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お助けキャラに憧れて転生した俺、他人がピンチの時しか最強になれない ~ただし平時は体力3なので、生活が成り立たない~  作者: 中原九尾


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第3話 死ぬがいい(※初めて言った)



 北の迷宮は、街から歩いて半日のところにあった。


 体力1の俺が歩ける距離ではない。そう言ったら、ペルネッタは上着の内側から小瓶を出してきた。


「回復薬。銅貨10枚」


「高くないか」


「相場だよ。嫌なら這っていけば」


 買った。ひと口飲んだ。体力が3に戻る。全快して村人の3割である。


「あと、魔物よけの香。銅貨5枚。弱い魔物なら寄ってこない」


「強い魔物は」


「寄ってくる」


「意味あるのか、それ」


「兄さんはスライムに負けたんでしょ。弱いのが寄ってこないだけで命が延びるよ」


 買った。


「他に要る物は」


「黒い羽根はあるか」


「は?」


「去り際に1枚だけ落としていくんだ。あとに羽根だけが残っている。見た者は『今のは、いったい』とつぶやく」


 ペルネッタは3秒ほど俺を見ていた。


「鳩のならある。灰色だけど」


「黒がいい」


「塗れば。銅貨2枚」


 本気で迷った。


 残りは銅貨10枚である。羽根を買えば8枚。ただし墨で塗った鳩の羽根を落としていくお助けキャラというのは、何かが根本的に違う気がする。


「……今回は見送る」


「毎回見送りなよ」


 買った物は肩かけの袋に入れた。袋はおまけでくれた。底の左すみに赤い糸で繕った跡がある。こういうところだけ妙に気前がいい。


   *


 迷宮までの道のりで、俺は台詞の練習をした。


「聞いてくれ。『遅かったか』と『待たせたな』、どっちがいいと思う」


「どっちでもいい」


「大違いだ。『遅かったか』は自分に厳しい型で、『待たせたな』は相手を気づかう型なんだ。前者は孤高で、後者は少し優しい。俺としては前者なんだが、相手が子どもの場合は」


「兄さん」


「何だ」


「それ、言うのは兄さんじゃないんでしょ。口が勝手にしゃべるって、さっき自分で言ってたよ」


「……」


「練習する意味ある?」


 なかった。


 32年間ノートに書きためた台詞は、1つも使われないのである。俺の口は、俺の知らない台詞を勝手に選ぶ。注文したのは俺だ。


「心構えの問題だ」


「ふうん」


「聞くだけ聞いてくれ。次は去り際だ。『礼には及ばん』と『借りは返した』では」


「聞き賃、銅貨1枚」


 黙って歩いた。


 迷宮の入り口に着いたのは、日が傾きはじめた頃だった。岩山の裂け目が黒い口を開けていて、冷たい風が奥から吹いてくる。


 ペルネッタは入り口の手前で足を止めた。


「あたしはここまで。中には入らない」


「分かってる。案内ありがとう」


「ねえ。本当に行くの?」


 緑色の目が、俺の腫れの引いていない顔を見上げている。


「兄さんが中で死んでも、あたしは助けに行かないよ」


「いい。助けるのは俺の仕事だ」


「体力3で?」


「着いてからが違うと言っただろう」


「それ、まだ信じてないからね」


 俺はないマントをひるがえして、迷宮に踏みこんだ。


「今の何」


「予行だ」


「何の」


 答えずに行った。背中で語ったつもりである。3歩目で入り口の石につまずいた。


   *


 結論から言うと、道中がいちばん危なかった。


 迷宮の中は暗い。入り口でペルネッタに押しつけられた松明(これは無料だった)がなければ、何も見えなかっただろう。


 魔物よけの香は効いた。小さいコウモリやネズミのようなものは、俺を見ると逃げていく。生まれて初めて何かに恐れられた。


「……ふっ」


 笑ってみた。強者の笑いである。


 足元の石がかちりと沈んだ。


 落ちた。


 下の階の床にたたきつけられて、体力が2になった。目の前に板が浮かぶ。


――――――――――――――――――

【お知らせ】

落下:1回目

備考:色の違う床石は罠です。お気をつけください

――――――――――――――――――


 落ちてから言わないでほしい。


 起き上がって床をよく見た。なるほど、たしかに色の違う石がある。あれを避ければいいのだ。俺は色の違う石をまたいで、その隣の普通の石を踏んだ。


 落ちた。体力1。


――――――――――――――――――

【お知らせ】

落下:2回目

備考:色の同じ床石にも罠はあります

――――――――――――――――――


「どうしろと!」


 迷宮の闇に向かって叫んだ。声がこだまして返ってきた。


 回復薬の残りを飲んで体力を3に戻し、歩いて、落ちて、また飲んだ。3回目からは板の備考が「お大事に」だけになった。女神様も書くことがなくなったらしい。


 5回目に落ちた所で、小さな緑色の魔物と目が合った。


 小鬼である。棍棒を持っている。魔物よけの香が効く相手かどうか、俺には分からなかった。


 小鬼は俺を上から下まで眺めた。


 それから棍棒を下ろし、俺の手から松明を取って、すたすた歩いていった。


 襲う値打ちもないと判断されたらしい。強盗にあったのに無傷である。喜んでいいのか分からない。


 明かりを失ったので、次の穴にはすぐ落ちた。


 ただ、落とし穴というのは見方を変えれば近道である。


 階段を探して1階ずつ下りていくより、ずっと早く深い所に着く。体力さえもてば、これほど効率のいい進み方はない。体力がもたないのが唯一の欠点だ。


 7つ目の穴から這い出したところで、前のほうから足音が聞こえてきた。


 複数だ。走っている。


 ランタンの明かりと一緒に、鎧を着た男が飛びこんできた。後ろに女が1人と、男がもう2人。全員が息を切らして、何度も後ろを振り返っている。


 先頭の男が俺に気づいて怒鳴った。


「どけ!」


 どく前に突き飛ばされた。体力2。


「待ってくれ。あんたたち、『鉄の牙』か」


「だったら何だ!」


「荷物持ちの子はどうした」


 男は足を止めなかった。走りながら、吐き捨てるように答える。


「足止めだ。役に立つのは初めてだな」


 4人の足音が遠ざかっていく。


 俺は立ち上がった。


 怒っていた、と思う。前世では812回の人助けをしたが、助けるべき相手を置いて逃げた人間を見たのは初めてだった。


「おい! 今のは悪役の台詞だぞ! 分かって言ってるのか!」


 返事はなかった。


 あそこまで教科書どおりの台詞を、素で言える人間がいるのだ。世界は広い。


 同時に、もう1つの気持ちも湧いていた。こちらは正直に言うとかなり不謹慎である。


 間に合った。


 主人公が仲間に見捨てられたまさにその場面に、俺は間に合ったのだ。


   *


 通路の先は広間になっていた。


 天井が高い。壁に光る苔が生えていて、明かりがなくても全体がぼんやり見える。


 その真ん中に、少年が1人でいた。


 ペルネッタと同じくらいの年だろう。痩せていて、自分の体より大きな荷物を背負っている。背負ったまま、短剣を両手で握って後ずさりしていた。


 まわりを囲んでいるのは黒い狼の群れだ。10頭はいる。そしてその奥から、牛の頭をした巨人が歩いてくる。手に持った斧が、少年の背丈ほどもある。


 本物だ。本物のピンチだ。


 俺は広間を見回した。高い所。壁ぎわに、3mくらいの岩が突き出している。あれだ。樽よりずっといい。


 袋を足元に置いた。登るのに邪魔だったからである。


 岩に取りつく。爪がはがれそうになる。2回ずり落ちて、3回目で上に這い上がった。樽で4回かかった男としては進歩である。


 立ち上がって、背中に何かの気配を感じた。


 振り向くと、俺の後ろの壁が光っていた。


 苔ではない。俺の背中のちょうど後ろに、太陽を小さくしたような光の玉が浮かんでいる。そのせいで俺の正面は、自分で見ても真っ暗になっていた。


 逆光だ。


 迷宮の中に太陽はない。だから女神様は、逆光のほうを持ってきてくれたらしい。あの人は本当に、言われたことは全部やる。


「女神様……!」


 拝んだ。岩の上で手を合わせた。


 条件は揃った。あとは飛び降りるだけである。


 足が動かなかった。


 手も動かない。声も出ない。合掌した姿勢のまま、石像になったように固まっている。


 目の前に板が浮かんだ。


――――――――――――――――――

【お知らせ】

到着が早すぎます

登場可能となるまで、その場でお待ちください

現在の状況:対象者はまだ立っています

――――――――――――――――――


 まだ立っています、ではない。


 あの子は今、狼に囲まれている。牛の巨人が斧を持ち上げている。これ以上どうなるまで待てというのか。


 しかも俺は、拝んだ格好で固まっている。


 逆光を背負って岩の上で合掌している男。下から見たら何に見えるのだろう。少なくとも助けに来た人間には見えないと思う。せめて腕を組んでから固まりたかった。


 鼻の頭がかゆい。


 かけない。


 どうなるまで待てというのか。その答えは、すぐに分かった。


 少年の短剣が狼の牙に弾かれて飛んだ。


 少年は荷物を背負ったまま尻もちをついた。


 そして、逃げるのをやめた。


 背中の荷物を下ろし、両腕で抱えこんで、その上に顔を伏せる。もう周りを見ていない。牛の巨人が斧を振りかぶっても、顔を上げなかった。


 見ていられなかった。


 ギリギリで間に合う男でいたい、と言ったのは俺だ。けれども「ギリギリ」というのがこういう意味だとは、あの白い部屋では考えもしなかった。


 間に合うというのは、相手が諦めるところを全部見るということなのだ。


 斧が落ちはじめる。


――――――――――――――――――

【登場可能です】

――――――――――――――――――


 体が跳ねた。


   *


 飛び降りた瞬間に、顔に何かがはりついた。


 硬い。冷たい。額から鼻の上までをすっぽり覆っている。仮面だ。背中には重い布がかかった。マントである。本物のマントが、ついに俺の背中でひるがえっている。


 感動している暇はなかった。


 ここで初めて知ったことがある。


 目が隠れる仮面をつけると、前が見えない。


 正確には、細い隙間が2本あいているだけで、そこから見える範囲は葉書1枚ぶんくらいしかなかった。格好のいい仮面というのは、たいてい視界のことを考えていない。考えるべきだったのは注文した俺である。


 着地した。たぶん着地したと思う。足の裏に床の感触がある。


 斧はどこだ。少年はどこだ。


 右を向いたつもりで歩き出して、何か硬いものに頭からぶつかった。


 轟音がした。


 葉書1枚ぶんの視界の中で、広間の柱が1本、根元から折れて倒れていく。俺がぶつかった柱である。直径は俺の胴の3倍ほどあった。


 痛くない。


 こぶ1つできていない。それどころか、体の中に信じられない量の何かが満ちている。指を少し動かすだけで、空気が鳴る。


 これが魔王か。


 これが、魔王と同じ強さか。


 うわ、すごい。


 そう言おうとした。


「ほう……」


 俺の口から出たのは、低くて偉そうな声だった。


 誰だ今のは。


 俺である。俺の喉が、俺の許可なく「ほう……」と言った。しかも、すべてを見通しているような余裕たっぷりの響きで。実際には柱と少年の区別もついていないのに。


 ようやく首を回して、状況が見えた。


 牛の巨人が、斧を振り下ろした姿勢のまま止まっている。斧の刃を、俺の左手が受け止めていた。いつ受け止めたのか自分でも分からない。体が勝手に動いたらしい。


 つまり俺は、片手で斧を止めながら、頭で柱を1本折ったことになる。


 どういう順番でそうなったのかは、聞かないでほしい。


 少年は俺の足元にいた。荷物を抱えたまま、口を開けて俺を見上げている。


 怖がらせてはいけない。まず安心させよう。


 もう大丈夫だよ、と言おうとした。


「案ずるな、小僧」


 違う。


 意味は合っているが違う。小僧とは言っていない。初対面の相手を小僧と呼ぶような育ちはしていない。


 狼たちがうなりながら輪をせばめてくる。10頭もいると、さすがにこの子が危ない。


 あっちへ行け、と言おうとした。


「失せろ、犬ども」


 言い方がひどい。


 狼たちは1頭残らず尻尾を巻いて逃げていった。効果はあったが、俺の中の何かが少し傷ついた。俺は犬が好きなのである。前世では近所の柴犬に毎朝あいさつをしていた。


 残ったのは牛の巨人だ。斧を俺の手から引き抜こうとして、びくともしないので焦っている。


 どうしよう。


 殴ったことがない。前世では蚊も殺せなかった。いや蚊は殺したが、それくらいである。こんな大きな生き物を相手に、どのくらいの力で何をすればいいのか見当もつかない。


 とりあえず押して、遠ざけよう。


 ちょっと離れてくれ、と言いながら、空いている右手で巨人の胸を軽く押した。


「死ぬがいい」


 巨人は広間の反対側の壁まで飛んで、壁ごと向こうの通路に消えた。


 しばらく、がらがらと岩の崩れる音だけが続いた。


 俺は自分の右手を見つめていた。


 言った。


 言ったぞ。


 「死ぬがいい」と言った。32年間あこがれ続けて、風呂場でしか口にしたことのなかったあの台詞を、ついに本物の敵に向かって言ったのである。風呂場では通算4000回は言っている。隣の部屋から壁をたたかれたこともある。それが今、迷宮の広間に響いたのだ。


 泣きそうだった。


 ただし本人としては「ちょっと離れてくれ」と言ったつもりだったし、殺す気もまったくなかった。


 目の前に板が出た。


――――――――――――――――――

【お知らせ】

加減は、ご自身でお願いいたします

――――――――――――――――――


 先に言ってほしかった。


 やりすぎた。完全にやりすぎた。ごめん、と言おうとした。


「脆いな」


 もう黙っていたほうがいいのかもしれない。


   *


 静かになった広間で、俺は少年を見下ろした。


 見下ろすつもりはなかったのだが、仮面のせいで顔を下に向けないと足元が見えないのである。


 少年はまだ荷物を抱えていた。腕が震えている。その荷物は彼の体より大きくて、肩紐のあたる所の服がすり切れていた。何年も背負ってきたのだろう。


 あんなものを持ったまま逃げていたのか。


 それは重かっただろう。


 俺は、前世で何度も言ってきた言葉を言おうとした。駅の階段で、スーパーの出口で、数えきれないほど口にしてきた言葉だ。812回のうち200回はこれだったと思う。


 その荷物、重そうだね。持とうか。


「その荷、貴様ごときが1人で背負えるものか」


 時が止まった。


 少なくとも俺の中では止まった。


 今、何と言った。


 貴様ごとき。貴様ごときと言ったのか。仲間に置き去りにされて死にかけた子どもに向かって、お前なんかにその荷物が持てるわけがない、と言ったのか俺は。


 最悪である。


 これではさっき逃げていった連中と同じだ。役立たずと言ったのと変わらない。駅の階段でおばあさんにこれを言ったら通報される。


 少年の目に、みるみる涙がたまっていく。


 違う。違うんだ。そういう意味じゃない。手伝うよと言いたかっただけで。


「……二度は言わぬ」


 言い直させてくれ!


 俺は仮面の下で頭を抱えたかった。実際には腕を組んで仁王立ちしていた。体のほうも勝手に偉そうな姿勢をとるらしい。背後では例の光の玉が輝いていて、俺の顔は相変わらず真っ暗なはずである。泣いている子どもを、逆光の中から腕組みで見下ろしている。どう見ても泣かせた側だ。


 ちなみに黒い炎も、ちゃんと出ていた。


 出ていたのだが、暗い迷宮の中で闇より深い黒は、まったく見えなかった。足元で何かゆらゆらしている気配がするだけだ。夜に出したら見えるのでしょうか、という女神様の心配は正しかった。見えなくても燃えているんです、と答えた俺を誰か止めてほしかった。


 少年が口を開いた。


「あ、あの……」


 ちゃんと謝ろう。口調は変えられなくても、せめて気持ちだけは伝えよう。俺は少年の前にしゃがもうとした。


――――――――――――――――――

【解決を確認しました】

【退場します】

――――――――――――――――――


 指先が透けていた。


 右手の先から、輪郭が闇にほどけていく。煙のように薄れて、手首が消え、肘が消える。足元も同じだった。つま先からゆっくりと、迷宮の暗がりに溶けこんでいく。


 痛くも何ともない。ただ自分の体が、絵の具を水に落としたように滲んでいくのが見えるだけだ。


 待ってくれ。まだ謝っていない。


「……さらばだ」


 違う、そうじゃない!


 少年が手を伸ばした。その指は、もう半分しか残っていない俺の胸を通り抜けた。


 背後の光の玉が細くなっていく。マントの裾が最後にひとつ大きくひるがえって、端からちぎれるように闇に散った。


 葉書1枚ぶんの視界が、少年の泣き顔を映したまま暗くなる。


 こうして俺は、何も言い直せないまま広間から消えた。


 あとで思えば、去り方としては満点だったはずである。前世で川に流されたのとは比べものにならない。それなのに、ちっとも嬉しくなかった。


   *


 藁の上に落ちた。


 仮面が消えている。マントもない。体から力が抜けていて、ステータスを見なくても分かる。体力3の俺に戻っていた。


 顔を上げると、豚と目が合った。


 豚は5頭いた。どれも俺を見て、鼻を鳴らしている。壁は板張りで、隙間から夕焼けが差していた。


 家畜小屋だ。


 追跡不能な場所へ移動、と注文書にはあった。たしかに誰も追ってこられないだろう。俺自身、ここがどこなのか分からないのだから。


「……荷物」


 袋がない。


 岩に登る前に、足元に置いた。あの中には魔物よけの香と、銅貨10枚の財布が入っている。全財産である。


 迷宮の底に置いてきた。


 俺は藁の上に大の字になった。豚が1頭、俺の腹に鼻を押しつけてくる。


 初めての登場だった。


 採点してみよう、と思った。前世でも毎回やっていたことだ。


 高い所。岩、3m。8点。


 逆光。支給品だが満点。10点。


 到着。ギリギリ。10点。ただし待機中の姿勢が合掌だったので2点引く。


 戦闘。一撃。10点。


 退場。満点。10点。


 台詞。


 0点である。


 いや、0点では足りない。泣かせたのだから赤点だ。貴様ごとき。よりによって、いちばん言ってはいけない相手に言ってしまった。


「なあ。どう思う」


 豚に聞いた。


 豚は俺のシャツの裾を食べはじめた。


   *


 小屋の持ち主に不審者として鍬で追い回され、道を聞き、グレンツの街まで歩いて戻った時には、すっかり夜になっていた。


 橋の下にペルネッタがいた。


 俺の袋を抱えている。


「遅い。あと臭い」


「豚といた」


「何で」


「俺が聞きたい」


 彼女は鼻をつまんだまま、袋を俺に放った。


「……何でそれを持ってるんだ」


「迷宮から出てきた子が持ってた。自分のでかい荷物と一緒に、これも背負ってね。あたしが売った袋だからすぐ分かった」


 中を確かめる。香と財布。銅貨は5枚に減っていた。


「回収手数料」


「だろうと思った」


 ペルネッタは俺の顔をじっと見ていた。昼間とは違う目つきである。呆れが消えて、何かを測るような色になっている。


「迷宮の主が死んでたって。壁に穴があいて、柱が1本折れてたって。『鉄の牙』の連中が青い顔で騒いでた」


「そうか」


「着いてからが違う、って言ってたよね」


「言った」


「柱は何で折ったの」


「……頭で」


「何で」


「前が見えなかった」


「……ふうん」


 それ以上は聞いてこなかった。聞かれたら20分かかるので助かる。


 俺は袋を肩にかけ直して、どうしても気になっていたことを口にした。


「あの子、どうしてた」


「泣いてた」


 胸が痛んだ。


「やっぱりか。俺、ひどいことを言ったんだ。そんなつもりじゃなかったんだが、口が勝手に」


「その袋ね、最初は渡してくれなかったんだよ」


 ペルネッタは俺の言葉をさえぎった。


「両手で抱えて、絶対に離さなかった。持ち主に返すんだって言って。あたしが知り合いだって分かるまで、ずっと」


「……」


「ひどいこと言われた子は、あんな持ち方しないと思うけど」


 俺には意味が分からなかった。


 ペルネッタは肩をすくめて、橋の下の暗がりへ歩いていく。途中で1度だけ振り返った。


「次の情報、明日持ってくる。銅貨5枚、用意しといて」


 残金がちょうど5枚であることを、彼女はたぶん知っていて言っている。


「あと川で体洗ってから寝て。豚の隣で寝るのはいや」


 孤高の覇者は、夜の川で1人、シャツを洗った。

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