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第45話:追放令嬢の大規模土木工事

「――すぅ……。むにゃ……」


自分の家の前だけを巨大な防音壁で塞ぎ、究極の静けさを手に入れた私。


完全な静寂と、ハイポカウストの心地よい温もりに包まれ、私は幸せの絶頂で、深い、深い眠りの海を漂っていた。


このまま春が来るまで、一切のストレスを感じることなく眠り続けるのだ。


私の暮らしづくりの集大成。


これぞ至高の引きこもり生活――。


――ドッゴォォォォォォォォォォォォンッッ!!!


「…………ッ!?」


突如、ベッドから体が跳ね上がるほどの凄まじい爆音と地響きが、私の安眠を無惨にも打ち砕いた。


「な、何!? 今度は何事!?」


私は跳ね起き、ガウンを羽織って窓へと駆け寄った。


私の家の前には、昨夜作った分厚い土壁がある。


しかし、爆音はその壁の向こう側。


領地の境界近くから、何度も続けて響いていた。


ズドドドォォォォン!!


「そぉれ!! もっと発破用の魔石を仕掛けろ! 岩山を丸ごと砕くんだ!!」


「うおおおッ! 筋肉で岩を運べぇぇッ!!」


窓越しに聞こえてくるのは、けたたましい発破の音と、暑苦しい男たちの怒号。


「……まさか」


私は嫌な予感を抱えながら、急いで一階へ降り、玄関広間の扉を開けて壁の外へ出た。


するとそこには、猛吹雪の中で、数百人の領民と黒曜騎士団が入り乱れ、狂気じみた熱量で巨大な土木工事を繰り広げている地獄絵図が広がっていた。


「あ、お嬢様! おはようございます!」


泥だらけのルークが、満面の笑みで駆け寄ってくる。


その後ろでは、レオンハルトが上半身裸で巨大な岩を担ぎ上げ、マーサが砂時計と書類綴りを持って作業の進み具合を測っていた。


「ルーク……あなたたち、朝っぱらから何をしているの」


私がぎりぎりと歯を食いしばりながら尋ねると、ルークは誇らしげに胸を張った。


「何って、お嬢様が教えてくれたロックフィル防壁の建造ですぜ! 館と居住区、温室、それから主要な農地を囲むために、まずはあの西の岩山を魔石で割って、岩と土砂を切り出している最中でさぁ!」


ルークは親指で、遠くの岩山を指差した。


「いやぁ、この壁、材料費は安いですが、運ぶ土と岩の量がとんでもねえことになりやすね!」


「ガッハッハ! だが、その過酷な労働こそが至高の鍛錬!」


レオンハルトが、岩を担いだまま豪快に笑う。


「ヴィクトリアよ、お前の教え通り、この手で最強の要塞を築いてみせるぞ!」


爽やかな笑顔を向けてくる彼らに、私のこめかみでぴきっと青筋が弾けた。


「……マーサ」


「は、はいっ!」


「このやり方で主要区域を囲む壁を作った場合、完成までどれくらいかかるの?」


私の極めて低い声に、マーサは少し怯えながらも、計算結果を読み上げた。


「現在の人手と、岩山からの運搬距離を踏まえた結果……夜明けから日没まで発破と運搬を続けて、およそ三か月で完成する見込みです!」


「三か月?」


「はい! 通常の城壁工事と比べれば、破格の早さです! その間、発破の騒音と地響きは続きますが、お嬢様の安眠領域、つまり館の前の壁があれば、騒音は少しうるさい程度に抑えられるはず……」


「三か月も毎日爆音を聞かされるなんて絶対に嫌よおおおおおおッッ!!!!」


私は頭を抱えて絶叫した。


少しうるさい程度の騒音でも、三か月も毎日続けば立派な拷問である。


私は静けさの中でごろごろしたいのだ。


家の前で毎日どっかんばっかんと工事をやられては、二度寝どころの騒ぎではない。


「お、お嬢様!? しかし、お嬢様は面倒だから自分たちでやれと……」


「そうよ! 私は面倒だから勝手にやれと言ったの! でも、あなたたちの工事の騒音が私の安眠を妨害するなら話は別よ!!」


私は血走った目でルークから図面をひったくり、羊皮紙を地面に広げた。


「いい? あなたたちの計画は、考え方そのものは悪くないわ。でも、やり方が最悪なのよ」


「やり方が……最悪?」


ルークが、きょとんとした顔で首を傾げる。


「ええ。わざわざ遠くの岩山を砕いて、重い岩と土を何度も何度も運んでくる。これが致命的に無駄なの」


私は黒炭を握り、図面の外側に太い線を描いた。


「土木工事で一番時間がかかるのは、土や岩を動かすこと。掘ることより、積むことより、とにかく遠くへ運ぶことが一番の敵なのよ」


「たしかに……」


マーサが、はっとしたように顔を上げた。


「現在の手順でも、作業時間の大半は岩山から建設地点までの運搬に取られています。発破後の選別、積み込み、荷車の移動、荷下ろし、戻りの空車時間……」


「そう。それが全部無駄」


私は黒炭で、居住区と温室を囲む円を描いた。


「壁を作りたいなら、壁を作る場所のすぐ外側を掘りなさい。掘って出た土砂を、そのまま内側へ積み上げるの」


「掘った土を、その場で積む……?」


「そうよ。これが切土と盛土。掘った場所が堀になり、積んだ場所が防壁になる。材料を遠くから持ってこない。運ぶ距離を最小にする。これだけで、工期は一気に縮むわ」


ルークの目が、みるみる見開かれていく。


「つまり……水堀を掘る作業と、防壁を作る作業を、同時にやるってことですかい?」


「正解」


私は満足げに頷いた。


「堀を掘れば、魔物の速度を奪える。掘った土を内側に盛れば、ロックフィル防壁になる。一つの作業で、二つの守りを作るのよ」


「おおっ……!」


レオンハルトが、感動したように拳を握る。


「一振りで敵の剣を弾き、同時に体勢を崩すようなものか! 無駄のない動き! まさに戦場の理想!」


「筋肉的なたとえだけれど、今回は合っているわ」


私はさらに図面を描き込んでいく。


「それと、全員が好き勝手に掘るのは禁止。まず、私が基準になる断面を決める」


「基準になる断面?」


「どの場所を掘っても、同じ形になるようにする見本よ。堀の幅、深さ、防壁の高さ、斜面の角度、粘土の芯の厚み、岩石層の位置。それを全部決めて、縄と杭で現場に写すの」


私は図面に、堀と防壁の断面を描いた。


外側には水堀。


その内側には、なだらかな斜面を持つ巨大なロックフィル防壁。


中心には粘土の芯。


その周囲には砂利の層。


外側には大きな岩を積んだ岩石層。


「まず外側を掘る。出た土をすぐ内側へ運ぶ。粘土は中央に集めて突き固める。砂利はその周囲。大きな岩は外側。細かい土は盛土の隙間へ回す」


「なるほど……!」


ルークが、今度は職人の目で図面を覗き込んだ。


「山から持ってくるんじゃなくて、現場で掘って、現場で分けて、現場で積む。これなら荷車の往復がほとんどいらねえ!」


「それだけじゃないわ」


私はマーサを見た。


「マーサ。作業区を分けなさい」


「作業区、ですか?」


「ええ。全体を一気に作ろうとするから混乱するのよ。防衛線を二十四の作業区に分ける。各作業区に責任者を置いて、掘削班、選別班、運搬班、突き固め班、石積み班を割り当てる」


私は指を折りながら説明した。


「掘削班が掘る。選別班が土、粘土、砂利、大岩を分ける。運搬班はすぐ隣へ運ぶ。突き固め班が粘土と盛土を固める。石積み班が斜面に岩を噛ませる。これを流れ作業にするの」


マーサの目が、ぎらりと光った。


「つまり、全員が同じ作業をするのではなく、役割を固定して、作業を順に流すのですね?」


「そう。荷車の動きも一方通行にしなさい。行きと帰りがぶつかると、それだけで時間を失うわ。土を運ぶ道、空の荷車が戻る道、人が歩く道を分けるの」


「作業員の渋滞を防ぐ……!」


マーサが震えた声で呟く。


「お嬢様……それは、現場そのものを巨大な帳簿のように整えるということですか!」


「まあ、そんな感じね」


「すぐに手順表を作り直します!」


マーサは鬼気迫る勢いで書類綴りを開いた。


「作業員を二十四の区画に分割。各区画に班長を配置。荷車の動線を一方通行化。食糧配給所は四か所に分散。休憩所は風下を避けて配置。資材不足の報告は夕方に一括集計。これなら、待ち時間が激減します!」


「ルーク」


「へい!」


「あなたは現場責任者。掘る深さと盛る高さがずれないように、杭と縄で管理しなさい。特に粘土の芯は雑に作ると水が染み込む。中心を外さないこと」


「任せてくだせえ! 俺が全部の作業区を見て回りやす!」


「レオンハルト様」


「おう!」


「あなたは重作業班。大岩の移動と、斜面の突き固め。筋肉を使うなら、そこが一番効率的よ」


「ガッハッハ! つまり、俺の筋肉は防壁の仕上げに必要不可欠というわけだな!」


「そうね。悔しいけど、そこは本当に必要よ」


「よし! 黒曜騎士団は本日より、岩石運搬および突き固め部隊となる! 全員、己の肉体で要塞を築け!!」


レオンハルトの号令に、騎士たちが一斉に雄叫びを上げた。


私は耳を塞ぎながら、最後に一番大事なことを言った。


「それと、発破は禁止」


「えっ」


ルークの顔が固まる。


「魔石で岩を割るのは、どうしても硬い岩盤を崩す時だけ。しかも昼間にまとめて、最低限。基本は土を掘って、出た岩を使いなさい。私の睡眠を妨害する音を出したら、その作業区は即日解散よ」


「しょ、承知しやした!」


こうして、私の安眠を守るための突貫工事は、まったく別の計画として再始動した。


三日後。


領地の外周には、すでに細く長い堀が刻まれていた。


最初は人の背丈ほどの浅い溝に過ぎなかったが、それだけでも魔物の突進を乱すには十分だった。


掘った土は、すぐ内側へ積まれて仮の土塁になっている。


遠くの岩山から荷車を往復させていた頃とは、比べものにならない速さだった。


「お嬢様! 見てくだせえ!」


ルークが、泥だらけの顔で笑った。


「一つの作業区あたりの進みが、昨日の三倍ですぜ! 運ぶ距離が短いだけで、こんなに変わるとは思いやせんでした!」


「当然よ。土木の敵は距離なの。土を遠くに運ばない。それだけで勝ちなのよ」


「勝ち……!」


ルークは感動したように拳を握った。


「土を運ばないことが勝ち……! なんて深い言葉なんだ……!」


いや、そこまで感動される話ではない。


七日後。


仮の堀は、幅広く深い水堀の形へと変わり始めていた。


掘削班が掘り進め、選別班が土砂を分ける。


粘土は中央へ。


砂利はその外側へ。


大岩は斜面へ。


荷車は一方通行の道を進み、空になった荷車は別の道を戻る。


作業員同士がぶつかることはなく、無駄な待ち時間もほとんどない。


マーサは高台に立ち、書類綴りを抱えて目を血走らせていた。


「素晴らしい……素晴らしいです……! 人員配置の固定化、運搬路の単純化、食糧配給所の分散化! 作業の進みが初期計画の四倍以上に達しています!」


「マーサ、怖い顔になってるわよ」


「これは笑顔です!」


「そう……」


どう見ても獲物を見つけた猛獣の顔だったが、本人が笑顔と言うなら、そういうことにしておく。


十日後。


防壁の斜面には、大きな岩がびっしりと噛み合うように積まれていた。


レオンハルト率いる黒曜騎士団が、巨大な丸太を転がしながら斜面を突き固めている。


「踏め! 固めろ! 己の筋肉で大地を締め上げろ!!」


「うおおおおおおッ!!」


「違う! そこは腰を落とせ! 盛土を固める時も、戦場で踏ん張る時も、下半身が命だ!!」


いや、もう完全に土木工事なのか筋肉鍛錬なのか分からない。


だが、仕上がりは悪くなかった。


粘土の芯は中心にまっすぐ通り、その外側を砂利の層が守り、さらに巨大な岩石層が斜面を覆っている。


少なくとも、ただの石壁よりはずっと衝撃に強い。


そして何より、うるさくない。


発破はほとんど使われず、作業音も遠くで鈍く響くだけ。


私は久しぶりに、昼寝を二回も成功させていた。


十四日後。


いよいよ水堀に水を入れる日が来た。


領地の横を流れる川から、細い導水路が掘られている。


ただし、川を無理やり崩して流し込むような雑な作りではない。


水門を設け、流れ込む量を調整し、反対側には余った水を逃がす余水路も作ってある。


堀の底には、余分な水を抜くための排水路も通した。


さらに、この辺境の冬では水面が凍る危険がある。


だから私は、温室や兵舎から出るぬるい排水の一部を細い管で堀へ回し、水が完全に止まらないようにした。


流れのある水は、ただ溜めた水より凍りにくい。


堀をただの池にしないための、最低限の仕掛けである。


「水は便利だけれど、扱いを間違えると敵より怖いわ」


私は水門の前で、ルークたちに言った。


「入れすぎれば溢れる。染み込めば防壁を弱らせる。凍ればただの道になる。だから、入れる道、逃がす道、抜く道、そして流れを保つ道を必ず作る。水堀は水を溜める設備じゃない。水を御する設備なの」


「水を、御する……」


ルークが真剣な顔で頷く。


「覚えやした。水は味方にすれば防衛線。敵に回せば災いってわけですね」


「その通りよ」


水門が開かれる。


川から引かれた水が、静かに堀へと流れ込んでいく。


ごうごうと暴れる濁流ではない。


水門で勢いを抑えられた水が、ゆっくりと堀を満たしていく。


やがて、領地の中核を囲む水の輪が完成した。


「み、水堀……!」


レオンハルトが戦慄したように声を上げた。


「そうか! いかに馬車ほどの重さを持つ魔物でも、この深く冷たい水堀に落ちれば、走る速さを保てない! 突進の勢いを失い、泳ぐか、もがくか、這い上がるしかなくなる!」


「そういうことよ」


私は腕を組んで頷いた。


「水堀で魔物の速さを奪い、突進の勢いを弱める。それでも這い上がってきた魔物を、なだらかな岩の斜面、つまりロックフィル防壁が受け止める。斜面を登らされ、岩に足を取られ、重さで疲弊する」


水堀と、巨大な斜面。


二つの物理的な障害が織りなす、前世の土木と城づくりの知恵の結晶。


二十一日後。


最後の作業区の仕上げが終わった。


風除けの盛土。


水堀。


粘土の芯を持つロックフィル防壁。


巡回用の管理道。


水門。


余水路。


排水路。


すべてがつながり、館と居住区、温室、主要な農地を囲む巨大な防衛線が完成した。


当初の見込み、三か月。


それを二十一日まで縮めたのは、私の魔力ではない。


ルークの現場管理。


レオンハルトと騎士団の筋肉。


マーサの異常なまでの手順管理。


そして、領民たちの地道な作業だった。


私は高台の上から、その全景を眺めた。


荒れ狂っていた猛吹雪の風は、防壁の斜面に当たって上空へと流れていく。


外の世界の騒音は、分厚い土と岩の層に遮られ、内側では水堀の水面が静かに揺れている。


完全な無音ではない。


けれど、少なくとも、私の眠りを邪魔するような爆音も怒号も、もう聞こえない。


「……完成ね」


私は杖を下ろし、ふう、と深く息を吐き出した。


「これが、簡単には破られない。そして、少なくとも私の睡眠を邪魔しない。私だけの完全要塞よ」


「お嬢様」


やがて、ルークが震える声で沈黙を破った。


「俺たちの手で……本当に、領地を囲む防壁を作っちまったんですね」


「ええ。あなたたちが作ったのよ」


私がそう言うと、ルークは泥だらけの顔で笑った。


レオンハルトは胸を張り、マーサは感極まったように書類綴りを抱きしめている。


領民たちも、完成した防壁を見上げながら、少しずつ歓声を上げ始めた。


「これならもう、発破の騒音も起きないわよね?」


私はルークをじろりと睨んだ。


「私はこれで本当に寝るから。今日こそ絶対に、絶ぉぉぉ対に起こさないでね!」


「ははっ! 承知いたしました!」


「お嬢様の安眠は、我らが命に代えても守ります!」


「手順上も、今後の騒音発生予定はありません!」


三人の力強い声を背中に受けながら、私は館の自分の部屋へ一直線に戻っていった。


ベッドに飛び込み、毛布にくるまる。


耳を澄ませても、聞こえるのは自分の穏やかな寝息だけ。


外からの脅威も。


面倒な帳簿仕事も。


過酷な労働も。


そして安眠を妨げる騒音も。


この領地から、私のストレスとなるものは、すべて物理的に遠ざけられた。


「勝った……。ついに、ついに私は……完全な引きこもり生活を手に入れたのよ……!」


幸福感に包まれながら、私はゆっくりと目を閉じた。


次こそは魔物の大群が押し寄せてきても、この防壁と水堀がすべてを受け止めてくれるはずだ。


究極の引きこもり要塞を完成させた追放令嬢の、誰にも邪魔されない安眠の時間が、今度こそ静かに流れていった。

最後まで読んで頂いてありがとうございます!

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