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第4話:動力なき魔法の給湯システム

「魔石をボイラー室にセットして……よし、着火」


木枯らしが吹きすさぶ裏庭。


私が魔法で作った石造りのボイラー室(釜)の中で、ルークがかき集めてきた「火の魔石のクズ石」が赤々と熱を持ち始めた。


魔物から採れる低純度の魔石は、火力が弱く使い道がないと王都では見向きもされないゴミだ。


しかし、密閉された釜の中で水を温めるだけの「燃料」としては、これ以上ないほど優秀なコストパフォーマンスを誇る。


「……あの、お嬢様」


私が釜の様子を確認していると、ルークが恐る恐るバインダー――木の板――を抱えて尋ねてきた。


「魔石の熱で釜の水を温めるのはわかりやす。でも……どうやってそのお湯を、建屋の中の湯船まで運ぶんでさぁ? ポンプも水車もねえのに、水が勝手にパイプを登ってくるとは思えねえんですが」


現場監督の卵として、ルークの着眼点は非常に鋭い。


現代日本なら電動ポンプで循環させるところだが、ここは電気のないファンタジー世界の辺境だ。


だからこそ、私は前世のエンジニアとしての知識――物理法則――を最大限に活用したのだ。


私はふふっと笑い、ルークに向けて人差し指を立てた。


「それはね、ルーク。温かい水は『軽く』て、冷たい水は『重い』からよ」


「……水に、重いも軽いもあるんですかい?」


「ええ。水は熱せられると膨張して、密度が下がる――軽くなる――のよ。だから、釜の中で熱湯になった水は、パイプを通って自然と『上』にある湯船へと昇っていくわ」


私は木の枝で、地面の雪の上に簡単な図解を描いた。


「そして、熱湯が湯船に入ってきた分、湯船の底に溜まっていた『冷たくて重い水』が、下のパイプを通って釜へと押し出される。……これを『自然循環方式サーモサイフォン』と呼ぶわ」


「…………ッ!」


「温度の差――比重差――がある限り、お湯は勝手にぐるぐると循環し続ける。魔力も動力も一切使わずに、半永久的に一定の温度を保つ魔法のシステムよ」


ルークは地面に描かれた矢印のループ図と、目の前の石のパイプを交互に見比べ、雷に打たれたように息を呑んだ。


「温度の、重さで、勝手に水が回る……?」


ルークはワナワナと震える手で、自分の頭を抱えた。


「すげぇ……。王都の魔術師どもは、なんでもかんでも膨大な魔力で無理やり解決しようとする。だがお嬢様は、世界のことわりそのものを利用して、何もしなくても永遠にお湯が湧く仕組みを作っちまった!」


彼が感嘆の声を上げた、まさにその直後だった。


ゴボッ……ゴボボボボッ……!!


石造りの浴室の中から、重く、くぐもった水音が響き始めた。


私が急いでドームの中を覗き込むと、浴槽の底のパイプから、大きな気泡とともに「熱々のお湯」が勢いよく湧き出しているではないか。


「おおおっ!? 湧いた! 本当に動力なしでお湯が湧き出してきやしたぜ、お嬢様!!」


ルークが興奮して叫ぶ。


瞬く間に石の浴槽が満たされ、ドーム状の浴室内に、乳白色の濃厚な湯気が立ち込めていく。


外は息が白くなるほどの極寒だというのに、この浴室の中だけは、まるで春の陽だまりのように暖かく、柔らかな湿度に満ちていた。


「完璧だわ……!」


私は湯気の中で歓喜に打ち震えた。


温度設定は約40度。


熱すぎず、ぬるすぎない、副交感神経を優位にして睡眠の質を極限まで高める黄金の温度だ。


しかも、緩速ろ過システムを通した水を使っているため、泥の臭いや不純物は一切ない。


ガラスのように透き通った、極上の軟水である。


「……お見事です、ヴィクトリア様」


入り口のところで腕を組んでいた辺境伯レオンハルトが、信じられないものを見るような目で浴槽を見つめていた。


「まさか本当に、たった一握りのクズ魔石で、これほど大量の熱湯を沸かしてみせるとは……。この熱効率の高さ、我が軍の野営地にも応用できる技術だ」


「ええ、まあ、そうですね。それじゃあ、私はさっそく入浴しますから」


私は辺境伯の軍事的な呟きを適当に聞き流し、彼らを外へ追い出そうと扉に手をかけた。


私の頭の中はすでに、「泥だらけのドレスを脱ぎ捨て、この温かいお湯に全身を沈める」という至福のビジョンでいっぱいになっていた。


(やっと……! やっと、人間らしい生活ができるわ!)


絶対に働きすぎたくない元社畜令嬢の、執念の「お風呂タイム」。


その極上のカタルシスが、いよいよ始まろうとしていた。

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