第17話 偽物のほうが格好いい
「4人目が出たよ」
ペルネッタが朝刊を広げた。自分で買ったぶんらしく、俺にはつかなかった。
「4人目」
「兄さんが3人いることになってるでしょ。その4人目。ここ3日、下町に毎晩出てる」
3日前といえば、俺は関門で6時間立っていた。その次の日は鍋に2回呼ばれ、昨日は鍋に1回と、下町の井戸に落ちた桶に1回呼ばれている。桶には「這い上がれ」と言った。桶は這い上がらなかったので、俺が下りて取った。夜の下町には行っていない。
記事を読んだ。
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【王都日報 グレンツ版 朝刊】
『黒く燃えてる方』に小柄な新顔
下町にて3夜連続の目撃
ひったくりを追い、迷子を送り、老婆の荷を運ぶ
背丈は従来の半分ほど
目撃者の話
「礼儀正しい」
「口上が立派」
「去ったあとに黒い羽根が落ちていた」
本紙は当面この人物を『小さいほう』と呼ぶ
(記者 ヴィオレーヌ)
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偽者だ。
俺の偽者が出た。
「兄さん、怒る?」
「怒る? なぜだ」
俺は新聞を抱きしめた。
「偽者が出るというのは、本物として認められたということだ。真似をされるのは一流の証なんだ。有名なお助けキャラには必ず偽者が現れる。そして本物と鉢合わせをして、格の違いを見せつけられる。そういう回が必ずある」
「へえ」
「見に行く」
「情報料70枚ね」
「まだ何も聞いてない」
「どこに出るか知りたいでしょ」
知りたかった。借金は409枚になった。
記事をもう1度読んで、気になる所があった。
礼儀正しい。口上が立派。黒い羽根。
どれも、俺が言われたことのない言葉である。
*
日が暮れてから、下町の路地に張りこんだ。
ペルネッタによれば、小さいほうは毎晩、古着屋の屋根の上に現れる。俺は向かいの軒下に隠れて、空を見上げていた。
待つあいだに、鉢合わせの台詞を考えた。
「『我を騙るとは、いい度胸だ』」
小声で言ってみた。悪くない。ないマントも払っておいた。
言うのは俺ではなく俺の口だということを、3つ目の案を練っているところで思い出した。迷宮へ向かう道でペルネッタに言われてから、何も学んでいない。
月が出た。
屋根の上に、影が立った。
小さい。子どもの背丈である。黒い布を肩からかけて、紐で首に結んでいる。顔には木を削った仮面をつけていた。墨で塗ってあって、片側にちゃんと角がある。
黒い炎は、布だった。細く裂いた黒い布を、袖と裾に何十本も縫いつけてある。動くたびにひらひら揺れて、遠目には燃えているように見えた。
よくできている。
俺のは注文しただけだが、あれは手で作ったのだ。
路地の先で、女の人の悲鳴がした。
「泥棒! あたしの籠!」
男が1人、籠を抱えて走ってくる。
屋根の上の影が、月を背にした。
逆光である。
ちゃんと月の位置を確かめて、背中に入れている。
「そこまでだ」
声は高かった。けれども震えていなかった。
影は屋根の端から、積んであった木箱を2つ足場にして、ひらりと路地に降りた。
落ちなかった。
1回で降りた。
樽に4回かかった俺は、軒下で息をのんだ。
「遅かったか。……いや、間に合ったようだな」
その台詞は。
俺のノートに書いてあったやつだ。32年間書きためて、1度も口から出たことのない台詞である。迷宮へ向かう道でペルネッタ相手に練習して、聞き賃を取られそうになったあれだ。
それを、この子は言った。
自分の口で、言いたいとおりに。
泥棒は、突然降ってきた黒い影に驚いて足をもつれさせた。籠が転がる。影はそれを拾って、追いついてきた女の人に差し出した。
「お怪我はありませんか」
「あ、ありがとうね、坊や……じゃない、黒い方」
「礼には及びません」
礼には及ばん、の丁寧な形である。
影は背を向けた。布の炎がひるがえる。そして屋根へ続く梯子を、するすると登っていった。梯子は前もって立てかけてあったらしい。準備がいい。
路地には、黒い羽根が1枚落ちていた。
拾った。
鳩の羽根だった。墨で塗ってある。
俺が銅貨2枚を惜しんで見送った、あの案である。
軒下にしゃがんだまま、俺は採点をした。
高い所。屋根。梯子を自分で用意。10点。
逆光。月。位置を確認ずみ。10点。
登場。1回で着地。10点。
口上。言いたいことを言えている。10点。
退場。羽根つき。10点。
満点だった。
俺は今まで、満点を取ったことがない。
格の違いを見せつけられる回だとは言った。見せつけられるのが本物の側だとは、思わなかった。
*
屋根の上に、まだ影がいた。
仮面をずらして、肩で息をしている。平気そうに見えたが、怖かったのだろう。膝を抱えて、小さくなっていた。
声をかけずにはいられなかった。
梯子を登った。2回落ちた。3回目で屋根に手がかかった。
「君」
影が跳ね起きた。仮面をかぶり直す。
「だ、誰ですか」
「名乗るほどの者ではない」
言えた。同業者の前で言えた。
「同業者だ」
「どうぎょうしゃ」
「さっきのは見事だった。満点だ。ただ、2つだけ言わせてくれ」
止まらなかった。
「逆光は、月より夕日のほうが強い。夕方に出るなら西を背にするんだ。それから口上の前に、半拍ためるといい。『そこまでだ』の前に息を吸う。それだけで重みが変わる」
小さい影は、仮面の奥からじっと俺を見ていた。
「……おじさん、詳しいんですね」
「おじさんではない。17歳だ」
体は17歳である。中身のことは言わなかった。
「32年研究している」
「17歳なのに?」
「細かいことはいい。君は、誰に習ったんだ」
「誰にも。新聞を読んで、見てきた人に話を聞いて、あとは自分で」
「羽根は」
「赤毛の情報屋さんから買いました。鳩のを。墨は自分で塗りました」
ペルネッタだ。
あいつは俺が見送った案を、よそへ売っていた。
「あの。おじさんは、本物を見たことがあるんですか」
小さい影が、身を乗り出した。
「本物は、どんな人なんですか」
俺は口を開けて、閉じた。
どんな人か。
鍬が持てなくて、借金が409枚あって、鍋に「死ぬがいい」と言う人だ。合掌したまま固まって、頬に手を当てて6時間立って、肥料置き場に落ちる人だ。
「……口が悪い」
「新聞にもそう書いてありました」
「登場は下手だ。樽に4回かかる」
「樽?」
「君のほうが、ずっとうまい」
本心だった。
小さい影は、しばらく黙っていた。それから首を振った。
「でも、本物は強いんでしょう。僕は、まねをしてるだけです」
その言い方が、少し引っかかった。
まねをしてるだけ、と言う声が、楽しそうではなかった。
「どうして、まねを」
答えはなかった。
影は梯子も使わずに隣の屋根へ跳んで、夜の中へ消えた。身が軽い。俺なら3回は落ちている。
屋根の上に、また羽根が1枚落ちていた。
*
次の夜だった。
下町の長屋から、火が出た。
板が浮かんだのは、俺が橋の下で固いパンをかじっていた時である。
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【登場可能です】
対象者:少年1名、幼児1名
理由:4分後に梁が落ちる見込みです
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少年。
嫌な予感がした。
走った。体力3で、下町まで走った。空が赤い。空が燃えるな、と門で言ったのを思い出した。本当に燃えている。
長屋の前は人だかりだった。桶の水をかけているが、追いつかない。2階の窓から火が吹いていた。
「中に子どもが!」
「さっき黒い方が飛びこんでいった! 小さいほうだよ!」
やっぱりか。
まねをしてるだけ、と言った子だ。
まねで、火の中に入ったのだ。
高い所。向かいの古着屋の屋根。
壁に、梯子が立てかけてあった。
あの子の梯子である。
登った。今度は落ちなかった。人の用意した梯子というのは、こんなに登りやすいのか。
屋根の上に立つ。背中に光の玉がともる。
飛んだ。
*
燃える長屋の前に、着地した。
仮面。マント。黒い炎。
本物の炎の前に立つと、俺の炎はひどく地味だった。熱くもない。明るくもない。赤い火に照らされて、黒い切り抜きがゆらゆらしているだけである。
「黒い方だ!」
「2人目だ! 大きいほうが来た!」
歓声が上がりかけて、途中で変な空気になった。
まず火だ。
消えてくれ、と思いながら、長屋に向かって手をかざした。
「死ぬがいい」
火に言った。
鍋に続いて、火にも言った。火は死ななかった。当たり前である。
「……口が悪い」
「小さいほうは、あんなこと言わないよ」
後ろで、ささやき声がした。
息を吹いたら長屋ごと飛ぶ。中に子どもがいる。吹けない。
水だ。
谷の村でやったことがある。俺は長屋の前の地面に、指を1本当てた。そっとだ。今度こそ、そっと。
「貫け」
水柱が上がった。
教会の屋根より高かった。谷の村の時と、寸分たがわず同じ高さである。俺の「そっと」は、何度やっても同じ所に落ち着くらしい。
水が長屋に降りそそいで、火の勢いが落ちた。
下町に、噴水ができた。グレンツで2つ目である。
戸口から中に入った。
煙で何も見えない。もともと葉書1枚ぶんの視界である。柱に2回ぶつかって、2本折った。折ってはいけない柱だった気がする。天井がきしんだ。
階段の下に、小さな影がうずくまっていた。
黒い布の背中だ。裂いた布の炎が、半分焦げている。その腕の中に、3歳くらいの子どもを抱えこんでいた。
頭の上で、燃えた梁が傾いていた。
落ちた。
指で受けた。
黒い布の背中が震えて、その子が顔を上げた。木の仮面が割れている。墨を塗った角が取れて、半分になっていた。
割れ目から、目が見えた。
泣いていた。
生きてるか。よかった。間に合った。
「……生きているな」
確認になった。
その子の腕は、抱えた子どもを離していなかった。袖が焼けて、腕が赤くなっている。自分の体を上にして、かばっていたのだ。
まねをしてるだけ、と言った子が。
まねで、ここまでやった。
言わなければならないことがあった。
危ないから、もう真似しちゃだめだよ。君が死んだら、何にもならない。
「その仮面は、貴様にはまだ重い」
声が、煙の中に響いた。
「外せ。素顔で守れ」
割れた仮面の奥で、その子の目が大きくなった。
それから、どうしても伝えたいことが、もう1つあった。
君の登場は満点だった。口上も、俺よりずっと上手かった。羽根もよかった。あれは俺もやりたかったんだ。
「口上は悪くなかった。羽根は鳩だな」
半分も伝わらなかった。
満点が「悪くなかった」になり、やりたかったが「鳩だな」になった。鳩かどうかの確認だけしてどうする。
2人の襟首をつまんだ。右手に小さいほう、左手に幼児である。子猫が2匹になった。
外に出た。
*
人だかりが、静まり返った。
燃え残った長屋の戸口から、黒い炎をまとった大きな影が出てきた。右手に、黒い布の小さな影をぶら下げて。
どう見えたのかは、すぐに分かった。
「小さいほうが、つかまってる!」
「大きいほうが偽者だったんだ!」
「本物を放せ!」
桶の水が飛んできた。
当たらなかった。
俺の体に届く前に、水は白い霧になって散った。次に空の桶が飛んできた。木くずになった。それから草履が飛んできた。藁くずになって、足元にはらはらと積もった。
谷の村の石と同じである。こちらに向かって投げられた物は、触れる前に勝手に砕ける。魔王と同じ体というのは、そういうものらしい。
当たってくれたほうが、まだよかった。
霧の中に立ち、投げつけられた物を片っぱしから粉にしていく黒い影。どこからどう見ても、悪いほうである。
「ば、化け物だ……!」
「桶が消えた!」
消したくて消しているのではない。腕が組めないのは、両手がふさがっているからである。
違います。
俺が本物です。こっちが偽者で、いや偽者と言うと悪いんですが、その、俺が元のほうです。
「我こそが真だ」
偽者が言う台詞だった。
本物はそんなことを言わない。自分から真だと言い張るのは、物語の中では例外なく偽者のほうである。32年研究したから知っている。
草履がもう1つ飛んできて、粉になった。誰かが片足はだしで帰ることになる。
「待ちな!」
人垣を割って、前掛けをした女の人が出てきた。
食堂の女将さんである。
「あれは本物だよ! うちの鍋の人だ!」
「鍋の人?」
「毎日うちに来て鍋の蓋を取ってく人だよ。見な、あの持ち方。襟首つまんでるだろ。猫もああやって持ってた」
人だかりが、俺の手元を見た。
「……ほんとだ。つまんでる」
「口も悪いし」
「そういえば、噴水を作るのも大きいほうだって聞いた」
鍋と、つまみ方と、口の悪さと、噴水で、本物だと認められた。
常闇に君臨せし孤高の覇者の、身元の証である。
2人を地面に下ろした。
幼児の母親が走ってきて、子どもを抱きとった。小さいほうは、割れた仮面を両手で押さえて、うつむいていた。
黒い布の背中が、小さかった。
屋根の上で膝を抱えていた、あの背中だ。
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【解決を確認しました】
【退場します】
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指先が透けていく。
もう1度、ちゃんと言いたかった。まねじゃなかった、と。君は本当に助けたんだ、と。
「さらばだ、小さき者。……よくやった」
最後の一言だけは、言いたいとおりに出た。
割れた仮面が、こちらを向いた。
*
落ちた先は、下町の井戸の中だった。
浅かったので助かった。桶に入って引き上げてもらった。引き上げた人は、濡れた俺を見て「こないだも桶が落ちたんだよ」と言った。知っている。こないだはそれで呼ばれた。
橋の下で、ペルネッタが火をおこしていた。
「見てたよ。草履、粉になってたね」
「3つ粉にした」
「桶は」
「2つ」
「弁償してくれって、長屋の人たちが言ってた。本物なら払えるだろうって。合わせて12枚」
本物だと認められたとたんに、請求が来た。借金は421枚になった。
俺は火のそばに座って、今夜の採点をした。
高い所。屋根。ただし梯子は人の物。5点。
逆光。支給品。10点。
登場。火に「死ぬがいい」。3点。
救出。柱を2本折った。4点。
台詞。7点。
退場。10点。
あの子は、5項目すべて満点だった。
「負けた」
「誰に」
「偽者に。登場も口上も退場も、全部あっちが上だった。羽根まで落としていった」
「ああ、あの羽根」
「お前が売ったんだろう」
「兄さんが買わなかったから。在庫は売るよ」
悪びれもしない。
「あの子、知ってるのか」
「下町の子だよ。弟がいるって聞いた。体が弱いんだって」
ペルネッタは枝で火をつついた。
「羽根を買いに来た時、聞かれたんだ。本物はどんな人ですかって」
「俺も聞かれた」
「何て答えたの」
「口が悪くて、登場が下手だと」
「あたしは、ばかだよって答えた」
「おい」
「ばかだけど、来るよって」
火がはぜた。
彼女はこちらを見なかった。
「あの子、それ聞いて、ちょっと黙ってた。それから、僕も行けるようになりたい、って」
屋根の上で、まねをしてるだけです、と言った声を思い出した。
あれは、まねでは嫌だという声だったのかもしれない。
*
翌日の夕刊である。
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【王都日報 グレンツ版 夕刊】
下町の長屋火災、死者なし
『黒く燃えてる方』2名が救出にあたる
『小さいほう』は現場で仮面をはずし、活動の終了を告げた
正体は下町に住む少年とのこと
本紙は今後、従来の人物を『黒く燃えてる方(口の悪いほう)』と呼ぶ
なお下町には昨夜より噴水が1つ増えている
(記者 ヴィオレーヌ)
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口の悪いほう。
括弧がついた。
常闇に君臨せし孤高の覇者は、見出しに入らないまま、括弧だけが増えていく。
「あと兄さん」
ペルネッタが、帳面を見ながら言った。
「探してる人、増えてるよ」
「記者か」
「記者と、背の高い女の騎士と、東の村のじいさん。じいさんは兄さんじゃなくて、従者の小僧のほうを探してるけど」
「それも俺だ」
「それから、北の修道院から令嬢が1人いなくなったって噂」
俺は膝を抱えた。
騎士は、2回置いていった件だ。令嬢は、山に置き去りにした件と、盆の件だ。じいさんは、茶の件で従者を問いつめる気だろう。
「全員、文句を言いに来る」
「そうかなあ」
「土下座の順番を決めておかないと」
ペルネッタは帳面を閉じて、火に枝を足した。
何か言いたそうな顔をしていた。20分かかるから言わない、という顔だった。




