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お助けキャラに憧れて転生した俺、他人がピンチの時しか最強になれない ~ただし平時は体力3なので、生活が成り立たない~  作者: 中原九尾


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15/24

第15話 ピンチは同時に3件来る

「北の古い関門に、女の騎士が1人で詰めてる」


 ペルネッタは粥の椀を洗いながら言った。今朝の粥は焦げなかった。俺が登場して不安をあおったおかげである。


「1人で?」


「元は領主様の近衛だったんだって。何かしくじって飛ばされたらしいよ。あの門、今は街道が別にできて誰も通らないの。兵も置いてない。門番が1人いればいいって」


「それで」


「北の山で、黒い鎧の群れを見たって猟師が言ってる。魔物だよ。今まで見たことない種類。あの門に向かってる」


 誰も通らない門を、汚名を着た騎士がたった1人で守っている。


 主人公だ。


 俺は立ち上がった。


「情報料は」


「65枚」


「上がるのが早い」


「兄さんが朝ごはんの邪魔をしたぶん」


 借金は337枚になった。数えるたびに、初回返済の4枚が遠くなる。


   *


 関門までは歩いて半日だった。


 道中、俺は新しい仕様のことを考えていた。


 早く着いたら、早く助けられる。


 もう固まらない。合掌も乙女もない。困っている人を見つけたら、その場で出ていける。32年のあこがれと引きかえにしたのだ。これで到着の悩みは終わったはずである。


「兄さん、にやにやしてる」


「今回は到着が満点になる」


「今朝、粥が焦げる前に出てきた人が?」


「あれは初回だ。慣れれば」


「慣れるものなの、あれ」


 昼すぎに、関門が見えた。


 山あいの谷をふさぐ、古い石の壁である。真ん中に鉄の門がある。壁の上には見張りの通路が渡してあって、端に小さな詰所が建っていた。


 門の前に、人が1人立っていた。


 鎧を着ている。銀灰色の髪を首の後ろで短く切った、背の高い女の人だ。24〜25歳くらいだろうか。槍を地面に立てて、北の山をじっと見ていた。


 板が浮かんだ。


――――――――――――――――――

【登場可能です】

対象者:騎士1名

理由:日没後に襲撃を受ける見込みです

――――――――――――――――――


 来た。


 日没後、と書いてある。今は昼すぎだ。


 6時間前である。


 東の村では、6時間固まって見ていた。今度は6時間前に出られる。同じ6時間が、こうも違う。


「行ってくる」


「袋は預かっとく。あと兄さん」


「何だ」


「6時間前に出て、6時間なにしてるの」


 考えていなかった。


 高い所を探した。


 壁の上の通路だ。高さは10mある。いつもどおり、登れない高さだ。そう思って壁に近づいて、俺は足を止めた。


 階段があった。


 石の階段が、壁の内側についている。手すりまである。


 階段だ。


 樽に4回、岩に3回、塀に3回落ちたこの俺の前に、階段がある。転生して初めて、落ちずに高い所へ行ける。


 1段ずつ、踏みしめて登った。


 泣きそうだった。


   *


 壁の上から、飛んだ。


 仮面が顔を覆い、マントが広がり、黒い炎が立ちのぼる。昼の日ざしの中で、闇より深い黒がはっきり見えた。


 騎士の5歩前に着地した。


 槍の穂先が、俺の喉の前に来ていた。


 速い。着地と同時である。この人は強い。


「魔族か」


 低い声だった。怯えはなかった。


 違います。手伝いに来ました。日が暮れたら魔物が来るそうなので。


「日が沈めば群れが来る。備えよ」


 警告になった。


 しかも敵の斥候が言いそうな警告である。


「……魔族が、なぜそれを私に教える」


 穂先は1mmも動かなかった。


 味方です。信じてください。


「敵ではない。それ以上は聞くな」


 信じてもらえる言い方ではなかった。


 騎士は槍を下ろさなかった。俺は腕を組んで立っていた。体が勝手に組んだのである。


 そのまま、時間が過ぎた。


 10分。


 30分。


 1時間。


 何も起きない。


 当たり前だ。襲撃は日没後である。まだ5時間ある。


 ペルネッタの問いが、今になって胸に刺さった。6時間前に出て、6時間なにしてるの。


 立っている。


 座れないからだ。威厳の制限で膝が曲がらない。あくびもできない。鼻もかけない。


 そう思ったとたんに鼻がかゆくなった。毎回こうである。


――――――――――――――――――

【お知らせ】

現在の状況:対象者は立っています。あなたも立っています(1時間経過)

蚊による被害:0か所

――――――――――――――――――


 昼間なので蚊はいない。報告することがない日は、ないと報告してくれるらしい。


 東の村では、木の上で6時間固まっていた。


 今は、門の前で5時間、腕を組んで立つ。喉に槍を向けられたまま。


 何が変わったのだろう。


   *


 2時間たったところで、騎士が槍を下ろした。


 疲れたのだと思う。魔族が腕を組んだまま2時間1歩も動かなければ、警戒するほうが先にくたびれる。


 彼女は俺から5歩離れた所に立ち直して、また北の山を見た。


 並んで立つ形になった。


 気まずい。


 何か話したほうがいい。前世では初対面の相手に天気の話をした。それくらいなら変換されても害はないだろう。


 いい天気ですね。


「空が燃えるな」


 不吉になった。


 たしかに西の空は赤くなりはじめていたが、俺が言うと予言に聞こえる。


 騎士は横目でこちらを見て、何も言わなかった。


 さらに30分たった。


 お1人で、大変ですね。


「貴様1人か」


 脅しになった。


 1人なら襲うぞ、という意味にしか聞こえない。


 騎士は槍を握り直した。それでも答えてくれた。


「見てのとおりだ。この門には、もう私しかいない」


 もう、と言った。


 前はいたのだろう。仲間か、部下か。


 門の横の詰所を見た。窓が5つある。5人ぶんの部屋だ。明かりのつきそうな窓は1つしかなかった。


 鎧は古い。けれども、どの留め金も磨いてあった。門の蝶番には新しい油がさしてある。誰も通らない門の蝶番にである。壁の上の通路は、端から端まで掃いてあった。


 誰も見ていないのに。


 見に来る者もいないのに。


 この人は、ここを毎日守っているのだ。


 えらいですね、と言いたかった。そんな軽い言葉では足りないとも思った。


「……よく守ってきたな」


 口のほうが、ましな言葉を選んだ。


 騎士の肩が、少しだけ動いた。


 こちらを見なかった。山を見たまま、槍を握る手に力が入るのが分かった。


 日が沈んだ。


   *


 山すそから、黒い列が下りてきた。


 鎧だ。


 黒い鎧を着た、人の形をしたものが歩いてくる。足並みが揃っている。兜の奥に目がない。数は200を超えていた。


 ただの魔物ではなかった。軍である。


 騎士が槍を構えた。


 俺は門の前に出た。6時間ぶりに動いた足が、地面を割った。


 さて。


 問題がある。


 ここは門の前だ。この人が毎日油をさしている門である。押せば飛ぶ。飛んだ鎧が門に当たれば、門が壊れる。息を吹けば壁ごと崩れる。


 いちばん門を壊しそうなのは、俺だった。


 1体ずつ、つまんで投げることにした。牙猪でやった荷下ろしである。


 10体投げたところで、板が浮かんだ。


――――――――――――――――――

【登場可能です】

対象者:鍋

理由:2分後に吹きこぼれる見込みです

場所:グレンツ、食堂

――――――――――――――――――


 今ですか!


 鎧を1体つまんだまま、板に向かって叫んだ。


「……今か」


 叫んだつもりが、苦々しいつぶやきになった。発動中は、上司への抗議まで変換される。


 戦の最中ですよ。鍋はあとにしてください。


「戦の最中だ。後にせよ」


 上司に命令してしまった。


――――――――――――――――――

【補足】

窮地に大小はつけられますが、本人以外がつけるものではありません

(ご本人のご発言より)

――――――――――――――――――


 俺の言葉だった。


 昨夜、窓口で自分で納得したことである。女将さんにとっては、あの鍋は大ごとなのだ。


 判子を押された気分だった。


 行くしかない。行って、すぐ戻る。魔王の足なら半日の道も3歩だ。


 騎士を振り返った。黒い鎧の列が、もう槍の届く所まで来ている。


 すみません! すぐ戻ります!


「ここは貴様に預ける。我が戻るまで、倒れることは許さぬ」


 戦場を離れる男の言い訳が、命令になった。


 騎士が目を見開いた。


 説明している暇はなかった。俺は跳んだ。


   *


 3歩でグレンツだった。


 食堂の屋根に降りた。高い所からの登場は、案件ごとに必要らしい。板にそう書いてあった。


 屋根から店の中へは入れなかったので、裏口から回って、またテーブルに登った。


 皿を踏んだ。


 昨日と同じ席の、同じ客の皿だった。


 すみません、2日続けて。


「皿は、許せ」


「昨日も許したよ!」


 客のほうが正しい。


「また来た!」


 女将さんが叫んだ。悲鳴ではなかった。常連を迎える声に近かった。


 鍋はまだ吹いていない。あと1分ある。蓋を取った。


「鎮まれ」


 泡が引いた。


 昨日俺が崩したかまどは、半分だけ積み直してあった。申し訳ない。


 女将さんが椀を差し出した。


「今日こそ食べていきなよ!」


「施しは受けぬ」


 受けたい。6時間立って、何も食べていない。


――――――――――――――――――

【解決を確認しました】

【退場します】

――――――――――――――――――


 待て。


 退場するな。


 まだ北の門が残っている。あっちは解決していない。200体いるんだ。


 指先が透けていく。


「待ってくれ、俺は戻らないと」


 声はもう、偉そうにならなかった。変換が切れている。


 落ちた先は、教会の鐘楼の上だった。


 仮面がない。マントがない。体力3である。


 梯子の戸には鍵がかかっている。


 北の門まで、歩いて半日。


 血の気が引いた。


 あの人は今、200体の前に1人でいる。俺は「倒れることは許さぬ」と言い残して、鍋の蓋を取りに来て、鐘楼に閉じこめられた。


 板が浮かんだ。


――――――――――――――――――

【登場可能です】

対象者:騎士1名(継続中)

――――――――――――――――――


 高い所。


 見回して、気づいた。


 ここだ。


 鐘楼の上である。街でいちばん高い場所に、俺は今立っている。


 転送先が役に立ったのは、転生して初めてだった。


 手すりを越えて、飛んだ。


 飛んでから、体力3が鐘楼から飛んでいい高さではないと思い出した。仮面は落ちる途中でついた。


   *


 門に戻ると、騎士は立っていた。


 槍が折れている。剣を抜いていた。兜が飛んで、額から血が流れている。足元に、黒い鎧が30体は転がっていた。


 1人で、30体。


 門には傷1つなかった。


 戻りました! 遅くなってすみません!


「待たせた」


 短かった。


 騎士は血のついた顔でこちらを見て、歯を食いしばったまま、うなずいた。


 鎧をつまんで投げた。20体。40体。門に当てないように、1体ずつ山の向こうへ。


 板が浮かんだ。


――――――――――――――――――

【登場可能です】

対象者:青年(恋人の父親に挨拶中)

理由:このままでは交際を認められない見込みです

――――――――――――――――――


 あの青年だ。


 昨日、橋の上で告白した男である。翌日にもう親に挨拶に行っている。仕事が早い。


 早いのはいいが、今ではない。


 あとにできませんか!


「後にできぬのか」


 また偉そうになった。


――――――――――――――――――

【補足】

よくあるご質問をご参照ください

問:複数の窮地が重なった場合はどうなりますか

答:すべて対応していただきます

――――――――――――――――――


 増えている。


 よくあるご質問が、いつの間にか増えている。


 騎士を見た。剣を両手で握って、肩で息をしている。


 すみません、またです! 本当にすみません!


「もう1度だ。持ちこたえよ」


 ひどい男である。


 跳んだ。


 下町の、小さな家の前だった。塀の上に降りた。


 庭に3人いた。青年と、昨日の娘と、腕を組んだ大柄な親父さんである。親父さんは鍛冶屋らしく、腕が俺の胴ほどあった。青年は正座して、額に汗を浮かべていた。


「娘はやれん。お前のようなひょろい男に、うちの娘が守れるか」


 そこへ俺が塀の上に立った。


 黒い炎を背負って。


 親父さんが娘の前に出た。当然である。


 その親父さんの前に、青年が飛び出した。


 正座から一瞬だった。両腕を広げて、親父さんと娘の両方を背中に隠した。膝は昨日と同じくらい震えていた。


「ま、またあなたですか……! この人たちには、指1本……!」


 親父さんが、青年の背中を見ていた。


 震えている背中を。それでも1歩も引かない背中を。


 太い腕が、ゆっくりほどけた。


 2日続けて、同じ手が効いている。


 俺は悪役として、何か言うべきだった。


 がんばって。お父さん、この人はいい人ですよ。


「その背、覚えておけ。娘を任せるに足る」


 親父さんに向かって、青年を推薦してしまった。魔族の推薦状である。


 親父さんは目を白黒させてから、青年の肩に手を置いた。


――――――――――――――――――

【解決を確認しました】

【退場します】

――――――――――――――――――


 だから退場するなと言っている。


 落ちた先は、肥料置き場だった。昨日と同じ場所である。臭い。体力3。


 高い所がない。


 花屋の荷車によじ登った。落ちた。もう1度。落ちた。肥料で手がすべる。何度落ちたのか、途中から数えていない。


 あの人は今も、あの門の前に立っている。


 俺は「持ちこたえよ」と言って、他人の恋路の世話をしに来て、肥料まみれで荷車から落ちている。


 荷台に立てた時には、夜が明けかけていた。


   *


 門に戻った時、空の端が白みはじめていた。


 騎士は、立っていた。


 剣は半分になっていた。左腕がだらりと下がっている。鎧の胸当てがへこんで、片足を引きずっていた。


 それでも、門の真ん中に立っていた。


 足元の黒い鎧は、60体を超えていた。


 1人で。


 俺が鍋の蓋を取り、魔族として娘の父親に男を推薦しているあいだに、この人は1人で60体を倒して、門を1歩も通さなかった。


 倒れることは許さぬ、と俺は言った。


 あんな言葉を、この人は本当に守ったのだ。


 残りの鎧を、全部つまんで投げた。100体である。今度は板が出ても行かないつもりだった。出なかった。


 朝日が昇った。


 谷に、黒い鎧は1体も残っていなかった。


 門は無傷である。


 騎士は剣を地面に突いて、それを支えにして立っていた。倒れない。最後まで倒れなかった。


 すみません。


 何度も離れて、すみません。鍋とか、人の親への挨拶とか、そんな理由で。


 立っていてくれて、ありがとうございました。


「見事だ」


 声が出た。


「この門は、貴様のものだ」


 ここまで言い直したくならなかったのは、初めてかもしれない。


 騎士の唇が震えた。


 何か言おうとしていた。俺の指先は、もう透けていた。


――――――――――――――――――

【解決を確認しました】

【退場します】

――――――――――――――――――


「待て! 名を……名を聞かせてくれ!」


 名乗るほどの者ではありません。


 そう言いたかった。前世から数えて、これがいちばん言いたい場面だった。


「……さらばだ、門の騎士」


 口は、名乗るかわりに相手を呼んだ。


 それもいい、と思った。


   *


 落ちた先は、関門の裏の馬小屋だった。


 近い。歩いて戻れる距離である。馬はいなかった。藁だけがあった。


 倒れこんで、採点をした。


 高い所。壁の上、10m。階段つき。10点。階段に5点足す。


 逆光。昼すぎの太陽。7点。


 到着。


 6時間前に着いた。固まらなかった。そこは満点のはずである。


 そのあと6時間、腕を組んで立っていた。


 木の上で固まるのと、門の前で立つのと、何が違うのか。夕方からずっと考えていた。


 答えは、1つあった。


 隣にいた。


 じいさんの時は、上から見ているだけだった。今回は、槍を向けられながらでも、同じ地面に立っていた。「よく守ってきたな」と言えた。


 それだけの違いだ。


 それだけで、8点つけることにした。


 2点引いたのは、戦の最中に2回いなくなったからである。


 鍋と、挨拶で。


「兄さん」


 ペルネッタが馬小屋をのぞいた。袋を持っている。


「臭い」


「肥料だ」


「門にいたんじゃないの?」


「途中で2回、街に行った」


「何しに」


「鍋の蓋を取りに。あと、人の親に男を推薦しに」


 彼女はしばらく俺を見ていた。


「戦の最中に?」


「戦の最中に」


「……騎士さん、すごい顔で門に立ってたよ。あたしが通ったら、仮面の方を見なかったかって」


「怒ってたか」


「泣いてた」


 胸が痛んだ。


「やっぱりか。2回も置いていったんだ。倒れるなと言っておいて、俺は鍋に」


「兄さんさ」


 ペルネッタは袋を俺の腹の上に落とした。


「そろそろ気づいたら?」


「何に」


「いい。20分かかるから」


   *


 グレンツに戻ると、夕刊が出ていた。銅貨2枚である。借金は339枚になった。


――――――――――――――――――

【王都日報 グレンツ版 夕刊】

『黒く燃えてる方』は3人いる?

昨夜、同じ時刻に3か所で目撃

北の関門にて黒い鎧の軍勢と交戦

下町の食堂にて鍋の蓋を取る

鍛冶屋の庭にて縁談を後押し

半日の距離を一瞬で移動することは不可能であり、本紙は複数人説をとる

なお食堂の女将は「うちに来るのがいちばん本物だと思う」と語った

(記者 ヴィオレーヌ)

――――――――――――――――――


 3人いることになった。


 常闇に君臨せし孤高の覇者である。


 孤高の。


「3人組だって」


 ペルネッタが横からのぞいて笑った。


「誰が鍋の係なの」


「全部俺だ」


「知ってるよ」


 記事の最後に、小さく書き足してあった。


 北の関門の黒い鎧について、領主館は調査を始めた。あれは野の魔物ではない、という見方が出ている。


 軍だった。


 足並みが揃っていた。誰かが、あれを送ってきたのだ。


 あの門を、何のために。


 考えこんでいると、板が浮かんだ。


――――――――――――――――――

【登場可能です】

対象者:鍋

理由:1分後に吹きこぼれる見込みです

場所:グレンツ、食堂

――――――――――――――――――


「あの店は火が強すぎるんですよ!」


 叫びながら、俺は橋げたによじ登った。

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