77 瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の われても末に 逢はむとぞ思ふ
瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の われても末に 逢はむとぞ思ふ
崇徳天皇|崇徳院
若者訳
岩『ここ通行止めでーす』
川『マジか』
岩『別々に流れてくださーい』
川『了解』
・・・しばらく後・・・
川A『あっ』
川B『あっ』
川A『久しぶりw』
川B『結局また会うんかいw』
川=作者『ほら見ろ。俺らもこうなる。ラブは合流する未来しか見えない!』
現代語訳
川の流れが速いため、岩にせき止められた急流が二つに分かれても、やがてまた一つになるように、私たちも今は離れ離れになっていても、いつかきっと再び逢おうと思う。
この歌は、恋人同士が何らかの事情で離れ離れになったときの切ない思いを詠んだ恋の歌。
川の流れが速い場所では、水が岩にぶつかって二つに分かれてしまう。
しかし、その水は下流へ行けば再び一つになる。
作者はその様子を恋人たちに重ね、
「今は別れなければならなくても、いつか必ず再び逢えるはずだ」
という強い願いと希望を表現した。
当時の貴族社会では、恋愛は家柄や立場の問題によって自由にならないことも多く、会いたくても会えない恋が多々あった。
この歌には、そうした障害に負けない一途な愛情が込められている。
また、作者の崇徳院は後に政治的な争いで敗れ、都を追われて讃岐へ流されるという悲劇的な運命をたどった。
そのため後世には、
「恋人との再会を願う歌であると同時に、失った都や人生との再会を願う歌にも聞こえる」
と解釈されることがある。




