↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
お助けキャラに憧れて転生した俺、他人がピンチの時しか最強になれない ~ただし平時は体力3なので、生活が成り立たない~  作者: 中原九尾


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
2/23

第2話 孤高の覇者、スライムに負ける



 目を開けると草原だった。


 空が青い。雲が白い。遠くに石造りの街が見えていて、その向こうには雪をかぶった山が連なっている。どこからどう見ても異世界である。


 俺は自分の手を見た。皮膚に張りがある。腹も出ていない。32歳の体ではなく、高校生くらいまで若返っているらしい。


 服は麻のシャツに茶色のズボンだった。どこの村にもいそうな格好である。


 背中に手を回してみた。マントはない。仮面も炎もない。あれらは全部、発動した時にだけ出てくる約束だ。


 つまり今の俺は、ただの村人である。


 それでいい。普段は目立たず、いざという時にだけ姿を変える。それがお助けキャラの正しいあり方だ。


 こうなると、やることは1つしかない。


 練習だ。


 俺は近くの小さな岩に登った。高さは膝くらいだが、高い所には違いない。太陽の位置を確かめて、背中に来るように向きを変える。腕を組む。顎を少し引く。


 右手で、ないマントを払った。


「ばさっ」


 音は口で言った。


「……遅かったか」


 声に出してみた。


 いい。すごくいい。前世では風呂場でしか言えなかった台詞が、異世界の風の中に溶けていく。


「見ていられんな」


 これもいい。


「勘違いするな。貴様を助けたわけではない」


 最高である。


 観客は、草むらから顔を出している兎が1羽だった。兎は3秒ほど俺を見て、何事もなかったように草を食べはじめた。初めての登場にしては、客の反応が薄い。


 まあいい。本番ではないのだ。俺は気を取り直して、頭の中で念じてみた。こういう世界にはあれがあるはずである。


 目の前に、半透明の板が浮かんだ。


――――――――――――――――――

【ステータス】

名前:ジン

年齢:17歳

体力:3

魔力:0

スキル:《常闇に君臨せし孤高の覇

状態:待機中

所持金:銅貨30枚(転生者支度金)

備考1:参考までに、一般的な村人の体力は10です

備考2:スキル名が長いため、表示が1行に収まりません

――――――――――――――――――


 備考はどう考えても女神様の字だった。


「収めてくださいよ!」


 板に向かって叫んだ。兎が逃げた。


 いちばん大事な所で切れている。「覇」で終わっている。覇の何なのか分からない。あれだけ悩んで決めた名前が、表示の都合で途中までしか出ないとはどういうことか。


 板の下に、もう1行浮かんできた。


――――――――――――――――――

備考3:長い名前をご希望になったのは、あなたです

――――――――――――――――――


 ぐうの音も出ない。


 それに体力3である。村人の3割だ。注文どおり「村人未満」だが、未満にもほどがあると思う。7割引きである。


 それでも俺は満足していた。体力3の横に「常闇に君臨せし孤高の覇」と書いてあるのだ。途中で切れていても迫力が違う。


 さて、まずは街だ。


 岩から下りようとして足をすべらせ、尻から落ちた。体力が2になった。


 まだ何とも戦っていない。


   *


 歩き出した俺の前に、ぷるんとした青いものが跳ねてきた。


 スライムである。


 大きさはバケツくらい。目も口もなく、透き通った体の中で泡が1つ浮いたり沈んだりしている。異世界の最初に出てくる、あのいちばん弱いやつだ。


 ちょうどいい。平時の実力を確かめておこう。


 俺は落ちていた木の枝を拾って構えた。スライムがぷるんと震える。


 こういう時は、まず口上である。


「俺の名はジン。常闇に君臨せし孤高の覇者にして、誰かの窮地にのみ現れる漆黒の」


 スライムが跳んできた。


 口上の途中で、である。


 腹に当たった。柔らかいのに重い。水の入った袋で殴られたような衝撃があって、俺は枝を落とした。


「待て。名乗りの途中だ。礼儀というものが」


 もう1発来た。今度はすねだ。


 ここは1度、間合いを取り直すべきだ。


 俺はないマントを払って、スライムに背を向けた。強者は敵に背中を見せるものである。背中で語るのだ。


 背中に3発目が来た。


 俺は草の上に倒れていた。


 空が見える。青い。その視界のすみで、スライムが俺の胸の上に乗って上下に跳ねている。跳ねるたびに息が詰まる。


「ちょ、待っ、重い、すみません」


 謝ってしまった。


 スライムに謝ってしまった。しかも異世界に来て初めて口にした「すみません」である。お助けキャラがいちばん言ってはいけない言葉を、いちばん弱い魔物に向かって言った。


 スライムは20回ほど跳ねたあとで飽きたらしく、ぷるんぷるんと草むらへ帰っていった。


 目の前に板が浮かんだ。


――――――――――――――――――

【戦闘結果】

結果:敗北

相手の損害:なし

戦闘時間:2分10秒(うち1分50秒は、相手が上で跳ねていた時間です)

現在の体力:1

――――――――――――――――――


 内訳まで書かなくていいと思う。


 負けた。


 常闇に君臨せし孤高の覇者は、転生して10分でスライムに負けた。しかも向こうは勝ったとも思っていない。飽きて帰っただけである。


 俺は寝転んだまま、今の戦いを振り返った。


 登場、なし。口上、未完。決め台詞、「すみません」。


 ただ、倒れ方は悪くなかったと思う。仰向けで、片手を空に伸ばしていた。あれは絵になる。強敵に敗れた男の倒れ方である。


 相手がスライムだったことだけが惜しい。


   *


 街までの道で、荷車に2回轢かれかけた。


「どこ見て歩いてやがる!」


「すみません!」


 2回目の「すみません」である。


「道の真ん中で腕組んで突っ立ってんじゃねえ!」


「すみません、ちょっと山を見てまして」


 3回目。


 山を見ていたのは本当だ。あの峰の上に立ったら逆光がどう入るかを考えていたら、後ろから馬が来ていた。


 街の名前はグレンツというらしい。


 門には槍を持った門番が立っていた。


「止まれ。名前と職業は」


「ジンです。職業は、お助けキャラです」


「何だそれは」


「ご存じない!」


 門番が1歩下がった。


「説明していいですか。まず前提として主人公というのは負けるんです。負けないと話が進まないので必ず」


「いい。通れ」


「まだ基本編にも入ってないんですが」


「通ってくれ。頼む」


 通された。


 女神様は20分聞いてくれたのに、門番は10秒だった。あの人がどれだけ我慢強かったのか、今になって分かる。


 門番は俺の背中を見送りながら「変なやつは通すなと言われてるんだが」とつぶやいていた。通したあとで言わないでほしい。


 石畳の大通りに露店が並んでいる。焼いた肉の匂いがする。行き交う人の中には、剣を背負った男や杖を持った女もいる。冒険者だ。本物の冒険者である。


 あの中に、主人公がいるかもしれない。


 そう思うと胸が熱くなった。


 俺は通りの端に立って、道行く人を1人ずつ見ていった。


 赤い髪の少年。大剣を背負っている。主人公らしさは高い。ただし仲間が5人もいて全員が笑っている。あれは当分ピンチにならない。


 フードをかぶった銀髪の少女。訳ありの雰囲気がある。期待できる。と思ったら露店で串焼きを3本買って幸せそうにしていた。平和である。


 片目に傷のある大男。あれは主人公ではない。どちらかというと俺と同じ側だ。商売敵かもしれないので顔を覚えておく。


 ついでに街の高い所も確かめた。


 時計台。高さは申し分ないが、登る階段が見当たらない。教会の鐘楼。逆光は朝しか取れない。宿屋の屋根。低いが足場がいい。酒樽の山。論外だが、いざという時は使える。


 前世でもよくやった。駅前の歩道橋は夕方がいちばんいい、というようなことを俺は全部覚えていた。


 通りがかりの冒険者に声をかけてみる。


「すみません。近いうちにピンチになるご予定はありますか」


「は?」


「仲間に裏切られるとか、強敵に囲まれるとか」


「縁起でもねえこと言うな!」


 追い払われた。4回目の「すみません」だった。


 主人公のピンチというのは予告なしに起こる。前世では自分の足で探し回ったが、あれは体力のある32歳だからできたことで、体力1の17歳には荷が重い。


 どうしたものかと考えながら歩いていると、路地の奥から声が聞こえてきた。


「だから、金は返さないって言ってるでしょ」


 子どもの声だ。


 続いて低い男の声がした。


「ガセを売っといて、その口のきき方か」


「ガセじゃない。あんたらが行くのが3日遅かっただけ」


 俺は足を止めた。


 路地をのぞくと、突き当たりの壁を背にして女の子が立っている。14〜15歳くらいだろうか。くすんだ赤毛を短く切って、体に合っていない大きな上着を着ている。その前を、大人の男が2人でふさいでいた。


 片方が女の子の襟首をつかんだ。


 来た。


 ピンチだ。転生初日にして、いきなりのピンチである。


   *


 俺は路地の入り口でまわりを見回した。


 高い所。高い所はないか。屋根は無理だ、登れない。樽がある。酒樽の山は論外だと10分前に判定したばかりだが、いざという時が思ったより早く来た。


 樽に手をかけた。


 すべって落ちた。


 2回目。足をかけたところで樽が転がり、俺も転がった。大きな音がした。


 路地の奥が静かになっている。


 見ると、男2人と女の子が、そろってこちらを向いていた。襟首をつかんだ手もそのままである。


「……何やってんだ、あれ」


「知らない」


 女の子が答えた。脅されている最中とは思えない、冷めた声だった。


 気にしないでほしい。今、準備中なのである。


「続けててください。すぐ行きますから」


「何をだよ」


 3回目も落ちた。


 4回目で、ようやく樽の上に立った。膝が震えている。太陽の位置を確かめる。背中側だ。逆光になっている。腕を組む。顎を引く。


 条件は揃った。


 あとは仮面と炎が出て、俺の口が勝手に偉そうなことを言うのを待つだけである。


 待った。


 何も出ない。


 もう少し待った。仕方がないので、ないマントをもう1度払ってみた。路地の3人は、まだ俺を見ている。


 目の前に板が浮かんだ。


――――――――――――――――――

【判定結果】

対象者の状況:窮地には該当しません

理由:対象者は自力での解決が可能です

判定:まだいけます

――――――――――――――――――


「まだいけます、じゃないんだよ!」


 声に出してしまった。


「襟首つかまれてるでしょうが! 大人2人ですよ! どこをどう見たらいけるんですか!」


 板は答えない。代わりに下に1行増えた。


――――――――――――――――――

補足:この表示はご本人以外には見えません

――――――――――――――――――


 路地の3人から見ると、俺は樽の上で何もない空中に向かって怒鳴っていることになる。


「……おい、あいつ誰と話してる」


「知らないってば」


 しまった。完全に登場してしまった。


 スキルは出ていない。仮面もない。炎もない。体力は1である。それでも樽の上に立って全員の注目を集めてしまった以上、これはもう登場だ。お助けキャラは、登場した場面から黙って帰ったりしない。


 俺は息を吸った。


「その子から、手を離せ」


 言えた。第一声で「すみません」と言わずに済んだ。素の俺にしては上出来である。


 樽から降りようとして足を踏み外し、石畳に肩から落ちた。


「すみません、今のなしで」


 5回目だった。


   *


 そのあとのことは、あまり格好よく語れない。


 殴られた。


 1発目で転がり、立ち上がって2発目をもらい、また立ち上がって3発目で壁まで飛んだ。体力1の体は、殴られるたびに紙くずのように転がった。


 それでも俺は、女の子と男たちの間に戻った。


 理由は単純で、殴られているうちにスキルが出ると思ったからである。俺がここまでやられているのだ。これがピンチでなくて何なのか。


 板が浮かんだ。


――――――――――――――――――

【判定結果】

対象者の状況:変化なし

補足:なお、ご本人の窮地は対象外です

判定:まだいけます

――――――――――――――――――


 そうだった。


 自分のピンチでは絶対に発動しないように、と言ったのは俺だ。二重線まで引かせた。あの時の俺は実に格好よかったが、今の俺としては1発殴ってやりたい。もう十分殴られているけれども。


「おい、こいつ何なんだ」


「知らねえよ。お前の知り合いか」


 男が女の子に聞いた。女の子は首を横に振った。その顔が、何か理解できないものを見るようにこわばっている。


「どけ。お前に用はねえんだ」


「どかない」


「何でだよ」


「登場したからだ」


「何を言ってんだお前は」


 4発目が来た。


 倒れながら、俺は気づいた。


 今の「どかない」は良かった。短くて、迷いがなくて、お助けキャラらしい。惜しいのは声が裏返ったことである。


 立ち上がった。


「すまん。今のをもう1回やらせてくれ」


「は?」


「『どかない』のところだ。声が裏返った。あんたの『どけ』からもう1回頼む」


 男たちは顔を見合わせた。


「……どけ」


 言ってくれた。意外と付き合いがいい。


「どかない」


 今度は決まった。


 5発目が来た。それはそれとして殴るらしい。


 倒れた拍子に、口から飛んだ血が男の袖にかかった。


「あ、すみません。汚して」


「何で謝るんだよ! 気味が悪いんだよお前!」


 6回目の「すみません」を、殴っている相手に言ってしまった。


 前世では812回、誰かを助けてきた。ただしそのほとんどは、財布を拾うとか道を教えるとかいったものだ。殴られて助けたことは1度もない。


 痛い。普通に痛い。泣きそうである。


 板がまた出た。


――――――――――――――――――

【判定結果】

判定:まだいけます(3回目)

補足:何度ご確認いただいても、結果は同じです

――――――――――――――――――


 確認していない。勝手に出ているのだ。


 それでも立った。


 足が震えている。口の中は鉄の味がした。男たちが気味悪そうに1歩下がる。


「……何で立つんだ、こいつ」


「立たないと、後ろが見えるだろ」


 自分でも何を言っているのか分からなかった。たぶん、俺が倒れたらあの子が丸見えになる、と言いたかったのだと思う。


 男が拳を振り上げる。


 その顔に、横から白い粉が飛んだ。


「ぶっ」


 男が目を押さえてうずくまる。もう1人の顔にも粉の袋が命中した。2人そろって盛大にくしゃみを始める。


 誰かが俺の手首をつかんだ。


「走って!」


 女の子だった。


 助けに来た相手に、手を引かれて逃げている。


 お助けキャラの退場は、誰にも追えないほど鮮やかでなければならない。俺の初めての退場は、14〜15歳の女の子に引きずられながら、3歩ごとにつまずくというものだった。


   *


 路地を3つ抜けて、橋の下まで来たところで俺は倒れた。


 走ったのは100mくらいだと思う。体力1にしては頑張ったほうである。


 女の子は息も切らさずに、俺の顔をのぞきこんでいた。緑色の目が、呆れと警戒を半分ずつ浮かべている。


「兄さん、ばかなの?」


「……初対面で」


「ばかでしょ。あたし、胡椒の袋を4つ持ってた。あんなの1人で逃げられたんだよ」


 判定は正しかったわけだ。


 対象者は自力での解決が可能です。女神様の基準は、どうやら俺よりずっと冷静らしい。つまり俺は、何の必要もないのに殴られたことになる。


「じゃあ、何ですぐ投げなかったんだ」


「投げようとしたら、樽に登ろうとして落ちてる変なのがいたから。見ちゃうでしょ、あんなの」


「見ないでくれ」


「4回も落ちたら見るよ。あいつらも見てたし」


 ぐうの音も出ない。


「で、何で入ってきたの。あたしのこと知らないよね。金にもならないよ」


「困ってるように見えた」


「それだけ?」


「それだけだ」


 女の子は黙った。


 しばらく俺の顔を見ていて、それから視線を俺の背中にずらした。


「あと、さっきから何。その、肩のとこを手で払うやつ」


「マントを払っている」


「マントないよ」


「今はない」


「今は?」


「いずれ出る。その時に慌てないように、普段から払っておくんだ」


「……殴られすぎた?」


「殴られる前からだ」


 女の子は口を半分開けたまま、何か言いかけてやめた。代わりに上着のポケットから布きれを出して、俺の口元に押しつける。血をふけということらしい。乱暴だが、布はきれいだった。


「名前は」


「名乗るほどの者じゃない」


 これは言えた。前世から数えて813回目にして、ついに本物の場面で言えた。地面に寝転がって鼻血をふきながらではあるが、言えたことに変わりはない。


「ふうん。じゃあ『樽の人』って呼ぶ」


「ジンだ」


 2秒で名乗ってしまった。樽の人はさすがに嫌だった。


「あたしはペルネッタ。情報屋」


「情報屋」


「見習いだけどね。どこで誰が何をしてるか、誰が困ってて誰が儲けてるか。そういうのを集めて売ってる」


 俺は寝転んだまま目を見開いた。


 誰が困っているかを、知っている。


「ペルネッタ」


「何?」


「これからピンチになりそうな人間の話って、売ってるか」


 ペルネッタは眉をひそめた。


「何それ。人の不幸で儲ける気?」


「逆だ。助けに行く」


「その体で?」


「この体では行かない。いや、行くのはこの体なんだが、着いてからが違う」


「何が違うの」


「説明していいか。まず前提として主人公というのは負けるんだ。負けないと話が進まないので」


「長い?」


「20分」


「じゃあいい」


 門番より判断が早かった。


 ペルネッタは俺を頭のてっぺんから足の先まで眺めた。腫れた顔。震えている膝。元気なのは口だけである。どう見ても信用できる男ではない。


 それなのに、彼女は小さく息を吐いて言った。


「1件につき銅貨5枚」


「買う」


「まだ何も言ってないよ」


「買う」


「値切らないの?」


「お助けキャラは値切らない」


「知らないよ、そんな決まり」


 銅貨30枚のうち5枚が消えた。支度金というのは、たぶんこういう使い方をするものではない。


 ペルネッタは銅貨を数えてしまいこみ、声を落とした。


「北の迷宮に、今朝『鉄の牙』ってパーティーが潜った。腕はいいけど評判が悪い。荷物持ちの子を1人連れてるんだけど、その子の扱いがひどいって、前から噂になってる」


「ひどい、というと」


「深い階で魔物に囲まれたら、荷物持ちを置いて逃げる。そういうことを平気でやる連中」


 俺は起き上がっていた。


 体じゅうが痛い。それなのに胸のあたりだけが、女神様の前にいた時と同じくらいうるさい。


 仲間に見捨てられ、迷宮の底にたった1人で残される少年。


 それは、主人公の始まり方だ。


「ペルネッタ。北の迷宮って、どっちだ」


「行くの? 今から? その顔で?」


「顔は現地で隠れる」


「何言ってるのか1個も分かんない」


 彼女は呆れきった顔で北を指さした。そのくせ、俺が立ち上がってふらつくと、黙って肩を貸してくれた。


 誰にも頼らず1人で現れて1人で去る。それが孤高の覇者である。


 14〜15歳の女の子の肩につかまって歩きながら、俺はその言葉の意味をもう1度考え直していた。


「兄さん、重い。あと歩きながら腕組まないで。支えにくい」


「すみません」


 7回目だった。


   *


 ——同じ頃、転生課では。


 女神は、机の上に届いたばかりの記録を読んでいた。


――――――――――――――――――

【転生者ジンの記録 第1日】

スライムとの交戦:1件(敗北)

荷車との接触未遂:2件

門番への熱弁:1件(10秒で打ち切り)

スキル発動:0件

判定への異議申し立て:1件(口頭、樽の上にて)

「すみません」の使用:7回(うち1回はスライムに対して)

――――――――――――――――――


 女神は額に手を当てた。


 それから記録の最後の行に目をとめて、少しだけ首をかしげた。


――――――――――――――――――

窮地に該当しない者をかばって負傷:1件

――――――――――――――――――


「……スキルが出ないと分かっていて、なぜ立ったのでしょう」


 答える者はいない。


 女神はその行に、小さく丸をつけた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。