第7話 病気は殴れない
借金が銅貨45枚ある男に、情報屋は容赦しなかった。
「次のは50枚にしとく。つけで」
「増えてないか」
「利子」
「情報は1件5枚だったはずだ」
「払える人にはね。払えない人は、取りっぱぐれるぶんを先に乗せとくの」
橋の下でペルネッタは平然と言った。理屈は通っている。通っているのが腹立たしい。
俺は固いパンをかじりながら、自分の経済状況について考えるのをやめた。考えても減らないからである。
「で、今度は何だ」
「西の谷の村で熱病がはやってる。もう半月。死人も出てる」
パンが喉に詰まった。
「教会が聖女候補を1人送ったんだって。まだ子どもで、力もたいしたことないらしいよ。治せないもんだから、村の連中が荒れてる」
「荒れてる、というと」
「偽者だって。石を投げられてるって聞いた」
俺は立ち上がっていた。
力の足りない幼い聖女。救えない命。向けられる石。
主人公だ。3日連続で主人公である。この世界の主人公の発生率はどうなっているのか。
「行く」
「言うと思った。でもさ」
ペルネッタは珍しく、言いにくそうに口ごもった。
「病気だよ。兄さんの力って、殴るやつでしょ。病気は殴れないよ」
「……」
「何しに行くの」
考えていなかった。
たしかにそうだ。魔王と同じ強さになったところで、熱が下がるわけではない。お助けキャラが疫病の村に現れる場面というのを、俺は1度も見たことがなかった。
いや、待て。
「病魔というのがいるかもしれない」
「びょうま」
「病気を操る魔物だ。村はずれの洞窟あたりに潜んでいて、そいつを倒すと全員の熱が一斉に下がる。よくある型だ」
「いなかったら?」
「……いると思う」
「いなかったら?」
「着いてから考える」
「兄さんの人生、だいたいそれだね」
*
谷の村までは歩いて1日半かかった。
今回はペルネッタもついてきた。荷物の回収は現地でやったほうが早い、というのが理由である。ただし村には入らないと宣言していた。
「うつるから。あたしは丘の上で待ってる」
「賢いな」
「兄さんは入るんでしょ。体力3で」
「入る」
「うつるよ」
「発動すれば魔王と同じだ。魔王は風邪をひかない」
「発動する前と、終わったあとは?」
それも考えていなかった。
道中、俺は病魔との戦い方を検討した。
「問題は、病魔に口上が通じるかどうかだ」
「知らない」
「『貴様の悪行もここまでだ』と言ったところで、相手が目に見えなかったらどうする。空気に向かって言うことになる」
「兄さん、樽の上で空気に怒鳴ってたじゃん」
「あれは上司と話していたんだ」
「余計こわいよ」
1日目の夜は野宿だった。ペルネッタは焚き火をおこし、干し肉を2つに分けて、大きいほうを自分で食べた。
「つけは」
「干し肉は3枚」
借金は銅貨98枚になった。もう数えるのをやめたい。
村に着いたのは、2日目の日が沈んだあとだった。
丘の上から見下ろすと、30軒ほどの家が谷の底に固まっている。明かりのついている窓は少ない。村の真ん中に小さな教会があって、その前の広場に松明が集まっていた。
人だかりができている。
俺はペルネッタに袋を預けて、丘を下りた。体力3の足で転がるように走った。実際に2回転がった。
広場の端までたどり着いて、息を整える。
人だかりの真ん中に、女の子が膝をついていた。
小さい。11〜12歳くらいだろうか。白い法衣を着ているが、裾は泥だらけで、袖は肘まで汚れている。麦わら色の髪が汗で額にはりついていた。
女の子の前には、毛布にくるまれた幼い子どもが寝かされている。女の子はその子の手を両手で握って、目を閉じていた。握った手のあいだから、かすかな光がもれている。
蛍くらいの、弱い光だった。
「もうやめろ!」
男の怒鳴り声がした。
「お前が来て10日だ。何人死んだ。うちの女房も死んだんだぞ。それが聖女のやることか!」
「偽者め!」
「村から出ていけ!」
石が飛んだ。
女の子の肩に当たった。女の子は目を閉じたまま、手を離さなかった。2つ目が背中に当たる。3つ目が額をかすめて、細い血の筋が頬をつたった。
それでも離さなかった。
ただ、体がぐらりと傾いた。握った手の光が、消えかけている。
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【登場可能です】
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今回も待たされなかった。
高い所。教会の屋根だ。壁に梯子がかかっている。俺は梯子に飛びついて、体力3のすべてを使って登りきった。屋根の上に立つ。背後に例の光の玉が浮かぶ。夜なので、逆光はまた支給品である。
飛んだ。
*
広場の真ん中に着地した。
女の子と村人たちのあいだである。石畳にひびが入って、松明の火がいっせいに揺れた。
仮面。黒い炎。風もないのに広がるマント。腕組み。
夜の広場に突然現れた黒い男を見て、村人たちは凍りついた。
まず石をやめてもらおう。
石を投げるのはやめてください。どうしても投げたいなら、俺に投げてください。俺は痛くないので。
「その石、我に投げてみよ」
挑発になった。
しかも、たいへん感じの悪い挑発である。仲裁に入ったつもりが、喧嘩を売っている。村人たちは顔を見合わせ、それから本当に投げてきた。恐怖で我を忘れたのだと思う。10個、20個と石が飛んでくる。
全部、俺に当たる前に砂になった。
黒い炎に触れたとたん、さらさらと崩れて足元に積もっていく。あの炎は見た目だけで何の効果もないはずなのだが、石のほうが勝手に砕けているらしい。魔王と同じ体というのは、近づくだけでそうなるものなのかもしれない。
つまり炎は何もしていない。手柄だけ持っていっている。
「ば、化け物だ」
「病を運んできた悪魔だ!」
違います。
「好きに呼べ」
違うと言いたかったのだ。
なぜ許可を出した。悪魔と呼んでいいと俺が言ったことになっている。
村人たちは松明を放り出して、それぞれの家へ逃げていった。扉の閉まる音が、谷じゅうに響いた。
広場には、俺と女の子と、毛布の子どもだけが残った。
静かだ。
俺は葉書1枚ぶんの視界で、あたりを見回した。
病魔はどこだ。
洞窟は。怪しい祠は。黒い霧をまとった魔物は。
いない。
どこにもいない。夜風が吹いて、松明の燃えさしがくすぶっているだけである。
ペルネッタの言葉を思い出した。
病気は殴れないよ。
そのとおりだった。敵がいない。石を投げる人はいなくなったが、熱病はどこにも逃げていない。殴る相手も、押す相手も、息を吹きかける相手もいなかった。
魔王と同じ力を持って、俺は夜の広場に立ちつくしていた。
*
女の子が、俺を見上げていた。
額から血が流れている。唇は乾いて割れている。目の下の影が、子どもの顔とは思えないほど濃かった。10日間、ほとんど寝ていないのだろう。
それでも彼女は、毛布の子の手をまだ握っていた。
俺はしゃがみたかった。体はしゃがんでくれなかった。腕を組んだまま、見下ろすことしかできない。
君はよくやってるよ。もう休んで。
「下がれ。貴様はもう十分に戦った。あとは我がやる」
下がれ、とは言っていない。
あとは俺がやるとも言っていない。何をやるのか俺が聞きたい。病魔もいないのに、口が勝手に大きなことを約束してしまった。
女の子は首を横に振った。
「……まだ、です。あと11人います」
かすれた声だった。
「この子の熱が下がったら、次は鍛冶屋さんの家で、その次が」
言いながら立とうとして、膝から崩れた。俺の手が勝手に伸びて、襟首をつまんで支えた。子猫を持つような持ち方になったが、体が選んだ姿勢なので仕方がない。抱きとめるという選択肢は、覇者の体にはないらしい。
駄目だ。この子は倒れるまでやめない。
それなら手伝うしかなかった。
じゃあ手伝うよ。何が必要か教えて。
「ならば命じよ。何が要る」
命じよ、ときた。
助けに来た相手に命令を要求する覇者というのは、どういう立場なのだろう。偉そうに下手に出ている。
女の子は目を丸くした。それから、震える指で村の真ん中の井戸をさした。
「……水、です。あの井戸の水を飲んだ家から、病人が出ています。わたし、何度も言ったんです。でも、子どもの言うことだからって」
水か。
「それと、銀葉草。熱を下げる草です。北の峰の岩場に生えています。でも、大人の足でも3日かかるから……」
草か。
水と、草。
どちらも殴る相手ではない。けれども運ぶことならできる。前世で812回やってきたのは、だいたいそういうことだった。
病魔がいなくてよかった、と少しだけ思った。いたら、この子の言うことを聞く前に洞窟を探しに行っていた。
*
まず水である。
井戸をのぞいた。葉書1枚ぶんの視界でも分かるくらい、底から嫌な臭いがする。何か落ちて腐っているらしい。
新しい井戸が要る。
掘ったことはない。前世で掘ったのは砂場の穴くらいだ。けれども地面の下には水があるはずである。俺は広場の端の、何もない地面の前に立った。
そっとだ。加減はご自身で、と言われている。そっと押すだけにしよう。
人さし指を1本、地面に当てた。
「貫け」
言わなくていいのに、口が合いの手を入れた。
地面に、直径1mの穴があいた。深さは分からない。指を当てただけなのに、底が見えなかった。
3秒ほどして、穴の底から低い音が響いてきた。
水柱が上がった。
教会の屋根より高い。澄んだ水が夜空に噴き上がって、広場じゅうに雨のように降りそそいだ。家々の窓から、村人たちが顔を出しているのが見える。
やりすぎた。
井戸ではなく噴水になってしまった。村の名所ができてしまった。
「……加減を知らぬ水だ」
水のせいにするな。
加減を知らないのは俺である。
次は草だ。
北の峰、と女の子は言っていた。俺は北を向いて走った。
走ったつもりだったが、3歩目で山の上にいた。景色が後ろに飛んでいった記憶しかない。魔王というのは、移動にも困らないらしい。ここまで1日半かけて歩いてきたのは何だったのか。
岩場だ。草が生えている。
ここで問題が起きた。
どれが銀葉草なのか分からない。
夜である。視界は葉書1枚である。そして俺は、前世でも草の見分けなどついたことがなかった。葉っぱはすべて葉っぱである。小学校の理科で朝顔を枯らした男だ。
岩の上に、山羊が1頭いた。
こちらを見ている。地元の者なら知っているかもしれない。
すみません、銀葉草ってどれですか。
「答えよ、獣。銀の葉はいずこにある」
山羊は答えなかった。
当たり前である。山羊に道を聞く覇者があるか。しかも「いずこ」と言った。俺の口はどこでそんな言葉を覚えてきたのか。
山羊は草をかんでいる。その草が銀葉草かどうかも、俺には分からなかった。
戻って聞こうか。
いや、あの子は今にも倒れそうだった。1秒でも惜しい。
全部持っていこう。
俺は岩場の端に両手をかけた。
山の斜面が、敷物のようにめくれた。
草も岩も土も、根こそぎである。体育館くらいの広さの地面を丸めて肩にかつぎ、3歩で村に戻った。
広場に下ろすと、小さな丘ができた。
丘の上で、さっきの山羊が途方に暮れた顔で鳴いていた。一緒に持ってきてしまったらしい。すまない。帰りは送る。
女の子は口を開けて、丘を見上げていた。
この中にあると思うんだけど、どれか分かる?
「選べ」
2文字にされた。
20文字くらい言ったはずである。
*
そこから先は、俺の出番ではなかった。
女の子は丘によじ登って、銀色の裏をした葉を迷いなく摘んでいった。摘んだ葉をすりつぶし、新しい水で煮出し、1軒ずつ扉をたたいて回る。
村人は扉を開けなかった。
俺が後ろに立っているからである。
離れていよう、と思った。けれども女の子がふらつくたびに、体が勝手に襟首をつまんでしまう。結局、子猫を運ぶ親猫のような格好でついて歩くことになった。
黒い炎を上げた親猫である。
最初に扉を開けたのは、鍛冶屋だった。奥で子どもが苦しそうに息をしている。
「……その薬、本当に効くのか」
「効きます。教会の書庫で、ちゃんと調べました」
女の子の声は小さかったが、震えていなかった。
鍛冶屋は俺を見た。俺は腕を組んで黙っていた。何か言うと必ず悪いほうに転ぶからである。この数日で学んだ、たった1つのことだ。
薬湯が運ばれていく。
2軒目。3軒目。扉が1つずつ開いていく。女の子は病人の手を握り、蛍のような光を灯し、薬湯を飲ませて、次の家へ向かった。
俺にできることは、ほとんどなかった。
水を運んだ。桶を持つと木が砕けるので、指先に引っかけて運んだ。3つ砕いてから学んだ。
薪を割ろうとして斧を握りつぶし、仕方なく丸太を手でちぎった。パンをちぎるより簡単だった。
湯を沸かすのだけは失敗した。
黒い炎に鍋をかざしてみたのである。闇より深いこの炎なら、一瞬で沸くだろうと思った。
ぬるくもならなかった。
そうだった。熱くもないし何も燃えない、と注文したのは俺だ。あの時の俺に、ここに立ってみてほしい。鍋を持って自分の足元にかざし、いつまでも沸かない水をのぞきこんでいる覇者の姿を見てほしい。
通りかかった女の子が、不思議そうにこちらを見ていた。
見ないでくれ。
女の子が病人の家に入っているあいだ、俺は外で待った。
向かいの家の窓から、小さな子どもがのぞいている。5歳くらいだろうか。俺を見て固まっている。
怖がらせてはいけない。俺は手を振ろうとした。腕は組まれたまま動かなかった。
せめて声だけでも。
怖くないよ。
「恐れよ」
逆だ。
窓の鎧戸が、音を立てて閉まった。
あとは病人の枕元に立った。
他にやることがなかったのだ。熱にうなされる老人を見下ろして、俺はせめて病気のほうに言ってやった。
早く治りますように。
「死ぬがいい」
老人が白目をむいた。
違う。病気に言ったんです。病気に。
「貴様ではない。貴様の内に巣くうものに言った」
老人は気を失った。女の子が慌てて駆けよってくる。
病魔はいなかったのに、結局、病魔に向かって口上を述べた形になった。しかも相手は目に見えなかった。道中で心配したとおりである。
それ以来、病人の家には入れてもらえなくなった。
*
夜が更けていく。
俺は広場の真ん中で、腕を組んで立っていた。
座りたい。
ここまで何時間たっただろう。魔王の体は疲れないが、中身は俺である。気持ちのうえで座りたかった。噴水のふちに腰を下ろそうとした。
膝が曲がらなかった。
目の前に板が浮かんだ。
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【お知らせ】
発動中は、威厳を損なう行動が制限されます
制限対象:座りこむ、あくびをする、物をあさる、鼻をかく、ほおばる
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鼻をかく。
迷宮で固まった時、鼻がかゆかったのを思い出した。あれは早く着きすぎたせいだと思っていた。そうではなかった。発動している間、俺はどうやっても鼻をかけないのである。
そう思ったとたんに、鼻がかゆくなってきた。
かけない。
そして、最後の1つだ。
ほおばる。
嫌な予感がした。
そういえば腹が減っている。昼に干し肉の小さいほうを食べたきりだ。魔王の体は疲れないくせに、腹は普通に減るらしい。
袋の中に固いパンが残っているはずだった。けれども袋はペルネッタに預けてある。丘の上だ。見上げると、丘の上に小さな焚き火が見えた。あいつは今ごろ、干し肉の大きいほうを食べている。
その時、女の子が小走りにやってきた。
手に、黒パンのかけらを持っている。
「あの……鍛冶屋さんが、分けてくださったんです。半分、どうぞ」
天使だと思った。
聖女候補というのは伊達ではない。ありがとう、いただきます。俺は手を伸ばそうとした。
手が動かなかった。
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【お知らせ】
報酬の受領はできません
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「施しは受けぬ」
受けたい。
ものすごく受けたい。腹が鳴りそうである。鳴ることさえ威厳を損なうらしく、腹の虫まで黙らされていた。体の中で何かが無音で暴れている。
礼はいらない、と言ったのは俺だ。受け取ったら値打ちが下がる、とも言った。
値打ちなどいくら下がってもいいから、あのパンがほしい。
女の子は差し出した手を引っこめて、少しのあいだ俺を見上げていた。
「……強い方は、おなかもすかないんですね」
すいている。
すいているんだ。
前世を含めて今がいちばんすいている。
それでも口から出たのは「案ずるな」の一言だった。女の子はぺこりと頭を下げて、次の家へ走っていった。小さな背中が、ここへ来た時よりもまっすぐになっている。
俺は星を見上げた。
解決するまで、この姿は解けない。熱病が村から去るまでだ。それが何時間後なのか、何日後なのか、誰にも分からなかった。
お助けキャラというのは、一瞬で現れて一瞬で去るものだ。
1晩じゅう腹も鳴らせず鼻もかけずに立っているお助けキャラを、俺は見たことがない。たぶん、いたのだ。描かれなかっただけで。
登場していない間のことは描かれないので、と俺は女神様に言った。
描かれない時間は、長い。
*
東の空が白んだ頃、最初の扉が内側から開いた。
鍛冶屋だった。腕に子どもを抱いている。子どもは目を開けて、まわりを見回していた。
「熱が、下がった」
2軒目の扉が開いた。3軒目も。老人が家族に支えられて出てくる。俺が気絶させた老人である。生きていてよかった。本当によかった。
女の子は噴水のそばに座りこんでいた。もう立てないらしい。法衣は泥と草の汁でひどいありさまになっている。
村人たちが、彼女を囲んだ。
誰も石を持っていなかった。
俺は少し離れた所から、それを見ていた。
治したのはあの子だ。
水が悪いと見抜いたのも、草を選んだのも、薬を作ったのも、1軒ずつ手を握って回ったのも、全部あの子である。俺がやったのは穴をあけて山をめくっただけだった。あとは鍋をぬるくもできず、子どもを怖がらせ、老人を気絶させた。
それでいい。
それがいいのだ。最後に決めるのは主人公でなければならない。俺はただ、あの子の手が届く所まで、水と草を運んだだけである。
これこそお助けキャラの仕事だ、と思った。
腹は限界だったが、気分は悪くなかった。
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【解決を確認しました】
【退場します】
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指先がほどけていく。
女の子が顔を上げた。人垣のあいだから、こちらに手を伸ばしている。
何か言わなければ。よく頑張ったね、とか。君はすごいよ、とか。
「……見事だ」
今回は、直す所がなかった。
転生して初めて、口と気持ちが同じことを言った。
*
落ちた先は畑だった。
朝露にぬれた葉が並んでいる。蕪である。
仮面が消えている。マントもない。体力3に戻っている。そして、12時間ぶんの空腹と、12時間ぶんの鼻のかゆみがいっせいに襲ってきた。
俺はまず鼻をかいた。
両手でである。涙が出るほど気持ちいい。
それから蕪を引き抜いて、土をぬぐって、かじった。
うまい。生の蕪がこれほどうまいとは知らなかった。ほおばった。威厳のかけらもなくほおばった。2つ目を抜いたところで、畑の向こうから鍬を持った男が走ってきた。
この世界の農家は、全員鍬を持って走ってくる。
体力3の逃げ足については、何も言いたくない。
逃げながら採点をした。
高い所。教会の屋根。7点。
逆光。支給品。10点。
到着。10点。
戦闘。相手なし。採点不能。強いて言えば地面と山に勝った。
台詞。最後の1つだけ10点。「恐れよ」で5点引く。
退場。10点。
忘れ物。なし。初めてである。袋を預けておいたのがよかった。
忘れ物の代わりに、山を1つ置いてきた。山羊もだ。送ると約束したのに。
*
ペルネッタと合流できたのは昼すぎだった。
彼女は俺の顔を見るなり、1歩下がった。
「兄さん、顔赤いよ」
「走ったからな」
「目もうるんでる」
「蕪がうまくて」
「鼻も赤い」
「それはかいたからだ」
「……額、さわるよ」
小さな手が額に当たった。すぐに離れた。
「熱ある」
そういえば寒気がする。関節も痛い。発動する前に、俺は体力3のまま病人だらけの村を走り回っていた。
魔王は風邪をひかない。
体力3は、ひく。
「だから言ったのに」
ペルネッタは深いため息をついて、袋から小さな包みを出した。銀色の裏をした葉が、束になって入っている。
「さっき村の子にもらった。丘の上まで持ってきてくれてさ。黒い方のお連れの人ですかって」
「……連れだと、ばれてるのか」
「あたしが1晩じゅう丘で焚き火してたのが、村から見えてたんだって。よく見てる子だよ」
彼女は葉を俺の手に押しつけた。
「あの子からあたしへの贈り物だから、兄さんがもらったお礼にはならないでしょ。煎じて飲みな」
「いくらだ」
「貸しにしとく」
またつけである。もう何度目か分からない。
「あの子、何か言ってたか」
「兄さんのこと?」
「怒ってなかったか。病人を気絶させたし、子どもを怖がらせたし、パンも断った」
「怒ってる子は草くれないよ」
「口止め料かもしれない」
「何の」
俺は草の束を握ったまま、街道の端に座りこんだ。座れるというのは素晴らしいことだった。あくびもした。鼻ももう1度かいた。
常闇に君臨せし孤高の覇者は、その後3日間、橋の下で熱を出して寝こんだ。
看病代は銅貨15枚だった。
借金の合計については、熱が下がってから聞くことにした。




