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第5章 不幸なお姫様だわ、私。デートの行き先が、王都だった。

「姫様、殿下がお待ちでございます」


食事が終わった頃合いを見計らって、レックが微笑んだ。

まるで恋文を届ける使者のような顔だった。

……なんでそんな顔してるのよ。

心の中で、素の声が呟いた。


天幕の外に出ると、レオスがいた。

野外用の簡易なベンチに座って、のんびりお茶を飲んでいた。

白い軍装のまま。

返り血一つないまま。

戦場の跡地で、お茶を飲んでいた。


私は言葉を失った。

ち、ちょっと待って。

心の中で、素の声が騒いだ。

のんびりしすぎじゃない?

戦場の跡地よここ?


レオスが顔を上げた。

微笑んだ。

手を振った。

合図だ。

レックが一歩前に出た。


「姫様」


「何だ」


「殿下は、デートに誘っておいでです」


「……は?」


「デートでございます」


「聞こえた」


聞こえたが、理解が追いつかない。

で、デート?

心の中で、素の声が固まった。

デートって、あの、デート?


「どこに」


「ニーゲルスでございます」


私は固まった。


「……ヴァルハラ王国の、王都ではないか」


「さようでございます」


「侵攻するのか」


「いえ」


レックは真顔だった。


「すでに王国は我が帝国に降っております」


「降った? いつ」


「今回の戦いが起きる前から、王国は降伏の使者を帝国に送っておりまして」


私は瞬いた。


「……戦いが、起きる前から?」


「はい」


「では、この戦は」


レックは少し間を置いた。

言いにくそうだった。

だが、言った。


「何もせずに降ると、国内の世論が難しくなります。形だけでも戦って負けた、という体裁を整える必要があったのだと思われます」


沈黙。

風が吹いた。


「……つまり」


私は静かに言った。


「私は、最初から生贄だったのか」


「いえ、決してそのような——」


「私は命をかけて戦ったのだぞ」


声が、出た。

思ったより、大きかった。


「三年だ。三年間、戦い続けた。部下が死んだ。血を流した。それが全部、形だけの話だったと言うのか」


レックは口を閉じた。

何も言えない顔だった。

……そうよね。

心の中で、素の声が震えた。

言えるわけないわよね。

私、ずっと本気だったのに。

ずっと、本気で。

目の奥が、少し熱くなった。

泣いてたまるか。


「こんなバカにされ方があるか」


私は剣の柄を握った。

抜かなかった。

抜いてどうする。


だが、握らずにはいられなかった。

レックが困った顔でレオスに視線をやった。


レオスは立ち上がった。

お茶を置いて。

ゆっくりと、私の前に来た。


「ニア」


「……ハルニアだ」


「ニア」


私はレオスを見た。

レオスは微笑んでいなかった。

珍しい。

真顔だった。


「これから、王都に行こう」


「侵攻か」


「違う」


「では何だ」


「貴女をバカにした連中の顔を、見に行くのだ」


私は黙った。


「虜囚として連れて行くのか」


「違う」


レオスは首を振った。


「私はあなたを虜囚になどしない。側にはいてもらう。だがそれが守られる限り、貴女は私の客人だ」


「事情はどうあれ、負けたのは王国だ。虜囚であろう」


「皇帝陛下は、王国に関する取り決めの一切を余に任せると仰せだ」


レオスの目が、静かだった。


「王都まで行って、姫の気が治まらぬというのであれば」


少し間を置いた。


「城の上から下まで、全部狩っても構わぬ」


「……何を言っている」


ち、ちょっと待って。

心の中で、素の声が爆発した。

城ごと狩っても構わぬって、さらっと言ったわよね?

ぬいぐるみ買ってあげる感覚で言ったわよね?

な、なんなのよそのスケール感は!


「これはデートだ、姫」


レオスは微笑んだ。

また、あの静かな目に戻っていた。


「貴女の好きにすればよい」


好きにすればよい。

城ごと狩っていいと言いながら、好きにすればよいと言っている。

この男は。

この男は本当に。


……なんなのよもう。

心の中で、素の声が、少し笑いそうになった。

笑ってどうするのよ私。

怒っていいのよここは。


「……お前は、正気か」


「至って正気だ」


「城ごと狩るのが、正気か」


「貴女が望むなら」


私は天を仰いだ。

レックが小さく咳払いをした。

一つだけ。


「姫様」


「何だ」


「馬の準備が、整っております」


準備が整っている。

最初から、行くつもりだったのだ。

私が怒ると、わかっていたのだ。

私は剣の柄から手を離した。


「……デートとは、なんだ」


「共に出かけることでございます」


「捕虜が、皇太子と」


「客人が、殿下と、でございます」


言葉が違う。

だが。

私はレオスを見た。

レオスは待っていた。

答えを急かさない。


ただ、待っていた。

三年間、待っていたように。

……ずるいわよそれ。

心の中で、素の声が小さく言った。


「……行くだけだ」


「もちろんでございます」


「城を狩るかどうかは、私が決める」


「姫様のご随意に」


「わかった」


私は歩き出した。

馬の方へ。

王都の方へ。

三年間、私を生贄にした父と兄の顔を見に。


レックが後ろでそっと息を吐くのが聞こえた。

ご苦労なことだ。

レオスが隣に並んだ。


「ニア」


「ハルニアだ」


「機嫌が直ったら、教えてくれ」


「直らないかもしれないぞ」


「構わない」


「なぜ」


レオスは少し間を置いた。


「怒った顔も、美しい」


……なんなのよもう。

心の中で、素の声が静かになった。

怒った顔も、美しい。

返り血まみれの私に、花を見た男が。

今度は、怒った顔も美しいと言う。


不幸なお姫様だわ、私。


デートの行き先が、王都だった。

しかも城ごと狩る許可が出ている。

なんなのよもう。


少しだけ、泣きそうだったのは。

怒りのせいだけじゃない気がして。

それが一番、不幸だわ。

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