第9話 物陰で6時間
熱が下がった朝、ペルネッタは帳面を開いて読み上げた。
「料理長の盆の残りが35枚。回復薬のつけが10枚。熱病の村の情報が50枚。干し肉が3枚。袋の預かり賃が5枚。看病が15枚」
「待ってくれ。心の準備が」
「合わせて118枚」
「心の準備が」
「あと銀葉草を煎じた手間賃が5枚で、123枚ね」
橋の下に、川の音だけが流れた。
転生した時の支度金は銅貨30枚だった。あれから10日もたっていない。俺は支度金の4倍の借金を、14〜15歳の女の子1人に対して作ったことになる。
「孤高って、こういう意味だったかな」
「知らないよ。で、次の情報は55枚」
「また上がってる」
「兄さん、この3日寝てただけでしょ。寝てる人の信用は下がるの」
理屈は通っている。毎回通っているのが腹立たしい。
「東の山のふもとに、人のいなくなった村がある。戦で男手を取られて、残った人も町へ出ていってさ。今は年寄りが1人だけ住んでる」
「1人で」
「元兵士だって。畑を耕して暮らしてる。そこに毎年この時期、山から牙猪の群れが下りてくるの。今年は数が多いらしいよ。猟師が50頭は見たって」
「50頭を、老人が1人で」
「逃げろって皆が言ったのに、動かないんだって」
俺は腕を組んだ。
これは難しい。
「どうしたの。行かないの」
「行く。行くが、分類に迷っている」
「ぶんるい」
「元兵士の老人というのは、主人公ではない。どちらかというと師匠型だ。若い主人公に剣を教えて、物語の中盤で主人公をかばって倒れる。つまり、俺と同じ側の人間なんだ」
「同じ側」
「同業者だ」
ペルネッタは帳面を閉じた。
「同業者は助けないの?」
「いや、助ける。同業者の危機に駆けつけるのは、この稼業の仁義だ」
「稼業って言うけど、兄さん1枚も稼いでないよ」
ぐうの音も出ない。
*
今回、俺には反省があった。
迷宮では早く着きすぎて固まった。崖では遅すぎて、発動が0.5秒ずれたら死んでいた。熱病の村では着いた瞬間に始まった。
到着が安定していない。
お助けキャラの命は到着である。ここを運に任せているようでは三流だ。
「そこで今回は、余裕をもって現地に入る」
「うん」
「群れが来るのは日没らしい。だから昼には着いておく。地形を調べ、高い所を確保し、逆光の向きを確かめ、万全の態勢で待つ」
「兄さん」
「何だ」
「早く着いたら固まるって、自分で言ってなかった?」
「あれは、ピンチの最中に高い所へ立ったからだ。始まる前に着いておけば問題ない」
「ふうん」
信じていない声だった。
東の村までは歩いて2日かかった。道中の干し肉でまた6枚増えたが、もう数えない。
着いたのは3日目の昼である。
村というより、村の跡だった。屋根の落ちた家が10軒ほど並んでいる。井戸は枯れている。道には草が生えていた。
そのいちばん奥に、1軒だけ煙の上がっている家がある。
家の前には畑が広がっていた。廃村の中でそこだけが、定規で引いたようにきれいに耕されている。畑の端には大きな樫の木が1本立っていて、その根元に石が3つ並んでいた。
ペルネッタは村の入り口で足を止めた。
「あたしはここで待ってる。袋、預かるよ」
「頼む」
「忘れ物しない人になったね」
「成長した」
「預けてるだけだよ」
畑では、老人が鍬を振っていた。
*
60歳前後だろうか。
背は高くないが、肩幅がある。白髪を短く刈りこんで、日に焼けた首に古い傷が1本走っている。鍬を下ろすたびに、土がまっすぐに割れていった。
俺は畑のあぜ道に立って、声をかけた。
「すみません」
老人は鍬を止めずに答えた。
「道に迷ったか、小僧」
「いえ。この辺で、いちばん高い所はどこでしょうか」
鍬が止まった。
老人は初めて顔を上げて、俺を見た。細い目である。何十年も遠くの敵を見てきた目だ、と俺は思った。本物の師匠型だ。
「……高い所?」
「はい。できれば畑が見渡せて、3m以上あると助かります」
「あの樫じゃ」
老人は畑の端を顎でさした。
「何をする気だ」
「下見です。あと、日はどちらに沈みますか」
「西じゃ」
「群れの来るほうを向いて立つと、背中側になりますか」
「ならん。真正面じゃ」
駄目だ。日没に群れが来るなら、沈む日は背中に入らない。正面から浴びることになる。ただ顔がよく見えるだけの人だ。
「月は」
「月?」
「今夜の月は、どちらから昇りますか」
老人は鍬を地面に立てて、両手をその上に重ねた。
「小僧。お前、何者だ」
「名乗るほどの者ではありません」
言えた。
本物の師匠型を相手に、ついに言えた。相手が怪訝な顔をしていること以外は完璧である。
老人は長いこと俺を眺めていた。それから何も言わずに家へ入り、欠けた湯呑みを2つ持って出てきた。
「飲め。顔色が悪い」
麦を炒った茶だった。
薄い。けれども熱くて、香ばしかった。病み上がりの腹にしみた。つけのつかない飲み物を口にしたのは、転生して初めてである。
「うまいです」
「世辞はいらん。出がらしだ」
老人は樫の木のほうを見ながら、自分の茶をすすった。
「それを飲んだら帰れ。日が暮れたら、ここは危ない」
「牙猪ですか」
「知っとるのか」
「50頭と聞きました。逃げないんですか」
「逃げん」
「なぜ」
老人は答えなかった。
ただ、樫の根元の3つの石を見ていた。
それ以上は聞けなかった。師匠型が黙って何かを見ている時は、聞いてはいけないのである。これは前世で学んだ。
「あの、何か手伝えることは」
「鍬が持てるか」
持ってみた。
持ち上がらなかった。体力3には、鍬は重い。両手で柄を握って腰を入れても、刃が地面から離れない。
老人は俺の手から鍬を取って、片手で肩にかついだ。
「帰れ、小僧。茶の礼はいらん」
*
帰るふりをした。
村はずれまで歩き、廃屋の陰に隠れて、日が傾くのを待った。
待ちながら準備をした。
まず姿勢である。迷宮では合掌したまま固まった。あの失敗は繰り返さない。今回は初めから腕を組んでおく。固まるにしても、腕組みで固まるなら格好がつく。
念のため廃屋の陰で予行もした。腕を組んで顎を引き、そのまま動かずにいる。
2分で腕がしびれた。
体力3は腕組みにも体力を使うらしい。本番は体のほうが勝手に固めてくれるので、そこに期待することにした。
次に高い所だ。樫の木は昼のうちに登る練習をしておいた。5回落ちて、6回目で太い枝に届いた。あの枝なら葉に隠れて、下からは見えない。
逆光は月に任せる。東の山から昇るそうだ。枝に立った時の、背中側である。
完璧だ。
日が沈みかけた頃、山のほうから地鳴りが聞こえてきた。
俺は樫の木に駆けより、6回目の要領で登った。3回落ちたが、4回目で枝に届いた。上達している。
枝の上に立つ。腕を組む。顎を引く。
山すそから、灰色の波が下りてくるのが見えた。
牙猪だ。
大きい。1頭が荷車ほどある。牙は俺の腕より太い。それが50頭、土煙を上げて畑に向かってくる。
畑の真ん中には、老人が立っていた。
鍬ではなく、剣を持っている。古い長剣だ。鞘を払って、片足を引き、切っ先を低く構えた。
きれいな構えだった。
よし。あとは老人が危なくなるのを待って、
耳元で羽音がした。
蚊である。
右の頬にとまった。俺は反射的に右手で頬をたたいた。
その瞬間に、体が固まった。
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登場可能となるまで、その場でお待ちください
現在の状況:対象者はまだ立っています
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待ってくれ。
今じゃない。今だけはやめてくれ。
俺の右手は、自分の右頬に当たったまま止まっていた。左腕は胸の前で組みかけた形で浮いている。
腕組みではない。
片手を頬に添えて、小首をかしげている。
物思いにふける乙女の姿勢である。
樫の木の上で、頬に手を当てて固まっている男。合掌のほうがまだよかった。あちらには少なくとも信仰があった。
始まる前に着いておけば問題ない、と言ったのは誰だ。俺だ。
ピンチが始まった時に高い所にいれば、同じことだったのだ。ペルネッタの「ふうん」が耳の奥でよみがえった。
しかも蚊は、たたきそこねていた。
頬と手のひらのあいだから、ゆうゆうと飛び立っていくのが見えた。
*
そこからが長かった。
最初の1時間、俺は見とれていた。
老人は強かった。
突っこんでくる牙猪を半歩でかわし、すれ違いざまに首の後ろを斬る。1頭が倒れる。その体を盾にして次を受け、牙を払い、また斬る。無駄な動きが1つもない。
すごい。
本物だ。本物の師匠型である。あの足さばきを見ろ。あれは何十年も戦場に立った人間の動きだ。
しかも畑を踏ませていない。群れを畑の手前で食いとめて、樫の木の側へは1頭も通していなかった。
採点するなら満点である。俺が口を出す所がない。
東の山から月が昇った。
同時に、俺の背中の後ろに例の光の玉がともった。月があるのに支給品も出るらしい。逆光が二重になっている。女神様は本当に手を抜かない。
そこで新しい問題が起きた。
光に、虫が集まってきたのである。
蛾だ。大きいのも小さいのも来た。光の玉のまわりを飛び回り、そのうち何匹かは俺の頭にとまった。肩にもとまった。頬に当てた手の甲にもとまった。
払えない。
蚊も来た。さっきの1匹が仲間を連れて戻ってきたらしい。首に1か所。耳に1か所。手首に1か所。
かゆい。
かけない。
2時間が過ぎた。
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現在の状況:対象者はまだ立っています(2時間経過)
蚊による被害:9か所
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数えなくていい。
しかも9か所目は鼻の頭である。迷宮でも谷の村でもかけなかった、あの鼻だ。蚊のほうも急所を心得ている。
老人の動きが、少しずつ変わってきた。
かわす幅が大きくなっている。半歩で済ませていたものが、1歩になった。斬ったあとに息を整える間ができた。倒した牙猪は15頭を超えているが、山からはまだ下りてくる。
頭の上に、何か重いものがとまった。
ふくろうである。
俺の頭を、ちょうどいい枝だと思ったらしい。爪が地肌に食いこんでいる。ふくろうは俺の頭の上から畑を見下ろし、ほう、と鳴いた。
お前まで「ほう」と言うな。
3時間が過ぎた。
老人が初めて膝をついた。
すぐに立った。けれども左腕から血が流れている。牙がかすったのだ。
もういいだろう。
出してくれ。もう十分にギリギリだ。3時間も1人で戦ったんだぞ。
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【お知らせ】
現在の状況:対象者はまだ立っています(3時間経過)
蚊による被害:14か所
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立っているから何だ。
立っている人間は助けなくていいのか。あの人は立っているんじゃない。倒れないようにしているんだ。それは全然違う。
板に向かって怒鳴りたかった。声は出なかった。
4時間が過ぎた。
老人は樫の木のすぐ下まで押しこまれていた。
3つの石を背にして、剣を構えている。肩で息をしている。刃こぼれした剣が、月の光をにぶく返していた。
俺のいる枝から、手を伸ばせば届きそうな距離だった。
届かない。
動けない。
頬に手を当てて小首をかしげたまま、俺は真下で戦う老人を見下ろしていた。
ここまで、どこかで笑っていたのだと思う。
蚊だの蛾だのふくろうだの、自分の間抜けな姿勢だの。腹を立てながらも、あとでペルネッタに話したら呆れられるだろうな、と考えていた。
笑えなくなった。
ギリギリで間に合う男でいたい。
そう言ったのは俺だ。
ギリギリとは何だ。誰のためのギリギリだ。
あの老人のためではない。早く来てもらったほうが、あの人はいいに決まっている。腕を斬られる前に。膝をつく前に。4時間も1人で剣を振る前に。
俺のためだ。
もう駄目だという瞬間に現れたほうが格好いいから。それだけの理由で、俺はあの注文をした。白い部屋で、指を折りながら、得意になって。
32年間あこがれてきた「ギリギリ」は、助けられる側から見れば、ただの遅刻だった。
5時間が過ぎた。
板はもう見なかった。
*
6時間目に、剣が折れた。
澄んだ音がした。
刃の半分が月の光の中を回って、畑の土に刺さった。
老人は折れた剣を握ったまま、後ろの3つの石を1度だけ振り返った。
それから前を向いて、残った半分を構え直した。
群れの中から、ひときわ大きな1頭が進み出てくる。牙が4本ある。群れの主だ。
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【登場可能です】
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遅い。
遅いんだよ。
体が枝から落ちた。
落ちながら仮面が顔を覆い、マントが背中に広がった。頭の上のふくろうが驚いて飛び立ち、蛾の群れが光の玉と一緒についてくる。
老人と群れの主のあいだに、着地した。
畑の手前である。土は踏んでいない。そこだけは体も分かっているらしかった。
突進してきた主の牙を、左手が止めた。
老人が後ろで息をのむのが聞こえた。
言いたいことは1つしかなかった。6時間、ずっとそれだけを考えていた。
遅くなってすみません。
本当に、すみません。
「待たせたな」
低い声が出た。
「よく、持ちこたえた」
そうじゃない。
謝りたいんだ。俺は謝りたいんだよ。
待たせたな、ではない。待たせたのは俺の注文だ。格好をつけた言い方をするな。この人は6時間戦ったんだ。
それでも、後半は本心だった。
よく、持ちこたえてくれた。
道中でペルネッタに聞いたことを思い出した。「遅かったか」と「待たせたな」、どっちがいいと思う。俺は前者だと言った。孤高だからと。
口は、後者を選んだ。
相手を気づかうほうを。
そこだけは、俺の口を少し見直した。
*
さて、牙猪である。
主の牙をつかんだまま、俺は困っていた。
ここは畑の前だ。老人が6時間かけて守りぬいた畑である。後ろには石が3つある。
押せば飛ぶ。飛んだ先に何があるか分からない。息を吹けば、土ごと全部めくれる。迷宮では柱を折り、谷の村では山をめくった。加減はご自身で、と言われて、1度もできたためしがない。
畑を荒らさないでくれ、と群れに言おうとした。
「この地を踏むな」
通じなかった。
猪に言葉は通じない。山羊の時に学んだはずである。
仕方がない。
1頭ずつ、運ぼう。
俺は主を持ち上げた。両手で、そっと。荷車より大きい猪を、卵を持つように抱えた。主は空中で足をばたつかせている。
山の向こうを見た。あのあたりなら人はいないだろう。
投げた。
主は月をかすめて、山の向こうへ消えた。だいぶ遅れて、遠くで木の折れる音がした。
よし。この要領だ。
2頭目を抱えた。投げた。3頭目。4頭目。
地味である。
自分でやっていて分かるほど地味だ。魔王と同じ力を持つ男が、畑の前で猪を1頭ずつ抱えては投げ、抱えては投げている。荷下ろしの仕事に近い。前世で引っ越しを手伝った時を思い出した。
残りは30頭以上いた。
「……数が多いな」
愚痴が出た。口調だけ偉そうな、ただの愚痴である。
途中から猪のほうが察して、自分から山へ逃げていった。助かった。あと20回投げるところだった。
静かになった。
畑は無事だった。あぜ道も、樫の木も、3つの石も。
俺は振り向いた。
老人は、折れた剣を持ったまま立っていた。
立ったまま、俺を見ていた。顔じゅうに血と泥がついている。細い目が、見開かれていた。
「……あんたは」
声がかすれていた。
「わしは、ここで死ぬつもりだった」
知っています。
6時間、上から見ていました。あなたが何を守っていたのかも、なぜ逃げなかったのかも、だいたい分かりました。
死なないでください。畑、まだ途中じゃないですか。
「死ぬには早い。貴様の畑は、まだ耕し終えておらぬ」
珍しく、ほとんどそのまま出た。
老人の手から、折れた剣が落ちた。
もう1つ、言いたいことがあった。
昼間のお茶、ごちそうさまでした。おいしかったです。
言おうとして、気づいた。
待て。それを言ったら、昼間の小僧が俺だとばれる。正体不明がお助けキャラの命である。言うな。飲みこめ。
遅かった。
「……茶の礼だ」
言ってしまった。
老人が眉を寄せた。茶、と口の中でつぶやいている。
終わった。ばれた。鍬も持てなかった小僧と、猪を山の向こうへ投げる男が、同じ人間だと知られてしまう。
指先が透けはじめた。
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【解決を確認しました】
【退場します】
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助かった。逃げよう。
いや逃げるのではない。去るのだ。
「さらばだ、老兵」
今回は、口と気持ちがだいたい合っていた。
老人が手を伸ばすのが見えた。マントの裾が月の光に散っていく。蛾の群れだけが、光の玉のあった場所にしばらく残っていた。
*
落ちた先は、水の中だった。
浅い。膝までしかない。川の中州である。月が水面に映っている。
仮面が消えた。マントも消えた。
そして、6時間ぶんのかゆみが来た。
首。耳。手首。足首。額。まぶた。どこをかけばいいのか分からない。全部だ。俺は川の中で、両手で全身をかきむしった。
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【お知らせ】
蚊による被害:計31か所
うち、まぶた:2か所
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まぶたは数えないでほしかった。知ったとたんにかゆい。
かきながら、採点をした。
高い所。樫の木、4m。8点。
逆光。月と支給品の二重。10点。蛾がついてきたので1点引く。
待機中の姿勢。乙女。0点。
戦闘。荷下ろし。4点。
台詞。8点。今まででいちばんよかった。茶のことを言わなければ満点だった。
退場。10点。
到着。
ここで手が止まった。
今までなら10点をつけていた。ギリギリだった。剣が折れた瞬間だった。様式としては文句のつけようがない。
0点だ。
6時間待たせて10点はない。
採点の基準を、変えなければならないのかもしれなかった。
向こう岸から、櫂を持った男が走ってくるのが見えた。
「誰だ! 俺の仕掛けた網を荒らしてんのは!」
この世界では、農家は鍬を、漁師は櫂を持って走ってくる。
体力3の逃げ足については、今回も何も言いたくない。
*
ペルネッタと合流したのは翌日の昼だった。
「顔、ぼこぼこだよ」
「蚊だ」
「殴られたのかと思った」
「31か所だ。まぶたが2つ」
「数えたの?」
「上司が」
彼女は袋を返してくれた。忘れ物はなし。2回連続である。
「じいさんは無事。朝になったら畑を耕してた。腕に布を巻いてね」
「よかった」
「猪が20頭くらい、山の向こうの谷に積み上がってたって。猟師が腰を抜かしてた。全部生きてたらしいよ。目を回してただけで」
「そっと投げたからな」
「そっと投げるって何」
俺は川で冷やした顔をさすりながら、黙って歩いた。
ペルネッタが横目で見てくる。
「兄さん、今日は静かだね」
「そうか」
「いつもなら採点の話するのに。高い所が何点とか」
「……到着を、0点にした」
「何で。間に合ったんでしょ」
「6時間、上で見てた。動けなくて」
彼女は足を止めなかった。少しだけ歩く速さを落とした。
「ギリギリまで出られないやつ?」
「ああ」
「変えてもらえないの。その女神様に」
「変更は受けつけないと言われた」
「頼んだの?」
「……まだ頼んでない」
「じゃあ分かんないじゃん」
そのとおりだった。
14〜15歳に言われるまで、思いつかなかった。注文したのは俺なのだから仕方がない、と決めこんでいた。
苦情を言ってみよう、と思った。あの人は、言われたことは全部やる人だ。
「ああ、そうだ。もう1個」
ペルネッタは、思い出したように言った。口の端が上がっている。嫌な予感がする。
「じいさんがね、朝、村の入り口まで来たんだよ。小僧を見なかったかって」
心臓が止まりかけた。
「ばれたのか」
「ううん。『昼間に来たあの小僧は、あの御方の従者に違いない』って」
「……従者」
「高い所はどこか、日はどっちに沈むか、月はどこから昇るか。あれは主のための下見だったんだろうって。茶の礼だって言われたのも、従者に出した茶のことだって」
俺は道の真ん中で立ち止まった。
「『従者に薄い茶を1杯出しただけで、あの御方は命で返してくださった』って。泣いてたよ。それで、あの小僧に会ったら伝えてくれって」
「何を」
「『主によろしく。次は濃いのを淹れる』」
ペルネッタは、こらえきれずに吹き出した。
「兄さん、自分の従者になったね」
常闇に君臨せし孤高の覇者には、この日、従者ができた。
体力3で、鍬が持てない従者である。




