↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
お助けキャラに憧れて転生した俺、他人がピンチの時しか最強になれない ~ただし平時は体力3なので、生活が成り立たない~  作者: 中原九尾


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
10/22

第10話 老兵ガンドルフの最後の畑

 わしは、間に合わん男だった。


 兵隊を40年やった。13歳で槍を持たされ、30歳で剣を許され、気がつけば隊の誰よりも古株になっていた。生き残るのだけはうまかった。それ以外は、何ひとつ間に合ったためしがない。


 倅が生まれた日、わしは北の砦にいた。


 知らせが届いたのは3か月後で、帰れたのは倅が歩きはじめてからだった。女房は戸口で赤ん坊を抱いて、わしの顔を見るなり言った。


「遅いよ」


 怒ってはいなかった。笑っていた。


 わしは答えた。


「待たせたな」


 それが決まり文句になった。


 遠征から帰るたびに、女房は「遅いよ」と言い、わしは「待たせたな」と言った。倅が背丈を追いこしてからも、それは変わらなかった。


 畑は女房のものだった。


 男2人が戦に出ているあいだ、あれは1人で土を起こし、種をまき、草を抜いた。帰るといつも、畑のどこかが耕しかけになっていた。


「まだ終わっとらんのか」


「畑ってのはね、耕し終わるってことがないんだよ」


 女房は鍬を杖にして、腰を伸ばしながら笑った。


「だから早く帰っておいで。手が足りないんだから」


   *


 倅には、わしが剣を教えた。


 筋がよかった。18歳で同じ隊に入り、20歳でわしの横に並んだ。親子で並んで戦う者は珍しいと、皆にからかわれた。


 西の国境の戦でのことだ。


 あの日、わしは右の陣にいて、倅は左の陣にいた。昼すぎに左が崩れたと聞いた。わしは持ち場を捨てて走った。捨ててはならん持ち場を捨てて、泥の中を半里走った。


 間に合わなかった。


 倅は槍を3本受けて倒れていた。まだ温かかった。目は開いていたが、もう何も見ていなかった。握ったままの剣の構えは、わしが教えたとおりだった。


 あと少し早ければ。


 陣が崩れたと聞いてすぐに走っていれば。いや、初めから左に置いてくれと頼んでいれば。


 わしが教えた剣で、倅はわしより先に死んだ。


 戦が終わって村に帰ったのは、それから2か月後だ。倅の剣だけを持って帰った。


 戸口に女房はいなかった。


 隣の婆さんが出てきて、3日前だったと言った。知らせを聞いてから寝ついて、そのまま起きなかったと。最後まで畑のことを気にしていたと。


 3日。


 たった3日だ。


 40年かけて、わしは最後の最後まで間に合わなかった。


 畑は、半分だけ耕してあった。


   *


 樫の木の下に石を3つ置いた。


 女房のぶん。倅のぶん。


 3つ目は、わしのぶんだ。


 どうせ先は長くない。弔ってくれる者もおらん。それなら自分で置いておけば手間がない。


 村からは人が減っていった。戦で男手を取られた家は、1軒また1軒と町へ出ていった。隣の婆さんも孫に引きとられた。


 わしは残った。


 畑を耕した。女房がやりかけた所から始めて、端まで行って、また初めに戻る。耕し終わるということがない。あれの言ったとおりだった。


 毎年この時期になると、山から牙猪が下りてくる。


 若い頃は何でもなかった。5頭や10頭なら、1人で追い返せた。年ごとに数が増え、年ごとにわしの息は短くなった。


 今年は50頭だと、猟師が知らせに来た。


「逃げなされ、ガンドルフさん。あんた1人でどうにかなる数じゃない」


 逃げん、と答えた。


 逃げてどこへ行くのだ。ここには女房がおる。倅がおる。わしの石もある。


 それに、とわしは思った。


 ちょうどいい。


 畑の前で、剣を持って死ねる。女房の畑を守って、倅に教えた構えのままで。間に合わなかった男の終わり方としては、上等すぎるくらいだ。


 今度こそ、遅れずに済む。


   *


 あの小僧が来たのは、その日の昼だった。


 あぜ道に立って、すみません、と言った。


 ひょろりとした若いのだ。17歳か18歳か。顔色が悪く、病み上がりのように見えた。旅の者にしては荷も持っておらん。


「道に迷ったか、小僧」


「いえ。この辺で、いちばん高い所はどこでしょうか」


 妙なことを聞く。


 畑が見渡せて3m以上あると助かります、と小僧は続けた。わしは樫の木を顎でさした。すると今度は、日はどちらに沈むかと聞く。月はどちらから昇るかと聞く。


 測量でもないのに地形と光を気にする者を、わしは1種類しか知らん。


 斥候だ。


 戦の前に地を見る者は、ああいう目をする。どこに立てば敵が見えるか。日を背にできるのはどちらか。


 だが、この小僧にそんな気配はなかった。隙だらけで、足音も殺せておらん。


「小僧。お前、何者だ」


「名乗るほどの者ではありません」


 胸を張って言うことではなかろうに、小僧はなぜか嬉しそうだった。


 茶を出した。


 出がらしの麦茶だ。客など何年も来ておらんので、欠けた湯呑みしかなかった。小僧はそれを両手で持って、うまいです、と言った。


 世辞はいらんと言ったが、嘘をついている顔ではなかった。


 牙猪のことを知っていた。逃げないのか、と聞く。


 逃げん、と答えた。


 なぜ、と聞く。


 答えなかった。樫の下の石を見た。小僧はそれきり聞かなかった。聞いてはならんことが分かる若いのだ、と思った。


 何か手伝えることは、と言うので、鍬を持たせてみた。


 持ち上がらん。


 両手で柄を握って、顔を真っ赤にして、それでも刃が土から離れん。倅が5歳の時でも、もう少しましだった。


 わしは鍬を取り上げた。


「帰れ、小僧。茶の礼はいらん」


 小僧は頭を下げて、村はずれのほうへ歩いていった。


 変なやつだ、と思った。


 だが悪い気はしなかった。この畑で誰かと茶を飲んだのは、女房が死んでから初めてだった。


   *


 日が沈む頃、山が鳴った。


 わしは畑の真ん中に立った。倅の剣を抜いた。片足を引いて、切っ先を低く構える。40年やってきた構えだ。


 灰色の波が下りてくる。


 1頭目は楽だった。2頭目も、3頭目も。体が覚えていた。かわして、首の後ろを斬る。倒れた体を盾にして次を受ける。


 畑は踏ません。


 それだけを考えていた。


 東の山から月が昇った。


 その時、妙なものを見た。


 樫の木の上に星が1つ引っかかっていた。


 枝のあいだに小さな光がある。月ではない。月より低くて、月より近い。葉の陰で、じっと動かずに光っている。


 女房か、と思った。


 ばかなことを。わしは首を振って、剣を握り直した。それでも、斬るたびに目のすみにあの光が入った。


 見ておるのか。


 それなら、みっともない戦いはできん。


 2時間。3時間。


 膝をついた。左腕を牙がかすめた。すぐに立ったが、息が戻らなくなっていた。若い頃なら何でもない傷だ。58歳の体には、こたえた。


 4時間目には、樫の木の下まで押しこまれていた。


 背中に石がある。3つとも、すぐ後ろだ。


 ここまでだな、と思った。


 ここより後ろには、下がれん。


 頭の上で、ふくろうが鳴いた。あの光はまだそこにあった。手を伸ばせば届きそうなほど近くで、わしを見下ろしていた。


 もう少しだ。


 もう少しで、そっちへ行く。


 今度は遅れん。


   *


 6時間目に、剣が折れた。


 倅の剣だった。


 刃の半分が月の光の中を回って、畑の土に刺さった。女房の畑に、倅の剣が刺さった。


 わしは振り返って、石を見た。


 すまんな、と思った。


 それから前を向いて、残った半分を構えた。群れの中から、牙が4本ある主が出てくる。


 来い。


 その時、頭の上の星が落ちてきた。


 樫の木からだった。


 黒い影がわしと主のあいだに降り立った。土煙も上がらなかった。畑の手前の、土を踏まぬぎりぎりの所だ。


 マントが風もないのに大きく広がる。背中の向こうにあの光があって、姿は影になっていた。頭から目元までを覆う仮面に、片側だけ角がある。足元では、月の光の届かぬ黒いものが、炎の形で揺れていた。


 突っこんできた主の牙を、その御方は左手1本で止めた。


 そして、わしに背を向けたまま言った。


「待たせたな」


 息が止まった。


「よく、持ちこたえた」


 折れた剣が手の中で震えた。


 その言葉は。


 その言葉は、わしのものだ。


 戸口で女房に言い続けた言葉だ。倅の亡骸の前で、言えなかった言葉だ。空の戸口の前で、言う相手のいなかった言葉だ。


 40年、わしはそれを言う側だった。遅れて着いて、すまんと思いながら、待たせたな、と。


 言われたのは、初めてだった。


 待っておったのか、わしは。


 ここで死ぬと決めて、今度こそ遅れんと決めて。それでも心のどこかで、誰かが来るのを待っておったのか。


 よく持ちこたえた、と。


 倅に言ってやりたかった。槍を3本受けても構えを崩さなかったあれに、わしはそう言ってやりたかったのだ。


   *


 そこから先は、戦ではなかった。


 その御方は主に向かって一言だけ言った。


「この地を踏むな」


 それから、主を抱え上げた。


 両手で、そっとだ。荷車より大きな猪を、生まれたての子でも抱くように。そして山の向こうへ、放った。


 斬らなかった。


 2頭目も、3頭目も同じだった。1頭ずつ抱えては、山の向こうへ放る。畑の土を1歩も踏まずに。


 殺さんのだ、とわしは気づいた。


 そして、荒らさんのだ。


 ここで力を振るえば、畑も石も吹き飛ぶ。それが分かっておられる。だから1頭ずつ、手で運んでおられる。


 あれほどの力を持つ方が、年寄りの畑ひとつのために。


「……数が多いな」


 そうつぶやかれた時、わしは不覚にも笑いそうになった。


 残りの猪は自分から山へ逃げていった。


 静かになった。


 畑は無事だった。あぜ道も。樫の木も。石も、3つとも。


 仮面がこちらを向いた。


「……あんたは」


 声が出なかった。やっと出たのは、言うつもりのなかったことだった。


「わしは、ここで死ぬつもりだった」


 仮面の御方はしばらく黙っていた。


 その沈黙で、分かった。


 この方は知っておられる。


 樫の上のあの光はこの方だったのだ。6時間、あそこにおられたのだ。


 なぜ、もっと早く下りてこられなかったのか。


 そう思わなかったと言えば嘘になる。だが、すぐに分かった。


 あれは、わしの戦だった。


 女房の畑を、倅の剣で守る。それはわしが決めた、わしの最後の戦だ。誰かに横から取られてよいものではなかった。


 この方は、待っておられたのだ。


 兵が自分の戦を戦い終えるまで、手を出さずに。剣が折れるその時まで、ただ上から見届けて。


 それは、武人が武人にする礼だ。


 40年兵隊をやって、そんな礼を受けたことは1度もなかった。


 御方は言われた。


「死ぬには早い。貴様の畑は、まだ耕し終えておらぬ」


 手から、折れた剣が落ちた。


 畑ってのはね、耕し終わるってことがないんだよ。


 だから早く帰っておいで。


 女房の声がすぐ耳元でした。


 そうか。


 そうだったな。


 耕し終わらんのだ、この畑は。終わらんものを置いて、わしは楽なほうへ行こうとしておった。今度こそ間に合うなどと言って。


 あれはきっと、戸口で言うだろう。


 早すぎるよ、と。


   *


 御方はもう一言だけ残された。


「……茶の礼だ」


 茶。


 意味が分からなかった。わしはこの方に茶など出しておらん。出したのは昼間の、あの妙な小僧に。


 御方の指先が月の光に透けはじめていた。


「さらばだ、老兵」


 手を伸ばした。届かなかった。


 マントの裾が月の光の中に散って、仮面が薄れて、いなくなった。光のあった所には、蛾が何匹か、行き場をなくして舞っていた。


 わしは畑の前に座りこんだ。


 夜が明けるまで、そこにいた。


 明るくなってから、ようやく頭が回りはじめた。


 高い所はどこか、とあの小僧は聞いた。日はどちらに沈むか。月はどちらから昇るか。


 下見です、と言った。


 斥候だと、わしは思ったのだ。あの時たしかに。


 あれは、あの御方の従者だ。


 主が降り立つ場所を、前もって確かめに来たのだ。だから高い所を聞いた。だから月の出を聞いた。御方は月を背にして、あの樫から下りてこられた。


 そして、茶の礼だと。


 従者に出した、出がらしの麦茶1杯。


 欠けた湯呑みの、薄い茶だ。


 それに、あの方は命で報いてくださった。


 わしは声を上げて泣いた。女房の時も倅の時も出なかった声が、58歳にもなって出た。


   *


 朝のうちに、畑に刺さった刃を抜いた。


 倅の剣は、柄と一緒に布でくるんで、倅の石の前に埋めた。よく持ちこたえた、と声に出して言った。5年遅れたが、やっと言えた。


 それから、3つ目の石を持ち上げた。


 重かった。置いた時より重く感じた。年を取ったのか、石のほうが居座る気でおったのか。


 家の戸口まで運んで、軒の下に据えた。


 腰かけにちょうどいい。


 客が来た時に、座らせる所がなかったのだ。


 腕に布を巻いて、鍬を取った。昨夜の続きから耕す。土は固かったが、刃はまっすぐに入った。


 ひと畝起こしたところで、村の入り口まで歩いた。まだ朝のうちだった。


 赤毛の娘が1人、荷を抱えて立っていた。


「小僧を見なかったか。ひょろりとした、顔色の悪いのだ」


 娘は妙な顔をした。


 わしは話した。あの小僧は、あの御方の従者に違いないこと。主のために下見をしておったこと。薄い茶1杯に、命で返していただいたこと。


 話しているうちに、また目から水が出た。年寄りは締まりがなくていかん。


「会ったら、伝えてくれんか」


「何を」


「主によろしく、と。次は濃いのを淹れる」


 娘はなぜか口を押さえて、肩を震わせていた。もらい泣きをしてくれたのだろう。優しい娘だ。


 帰り道、わしは考えた。


 あの小僧は鍬も持てなんだ。


 あれでは従者は務まらん。あれほどの御方に仕える者が、鍬の1本も振れんでどうする。主の荷を持つにも、主の馬を引くにも、まず腰と腕だ。


 誰かが鍛えてやらねばならん。


 剣なら、教えられる。


 倅に教えた剣だ。わしより先に死なせてしまった剣だ。もう2度と誰にも教えまいと思っていた。


 だが、あの小僧なら。


 あの御方のそばにおる者なら、わしより先に死ぬことはあるまい。


 畑の前まで戻ると、樫の木が風に鳴っていた。石は2つになっていた。


 鍬を握った。


 耕し終わることのない畑を、わしはまた端から耕しはじめた。


 今度は、待つ側だ。


 次にあの小僧が来たら、濃い茶を出して、戸口の石に座らせて、まず鍬の握り方から教えてやる。


 遅いぞ、と言ってやるのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。