属のような鉱石のような、この世界にはない材質でできている。
そして宇宙から来たせいだろう、言葉がイマイチ通じない......。
「アイ」
その気の抜けた返事に、俺はまた額に手を当てた。
「えーっと、グリは戦いが始まったら弱いやつらを守る役目だ。
子ども、年寄り、病人......わかるな?」
「うん......ち、ちいさいの、ウメボジ、おそいの、マモル」
グリは天井につきそうな顔をしかめながら、俺を見下ろす。
どうやら年寄りをウメボシと言いたかったらしい。
さらに病人を、遅いのって......。
ハァー。
俺は二度目のため息をついた。
次に俺は、その横で目をキラキラさせている美しい少女に目をやった。
「そんで次はクリスタルだ」
「はいはい! ハーイ!」
眉毛の上で黒い前髪がぱっつんとそろうロングヘアーの少女は、両手を挙げて元気に飛び跳ねる。
こいつは水晶髑髏の長杖から生み出した神だ。
本来の姿は全く違うが、その辺に埋葬されているいろんな種族の死体を勝手にいじくって、十三歳くらいの人間の美少女に扮している。
神として生み出した俺にも、こいつが何なのかよくわからない。
「お前は見た目が人間だから隠れなくてもいいけど、とにかく俺の邪魔をするな」
クリスタルは目の前の机に手をつき、足をバタバタと動かす。
「もう! タキ様、わかってますって!
わたしはお客様をメロメロにすればいいんでしょッ!」
ハァー
俺は今日一番長いため息をついた。
「はいはい、それでいいです。
でももし争いになったら......」
するとクリスタルは動き回るのをやめて、ニヤリと笑った。
「言い付け通り、一番身分の高そうな者をさらって、人質にしますね」
その返答に、俺は満足して頷いた。
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会議の後、俺は集会所に残りサントピエラが用意してくれた水鏡の前に立つ。
薄い水の膜が宙に浮かび、朝の光を受けて静かに揺れている。
鏡には十五歳の人間の男......当然、俺の姿が映っている。
俺は肩より少し伸びた黒髪を手でまとめ、何ヶ所か紐で縛っていく。
衣服も、あえて普段のもので派遣団を迎えることにした。
柔らかい生成りの上着に、布と衣類の間のような羽織もの。
ゆったりとした黒いズボンは、動きやすいように裾を縛っている。
その時、頭の奥から声が聞こえた。
「やっぱり少しは着飾った方がいいんじゃない?」
書庫の神だ――
こいつだけは俺が生み出した神じゃない。
子どもの頃、あることをきっかけに俺の魂と融合し、それ以来ずっと一緒にいる神だ。
目を閉じて集中すると、書物で溢れかえる小部屋の真ん中にいる姿が、ぼんやりと浮かんでくる。
文字がびっしりと書かれた、てるてる坊主のような身体......。
丸い頭からは二本の木の枝が生えており、そこに古びたランタンと鍵がぶら下がっている。
「......着飾るたって、大した服もないしな」
そう言い返すと、書庫の神は分厚い書物から俺の方に目を移した。
「だけど国の代表としての威厳が全くない」
俺は水鏡で改めて自分の姿を確認した。
人間が暮らす国だとどこにでもいそうな、身長170cm程度の男子。
それ以上でも、それ以下でもない。
「威厳なんて、ない方がいいだろ」
「それは相手によるね。
まあ、好きにすればいいさ」
「はいはい、好きにしますよ」
実際、今日来る連中がどんな奴らなのか、まだ何もわからない。
俺は集会所の扉を開けた。
目の前に広がるのは、巨木の森のいつもの風景――
まるで城のように大きな木が何百本も連なり、その太い枝にはたくさんの家屋が築かれている。
その中には調理場や診療所、学校、食堂、監視室などもある。
そして木と木の間には無数の吊り橋が渡り、立体的な都市を形成していた。
大自然と文明が交差する異境。
そんな巨木の森は、俺たちが暮らす山脈都市のごく一部にすぎない。
この先には神殿の広場、光の谷、さらにまだ未探索地帯も広がっている......。
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次に俺は、巨木の森の中心に作られた大きな広場に訪れた。
普段は戦闘訓練や、お祭り、宴などに使われている場所だ。
今日はここで派遣団を迎える。
広場にはすでに、この山脈都市に暮らす大勢の種族が集まっていた。
アマゾネス、ダークエルフ、獣人、ドワーフ、グリフォン......。
姿も種族もまるで違う連中が、一つの広場を埋め尽くしている。
俺が姿を見せると、ざわついていた声が少しずつ静かになっていった。
「みんな、おはよう」
あちこちから声が返ってくる。
「今日はついに、人間の派遣団が来る日だな」
広場が静かになった。
「どんな奴らがどれくらい来るのかも、よく分からないけど......」
俺は続ける。
「向こうが友好的なら俺も仲良くしたいと思ってる」
少し間を置いた。
「でも、俺たちに危害を加えるなら話は別だ」
獣人たちの顔つきが変わる。
「そんなことは、私が許さない」
そう言ったのは、立派な日本刀を腰からさげた獣人族の女王だ。
続けて屈強なアマゾネスの族長が斧を振って叫ぶ。
「全員この斧で返り討ちにしてやるよ!」
俺は二人に言った。
「うん。争いになったら頼むな。
とにかく一番大事なのは、ここで暮らしてるみんなの命と尊厳を守ること。それが最優先だ」
それを前提に、と俺は続けた。
「できれば今日を、隣の国と仲良くなる記念すべき日にしたい」
何人かがうなずいた。
「もし戦いになっても、できるだけ相手を殺さないように頼む」
そう、今日やりたいのは戦争じゃない。
むしろ、その逆なんだ。
「以上」
俺は軽く手を叩いた。
「じゃあ、連中を迎える準備を続けよう」
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それから、数時間後。
俺は巨木の森の入口で、空を見上げていた。
すると南東の山の稜線から小さな影が現れた。
一つ。
二つ。
いや、そんな数じゃない。
巨大な翼を広げた飛龍が、次々と山の向こうから姿を現す。
その数は、三十体を超えていた。
そして、そのすべての背に人間が乗っている。
「来たか……」
バサッ……バサッ……。
遠くから、翼が風を叩く音が聞こえてくる。
やがていくつもの羽音が重なり、少しずつ大きくなる。
陽光に反射する鎧。
風になびく旗。
隊列を組んだワイバーンナイトの一団が、まっすぐこの山脈都市に向かってきた。
俺はひとつ、大きく深呼吸する。
これが俺と、人間の国との初めての繋がり......。
いや、正しくはそうじゃない。
俺は確かに、人間の国と深く関わったことがあった。
今から来る奴らとはまったく別の国ではあるが......それは幼い俺から両親を奪った、あまりにも醜く悲しい、過去の記憶。
俺の数奇な物語の、始まりの日だった――
神代先 終わり




