第十九話 聖教会の提案
戦争が速やかに終わったとはいえ、王政府の財政の問題が解決したわけではなかった。困窮が極まった王政府は他に打つ手がなく、改めて聖教会に借金の申し入れをし、議決権を聖教会に譲渡するという要求を飲んだ。
聖教会の最大の抵抗者であった王太子ユリウスがすでにいなくなっていたことも、この決断を促す大きな要因だっただろう。
これにより、聖教会はついに王国の政治に直接関与することになり、王政府の多くの者がこの決定をすぐに後悔することになった。
聖教会の司教たちが参加した最初の議会が開かれ、グレゴール大司教が発言を始めた。
「聖教会と王政府がともに手を取り、王国がさらなる繁栄を目指せることをとても喜ばしく思います。早速ですが、聖教会からは、王国のため、二つの新しい法律を提案したいと思います」
そしてグレゴールは、暴挙と言っていいような提案を始めた。
「我々が提案する一つは『信仰税』の導入です。聖女の加護による王国の繁栄を維持するため、聖教会への寄進を義務化すべきです」
グレゴール大司教の増税の提案に、王政府の重臣がすぐに反発した。
「聖女の力で繁栄している王都ならともかく、辺境では戦争で荒らされた土地で苦しんでいる民がまだ多くいるのだ。今、増税するなど、王国民を愚弄するにもほどがある」
グレゴールはうっすらと不気味な笑みを浮かべ反論した。
「王政府の重臣ともあろう方がそんな貧しい発想しかできないとは、残念です。聖女への信仰のためなら、より仕事に励もうと考えるのが正しい信仰者なのです。これはむしろ勤労意欲を向上させ、王国を富ませるすばらしい税なのですよ」
議会に参加していた王政府の多くは、その暴力的な論理に唖然とした。
「議論などしても無駄です。決を取りましょう。『信仰税』の導入に賛同される方は起立願います」
グレゴールが強引に決議を進めると、当然のように聖教会の司教たちは全員立ち上がった。
聖教会の司教の人数は半数であり、その時点では王政府の人数と同数であった。
しかし——王政府の重臣からも一人、二人と立ち上がり始めたのだ。
それは、王政府が聖教会に乗っ取られた瞬間だった。
当初危惧されたとおり、王政府の重臣に、聖教会に買収された者が出たのだ。王政府の斜陽と聖教会の隆盛を見て、勝ち馬に乗ろうとする者が出ることは後から考えれば当然であった。しかしその危険がわかっていても、聖教会を受け入れざるを得ないほど、王政府は追い詰められていたのだった。
「多数の方にご賛同いただけて大変嬉しく思います。『信仰税』の導入が可決されましたね。いまだ反対されている方がいらっしゃるのは残念ですが……」
グレゴールはそこで残忍な笑みを浮かべた。
「次の議題に移りましょう。もう一つは誰もが納得いただける提案かと思います。『異端審問』です」
王政府の面々、特に先ほどの『信仰税』に反対した者たちが騒然とした。
「王国は聖女に守られ、外敵から侵攻を受けることはなくなりました。今後、危険を脅かすものがあるとすれば、王国内の『異端者』以外にありません」
「『異端者』というのは……?」
「繰り返しになりますが、現在、王国は聖女の力によって、ひいては、人々が聖女を信仰することで守られています。つまり『異端者』とは、聖女に仇をなす者のことです」
「つまり……聖教会に反抗する者ということか?」
「そう取っていただいてもよいでしょうな」
グレゴールの笑みが顔全体に広がった。
「『異端者』を炙り出し、聖女と聖教会に害を為す前に処理をするのです。これで王国の安寧と繁栄が約束されるのです。
王政府の方々であろうと、例外は一切ありませんぞ」
「異端審問」導入の決議に、王政府側の人間も一人として反対しなかった。国王フリードリヒも、新王太子レオンハルトも例外ではなかった。
逆らえば「処理」されることがわかっていた。
絶大な力を持つ聖女が聖教会のもとに存在する以上、武力で逆らうことができないことも明らかだった。
このたった一度の議会で、王政府は実質的に骨抜きにされたのだった。
クローデリアはこの王政府議会の様子をレオンハルトから聞くことになった。レオンハルトは青ざめた顔で、悔しそうにその話をするのだった。
「聖教会こそ悪魔だ」
クローデリア以外の誰にも聞かれないような小さな声で、レオンハルトがそう呟いた。
クローデリアはざらりとした不安を覚えた。




