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お助けキャラに憧れて転生した俺、他人がピンチの時しか最強になれない ~ただし平時は体力3なので、生活が成り立たない~  作者: 中原九尾


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9/20

第9話 物陰で6時間

 熱が下がった朝、ペルネッタは帳面を開いて読み上げた。


「料理長の盆の残りが35枚。回復薬のつけが10枚。熱病の村の情報が50枚。干し肉が3枚。袋の預かり賃が5枚。看病が15枚」


「待ってくれ。心の準備が」


「合わせて118枚」


「心の準備が」


「あと銀葉草を煎じた手間賃が5枚で、123枚ね」


 橋の下に、川の音だけが流れた。


 転生した時の支度金は銅貨30枚だった。あれから10日もたっていない。俺は支度金の4倍の借金を、14〜15歳の女の子1人に対して作ったことになる。


「孤高って、こういう意味だったかな」


「知らないよ。で、次の情報は55枚」


「また上がってる」


「兄さん、この3日寝てただけでしょ。寝てる人の信用は下がるの」


 理屈は通っている。毎回通っているのが腹立たしい。


「東の山のふもとに、人のいなくなった村がある。戦で男手を取られて、残った人も町へ出ていってさ。今は年寄りが1人だけ住んでる」


「1人で」


「元兵士だって。畑を耕して暮らしてる。そこに毎年この時期、山から牙猪の群れが下りてくるの。今年は数が多いらしいよ。猟師が50頭は見たって」


「50頭を、老人が1人で」


「逃げろって皆が言ったのに、動かないんだって」


 俺は腕を組んだ。


 これは難しい。


「どうしたの。行かないの」


「行く。行くが、分類に迷っている」


「ぶんるい」


「元兵士の老人というのは、主人公ではない。どちらかというと師匠型だ。若い主人公に剣を教えて、物語の中盤で主人公をかばって倒れる。つまり、俺と同じ側の人間なんだ」


「同じ側」


「同業者だ」


 ペルネッタは帳面を閉じた。


「同業者は助けないの?」


「いや、助ける。同業者の危機に駆けつけるのは、この稼業の仁義だ」


「稼業って言うけど、兄さん1枚も稼いでないよ」


 ぐうの音も出ない。


   *


 今回、俺には反省があった。


 迷宮では早く着きすぎて固まった。崖では遅すぎて、発動が0.5秒ずれたら死んでいた。熱病の村では着いた瞬間に始まった。


 到着が安定していない。


 お助けキャラの命は到着である。ここを運に任せているようでは三流だ。


「そこで今回は、余裕をもって現地に入る」


「うん」


「群れが来るのは日没らしい。だから昼には着いておく。地形を調べ、高い所を確保し、逆光の向きを確かめ、万全の態勢で待つ」


「兄さん」


「何だ」


「早く着いたら固まるって、自分で言ってなかった?」


「あれは、ピンチの最中に高い所へ立ったからだ。始まる前に着いておけば問題ない」


「ふうん」


 信じていない声だった。


 東の村までは歩いて2日かかった。道中の干し肉でまた6枚増えたが、もう数えない。


 着いたのは3日目の昼である。


 村というより、村の跡だった。屋根の落ちた家が10軒ほど並んでいる。井戸は枯れている。道には草が生えていた。


 そのいちばん奥に、1軒だけ煙の上がっている家がある。


 家の前には畑が広がっていた。廃村の中でそこだけが、定規で引いたようにきれいに耕されている。畑の端には大きな樫の木が1本立っていて、その根元に石が3つ並んでいた。


 ペルネッタは村の入り口で足を止めた。


「あたしはここで待ってる。袋、預かるよ」


「頼む」


「忘れ物しない人になったね」


「成長した」


「預けてるだけだよ」


 畑では、老人が鍬を振っていた。


   *


 60歳前後だろうか。


 背は高くないが、肩幅がある。白髪を短く刈りこんで、日に焼けた首に古い傷が1本走っている。鍬を下ろすたびに、土がまっすぐに割れていった。


 俺は畑のあぜ道に立って、声をかけた。


「すみません」


 老人は鍬を止めずに答えた。


「道に迷ったか、小僧」


「いえ。この辺で、いちばん高い所はどこでしょうか」


 鍬が止まった。


 老人は初めて顔を上げて、俺を見た。細い目である。何十年も遠くの敵を見てきた目だ、と俺は思った。本物の師匠型だ。


「……高い所?」


「はい。できれば畑が見渡せて、3m以上あると助かります」


「あの樫じゃ」


 老人は畑の端を顎でさした。


「何をする気だ」


「下見です。あと、日はどちらに沈みますか」


「西じゃ」


「群れの来るほうを向いて立つと、背中側になりますか」


「ならん。真正面じゃ」


 駄目だ。日没に群れが来るなら、沈む日は背中に入らない。正面から浴びることになる。ただ顔がよく見えるだけの人だ。


「月は」


「月?」


「今夜の月は、どちらから昇りますか」


 老人は鍬を地面に立てて、両手をその上に重ねた。


「小僧。お前、何者だ」


「名乗るほどの者ではありません」


 言えた。


 本物の師匠型を相手に、ついに言えた。相手が怪訝な顔をしていること以外は完璧である。


 老人は長いこと俺を眺めていた。それから何も言わずに家へ入り、欠けた湯呑みを2つ持って出てきた。


「飲め。顔色が悪い」


 麦を炒った茶だった。


 薄い。けれども熱くて、香ばしかった。病み上がりの腹にしみた。つけのつかない飲み物を口にしたのは、転生して初めてである。


「うまいです」


「世辞はいらん。出がらしだ」


 老人は樫の木のほうを見ながら、自分の茶をすすった。


「それを飲んだら帰れ。日が暮れたら、ここは危ない」


「牙猪ですか」


「知っとるのか」


「50頭と聞きました。逃げないんですか」


「逃げん」


「なぜ」


 老人は答えなかった。


 ただ、樫の根元の3つの石を見ていた。


 それ以上は聞けなかった。師匠型が黙って何かを見ている時は、聞いてはいけないのである。これは前世で学んだ。


「あの、何か手伝えることは」


「鍬が持てるか」


 持ってみた。


 持ち上がらなかった。体力3には、鍬は重い。両手で柄を握って腰を入れても、刃が地面から離れない。


 老人は俺の手から鍬を取って、片手で肩にかついだ。


「帰れ、小僧。茶の礼はいらん」


   *


 帰るふりをした。


 村はずれまで歩き、廃屋の陰に隠れて、日が傾くのを待った。


 待ちながら準備をした。


 まず姿勢である。迷宮では合掌したまま固まった。あの失敗は繰り返さない。今回は初めから腕を組んでおく。固まるにしても、腕組みで固まるなら格好がつく。


 念のため廃屋の陰で予行もした。腕を組んで顎を引き、そのまま動かずにいる。


 2分で腕がしびれた。


 体力3は腕組みにも体力を使うらしい。本番は体のほうが勝手に固めてくれるので、そこに期待することにした。


 次に高い所だ。樫の木は昼のうちに登る練習をしておいた。5回落ちて、6回目で太い枝に届いた。あの枝なら葉に隠れて、下からは見えない。


 逆光は月に任せる。東の山から昇るそうだ。枝に立った時の、背中側である。


 完璧だ。


 日が沈みかけた頃、山のほうから地鳴りが聞こえてきた。


 俺は樫の木に駆けより、6回目の要領で登った。3回落ちたが、4回目で枝に届いた。上達している。


 枝の上に立つ。腕を組む。顎を引く。


 山すそから、灰色の波が下りてくるのが見えた。


 牙猪だ。


 大きい。1頭が荷車ほどある。牙は俺の腕より太い。それが50頭、土煙を上げて畑に向かってくる。


 畑の真ん中には、老人が立っていた。


 鍬ではなく、剣を持っている。古い長剣だ。鞘を払って、片足を引き、切っ先を低く構えた。


 きれいな構えだった。


 よし。あとは老人が危なくなるのを待って、


 耳元で羽音がした。


 蚊である。


 右の頬にとまった。俺は反射的に右手で頬をたたいた。


 その瞬間に、体が固まった。


――――――――――――――――――

【お知らせ】

到着が早すぎます

登場可能となるまで、その場でお待ちください

現在の状況:対象者はまだ立っています

――――――――――――――――――


 待ってくれ。


 今じゃない。今だけはやめてくれ。


 俺の右手は、自分の右頬に当たったまま止まっていた。左腕は胸の前で組みかけた形で浮いている。


 腕組みではない。


 片手を頬に添えて、小首をかしげている。


 物思いにふける乙女の姿勢である。


 樫の木の上で、頬に手を当てて固まっている男。合掌のほうがまだよかった。あちらには少なくとも信仰があった。


 始まる前に着いておけば問題ない、と言ったのは誰だ。俺だ。


 ピンチが始まった時に高い所にいれば、同じことだったのだ。ペルネッタの「ふうん」が耳の奥でよみがえった。


 しかも蚊は、たたきそこねていた。


 頬と手のひらのあいだから、ゆうゆうと飛び立っていくのが見えた。


   *


 そこからが長かった。


 最初の1時間、俺は見とれていた。


 老人は強かった。


 突っこんでくる牙猪を半歩でかわし、すれ違いざまに首の後ろを斬る。1頭が倒れる。その体を盾にして次を受け、牙を払い、また斬る。無駄な動きが1つもない。


 すごい。


 本物だ。本物の師匠型である。あの足さばきを見ろ。あれは何十年も戦場に立った人間の動きだ。


 しかも畑を踏ませていない。群れを畑の手前で食いとめて、樫の木の側へは1頭も通していなかった。


 採点するなら満点である。俺が口を出す所がない。


 東の山から月が昇った。


 同時に、俺の背中の後ろに例の光の玉がともった。月があるのに支給品も出るらしい。逆光が二重になっている。女神様は本当に手を抜かない。


 そこで新しい問題が起きた。


 光に、虫が集まってきたのである。


 蛾だ。大きいのも小さいのも来た。光の玉のまわりを飛び回り、そのうち何匹かは俺の頭にとまった。肩にもとまった。頬に当てた手の甲にもとまった。


 払えない。


 蚊も来た。さっきの1匹が仲間を連れて戻ってきたらしい。首に1か所。耳に1か所。手首に1か所。


 かゆい。


 かけない。


 2時間が過ぎた。


――――――――――――――――――

【お知らせ】

現在の状況:対象者はまだ立っています(2時間経過)

蚊による被害:9か所

――――――――――――――――――


 数えなくていい。


 しかも9か所目は鼻の頭である。迷宮でも谷の村でもかけなかった、あの鼻だ。蚊のほうも急所を心得ている。


 老人の動きが、少しずつ変わってきた。


 かわす幅が大きくなっている。半歩で済ませていたものが、1歩になった。斬ったあとに息を整える間ができた。倒した牙猪は15頭を超えているが、山からはまだ下りてくる。


 頭の上に、何か重いものがとまった。


 ふくろうである。


 俺の頭を、ちょうどいい枝だと思ったらしい。爪が地肌に食いこんでいる。ふくろうは俺の頭の上から畑を見下ろし、ほう、と鳴いた。


 お前まで「ほう」と言うな。


 3時間が過ぎた。


 老人が初めて膝をついた。


 すぐに立った。けれども左腕から血が流れている。牙がかすったのだ。


 もういいだろう。


 出してくれ。もう十分にギリギリだ。3時間も1人で戦ったんだぞ。


――――――――――――――――――

【お知らせ】

現在の状況:対象者はまだ立っています(3時間経過)

蚊による被害:14か所

――――――――――――――――――


 立っているから何だ。


 立っている人間は助けなくていいのか。あの人は立っているんじゃない。倒れないようにしているんだ。それは全然違う。


 板に向かって怒鳴りたかった。声は出なかった。


 4時間が過ぎた。


 老人は樫の木のすぐ下まで押しこまれていた。


 3つの石を背にして、剣を構えている。肩で息をしている。刃こぼれした剣が、月の光をにぶく返していた。


 俺のいる枝から、手を伸ばせば届きそうな距離だった。


 届かない。


 動けない。


 頬に手を当てて小首をかしげたまま、俺は真下で戦う老人を見下ろしていた。


 ここまで、どこかで笑っていたのだと思う。


 蚊だの蛾だのふくろうだの、自分の間抜けな姿勢だの。腹を立てながらも、あとでペルネッタに話したら呆れられるだろうな、と考えていた。


 笑えなくなった。


 ギリギリで間に合う男でいたい。


 そう言ったのは俺だ。


 ギリギリとは何だ。誰のためのギリギリだ。


 あの老人のためではない。早く来てもらったほうが、あの人はいいに決まっている。腕を斬られる前に。膝をつく前に。4時間も1人で剣を振る前に。


 俺のためだ。


 もう駄目だという瞬間に現れたほうが格好いいから。それだけの理由で、俺はあの注文をした。白い部屋で、指を折りながら、得意になって。


 32年間あこがれてきた「ギリギリ」は、助けられる側から見れば、ただの遅刻だった。


 5時間が過ぎた。


 板はもう見なかった。


   *


 6時間目に、剣が折れた。


 澄んだ音がした。


 刃の半分が月の光の中を回って、畑の土に刺さった。


 老人は折れた剣を握ったまま、後ろの3つの石を1度だけ振り返った。


 それから前を向いて、残った半分を構え直した。


 群れの中から、ひときわ大きな1頭が進み出てくる。牙が4本ある。群れの主だ。


――――――――――――――――――

【登場可能です】

――――――――――――――――――


 遅い。


 遅いんだよ。


 体が枝から落ちた。


 落ちながら仮面が顔を覆い、マントが背中に広がった。頭の上のふくろうが驚いて飛び立ち、蛾の群れが光の玉と一緒についてくる。


 老人と群れの主のあいだに、着地した。


 畑の手前である。土は踏んでいない。そこだけは体も分かっているらしかった。


 突進してきた主の牙を、左手が止めた。


 老人が後ろで息をのむのが聞こえた。


 言いたいことは1つしかなかった。6時間、ずっとそれだけを考えていた。


 遅くなってすみません。


 本当に、すみません。


「待たせたな」


 低い声が出た。


「よく、持ちこたえた」


 そうじゃない。


 謝りたいんだ。俺は謝りたいんだよ。


 待たせたな、ではない。待たせたのは俺の注文だ。格好をつけた言い方をするな。この人は6時間戦ったんだ。


 それでも、後半は本心だった。


 よく、持ちこたえてくれた。


 道中でペルネッタに聞いたことを思い出した。「遅かったか」と「待たせたな」、どっちがいいと思う。俺は前者だと言った。孤高だからと。


 口は、後者を選んだ。


 相手を気づかうほうを。


 そこだけは、俺の口を少し見直した。


   *


 さて、牙猪である。


 主の牙をつかんだまま、俺は困っていた。


 ここは畑の前だ。老人が6時間かけて守りぬいた畑である。後ろには石が3つある。


 押せば飛ぶ。飛んだ先に何があるか分からない。息を吹けば、土ごと全部めくれる。迷宮では柱を折り、谷の村では山をめくった。加減はご自身で、と言われて、1度もできたためしがない。


 畑を荒らさないでくれ、と群れに言おうとした。


「この地を踏むな」


 通じなかった。


 猪に言葉は通じない。山羊の時に学んだはずである。


 仕方がない。


 1頭ずつ、運ぼう。


 俺は主を持ち上げた。両手で、そっと。荷車より大きい猪を、卵を持つように抱えた。主は空中で足をばたつかせている。


 山の向こうを見た。あのあたりなら人はいないだろう。


 投げた。


 主は月をかすめて、山の向こうへ消えた。だいぶ遅れて、遠くで木の折れる音がした。


 よし。この要領だ。


 2頭目を抱えた。投げた。3頭目。4頭目。


 地味である。


 自分でやっていて分かるほど地味だ。魔王と同じ力を持つ男が、畑の前で猪を1頭ずつ抱えては投げ、抱えては投げている。荷下ろしの仕事に近い。前世で引っ越しを手伝った時を思い出した。


 残りは30頭以上いた。


「……数が多いな」


 愚痴が出た。口調だけ偉そうな、ただの愚痴である。


 途中から猪のほうが察して、自分から山へ逃げていった。助かった。あと20回投げるところだった。


 静かになった。


 畑は無事だった。あぜ道も、樫の木も、3つの石も。


 俺は振り向いた。


 老人は、折れた剣を持ったまま立っていた。


 立ったまま、俺を見ていた。顔じゅうに血と泥がついている。細い目が、見開かれていた。


「……あんたは」


 声がかすれていた。


「わしは、ここで死ぬつもりだった」


 知っています。


 6時間、上から見ていました。あなたが何を守っていたのかも、なぜ逃げなかったのかも、だいたい分かりました。


 死なないでください。畑、まだ途中じゃないですか。


「死ぬには早い。貴様の畑は、まだ耕し終えておらぬ」


 珍しく、ほとんどそのまま出た。


 老人の手から、折れた剣が落ちた。


 もう1つ、言いたいことがあった。


 昼間のお茶、ごちそうさまでした。おいしかったです。


 言おうとして、気づいた。


 待て。それを言ったら、昼間の小僧が俺だとばれる。正体不明がお助けキャラの命である。言うな。飲みこめ。


 遅かった。


「……茶の礼だ」


 言ってしまった。


 老人が眉を寄せた。茶、と口の中でつぶやいている。


 終わった。ばれた。鍬も持てなかった小僧と、猪を山の向こうへ投げる男が、同じ人間だと知られてしまう。


 指先が透けはじめた。


――――――――――――――――――

【解決を確認しました】

【退場します】

――――――――――――――――――


 助かった。逃げよう。


 いや逃げるのではない。去るのだ。


「さらばだ、老兵」


 今回は、口と気持ちがだいたい合っていた。


 老人が手を伸ばすのが見えた。マントの裾が月の光に散っていく。蛾の群れだけが、光の玉のあった場所にしばらく残っていた。


   *


 落ちた先は、水の中だった。


 浅い。膝までしかない。川の中州である。月が水面に映っている。


 仮面が消えた。マントも消えた。


 そして、6時間ぶんのかゆみが来た。


 首。耳。手首。足首。額。まぶた。どこをかけばいいのか分からない。全部だ。俺は川の中で、両手で全身をかきむしった。


――――――――――――――――――

【お知らせ】

蚊による被害:計31か所

うち、まぶた:2か所

――――――――――――――――――


 まぶたは数えないでほしかった。知ったとたんにかゆい。


 かきながら、採点をした。


 高い所。樫の木、4m。8点。


 逆光。月と支給品の二重。10点。蛾がついてきたので1点引く。


 待機中の姿勢。乙女。0点。


 戦闘。荷下ろし。4点。


 台詞。8点。今まででいちばんよかった。茶のことを言わなければ満点だった。


 退場。10点。


 到着。


 ここで手が止まった。


 今までなら10点をつけていた。ギリギリだった。剣が折れた瞬間だった。様式としては文句のつけようがない。


 0点だ。


 6時間待たせて10点はない。


 採点の基準を、変えなければならないのかもしれなかった。


 向こう岸から、櫂を持った男が走ってくるのが見えた。


「誰だ! 俺の仕掛けた網を荒らしてんのは!」


 この世界では、農家は鍬を、漁師は櫂を持って走ってくる。


 体力3の逃げ足については、今回も何も言いたくない。


   *


 ペルネッタと合流したのは翌日の昼だった。


「顔、ぼこぼこだよ」


「蚊だ」


「殴られたのかと思った」


「31か所だ。まぶたが2つ」


「数えたの?」


「上司が」


 彼女は袋を返してくれた。忘れ物はなし。2回連続である。


「じいさんは無事。朝になったら畑を耕してた。腕に布を巻いてね」


「よかった」


「猪が20頭くらい、山の向こうの谷に積み上がってたって。猟師が腰を抜かしてた。全部生きてたらしいよ。目を回してただけで」


「そっと投げたからな」


「そっと投げるって何」


 俺は川で冷やした顔をさすりながら、黙って歩いた。


 ペルネッタが横目で見てくる。


「兄さん、今日は静かだね」


「そうか」


「いつもなら採点の話するのに。高い所が何点とか」


「……到着を、0点にした」


「何で。間に合ったんでしょ」


「6時間、上で見てた。動けなくて」


 彼女は足を止めなかった。少しだけ歩く速さを落とした。


「ギリギリまで出られないやつ?」


「ああ」


「変えてもらえないの。その女神様に」


「変更は受けつけないと言われた」


「頼んだの?」


「……まだ頼んでない」


「じゃあ分かんないじゃん」


 そのとおりだった。


 14〜15歳に言われるまで、思いつかなかった。注文したのは俺なのだから仕方がない、と決めこんでいた。


 苦情を言ってみよう、と思った。あの人は、言われたことは全部やる人だ。


「ああ、そうだ。もう1個」


 ペルネッタは、思い出したように言った。口の端が上がっている。嫌な予感がする。


「じいさんがね、朝、村の入り口まで来たんだよ。小僧を見なかったかって」


 心臓が止まりかけた。


「ばれたのか」


「ううん。『昼間に来たあの小僧は、あの御方の従者に違いない』って」


「……従者」


「高い所はどこか、日はどっちに沈むか、月はどこから昇るか。あれは主のための下見だったんだろうって。茶の礼だって言われたのも、従者に出した茶のことだって」


 俺は道の真ん中で立ち止まった。


「『従者に薄い茶を1杯出しただけで、あの御方は命で返してくださった』って。泣いてたよ。それで、あの小僧に会ったら伝えてくれって」


「何を」


「『主によろしく。次は濃いのを淹れる』」


 ペルネッタは、こらえきれずに吹き出した。


「兄さん、自分の従者になったね」


 常闇に君臨せし孤高の覇者には、この日、従者ができた。


 体力3で、鍬が持てない従者である。

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