第32話:追放令嬢のガラス工房
猛吹雪が吹き荒れる、領主の館の裏庭。
そこには、厚手の外套に身を包み、震えながらスコップで雪かきをする三人の姿があった。
「お、お嬢様ぁ……! いくらなんでも寒すぎますぜ! 手先の感覚がねえ!」
「ガッハッハ! ルークよ、スコップを振るう手が遅いぞ! 雪かきもまた修練の一つだ!」
「……領主が率先して雪かきなど、手間の無駄です。お嬢様、早く終わらせて帳簿の仕事に戻らせてください。このままでは私が凍えます」
弱音を吐くルーク。
なぜかテンションが高いレオンハルト。
そして、死んだ魚のような目で雪を掘る文官マーサ。
私は彼らが更地にしてくれた裏庭の土の上に立ち、満足げに頷いた。
「ご苦労様、三人とも。これで下準備は整ったわ。さて、真冬の辺境に『常春』を創り出すために、まずは建材の準備から始めるわよ」
私が杖を構えると、ルークが不思議そうに首を傾げた。
「建材って、また石ですか? でも、石で部屋を作っちまったら、外の光が一切入らなくなって、野菜が育たねえんじゃ……」
「お察しの通りよ。植物が育つには太陽の光が欠かせないわ。だからといって、屋根や壁を取り払えば、この猛吹雪で一瞬にして凍りついてしまう」
「光は通すのに、風と寒さは通さない……? そんな都合のいい壁なんて、この世に……」
「それはね、ルーク。足元の土の中にあるのよ」
私が杖の先を地面に突き立てると、ゴゴゴゴ……と微かな地鳴りが響き始めた。
「土魔法《成分抽出》!」
地面が波打ち、普通の土や泥が脇へ押し退けられる。
その中から、白くきらめく細かな砂粒だけが、ふわふわと空中に浮かび上がって集まり始めた。
「な、なんだその白い砂は? 塩か?」
レオンハルトが目を丸くする。
「これは珪砂よ。ガラスの素になる特別な砂。……さあ、ここからが錬成の本番ね!」
私は空中に集めた珪砂の塊に、さらに魔力を叩き込んだ。
「ガラスを作る理屈は単純よ。この砂を高い熱でどろどろに溶かし、不純物をできるだけ取り除きながら、薄く平らに伸ばして冷やす。それだけ」
私は《圧縮》と《熱変換》の魔法を同時に展開した。
空中に浮かぶ珪砂の塊が、太陽の欠片のように赤く輝き始める。
どろりと溶けた光の塊が、私の魔力で作った見えない型に沿って、薄く、平らに、巨大な長方形へと形を変えていく。
「厚みを揃えて……歪みが出ないように、ゆっくり落ち着かせて……ここで固定!」
ピキィィィィンッ!!
澄んだ高音が響き、空中に浮かんでいた赤熱の液体が、透明な板へと姿を変えた。
厚みのある、縦にも横にも大きな平ガラス板。
それが数十枚、空中にずらりと並んで浮かんでいた。
「なっ……!?」
ルークとレオンハルトが、息を呑んで硬直した。
「こ、氷……? いや、溶けていない! 向こうの景色が透けて見えるぞ! なんという透明さだ!」
「これをガラスと呼ぶわ。太陽の光を通し、風や雪を防ぐ。温かな菜園を作るには、これ以上ない材料よ」
私が得意げに胸を張った、その時だった。
「…………ッッッ!!!!??」
隣にいたマーサが、突然声にならない悲鳴を上げ、両手で頭を抱えてしゃがみ込んだ。
「マーサ!? どうしたの!?」
「お、お、お嬢様……! あ、あなた、自分が今、どれだけ恐ろしいものを創り出したか分かっているのですか!?」
マーサはかたかたと震えながら、空中に浮かぶガラス板を指差した。
「王都の貴族街でも、向こうが透けて見えるほど澄んだガラスの杯なんて、金貨何十枚で取引される珍品なんですよ!? 板状のガラスなど、王城や大聖堂の飾り窓くらいにしか使われていません! それを、こんな人の背丈より大きな板で……何十枚も……!」
マーサの頭の中で、とんでもない勢いでガラス板の値打ちが弾き出されているようだった。
「こ、これ一枚で……辺境伯領の蔵が何度ひっくり返るか……それが何十枚……あああ、帳簿にどう載せればいいのですかぁぁ!」
「マーサ! 落ち着いて! これは売るんじゃないの。ただの温室の壁よ!」
帳簿係としての感覚が揺さぶられているマーサをルークに支えさせながら、私は急いで建設作業へ移った。
「ルーク、レオンハルト! 切り出しておいた木材の柱を、私が引いた線の通りに組み上げてちょうだい!」
「お、おう! まかせろ!」
「この程度、朝飯前だ!」
屈強な男二人が、太い木材を次々と組み上げていく。
私が設計したのは、雪が滑り落ちやすいように急な角度をつけた、切妻屋根の大きな家の骨組みだ。
木材の柱と梁には、あらかじめ魔法で細い溝を彫り込んである。
「骨組みが完成したわね。それじゃあ、ガラス板を嵌め込むわよ!」
私は杖を振るい、空中に浮かせていた数十枚のガラス板を一斉に動かした。
スッ、スッ、カチャン。
寸分の狂いもなく作られたガラス板が、木材の溝へと次々に滑り込み、ぴたりと固定されていく。
「継ぎ目は、樹液から取り出した樹脂で塞ぐわ。これで隙間風はかなり防げる」
作業開始から、わずか一時間ほど。
猛吹雪が吹き荒れる銀白の世界に、太陽の光をきらきらと反射する、巨大で美しい温室が出現した。
「おおおっ……! すごい! 中に入ると、風が全くないぞ!」
レオンハルトがガラスの壁に触れながら歓声を上げた。
太陽の光はガラスを通り抜け、内部の土や木枠を温める。
そして、壁と屋根で風を遮ることで、温まった空気が外へ奪われにくくなる。
これが温室の基本だ。
しかし。
「……ぶるっ。いや、風がないだけで、やっぱり中は寒いですぜ、お嬢様。息も真っ白だ」
ルークが両腕をさすりながら震えている。
そう。
いくら太陽の光を取り込めても、氷点をはるかに下回る真冬の辺境では、ただのガラス張りの小屋だけでは植物は育たない。
熱が足りないのだ。
「ふふっ。ガラスの家を作っただけで満足する私だと思ったかしら?」
私は、ようやく立ち直りかけているマーサに向かって、不敵な笑みを浮かべた。
「安心しなさい、マーサ。新たな魔石は一切使わないわ。この温室を常春の楽園に変えるための熱源は……もうすでに、この領地に存在しているのだから!」
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