第4話「水」
列ができていた。
静かな列だった。
誰も話さない。
目も合わせない。
ただ、前の背中だけを見ている。
ユウトは最後尾に並んだ。
何人いるのか分からない。
数える気にもならない。
空は白く濁っている。
熱は、昨日より重い。
汗が出ない。
喉だけが乾く。
前の男が、空の容器を何度も揺らしている。
音はしない。
その後ろで、誰かが咳き込む。
短く、乾いた咳。
一度。
二度。
三度。
誰も振り向かない。
列は少しずつ進む。
建物の奥に、水があるらしい。
見えないが、分かる。
空気が違う。
湿っている。
その“気配”だけで、人は並んでいる。
「配給システムが維持されています」
隣で少女が言う。
「ただし、供給量は減少しています」
ユウトは黙っている。
後ろから、小さな足音。
猫がついてきていた。
列の外側を、自由に歩いている。
誰も止めない。
気づいていないのか、気にしていないのか。
尾の先の火が、かすかに揺れる。
列が止まる。
前方で、声が上がった。
「少なすぎるだろ」
低い声。
押し殺しているが、怒りが混じっている。
「規定量です」
別の声。
機械的で、感情がない。
「足りねえよ」
間があく。
誰も動かない。
空気が重くなる。
ユウトの後ろで、また咳がする。
さっきより、深い。
一歩、距離が空く。
無意識に。
列が少し歪む。
それでも、誰も何も言わない。
やがて、列が動き出す。
何事もなかったように。
ユウトの番が来る。
小さな容器を差し出す。
水が注がれる。
透明。
それだけで、目が離せなくなる。
音がする。
ぽた、ぽた、と。
それだけで、十分だった。
「次」
ユウトは一歩横にずれる。
容器の中を覗く。
少ない。
分かっていた。
それでも、少ない。
外に出る。
光が刺さる。
喉が鳴る。
そのとき——
後ろから、声がした。
「……水」
さっきの咳の人だった。
座り込んでいる。
顔が見えない。
ただ、肩だけが揺れている。
ユウトは立ち止まる。
少女が言う。
「感染リスクが存在します」
正しい。
間違っていない。
猫が、その人の近くに寄る。
ためらいがない。
ただ、そこにいる。
ユウトは、容器を見る。
それから、その人を見る。
そして——
少しだけ、傾けた。
水が落ちる。
地面ではなく、その人の容器へ。
ほんの少し。
本当に少し。
それでも、確かに渡った。
その人は何も言わない。
ただ、手が震えている。
ユウトはそれ以上見なかった。
歩き出す。
少女が隣に並ぶ。
「その行為は、自己生存確率を低下させます」
ユウトは答えない。
後ろで、猫の足音がする。
同じ速度でついてくる。
空は変わらない。
熱も変わらない。
世界も、何も変わらない。
それでも——
ほんの少しだけ、
何かが動いた気がした。




