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ディストピア9:摂氏52度の空は、なぜ青かったのか  作者: 沁みた大根


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第6話「熱」

夜になっても、熱は引かなかった。


空は暗い。

だが、涼しさはない。


空気は重く、動かない。

昼の熱が、そのまま残っている。


ユウトは歩いていた。


子どもの手を引いたまま。


後ろから、小さな足音。

猫がついてくる。


尾の火が、わずかに揺れている。


街は、暗かった。


灯りがない。


建物の窓はすべて黒く、

通りも沈んでいる。


どこかで電気が止まっている。


「広域的な電力供給の停止が確認されます」


少女が言う。


「復旧の見込みは不明です」


ユウトは答えない。


歩く。


足音だけが響く。


ときどき、どこかで物音がする。

扉が閉まる音。

何かを引きずる音。


人はいる。


だが、姿は見えない。


光がないからだ。


子どもの手が、少し強く握られる。


不安なのだろう。


ユウトは歩く速度を落とす。


前方に、かすかな光が見えた。


小さな点。


揺れている。


近づく。


そこには、人がいた。


三人。


輪になって座っている。


中央に、小さな火。


何かを燃やしている。


紙か、木片か。

よく分からない。


火は弱い。


それでも、周囲をわずかに照らしている。


ユウトは立ち止まる。


視線が合う。


一瞬の沈黙。


その中の一人が、低く言う。


「……何だ」


警戒の声。


当然だった。


ユウトは何も言わない。


ただ、少しだけ手を上げる。


敵意がないことだけを示す。


子どもが、後ろに隠れる。


少女は一歩も動かない。


猫は、火を見ている。


尾の火と、地面の火。


似ているようで、違う光。


「近づくことは推奨されません」


少女が言う。


「資源の競合が発生する可能性があります」


正しい。


火は少ない。

分ければ、弱くなる。


ユウトは少し考える。


それから——


ポケットを探る。


何もない。


いや、ひとつだけあった。


乾いた紙片。


いつから入っていたのか分からない。


それを取り出す。


火の方へ、ゆっくりと歩く。


三人の視線が集まる。


緊張が走る。


ユウトは、何も言わずに、その紙を火のそばに置く。


一瞬の間。


誰も動かない。


やがて、その中の一人が手を伸ばす。


紙を火に入れる。


小さく、火が強くなる。


ほんの少しだけ。


光が広がる。


顔が見える。


疲れた顔。

何日も眠っていないような目。


ユウトは、その場に座る。


距離を保ったまま。


子どもも隣に座る。


少女は立ったまま。


猫が、火の近くに丸くなる。


誰も言葉を発しない。


ただ、火を見ている。


時間がゆっくり流れる。


音は少ない。


火のはぜる音。

遠くの何かの崩れる音。


それだけ。


少女が、静かに言う。


「その行為は、合理的ではありません」


ユウトは火を見る。


揺れる光。


小さく、弱い。


それでも、確かにそこにある。


「……だろうな」


短く答える。


子どもが、少しだけ体を預けてくる。


ユウトは何も言わない。


ただ、そのままにする。


火は、少しずつ弱くなる。


紙はすぐに燃え尽きる。


それでも——


そのわずかな時間、


そこには光があった。


誰も奪わなかった。


誰も消さなかった。


ただ、共有された。


世界は暗い。


電気は戻らない。


何も変わらない。


それでも——


その夜、


ほんの少しだけ、熱が分けられた。

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