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ディストピア9:摂氏52度の空は、なぜ青かったのか  作者: 沁みた大根


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第2話「黒い雨」

空の色が変わった。


青は消えて、鈍い灰色に沈んでいく。

雲は厚く、低く、押しつぶすように広がっていた。


匂いがする。


焦げたような、金属のような、

どこかで嗅いだことのある、不快な匂い。


遠くで音がした。


遅れて届く、重い振動。

地面がわずかに揺れる。


ユウトは空を見上げたまま、立ち止まる。


隣に立つ少女——

まだ名前を知らないその存在も、同じ方向を見ていた。


最初の一滴が落ちた。


地面に触れた瞬間、

じゅっ、と小さな音がする。


ユウトは反射的に一歩下がる。


二滴、三滴。


やがて、それは“雨”になった。


黒い。


完全な黒ではない。

濁った灰と、油のような光を含んだ色。


地面に触れるたび、小さな煙が上がる。


「——屋内への退避を推奨します」


少女が言う。


声は変わらない。

冷静で、揺れがない。


遠くで誰かが叫ぶ。


「中に入れ! 触れるな!」


別の方向からは、扉を叩く音。

閉じる音。

何かが拒まれる音。


ユウトは走り出した。


崩れかけた建物の影に滑り込む。

半分だけ残った屋根。


完全ではないが、直撃は避けられる。


呼吸が荒い。


雨は強くなっていく。


外に、人影があった。


ひとり。

立ち尽くしている。


動かない。


ユウトは一瞬、迷う。


「——接触は推奨されません」


少女が言う。


「皮膚への影響は不明ですが、有害である可能性が高いです」


正しい。


間違っていない。


ユウトは、息を整える。


そして——


外へ出た。


腕で顔を庇いながら、数歩。

距離は短い。


その人の手を掴む。


熱い。

いや、冷たいのかもしれない。よく分からない。


引く。


抵抗はなかった。


建物の中へ引き入れる。


雨が背中を打つ。

じり、と嫌な感触が残る。


中に入った瞬間、音が少し遠くなる。


その人は、何も言わない。

ただ、座り込む。


ユウトも壁にもたれる。


息が整わない。


少女がこちらを見ていた。


琥珀色の瞳。

わずかに揺れているようにも見える。


「その行動は、合理的ではありません」


静かな声。


ユウトは笑わなかった。


ただ、短く答える。


「……知ってる」


雨の音が続く。


その時だった。


奥の暗がりで、何かが動いた。


小さな影。


ゆっくりと、こちらに近づいてくる。


猫だった。


細い体。

汚れている。

だが、目ははっきりしている。


そして——


尾の先だけが、わずかに光っていた。


火のように。


揺れる、小さな橙色。


猫は立ち止まる。


ユウトを見るでもなく、少女を見るでもなく、

ただ、その場にいる。


外では黒い雨が降り続いている。


その中で——


その小さな光だけが、消えなかった。


少女が、わずかに首をかしげる。


「……未確認の生体反応です」


猫は答えない。


ただ、静かに座る。


尾の火が、ゆらりと揺れる。


誰も説明しない。


誰にも分からない。


それでも——


そこに、確かに存在していた。

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