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お助けキャラに憧れて転生した俺、他人がピンチの時しか最強になれない ~ただし平時は体力3なので、生活が成り立たない~  作者: 中原九尾


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14/24

第14話 注文書どおりです

 気がつくと、白い部屋にいた。


 見覚えがある。転生する前に通された、あの部屋だ。ただし今回は事務机の前ではなく、壁ぎわの長椅子に座らされていた。


 手に、紙の札を持っている。


――――――――――――――――――

【番号札】

1番

ただいまの待ち人数:0人

――――――――――――――――――


 待っているのは俺だけである。それなのに番号札がある。


 正面に窓口があった。この前はなかったはずだ。木の板に「ご意見・苦情受付」と書いてあって、その下に小さな字で「お1人様20分まで」と添えてある。


 20分。


 誰を想定した数字なのかは、聞くまでもなかった。


 窓口の向こうに、女神様が座っていた。


 銀色の長い髪。白い衣。背中の光の輪。書類の山は、この前より高くなっている。


「1番の方、どうぞ」


「俺しかいませんが」


「規定ですので」


 窓口の前の椅子に座った。


 久しぶりである。言いたいことが山ほどあった。けれども顔を見たら、最初に出たのは別の言葉だった。


「あの。逆光の玉、ありがとうございました」


 女神様の手が止まった。


「迷宮で出してもらったやつです。あれがなかったら、ただの暗い所に立ってる人でした」


「……苦情の窓口ですが」


「先にお礼を言っておかないと、言いそびれるので」


 女神様は俺の顔をしばらく見ていた。それから手元の紙に何か書きつけた。「苦情0件、謝意1件」と読めた。そういう欄もあるらしい。


「では、ご意見を伺います。こちらにご記入ください」


 用紙が出てきた。


――――――――――――――――――

【ご意見・苦情受付票】

お名前:

ご意見の件数:

ご意見の内容(3行以内):

――――――――――――――――――


「3行では足りません」


「足りない方は初めてです」


「紙をもう1枚ください」


「何枚ご入用ですか」


「……10枚」


 女神様は黙って10枚出してくれた。出しながら、光の輪が少し暗くなった。


   *


「まず名前です」


 1枚目を窓口に置いた。


「スキルの名前が、どこにも収まりません。ステータスの板では『孤高の覇』で切れました。新聞の見出しにも入りませんでした。記者には長いと言われました」


「はい」


「しかも名前負けしています。常闇に君臨せしと言いながら、俺が君臨しているのは橋の下です。孤高と言いながら、14〜15歳の子に268枚借りています。覇者と言いながら、今日は鍋に勝っただけです」


 女神様は引き出しを開けて、1枚の紙を出した。


 注文書である。


 端が少しよれていた。何度も出し入れした紙の傷み方だった。


「名前の欄をお読みします。『格好よくて、できるだけ偉そうなやつがいいんですけど』」


「言いました」


「『君臨。覇者。孤高。全部入ってる』」


「言いました」


「私は確認いたしました。『普段は村人より弱い方が、君臨で覇者なのですか』と」


「……『発動中の話ですから』と答えました」


「『孤高は心の持ちようです』とも」


 全部覚えられている。


 女神様は判子を取った。朱肉をつけて、俺の1枚目に押した。


 乾いた音がした。


――――――――――――――――――

【注文書どおり】

――――――――――――――――――


 判子があった。


 その文言の判子が、すでに作られていた。


「いつ作ったんですか、それ」


「あなたが転生なさって3日目です。必要になると思いましたので」


   *


 2枚目。


「黒い炎です。鍋が沸きません。夜は見えません。見えるのは焚き火の前だけです。あと、助けた相手に毎回魔族だと言われます」


「『熱くもないし、明るくもないし、何も燃えないやつで』」


「言いました」


「『見えなくても燃えているんです。そこがいいんじゃないですか』」


「……言いました」


 判子が押された。


 3枚目。


「口調です。『ちょっと離れてくれ』が『死ぬがいい』になります。今日は鍋に言いました。子どもに『怖くないよ』と言おうとしたら『恐れよ』でした」


「『素だとつい、すみませんと言っちゃうんですよ』」


「言いました」


「本日の『すみません』は11回でした」


「数えなくていいです」


「記録ですので」


 判子。


 4枚目。


「威厳の制限です。座れません。あくびができません。鼻がかけません。樫の木の上で6時間、まぶたを2か所刺されて、1度もかけませんでした」


「『発動中は尊大な口調に』とのご注文です。尊大な方は、鼻をかきません」


「鼻のことまでは言ってません」


「鼻をかく覇者をご覧になったことは」


「……ないです」


 判子。


 5枚目。


「金貨です。手をすり抜けました。50枚以上です。マントに押しこまれても足の甲まで素通りでした」


「『お礼は一切受け取らない仕組みにしてください』」


「言いました。でもあれは、差し出された袋を片手でそっと押し返すつもりで」


「『受け取ったら値打ちが下がります』とも」


「……下がってもいいから、谷の村の黒パンは食べたかったです」


「記録しておきます」


 判子。


 6枚目。


「転送先です。豚小屋、鐘楼、蕪畑、川の中州、噴水、鶏小屋、肥料置き場でした。1度くらい普通の道に落としてください」


「追跡不能な場所へ、とのご注文です。実際、どなたも追ってきておりません」


「農家が鍬を持って追ってきました。漁師は櫂、パン屋は麺棒です」


「それは現地の方です。追跡とは別件として処理しております」


「番犬も来ました」


「別件です」


 判子。


 7枚目。姿勢の件。


「固まる時の格好を、選ばせてください。合掌と乙女でした」


「あれは固まる直前のあなたのご姿勢です。こちらでは何も」


「……ですよね」


 判子は押されなかった。代わりに、女神様の口の端が1mmほど動いた気がした。


「乙女は、こちらでも記録に残しております」


「消してください」


「規定で5年保管です」


   *


 8枚目で、少し声が変わったと思う。


「判定の基準です。広げてくれたのはありがたいんですが、鍋と猫は広げすぎです。対象者の欄に『鍋』と出ました」


「ご意見を受けて見直したものです。『社交界で死ぬのも死ぬうちでしょう』と」


「あれは令嬢の話です。鍋の話じゃない」


「では、どこに線を引きますか」


 女神様はペンを持ち直した。


「基準はあなたのご意見で動かせます。これは私の裁量の内ですので、変更の件数には数えません。どこからが窮地で、どこまでは窮地でないのか。お決めください。そのとおりにいたします」


 簡単だと思った。


「命にかかわるものは、もちろん入れてください」


「はい」


「あと、令嬢みたいなのも。命は取られなくても、人生が終わるようなやつです」


「人生が終わる、とは」


「帰る場所がなくなるとか。誰にも信じてもらえないとか」


「告白に失敗することは」


「それは……」


 言いかけて、止まった。


 橋の上の、あの男の顔を思い出した。


 口を開けて、閉じて、手を握ったり開いたりしていた。あのまま娘が帰っていたら、あの人は一生あの橋を渡れなかったかもしれない。


「……入れてください」


「子猫が木から降りられないことは」


 泣いていた男の子を思い出した。


 あの子にとっては、世界でいちばん大きな出来事だった。


「……入れて、ください」


「鍋が吹きこぼれることは」


 女将さんの悲鳴は本物だった。昼時に、客が8人いて、仕込んだ煮こみが駄目になりかけていた。


 俺は用紙の上に突っ伏した。


「線が、引けません」


「はい」


「本人にとっては、全部ピンチでした」


「はい。私もそう判断いたしました」


 顔を上げると、女神様はもう8枚目を脇によけていた。判子は押していない。


「窮地に大小はつけられますが、本人以外がつけるものではありません。ご意見をいただいて、私も考えを改めました」


「……俺の文句で、ですか」


「『あなたは神様だから、人づきあいで困ったことがないんですよ』と」


 言った。伯爵邸の壁ぎわで、鶏を持ったまま言った。


「困ったことはある、とお答えしましたが。考えてみますと、困っている方の側から見たことは、あまりありませんでした」


 女神様は書類の山を、少しだけまっすぐに直した。


「ですので、基準はこのままといたします」


 鍋は、これからも対象である。


 文句を言いに来て、自分で納得してしまった。苦情の窓口でこんなことがあるのか。


   *


 9枚目を出す手が、重かった。


「到着の件です」


 女神様は注文書に目を落とした。読み上げなかった。


「東の村で、6時間固まりました」


「存じております」


「目の前で、じいさんが1人で戦ってたんです。腕を斬られて、膝をついて、剣が折れるまで。俺は木の上で、頬に手を当てて見てました」


「はい」


「人買いの時は、樽に登る時間を待ってくれましたよね。調整できるんじゃないですか。できるなら、どうしてあの時」


 声が大きくなっていた。


 女神様は、静かに答えた。


「樽に登る数秒は、調整の範囲です。あなたの登場に必要な手順ですので」


「6時間は」


「範囲の外です。『ギリギリで間に合う男でいたい』『もう駄目だという瞬間まで出ないように』。それがご注文です。早い登場は、注文への違反になります」


 注文書どおりです、とは言わなかった。


 判子にも手を伸ばさなかった。


「……私も、あの夜は見ておりました」


 少し間があった。


「6時間、最後まで。途中で席を立つことは、できませんでした」


 蚊の被害の数を思い出した。


 9か所。14か所。31か所。うち、まぶた2か所。


 数えなくていいと、俺は思っていた。


 他に書けることがなかったのだ。あの板に。見ているしかない人が、せめて何かを伝えようとして、数えられるものを数えていた。


「女神様」


「はい」


「変えてください」


 9枚目の用紙に、俺は3行も書いていなかった。1行だけだった。


 早く着いたら、早く助けさせてください。


「32年、あこがれてきたんです。もう駄目だという瞬間に現れる男に。あれがいちばん格好いいと、今でも思ってます」


「はい」


「でも、あれは見てる側の格好よさでした。待たされてる側には関係ない。じいさんには、俺が格好いいかどうかなんて、どうでもよかった」


 女神様は黙って聞いていた。


「格好は、つかなくていいです。間に合うだけでいい」


   *


「注文書の変更は、原則として受けつけておりません」


 女神様は言った。


「ただし規定に、例外が1つございます。転生者ご本人が、注文の趣旨そのものを改められた場合。1回にかぎり、1項目のみ」


「1項目」


「はい。1つだけです。ですから、よくお考えください」


 机の上に、俺の用紙が並べられた。判子の押された6枚と、押されなかった1枚と、保留の1枚と、9枚目。


「報酬の受領を変えれば、金貨は手に残ります。借金は1度で返せます。食事も受け取れます」


 268枚。


 一生返せないと言われた借金だ。


「口調を変えれば、言いたいことがそのまま伝わります」


 その荷物、重そうだね。持とうか。


 死なないでください。もったいないですよ。


 あれが、そのまま言えるようになる。


「威厳の制限をはずせば、鼻がかけます」


「それは最後でいいです」


「ご本人の窮地を対象に加えることもできます」


 女神様は、そこだけ少しゆっくり言った。


「現在は、あなたご自身がどれほど危険でも、スキルは発動いたしません。体力3のままです。これをお変えになるつもりは」


「ないです」


 即答していた。


「お助けキャラが自分を助けてどうするんですか」


「……同じことを、最初の日にもおっしゃいました」


「変わってないので」


 女神様は何か言いかけて、やめた。注文書の余白に、小さく印をつけただけだった。


 それから、引き出しをもう1度開けた。


 中から、光があふれた。


   *


 小さな光だった。


 蛍くらいのものもある。拳くらいのものもある。10も20もあって、引き出しの中で寄りそうように浮かんでいた。温かい色をしていた。


「これは」


「あなた宛てに届いたものです」


 女神様は、光に手をかざした。


「祈り、と呼ばれるものです。お礼を言う相手の名前も居場所も分からない方が、最後に頼るのが私どもの窓口ですので。こちらに届きます」


「俺宛て、ですか」


「はい。ただ、注文書に『報酬:一切受領不可』とございます。お礼も報酬に含まれますので、お渡しすることができません。中身をお伝えすることもできません」


 光の1つが、ゆっくり回っていた。


 誰のものだろう。


 迷宮の少年か。俺は「貴様ごとき」と言った。あの子は泣いていた。


 崖の令嬢か。山の中に置き去りにした。


 谷の村の子か。パンを断って、老人を気絶させた。


 染物屋の姉妹か。助けたのは夜で、また森に置いていった。


 怒っているのだと思っていた。


 土下座の相手が増えていくのだと思っていた。


 それなのに、引き出しの中の光は、どれも温かかった。


「報酬の受領をお変えになれば、これは今すぐお渡しできます」


 女神様の声は、平らだった。


 平らにしようとしている声だった。


「金貨のことではありません。こちらのことです。ご自分のなさったことが相手にどう届いたのか、お知りになることができます」


 知りたかった。


 金貨の時より、ずっと強くそう思った。手は出なかった。出したら引っこめられなくなると分かっていた。


 あの子は、どうして袋を離さなかったのか。


 あの人は、どうして盆を持っていったのか。


 じいさんは、どうして泣いていたのか。


 俺はしばらく、光を見ていた。


 それから、9枚目の用紙を女神様のほうへ押した。


「こっちで、お願いします」


「……よろしいのですか」


「はい」


「理由を、伺っても」


「お礼がほしくて助けたんじゃないので」


 言ってから、少し違うと思った。


「いや、ほしいです。すごくほしい。今、手を縛っておいてほしいくらいです。でも」


 うまい言葉が見つからなかった。お助けキャラの美学なら20分語れるのに、こういう時は出てこない。


「次に誰かが、6時間待たされるほうが嫌なんです。俺があれを読んで嬉しくなるより、そっちのほうが」


 女神様は、長いこと動かなかった。


 ため息はつかなかった。


 ペンを取って、注文書の1行に線を引いた。


――――――――――――――――――

【注文書 変更記録】

変更前 到着:窮地の極まる瞬間まで登場不可

変更後 到着:窮地を認めた時点で登場可

変更回数:1回(上限に達しました)

――――――――――――――――――


 朱い判子が押された。今度の文言は違った。


――――――――――――――――――

【変更受理】

――――――――――――――――――


「承りました」


 女神様は引き出しを閉めた。光が見えなくなる。


「こちらは、お預かりしておきます」


「5年ですか」


「いいえ」


 鍵はかけなかった。


「祈りに、保管の期限はございません」


   *


「お時間です」


 窓口の上の砂時計が落ちきっていた。


 20分ぴったりである。


 足元から光がのぼってくる。この前と同じだ。体が軽くなっていく。


「10枚目は、よろしいのですか」


 女神様が聞いた。用紙が1枚、白紙のまま残っている。


「それは、次に取っておきます」


「次があるおつもりですか」


「たぶんあります。俺なので」


「……番号札は、お持ち帰りください。次回もお使いになれます」


 札には「1番」と書いてある。


 これからもずっと、1番なのだろう。待っているのは俺だけなのだから。


 消える直前に、俺は言った。


「女神様。6時間、一緒に見ててくれて、ありがとうございました」


「……苦情の窓口です」


「知ってます」


 白い部屋が遠ざかっていく。


 最後に見えた女神様は、苦情0件、謝意1件の紙に、線を1本足していた。


   *


 目がさめると、橋の下だった。


 朝である。川の音がする。ペルネッタが少し離れた所で、鍋を火にかけていた。朝の粥だ。


 俺は固い地面の上で、空を見ていた。


 変えた。


 32年のあこがれを、1つ手放した。


 これからは、もう駄目だという瞬間まで待たなくていい。困っている人を見つけたら、すぐに出られる。格好はつかないかもしれないが、間に合う。


 悪くない気分だった。


 板が浮かんだ。


――――――――――――――――――

【登場可能です】

対象者:ペルネッタ

理由:3分後に粥を焦がす見込みです

――――――――――――――――――


 見込み。


 まだ焦がしていない。


「ちょっと待ってください。『窮地を認めた時点』というのは」


――――――――――――――――――

【補足】

「認めた時点」には、見込みを含みます

ご注文の文言どおりです

――――――――――――――――――


 文言どおりだった。


 早く助けさせてくれ、と俺は言った。あの人は言われたことを全部やる。どのくらい早くとは、言わなかった。


 体が勝手に動いていた。


 橋げたの出っぱりによじ登る。2回落ちた。3回目で立った。朝日は背中である。


 仮面が顔を覆い、マントが広がり、黒い炎が立ちのぼった。


 ペルネッタが、匙を持ったまま振り向いた。


 粥は、まだ静かに煮えている。焦げる気配は少しもない。


「……何」


 粥が焦げるらしいよ、3分後に。


「案ずるな」


「何を」


「じきに分かる」


「何が」


 彼女は匙をくわえて、鍋と俺を見比べた。


 それから鍋を火から下ろした。


――――――――――――――――――

【解決を確認しました】

【退場します】

――――――――――――――――――


 何もしていない。


 登場して、不安をあおって、消えるだけである。


「兄さん。それ、何か変わったの」


 答える前に、指先が透けはじめた。


 落ちた先は、橋の上だった。真上である。今まででいちばん近い。


 欄干から下をのぞくと、ペルネッタがこちらを見上げていた。


「朝ごはん、4枚ね」


 借金は272枚になった。


   *


 ——同じ頃、転生課では。


 女神は、窓口の札を「受付終了」に裏返した。


 机に戻って、引き出しを開ける。


 光は、昨日より1つ増えていた。小さな、藍色がかった光だった。


 女神はそれを他の光のとなりに寄せた。


 それから注文書を広げて、余白につけた小さな印を見た。


 ご本人の窮地は対象外。変更の意思なし。


 その横に、女神は自分の字で書き足した。


 要観察。


 しばらくペンを置かなかった。やがて、もう1行だけ書いた。


 変更の上限は、1回。


 規定である。女神はその規定を、初めて少し窮屈だと思った。

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