↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
お助けキャラに憧れて転生した俺、他人がピンチの時しか最強になれない ~ただし平時は体力3なので、生活が成り立たない~  作者: 中原九尾


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
13/22

第13話 鍋と猫と告白

 働くことにした。


 借金264枚である。発動中は1枚も受け取れず、平時は鍬も持てない。それでも、何もしなければ1枚も減らない。


「体力3でもできる仕事を紹介してくれ」


 橋の下で、俺はペルネッタに頭を下げた。


「紹介料は」


「……つけで」


「知ってた」


 彼女は帳面のいちばん後ろを開いた。そこには前から用意していたらしい一覧があった。


「パン屋の店番。立ってるだけ。日当8枚」


「立つのは得意だ」


「行列の場所取り。並ぶだけ。1回5枚」


「並ぶのも得意だ」


「花屋の配達。花束1つだけ。4枚」


「袋1つなら持てると、人買いにも言った」


「それ自慢にならないよ」


 3つとも受けることにした。全部こなせば17枚になる。264枚に比べれば小さいが、0よりは大きい。


 孤高の覇者、初めての労働である。


 出かけようとした時、目の前に板が浮かんだ。


――――――――――――――――――

【お知らせ】

判定基準を一部見直しました

多数のご意見(1名様より)を受け、窮地の対象を広げております

――――――――――――――――――


 多数のご意見の「1名様」は俺だろう。


 そういえば言った。社交界で死ぬのも死ぬうちだと。判定が厳しすぎると。正当なら何をしてもいいのかと。


 聞いてくれたのだ。


 あの人は本当に、言われたことは全部やる。俺は板に向かって拝んだ。


 何をどこまで広げたのかは、書いていなかった。


   *


 パン屋の店番は、順調だった。


 立っているだけである。客が来たら「いらっしゃいませ」と言い、パンを渡して銅貨をもらう。銅貨は手をすり抜けなかった。平時の仕事の金はちゃんと持てる。それだけで少し感動した。


 昼前に、手帳を持った女の人が店に入ってきた。


 25〜26歳くらいだろうか。金茶色の髪を後ろでまとめ、耳に鉛筆をはさんでいる。歩くのが速い。


「王都日報のヴィオレーヌです。この辺りで、黒い炎をまとった仮面の人物を見ませんでしたか」


 心臓が跳ねた。


 記者だ。


 記者が、俺を探している。


 ついに来た。謎の男を追う記者というのは、お助けキャラの物語に欠かせない存在である。あと一歩の所でいつも取り逃がし、少しずつ真相に近づいていく。


 そして記事には、通り名が載る。


 ここが勝負だ。


「見てはいませんが、噂なら聞きました」


「どんな噂ですか」


「『常闇に君臨せし孤高の覇者』と呼ばれているそうです」


 ヴィオレーヌさんは鉛筆を止めた。


「誰が呼んでいるんです」


「……みんなが」


「私が聞いて回った12人は、誰もそう呼んでいませんでしたが」


「これから呼びます」


「これから」


「あと、あの人はお助けキャラなんです。説明していいですか。まず前提として主人公というのは」


 手帳が閉じた。


「一般の方のご感想は結構です。パンを1つください」


 銅貨2枚を置いて、彼女は速足で出ていった。


 門番は10秒だった。この人は5秒である。記録が更新された。


 その時、隣の食堂から悲鳴が聞こえた。


「ああっ、鍋が!」


 板が浮かんだ。


――――――――――――――――――

【登場可能です】

対象者:鍋

――――――――――――――――――


 鍋。


 対象者の欄に、鍋と書いてある。者ではない。


「広げすぎじゃないですか!」


――――――――――――――――――

【補足】

吹きこぼれまで、あと8秒です

――――――――――――――――――


 数えなくていい。


 だが、困っている人がいるのは本当だった。女将さんの悲鳴は本物である。そして俺は、板に「登場可能です」と出て動かなかったことが1度もない。


 高い所だ。


 俺はパン屋を飛び出して、隣の食堂に駆けこんだ。昼時で客が8人いた。全員がこちらを見た。


 椅子に登った。まだ低い。椅子からテーブルに登った。


 煮こみの皿を踏んだ。


「すみません」


 言い終わる前に、仮面が顔を覆った。


   *


 昼の食堂の、テーブルの上である。


 黒い仮面。風のない店内で広がるマント。全身から立ちのぼる黒い炎。背中の後ろには光の玉がともって、煮こみの湯気を照らしていた。


 客が8人、匙を持ったまま固まっている。


 かまどの上で、大鍋が泡を吹いていた。蓋が持ち上がっている。


 すみません、ちょっと通ります。


「道をあけよ」


 客が全員、壁にはりついた。


 かまどの前に立った。


 火を弱めればいいのだ。薪を1本抜くだけである。俺は鍋に向かって、落ち着いてほしいという気持ちで手をかざした。


 鍋さん、落ち着いて。


「死ぬがいい」


 鍋に言った。


 鍋に向かって、死ぬがいいと言った。迷宮の主に言い、病魔に言い、ついに調理器具に言った。この台詞の値打ちが、どんどん下がっている。


 かまどの火を、指でつまんだ。


 消えた。


 ついでにかまどの石組みが半分崩れた。加減である。いつもの加減だ。


 鍋は無事だった。泡が静かに引いていく。中身は1滴もこぼれなかった。


「……命拾いしたな」


 鍋に言うな。


 女将さんは、崩れたかまどと無事な鍋を交互に見ていた。それから震える手で椀を取り、煮こみをよそって差し出した。


「あ、あの、お礼に……」


 いいにおいがした。


 朝から固いパンしか食べていない。


「施しは受けぬ」


 受けたい。


 指先が透けはじめる。


――――――――――――――――――

【解決を確認しました】

【退場します】

――――――――――――――――――


 テーブルの上で踏んだ皿のことを謝りたかった。


「……皿は、許せ」


 それだけ言って、俺は昼の食堂から消えた。


 落ちた先は、広場の噴水の中だった。


 パン屋に走って戻ると、店先のパンが半分なくなっていた。鳩である。店番のいない店を、鳩の群れが襲っていた。


 店主が麺棒を持って出てきた。


 この世界では、農家は鍬を、漁師は櫂を、パン屋は麺棒を持って走ってくる。


 日当8枚は消えた。弁償が6枚ついた。


   *


 行列の場所取りは、仕立て屋の前だった。


 評判の店が月に1度だけ布を安く出す日で、朝から50人が並んでいる。俺は依頼主の奥さんに代わって、列の30番目に立った。


 立っているだけである。今度こそ大丈夫だ。


「またあなたですか」


 ヴィオレーヌさんが、列に沿って歩いてきた。


「さっき隣の食堂に出たそうですね。黒い炎の人物が」


「そうらしいですね」


「あなた、隣のパン屋にいましたよね。見なかったんですか」


「その時は、ちょうど席をはずしていまして」


「店番が?」


「はい」


 彼女は俺の顔を3秒見て、手帳に何か書いた。たぶん「役に立たない」と書いた。


「目撃者の話では、鍋に向かって『死ぬがいい』と言ったそうです」


「……そうですか」


「あと『皿は許せ』と。意味が分かりません」


 俺にも分からない。


 通りの向こうで、子どもの泣き声がした。


 街路樹の下に、5歳くらいの男の子が立っている。木の上を見上げて泣いていた。枝の先に、白い子猫がしがみついている。


――――――――――――――――――

【登場可能です】

対象者:猫

――――――――――――――――――


 今度は猫か。


 者ではないものが続いている。


 高い所。あの木より高い所。


 見回した。猫のいる枝は、2階の屋根より高い。それより高い場所というと時計台しかないが、あれには階段がなかった。初日に確かめてある。


 仕方がないので、向かいの塀に登った。3回落ちた。


 塀の上に立つ。高さは2mである。


 猫は5mの所にいた。


 高い所から現れたはずが、助ける相手に見下ろされている。


   *


 仮面とマントと黒い炎が出た。


 塀の上の俺を、枝の上の子猫が見下ろしている。子猫の毛が逆立った。


 下りておいで。怖くないから。


「降りよ、獣」


 子猫は降りなかった。


 シャーッ、と言った。


 山羊も猪も従わなかったが、犬は従った。猫は従わない。前世でも猫には1度も好かれなかった。世界が変わっても、そこは変わらないらしい。


 跳んだ。


 枝まで一瞬である。子猫の前に浮かんで、手を伸ばした。


 爪が飛んできた。


 仮面を引っかかれた。3回引っかかれた。痛くはないが、魔王と同じ強さの男が子猫に顔を張られている。下に人だかりができていた。


 首の後ろをつまんだ。


 子猫が、おとなしくなった。


 これだ。


 聖女も、姉妹の妹も、俺の体はこの持ち方しかしなかった。子猫を運ぶ親猫の持ち方だと、毎回思っていた。


 本物の子猫に、初めて使った。


 正しい相手に、ようやく会えた。


 地面に降りて、男の子の前に子猫を差し出した。


 はい。もう大丈夫だよ。


「受け取れ」


 男の子は、俺を見上げた。


 黒い仮面。黒い炎。片手にぶら下げられた自分の猫。


 さっきの3倍の声で泣いた。


 母親らしい人が走ってきて、子どもと猫をまとめて抱え、何度も頭を下げながら後ずさりしていった。お礼なのか命乞いなのか、見分けがつかなかった。


――――――――――――――――――

【解決を確認しました】

【退場します】

――――――――――――――――――


 落ちた先は、鶏小屋だった。


 仕立て屋の前に戻った時には、列は店の中に消えていた。俺の立っていた30番目は、とっくに誰かのものになっている。依頼主の奥さんが腕を組んで待っていた。


 日当5枚も消えた。


   *


 夕方、花屋で花束を受け取った。


 白と黄色の小さな花を束ねたものである。軽い。これなら持てる。


「川ぞいの石橋に届けとくれ。若い男が待ってるはずだよ。日が沈む前にね」


「日が沈む前に」


「大事な花なんだってさ。3日も前から頼まれてたんだ」


 走った。


 体力3で走った。今日はすでに2回発動して、噴水に落ち、鶏小屋に落ちている。それでも走った。この花束を届ければ4枚になる。0ではなくなる。


 途中で2回転んだ。花は守った。


 角を曲がった所で、ヴィオレーヌさんにぶつかりそうになった。


「……またあなた」


「急いでるんです」


「仕立て屋の前にも出たそうですね。あなた、あの列にいましたよね」


「その時は、ちょうど席をはずしていまして」


「列で?」


「はい」


 彼女は目を細めた。


「あなた、行く先々にいますね」


 ばれた、と思った。


 正体不明がお助けキャラの命である。それが3件目で終わるのか。


「野次馬でしょう」


「え?」


「事件のある所にばかりいて、肝心な時は見ていない。いちばん困る型の目撃者です」


 ばれていなかった。


 ばれていないのに、なぜか傷ついた。


 石橋が見えたのは、日が沈みかけた頃だった。


 橋の真ん中に、若い男が立っている。向かいに娘が1人。男は何か言おうとして口を開け、閉じ、また開けていた。手が空っぽである。握ったり開いたりしている。


 娘は待っていた。待って、待って、少しずつ顔が曇っていった。


「……用がないなら、私、帰るね」


 板が浮かんだ。


――――――――――――――――――

【登場可能です】

対象者:青年(告白中)

理由:このままでは一生の後悔となる見込みです

――――――――――――――――――


 告白まで入っている。


 社交上の不利益は対象外だと言っていたのに、恋の行方まで見るようになった。広げすぎである。誰だ、こんなに広げさせたのは。俺だ。


 それに、あの男の手が空っぽな理由を、俺は知っていた。


 花束だ。


 あの人が待っていたのは、この花である。日が沈む前に届くはずだった花が、届いていない。届ける係が噴水と鶏小屋に落ちていたからだ。


 原因は、また俺だった。


 高い所。


 橋の欄干がある。


 橋の欄干だ。


 前世で最後に立った場所である。あの時は逆光を背負って川に飛びこみ、登場は決まったのに退場が決まらなかった。


 今度は、決める。


 俺は花束を口にくわえて、欄干によじ登った。


   *


 夕日が、ちょうど背中に入った。


 本物の逆光である。川面が金色に光っている。その光の中で仮面が顔を覆い、マントが広がり、黒い炎が立ちのぼった。


 若い男の、真後ろだった。


 娘が先に気づいた。


 顔から血の気が引いて、口が開いた。


 男が振り返った。


 欄干の上から見下ろす黒い仮面と、目が合ったはずである。夕日を背負った、黒く燃える何かと。


 花です。遅くなってすみません。


「受け取れ。貴様のものだ」


 花束を差し出した。


 男は受け取らなかった。


 震えていた。膝が笑っていた。それなのに、1歩前に出た。両腕を広げて、娘を自分の背中に隠した。


「か、彼女には……指1本、触れさせない!」


 声が裏返っていた。


 違う。


 俺は花屋だ。


 だが、男の後ろで、娘の顔が変わるのが見えた。


 さっきまで曇っていた目が、大きく開いている。自分をかばって震えている背中を、じっと見つめている。


 ああ。


 そうか。


 この人には、花より先に要るものがあったのだ。


 言えなかった言葉の代わりに、体が先に動いた。それで十分に伝わっている。


 だったら俺は、このまま悪役でいい。


 がんばれ。今なら言える。


「言え。今だ」


 男は目を白黒させた。


 何を、という顔をした。それから後ろの娘を振り返り、俺を見上げ、もう1度娘を見た。


「……ず、ずっと、好きでした!」


 言った。


 黒く燃える魔族の目の前で、命がけの顔をして言った。


 娘が泣きながら笑って、男の背中にしがみついた。


――――――――――――――――――

【解決を確認しました】

【退場します】

――――――――――――――――――


 花束を、欄干の上にそっと置いた。


 そっと置けた。加減ができた。転生して初めて、力の加減に成功した。相手は花束である。


「……見事だ」


 本心だった。


 夕日の中に、黒い炎がほどけていく。


 前世では川に流された。今回は橋の上から、光に溶けるように消えた。退場は決まった。


 登場のほうは、悪役だった。


   *


 落ちた先は、花屋の裏の肥料置き場だった。


 臭かった。


 店に回ると、花屋のおかみさんが銅貨を数えていた。


「さっき橋のほうから若いのが2人で礼を言いに来たよ。花はちゃんと届いてたって。欄干の上に置いてあったそうだけど、あんた変わった届け方するねえ」


「……間に合いましたか」


「間に合ったんじゃないかい。2人とも泣いて笑ってたから」


 銅貨が4枚、俺の手のひらにのった。


 すり抜けなかった。


 重かった。たった4枚なのに、隠し蔵で持ち上げた金の袋より重く感じた。


 俺が、自分の足で稼いだ金である。途中で転んで、発動して、肥料に落ちたが、花は届けた。


   *


 橋の下に戻ると、ペルネッタが紙を1枚持って待っていた。


「夕刊。銅貨2枚」


「買ってない」


「読みたいでしょ」


 読みたかった。


――――――――――――――――――

【王都日報 グレンツ版 夕刊】

『黒く燃えてる方』、市内に3度出現

鍋を救い、猫を降ろし、恋を実らせる

目的は不明

目撃者の話

「口は悪いが鍋は無事だった」(食堂の女将)

「猫をつまむのがうまい」(通行人)

「怖かった。でも感謝している」(石橋の青年)

本紙は今後、この人物を『黒く燃えてる方』と呼ぶ

(記者 ヴィオレーヌ)

――――――――――――――――――


 黒く燃えてる方。


 3回読んだ。3回とも同じことが書いてあった。


「常闇に君臨せし孤高の覇者だと、伝えたのに」


「誰に」


「記者に」


「何て言われた」


「一般の方のご感想は結構です、と」


 ペルネッタは腹を抱えて笑った。橋の下に声が響いた。


「長いんだよ、兄さんのは。見出しに入んないもん」


 ステータスの板にも入らなかった。新聞の見出しにも入らない。あれだけ悩んで決めた名前が、どこにも収まらない。


「それで、今日はいくら稼いだの」


 俺は手を開いた。


 銅貨が4枚のっている。汗で湿っていた。


「パン屋が0で、弁償が6。場所取りが0。花屋が4」


「新聞が2」


「……差し引き、マイナス4か」


 働いて、借金が増えた。


 ペルネッタは俺の手のひらの4枚を、しばらく眺めていた。


「これ、返済?」


「ああ。全部持っていってくれ」


 彼女は銅貨を1枚ずつつまんで、自分の手に移した。4枚目だけ、少し長く指のあいだで転がしていた。


 それから帳面を開いた。


 いちばん新しい頁ではなく、いちばん最初の頁である。そこに、いつもより丁寧な字で何か書きこんだ。


「何て書いたんだ」


「『初回返済 4枚』」


「たった4枚だぞ」


「0じゃないよ」


 帳面が閉じた。


「残り、268枚ね」


 増えているのに、なぜか悪い気はしなかった。


 寝ようとした時、板が浮かんだ。


――――――――――――――――――

【本日のまとめ】

発動:3件

対象:鍋、猫、告白

蚊による被害:0か所

「すみません」の使用:11回

――――――――――――――――――


 まだ数えていたのか。


 その下に、もう1枚出た。


――――――――――――――――――

【お知らせ】

判定基準の見直しについて、ご意見を受けつけております

窓口:今夜、夢の中にて

――――――――――――――――――


 ある。


 意見なら、山ほどある。


 鍋のこと。猫のこと。6時間のこと。調整できるのに固められたこと。頬に手を当てた姿勢のこと。鼻のこと。


 俺は固い地面の上で目を閉じた。


 20分で足りるだろうか、と思いながら眠った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
運用して調整していかないとね。やってみてこれはダメだな、って有るもんねー^_^
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。