第1章 敗戦姫-第1話
登場人物
《黒姫 艦橋クルー》
艦長…九条 沙月 大佐
副長兼船務長…赤松 恒一 中佐
砲術長…皇 雪乃 少佐(主人公)
砲術士…結城 涼羽 中尉
航海長…藤堂 玲 少佐
航海士…橘 洸星 中尉
機関長…水野 武史 大尉
情報士官…南条 綾音 少尉
通信士官…桐生 悠人 中尉
通信士官…小笠原 美琴 少尉
「——敗戦姫」
小さな声だった。
だが、確かに聞こえた。
通路を歩く足は、止まらない。
視線も動かさない。
「聞こえてるだろ」
「……やめとけ」
沈黙。
靴音だけが、規則正しく響く。
皇 雪乃は、歩いていた。
第八艦隊所属。
新造巡洋艦《黒姫》。
砲術長。
階級、少佐。
背後の視線は、消えない。
だが——
歩みは、揺れない。
艦橋。
広い視界。
前方スクリーンに、ナーストロンド宙域が展開されている。
機器音。
低い振動。
その中に、雪乃は足を踏み入れた。
一瞬だけ、視線が集まる。
その中に、わずかな緊張。
そして——距離。
「艦長の九条沙月よ」
ふわりとした声音。
場の空気が、わずかに緩む。
「……久しぶりね、皇少佐」
副長席。
赤松が、わずかに視線を動かす。
雪乃は、短く頷く。
「皇雪乃少佐。砲術長としてただ今着任しました」
「ええ、よろしく」
沙月が小さく頷く。
「副長兼船務長、赤松恒一中佐」
軽く頷くだけ。
「航海長兼操舵手、藤堂玲少佐」
視線だけが向く。
「航海士、橘洸星中尉」
「よろしくお願いします、少佐」
簡潔だが、礼は崩さない。
「機関長、水野武史大尉」
腕を組んだまま、動かない。
「情報士官、南条綾音少尉」
姿勢を正し、静かに敬礼。
「通信士、桐生悠人中尉。同じく、小笠原美琴少尉」
二人もまた、静かに敬礼。
最後に。
「砲術士、結城涼羽中尉」
一瞬。
視線が交差する。
「……よろしくお願いします、少佐」
柔らかな声。
雪乃は、わずかに頷く。
沙月が、全員を見渡す。
「——では、始める」
照明が落ちる。
立体投影が展開される。
ナーストロンド宙域。
惑星重力圏。
「ナーストロンド宙域は、連邦勢力圏外縁に隣接」
「本艦は武尊と共に当該宙域を基点に行動する」
航路が表示される。
「ナーストロンド宙域を離脱後、リョースアールヴヘイム宙域を巡回」
「同宙域は後方寄りだが——決して安全圏ではない」
一拍。
「その後、ナーストロンド重力圏へ再侵入」
重力井戸が拡大される。
「スイングバイ加速を実施」
軌道が鋭く湾曲する。
「ここで亜光速域へ遷移」
空気が、わずかに張り詰める。
「外縁宙域を周回後、減速」
「再度ナーストロンド宙域へ帰投」
航路が閉じる。
「本任務は当艦の慣熟航行だ」
一拍。
「だが——ピクニックではない」
沈黙。
「各員、確認」
「航海長」
「重力圏侵入角、誤差許容0.1度以下」
「逸脱は即航路逸脱に直結する」
「機関長」
「推力制御は段階調整」
「最大出力は離脱直前」
「情報士官」
「重力偏差、微小天体を常時監視」
「通信士」
「光通信遅延前提、独立判断が必要だ」
最後に。
「砲術長」
沙月の視線が、雪乃に向く。
「弾薬は最低限の搭載だ」
「……斉射二発分」
沈黙。
「敵対接触時は——」
一拍。
「一撃で沈めます」
空気が凍る。
「二射目は想定しないか、よろしい」
短い。
だが、十分だった。
「各員、出航準備」
一瞬の静寂。
「抜錨」
<皇雪乃>




