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お助けキャラに憧れて転生した俺、他人がピンチの時しか最強になれない ~ただし平時は体力3なので、生活が成り立たない~  作者: 中原九尾


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17/19

第17話 偽物のほうが格好いい

「4人目が出たよ」


 ペルネッタが朝刊を広げた。自分で買ったぶんらしく、俺にはつかなかった。


「4人目」


「兄さんが3人いることになってるでしょ。その4人目。ここ3日、下町に毎晩出てる」


 3日前といえば、俺は関門で6時間立っていた。その次の日は鍋に2回呼ばれ、昨日は鍋に1回と、下町の井戸に落ちた桶に1回呼ばれている。桶には「這い上がれ」と言った。桶は這い上がらなかったので、俺が下りて取った。夜の下町には行っていない。


 記事を読んだ。


――――――――――――――――――

【王都日報 グレンツ版 朝刊】

『黒く燃えてる方』に小柄な新顔

下町にて3夜連続の目撃

ひったくりを追い、迷子を送り、老婆の荷を運ぶ

背丈は従来の半分ほど

目撃者の話

「礼儀正しい」

「口上が立派」

「去ったあとに黒い羽根が落ちていた」

本紙は当面この人物を『小さいほう』と呼ぶ

(記者 ヴィオレーヌ)

――――――――――――――――――


 偽者だ。


 俺の偽者が出た。


「兄さん、怒る?」


「怒る? なぜだ」


 俺は新聞を抱きしめた。


「偽者が出るというのは、本物として認められたということだ。真似をされるのは一流の証なんだ。有名なお助けキャラには必ず偽者が現れる。そして本物と鉢合わせをして、格の違いを見せつけられる。そういう回が必ずある」


「へえ」


「見に行く」


「情報料70枚ね」


「まだ何も聞いてない」


「どこに出るか知りたいでしょ」


 知りたかった。借金は409枚になった。


 記事をもう1度読んで、気になる所があった。


 礼儀正しい。口上が立派。黒い羽根。


 どれも、俺が言われたことのない言葉である。


   *


 日が暮れてから、下町の路地に張りこんだ。


 ペルネッタによれば、小さいほうは毎晩、古着屋の屋根の上に現れる。俺は向かいの軒下に隠れて、空を見上げていた。


 待つあいだに、鉢合わせの台詞を考えた。


「『我を騙るとは、いい度胸だ』」


 小声で言ってみた。悪くない。ないマントも払っておいた。


 言うのは俺ではなく俺の口だということを、3つ目の案を練っているところで思い出した。迷宮へ向かう道でペルネッタに言われてから、何も学んでいない。


 月が出た。


 屋根の上に、影が立った。


 小さい。子どもの背丈である。黒い布を肩からかけて、紐で首に結んでいる。顔には木を削った仮面をつけていた。墨で塗ってあって、片側にちゃんと角がある。


 黒い炎は、布だった。細く裂いた黒い布を、袖と裾に何十本も縫いつけてある。動くたびにひらひら揺れて、遠目には燃えているように見えた。


 よくできている。


 俺のは注文しただけだが、あれは手で作ったのだ。


 路地の先で、女の人の悲鳴がした。


「泥棒! あたしの籠!」


 男が1人、籠を抱えて走ってくる。


 屋根の上の影が、月を背にした。


 逆光である。


 ちゃんと月の位置を確かめて、背中に入れている。


「そこまでだ」


 声は高かった。けれども震えていなかった。


 影は屋根の端から、積んであった木箱を2つ足場にして、ひらりと路地に降りた。


 落ちなかった。


 1回で降りた。


 樽に4回かかった俺は、軒下で息をのんだ。


「遅かったか。……いや、間に合ったようだな」


 その台詞は。


 俺のノートに書いてあったやつだ。32年間書きためて、1度も口から出たことのない台詞である。迷宮へ向かう道でペルネッタ相手に練習して、聞き賃を取られそうになったあれだ。


 それを、この子は言った。


 自分の口で、言いたいとおりに。


 泥棒は、突然降ってきた黒い影に驚いて足をもつれさせた。籠が転がる。影はそれを拾って、追いついてきた女の人に差し出した。


「お怪我はありませんか」


「あ、ありがとうね、坊や……じゃない、黒い方」


「礼には及びません」


 礼には及ばん、の丁寧な形である。


 影は背を向けた。布の炎がひるがえる。そして屋根へ続く梯子を、するすると登っていった。梯子は前もって立てかけてあったらしい。準備がいい。


 路地には、黒い羽根が1枚落ちていた。


 拾った。


 鳩の羽根だった。墨で塗ってある。


 俺が銅貨2枚を惜しんで見送った、あの案である。


 軒下にしゃがんだまま、俺は採点をした。


 高い所。屋根。梯子を自分で用意。10点。


 逆光。月。位置を確認ずみ。10点。


 登場。1回で着地。10点。


 口上。言いたいことを言えている。10点。


 退場。羽根つき。10点。


 満点だった。


 俺は今まで、満点を取ったことがない。


 格の違いを見せつけられる回だとは言った。見せつけられるのが本物の側だとは、思わなかった。


   *


 屋根の上に、まだ影がいた。


 仮面をずらして、肩で息をしている。平気そうに見えたが、怖かったのだろう。膝を抱えて、小さくなっていた。


 声をかけずにはいられなかった。


 梯子を登った。2回落ちた。3回目で屋根に手がかかった。


「君」


 影が跳ね起きた。仮面をかぶり直す。


「だ、誰ですか」


「名乗るほどの者ではない」


 言えた。同業者の前で言えた。


「同業者だ」


「どうぎょうしゃ」


「さっきのは見事だった。満点だ。ただ、2つだけ言わせてくれ」


 止まらなかった。


「逆光は、月より夕日のほうが強い。夕方に出るなら西を背にするんだ。それから口上の前に、半拍ためるといい。『そこまでだ』の前に息を吸う。それだけで重みが変わる」


 小さい影は、仮面の奥からじっと俺を見ていた。


「……おじさん、詳しいんですね」


「おじさんではない。17歳だ」


 体は17歳である。中身のことは言わなかった。


「32年研究している」


「17歳なのに?」


「細かいことはいい。君は、誰に習ったんだ」


「誰にも。新聞を読んで、見てきた人に話を聞いて、あとは自分で」


「羽根は」


「赤毛の情報屋さんから買いました。鳩のを。墨は自分で塗りました」


 ペルネッタだ。


 あいつは俺が見送った案を、よそへ売っていた。


「あの。おじさんは、本物を見たことがあるんですか」


 小さい影が、身を乗り出した。


「本物は、どんな人なんですか」


 俺は口を開けて、閉じた。


 どんな人か。


 鍬が持てなくて、借金が409枚あって、鍋に「死ぬがいい」と言う人だ。合掌したまま固まって、頬に手を当てて6時間立って、肥料置き場に落ちる人だ。


「……口が悪い」


「新聞にもそう書いてありました」


「登場は下手だ。樽に4回かかる」


「樽?」


「君のほうが、ずっとうまい」


 本心だった。


 小さい影は、しばらく黙っていた。それから首を振った。


「でも、本物は強いんでしょう。僕は、まねをしてるだけです」


 その言い方が、少し引っかかった。


 まねをしてるだけ、と言う声が、楽しそうではなかった。


「どうして、まねを」


 答えはなかった。


 影は梯子も使わずに隣の屋根へ跳んで、夜の中へ消えた。身が軽い。俺なら3回は落ちている。


 屋根の上に、また羽根が1枚落ちていた。


   *


 次の夜だった。


 下町の長屋から、火が出た。


 板が浮かんだのは、俺が橋の下で固いパンをかじっていた時である。


――――――――――――――――――

【登場可能です】

対象者:少年1名、幼児1名

理由:4分後に梁が落ちる見込みです

――――――――――――――――――


 少年。


 嫌な予感がした。


 走った。体力3で、下町まで走った。空が赤い。空が燃えるな、と門で言ったのを思い出した。本当に燃えている。


 長屋の前は人だかりだった。桶の水をかけているが、追いつかない。2階の窓から火が吹いていた。


「中に子どもが!」


「さっき黒い方が飛びこんでいった! 小さいほうだよ!」


 やっぱりか。


 まねをしてるだけ、と言った子だ。


 まねで、火の中に入ったのだ。


 高い所。向かいの古着屋の屋根。


 壁に、梯子が立てかけてあった。


 あの子の梯子である。


 登った。今度は落ちなかった。人の用意した梯子というのは、こんなに登りやすいのか。


 屋根の上に立つ。背中に光の玉がともる。


 飛んだ。


   *


 燃える長屋の前に、着地した。


 仮面。マント。黒い炎。


 本物の炎の前に立つと、俺の炎はひどく地味だった。熱くもない。明るくもない。赤い火に照らされて、黒い切り抜きがゆらゆらしているだけである。


「黒い方だ!」


「2人目だ! 大きいほうが来た!」


 歓声が上がりかけて、途中で変な空気になった。


 まず火だ。


 消えてくれ、と思いながら、長屋に向かって手をかざした。


「死ぬがいい」


 火に言った。


 鍋に続いて、火にも言った。火は死ななかった。当たり前である。


「……口が悪い」


「小さいほうは、あんなこと言わないよ」


 後ろで、ささやき声がした。


 息を吹いたら長屋ごと飛ぶ。中に子どもがいる。吹けない。


 水だ。


 谷の村でやったことがある。俺は長屋の前の地面に、指を1本当てた。そっとだ。今度こそ、そっと。


「貫け」


 水柱が上がった。


 教会の屋根より高かった。谷の村の時と、寸分たがわず同じ高さである。俺の「そっと」は、何度やっても同じ所に落ち着くらしい。


 水が長屋に降りそそいで、火の勢いが落ちた。


 下町に、噴水ができた。グレンツで2つ目である。


 戸口から中に入った。


 煙で何も見えない。もともと葉書1枚ぶんの視界である。柱に2回ぶつかって、2本折った。折ってはいけない柱だった気がする。天井がきしんだ。


 階段の下に、小さな影がうずくまっていた。


 黒い布の背中だ。裂いた布の炎が、半分焦げている。その腕の中に、3歳くらいの子どもを抱えこんでいた。


 頭の上で、燃えた梁が傾いていた。


 落ちた。


 指で受けた。


 黒い布の背中が震えて、その子が顔を上げた。木の仮面が割れている。墨を塗った角が取れて、半分になっていた。


 割れ目から、目が見えた。


 泣いていた。


 生きてるか。よかった。間に合った。


「……生きているな」


 確認になった。


 その子の腕は、抱えた子どもを離していなかった。袖が焼けて、腕が赤くなっている。自分の体を上にして、かばっていたのだ。


 まねをしてるだけ、と言った子が。


 まねで、ここまでやった。


 言わなければならないことがあった。


 危ないから、もう真似しちゃだめだよ。君が死んだら、何にもならない。


「その仮面は、貴様にはまだ重い」


 声が、煙の中に響いた。


「外せ。素顔で守れ」


 割れた仮面の奥で、その子の目が大きくなった。


 それから、どうしても伝えたいことが、もう1つあった。


 君の登場は満点だった。口上も、俺よりずっと上手かった。羽根もよかった。あれは俺もやりたかったんだ。


「口上は悪くなかった。羽根は鳩だな」


 半分も伝わらなかった。


 満点が「悪くなかった」になり、やりたかったが「鳩だな」になった。鳩かどうかの確認だけしてどうする。


 2人の襟首をつまんだ。右手に小さいほう、左手に幼児である。子猫が2匹になった。


 外に出た。


   *


 人だかりが、静まり返った。


 燃え残った長屋の戸口から、黒い炎をまとった大きな影が出てきた。右手に、黒い布の小さな影をぶら下げて。


 どう見えたのかは、すぐに分かった。


「小さいほうが、つかまってる!」


「大きいほうが偽者だったんだ!」


「本物を放せ!」


 桶の水が飛んできた。


 当たらなかった。


 俺の体に届く前に、水は白い霧になって散った。次に空の桶が飛んできた。木くずになった。それから草履が飛んできた。藁くずになって、足元にはらはらと積もった。


 谷の村の石と同じである。こちらに向かって投げられた物は、触れる前に勝手に砕ける。魔王と同じ体というのは、そういうものらしい。


 当たってくれたほうが、まだよかった。


 霧の中に立ち、投げつけられた物を片っぱしから粉にしていく黒い影。どこからどう見ても、悪いほうである。


「ば、化け物だ……!」


「桶が消えた!」


 消したくて消しているのではない。腕が組めないのは、両手がふさがっているからである。


 違います。


 俺が本物です。こっちが偽者で、いや偽者と言うと悪いんですが、その、俺が元のほうです。


「我こそが真だ」


 偽者が言う台詞だった。


 本物はそんなことを言わない。自分から真だと言い張るのは、物語の中では例外なく偽者のほうである。32年研究したから知っている。


 草履がもう1つ飛んできて、粉になった。誰かが片足はだしで帰ることになる。


「待ちな!」


 人垣を割って、前掛けをした女の人が出てきた。


 食堂の女将さんである。


「あれは本物だよ! うちの鍋の人だ!」


「鍋の人?」


「毎日うちに来て鍋の蓋を取ってく人だよ。見な、あの持ち方。襟首つまんでるだろ。猫もああやって持ってた」


 人だかりが、俺の手元を見た。


「……ほんとだ。つまんでる」


「口も悪いし」


「そういえば、噴水を作るのも大きいほうだって聞いた」


 鍋と、つまみ方と、口の悪さと、噴水で、本物だと認められた。


 常闇に君臨せし孤高の覇者の、身元の証である。


 2人を地面に下ろした。


 幼児の母親が走ってきて、子どもを抱きとった。小さいほうは、割れた仮面を両手で押さえて、うつむいていた。


 黒い布の背中が、小さかった。


 屋根の上で膝を抱えていた、あの背中だ。


――――――――――――――――――

【解決を確認しました】

【退場します】

――――――――――――――――――


 指先が透けていく。


 もう1度、ちゃんと言いたかった。まねじゃなかった、と。君は本当に助けたんだ、と。


「さらばだ、小さき者。……よくやった」


 最後の一言だけは、言いたいとおりに出た。


 割れた仮面が、こちらを向いた。


   *


 落ちた先は、下町の井戸の中だった。


 浅かったので助かった。桶に入って引き上げてもらった。引き上げた人は、濡れた俺を見て「こないだも桶が落ちたんだよ」と言った。知っている。こないだはそれで呼ばれた。


 橋の下で、ペルネッタが火をおこしていた。


「見てたよ。草履、粉になってたね」


「3つ粉にした」


「桶は」


「2つ」


「弁償してくれって、長屋の人たちが言ってた。本物なら払えるだろうって。合わせて12枚」


 本物だと認められたとたんに、請求が来た。借金は421枚になった。


 俺は火のそばに座って、今夜の採点をした。


 高い所。屋根。ただし梯子は人の物。5点。


 逆光。支給品。10点。


 登場。火に「死ぬがいい」。3点。


 救出。柱を2本折った。4点。


 台詞。7点。


 退場。10点。


 あの子は、5項目すべて満点だった。


「負けた」


「誰に」


「偽者に。登場も口上も退場も、全部あっちが上だった。羽根まで落としていった」


「ああ、あの羽根」


「お前が売ったんだろう」


「兄さんが買わなかったから。在庫は売るよ」


 悪びれもしない。


「あの子、知ってるのか」


「下町の子だよ。弟がいるって聞いた。体が弱いんだって」


 ペルネッタは枝で火をつついた。


「羽根を買いに来た時、聞かれたんだ。本物はどんな人ですかって」


「俺も聞かれた」


「何て答えたの」


「口が悪くて、登場が下手だと」


「あたしは、ばかだよって答えた」


「おい」


「ばかだけど、来るよって」


 火がはぜた。


 彼女はこちらを見なかった。


「あの子、それ聞いて、ちょっと黙ってた。それから、僕も行けるようになりたい、って」


 屋根の上で、まねをしてるだけです、と言った声を思い出した。


 あれは、まねでは嫌だという声だったのかもしれない。


   *


 翌日の夕刊である。


――――――――――――――――――

【王都日報 グレンツ版 夕刊】

下町の長屋火災、死者なし

『黒く燃えてる方』2名が救出にあたる

『小さいほう』は現場で仮面をはずし、活動の終了を告げた

正体は下町に住む少年とのこと

本紙は今後、従来の人物を『黒く燃えてる方(口の悪いほう)』と呼ぶ

なお下町には昨夜より噴水が1つ増えている

(記者 ヴィオレーヌ)

――――――――――――――――――


 口の悪いほう。


 括弧がついた。


 常闇に君臨せし孤高の覇者は、見出しに入らないまま、括弧だけが増えていく。


「あと兄さん」


 ペルネッタが、帳面を見ながら言った。


「探してる人、増えてるよ」


「記者か」


「記者と、背の高い女の騎士と、東の村のじいさん。じいさんは兄さんじゃなくて、従者の小僧のほうを探してるけど」


「それも俺だ」


「それから、北の修道院から令嬢が1人いなくなったって噂」


 俺は膝を抱えた。


 騎士は、2回置いていった件だ。令嬢は、山に置き去りにした件と、盆の件だ。じいさんは、茶の件で従者を問いつめる気だろう。


「全員、文句を言いに来る」


「そうかなあ」


「土下座の順番を決めておかないと」


 ペルネッタは帳面を閉じて、火に枝を足した。


 何か言いたそうな顔をしていた。20分かかるから言わない、という顔だった。

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