90 見せばやな 雄島の海人の 袖だにも 濡れにぞ濡れし 色は変はらず
見せばやな 雄島の海人の 袖だにも 濡れにぞ濡れし 色は変はらず
殷富門院大輔 (平安時代の女流歌人。後白河天皇の皇女・殷富門院に仕えた)
若者訳
ねえ、ちょっとこの袖見てよ。
雄島の漁師さんなんてさ、海で毎日仕事してるから、袖なんかそりゃもうビッショビショなわけ。
「うわ、めっちゃ濡れてるじゃん!」
……って思うでしょ?
でも、色、全然変わってないの。
海水であれだけ濡れても平常運転。
ところが私の袖はどうよ。
恋で泣きすぎて、ただ濡れただけじゃない。
涙がもはや血!
結果、
「袖の色まで変わりました。」
……海人さん、あなたの袖、強すぎない?
こっちは恋ひとつで染色加工まで入ったんですけど。
だからお願い。この袖を見て。
「どれだけ好きだったんだよ」
って、ちゃんと分かって。
海人の袖が海水で濡れるなら、私の袖は恋で人生ごと濡れてますw
現代語訳
あなたにお見せしたいものです。
恋の悲しみで血の涙に濡れ、色まで変わってしまった私の袖を。
あの雄島の漁師の袖でさえ、海水にひどく濡れているのに、色は変わらないのですから。
この歌は、源重之の「松島や 雄島の磯に あさりせし 海人の袖こそ かくは濡れしか」という歌を踏まえた本歌取り。
源重之の歌では、松島の雄島で漁をする海人の袖が、海水でひどく濡れている様子を、自分の涙で濡れた袖になぞらえている。
殷富門院大輔はこの趣向をさらに発展させ、
「雄島の海人の袖でさえ、海水で濡れに濡れているのに、色は変わらない」
と詠んだ。
そして、“自分の袖は、恋の悲しみで流す涙によって濡れるだけでなく、「血の涙」に染まって色まで変わってしまった”、という恋の強い悲しみを表現。
この歌は『千載和歌集』にも収められている。
特定の恋愛事件を直接詠んだというより、歌合で恋を題として詠まれた歌と考えられる。




