第6話「熱」
夜になっても、熱は引かなかった。
空は暗い。
だが、涼しさはない。
空気は重く、動かない。
昼の熱が、そのまま残っている。
ユウトは歩いていた。
子どもの手を引いたまま。
後ろから、小さな足音。
猫がついてくる。
尾の火が、わずかに揺れている。
街は、暗かった。
灯りがない。
建物の窓はすべて黒く、
通りも沈んでいる。
どこかで電気が止まっている。
「広域的な電力供給の停止が確認されます」
少女が言う。
「復旧の見込みは不明です」
ユウトは答えない。
歩く。
足音だけが響く。
ときどき、どこかで物音がする。
扉が閉まる音。
何かを引きずる音。
人はいる。
だが、姿は見えない。
光がないからだ。
子どもの手が、少し強く握られる。
不安なのだろう。
ユウトは歩く速度を落とす。
前方に、かすかな光が見えた。
小さな点。
揺れている。
近づく。
そこには、人がいた。
三人。
輪になって座っている。
中央に、小さな火。
何かを燃やしている。
紙か、木片か。
よく分からない。
火は弱い。
それでも、周囲をわずかに照らしている。
ユウトは立ち止まる。
視線が合う。
一瞬の沈黙。
その中の一人が、低く言う。
「……何だ」
警戒の声。
当然だった。
ユウトは何も言わない。
ただ、少しだけ手を上げる。
敵意がないことだけを示す。
子どもが、後ろに隠れる。
少女は一歩も動かない。
猫は、火を見ている。
尾の火と、地面の火。
似ているようで、違う光。
「近づくことは推奨されません」
少女が言う。
「資源の競合が発生する可能性があります」
正しい。
火は少ない。
分ければ、弱くなる。
ユウトは少し考える。
それから——
ポケットを探る。
何もない。
いや、ひとつだけあった。
乾いた紙片。
いつから入っていたのか分からない。
それを取り出す。
火の方へ、ゆっくりと歩く。
三人の視線が集まる。
緊張が走る。
ユウトは、何も言わずに、その紙を火のそばに置く。
一瞬の間。
誰も動かない。
やがて、その中の一人が手を伸ばす。
紙を火に入れる。
小さく、火が強くなる。
ほんの少しだけ。
光が広がる。
顔が見える。
疲れた顔。
何日も眠っていないような目。
ユウトは、その場に座る。
距離を保ったまま。
子どもも隣に座る。
少女は立ったまま。
猫が、火の近くに丸くなる。
誰も言葉を発しない。
ただ、火を見ている。
時間がゆっくり流れる。
音は少ない。
火のはぜる音。
遠くの何かの崩れる音。
それだけ。
少女が、静かに言う。
「その行為は、合理的ではありません」
ユウトは火を見る。
揺れる光。
小さく、弱い。
それでも、確かにそこにある。
「……だろうな」
短く答える。
子どもが、少しだけ体を預けてくる。
ユウトは何も言わない。
ただ、そのままにする。
火は、少しずつ弱くなる。
紙はすぐに燃え尽きる。
それでも——
そのわずかな時間、
そこには光があった。
誰も奪わなかった。
誰も消さなかった。
ただ、共有された。
世界は暗い。
電気は戻らない。
何も変わらない。
それでも——
その夜、
ほんの少しだけ、熱が分けられた。




