86 嘆けとて 月やは物を 思はする かこち顔なる わが涙かな
嘆けとて 月やは物を 思はする かこち顔なる わが涙かな
西行 (平安時代の歌人、僧)|西行法師
若者訳
おい月。
そんなにエモい顔して、『さあ、泣きなさい』みたいな空気出すなよ。
……いや、違う。
俺が泣いてるのは月のせいじゃない。
あの人のこと思い出しちゃっただけだ。
なのに涙が止まらん。
……まあでも、
『月が綺麗すぎて泣いちゃったんだよね』
ってことにしとくか。
月、共犯な。
俺の恋の涙まで
引き受けてもらおうじゃないか。
――西行法師、月を見ながら
恋の涙を月になすりつけるの巻(笑)
現代語訳
嘆き悲しめといって、月が私に物思いをさせるのだろうか。いや、そうではない。
本当は恋の悩みで流している涙なのに、まるで月のせいであるかのような顔をしている、私の涙だなあ。
この歌は、『千載和歌集』に「月前の恋」という題で収められている。
西行法師が月を眺めていると、自然に涙がこぼれてきた。
しかし、その涙は月の美しさや寂しさのためではなく、恋しい人を思う気持ちから流れたもの。
そこで西行は、まるで「月を見て悲しくなったから泣いている」とでもいうように、自分の涙を月のせいにしているような表情を「かこち顔」と表現した。
つまりこの歌は、月をきっかけにして、隠しきれない恋の悲しみを表した歌なのだ。




