表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ディストピア9:摂氏52度の空は、なぜ青かったのか  作者: 沁みた大根


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/10

第3話「沈黙」

音がない。


それに気づいたのは、歩き始めてからしばらく経ってからだった。


足音だけが、やけに大きく響く。


ユウトは立ち止まる。


待つ。


何かが鳴くのを。

風が動くのを。


——何もない。


空は、相変わらず高い。

昨日の黒い雨が嘘のように、澄みきっている。


だが、その青さは、どこか空虚だった。


セミがいない。


この季節なら、耳を塞ぎたくなるほど鳴いているはずだった。


鳥もいない。


電線は空のまま、微動だにしない。


ユウトはゆっくりと歩き出す。


隣を、少女が同じ速度で進む。


後ろから、小さな足音がついてくる。


振り向かなくても分かる。


あの猫だ。


尾の先だけが、わずかに揺れている。

あの小さな火は、まだ消えていない。


「生物活動の低下が観測されます」


少女が言う。


「音環境の変化も確認されています」


ユウトは答えない。


代わりに、耳に手を当てる。


自分の呼吸。

心臓の音。


それだけ。


遠くで、何かが倒れる音がした。


乾いた、軽い音。


ユウトはそちらを見る。


古い木の柵が崩れている。

風もないのに。


「構造物の劣化です」


少女が説明する。


正しい。


でも、それだけじゃない気がした。


猫が、止まる。


その場で、じっと空を見ている。


耳がわずかに動く。


何かを聞いているように。


だが——

人間には、何も聞こえない。


ユウトは猫の隣にしゃがみこむ。


同じ方向を見る。


空。


ただの空。


それでも、何かがおかしい。


言葉にできない違和感が、喉の奥に引っかかる。


ユウトはポケットを探る。


ペットボトル。


もう、ほとんど残っていない。


地面を見る。


ひび割れた土。


昨日と同じ場所ではないのに、同じように乾いている。


少しだけ、傾ける。


水は、すぐに消える。


染み込むというより、奪われるように。


猫がそれを見ている。


尾の火が、わずかに強く揺れる。


少女が言う。


「その行為は、環境全体への影響はありません」


ユウトは手を止めない。


「……だろうな」


それでも、最後の一滴まで落とす。


何も変わらない。


音も戻らない。


空もそのまま。


猫は、ゆっくりと歩き出す。


また、どこかへ向かうように。


理由は分からない。


少女が、ユウトを見る。


「それでも、継続しますか」


問いの形。


ユウトは立ち上がる。


猫の後を追う。


少しだけ、間を置いて答える。


「……うん」


風は吹かない。


音も戻らない。


それでも——


彼は、歩くのをやめなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ