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第3章 不幸なお姫様だわ、私。命がけの交渉が、一言で終わった。

天幕は、静かだった。


広い天幕だ。

中央に卓がある。

椅子が二脚。

向かい合っている。


片方にレオスが座っていた。

白い軍装のまま。

返り血一つない。

私は甲冑を着ていた。

剣を差していた。

捕虜なのに。


……返してもらったんだけどね。

心の中で、素の声が呟いた。

なんなのよほんとに。


「座れ」


レオスが言った。


「結構だ」


私は立ったまま言った。

ここで座ったら負けな気がした。

何にかはわからないけれど。

レオスは何も言わなかった。

ただ、私を見た。

静かな目だ。

急かさない。

待っている。


私は息を吸った。

覚悟を、決めた。


「私は虜囚として降ろう」


声が、通った。


「自害しろと言われれば、する」


レオスの目が、動いた。


「だが」


私は続けた。


「部下たちは、どうか国に帰してほしい」


沈黙。

天幕の外で、風が吹いた。

旗が揺れる音がした。

レオスは私を見ていた。

ずっと見ていた。

そして。


「愛らしいな」


微笑んだ。

私は固まった。

愛らしい。

今、愛らしいと言ったか。

ちょ、ちょっと待って。

心の中で、素の声が騒いだ。

私、今すごく真剣な話をしたわよね?

命がけの話をしたわよね?

愛らしいって何?

なんなのよその反応は!


「……聞こえなかったか」


辛うじて、戦場の口調で返した。


「私は自害も辞さないと言った」


「聞こえた」


「ならなぜ」


「愛らしいと思った」


「だから愛らしいと言ったのか」


「そうだ」


この男の思考回路が、わからない。

わからないのに。

な、なんで少し顔が熱いのよ私。

落ち着きなさい。

今は交渉の場面よ。

レオスが手で合図した。

背後に控えていたレックが、一歩前に出た。


「ご心配なく」


真顔だった。


「殿下は、姫様にしかご興味おありになりません」


「……それは」


「すでに、姫様指揮下だったヴァルハラ軍は本国への帰途についております」


私は瞬いた。


「……いつの間に」


「昨夜のうちに」


「なぜ」


「殿下が、姫様が部下を案じるだろうと」


私はレオスを見た。

レオスは微笑んでいた。

穏やかな顔だ。

最初から、わかっていた顔だ。

昨夜のうちに。

私が、そう言うと知っていたのか。


三年、見ていたから。

……ずるいわよそれ。

心の中で、素の声が小さく言った。

全部わかった上で待ってたなんて。

ずるいじゃない。


「座れ」


レオスがもう一度言った。

今度は、私は座った。

抵抗する気力が、少し抜けた。

卓を挟んで、向かい合う。

レオスの目が、静かだ。


「ニア」


「……ハルニアだ」


「ニア」


「聞こえているか」


「聞こえている」


聞く気がないだけだ。

この男は。

もう、なんなのよ。


「一つ、聞いていいか」


「どうぞ」


レオスは少し間を置いた。


「自害は、したくないだろう」


「……当然だ」


「ならするな」


「条件次第だ」


「条件はない」


私はレオスを見た。


「条件がなければ、何故私を連れてきた」


レオスは答えなかった。

ただ、微かに。

また微笑んだ。

レックが小さく咳払いをした。

一つだけ。


「姫様」


「何だ」


「殿下は、ただ姫様と共にいたいと、それだけでございます」


沈黙。

私はレックを見た。

レックは真顔だ。

私はレオスを見た。

レオスは微笑んでいる。

……共にいたい。

それだけ。

ただ、それだけ。

な、なんなのよそれ。

心の中で、素の声が忙しくなった。

それって、つまり、どういう意味?

いや、わかるけど。

わかるけど、わかりたくないというか。

落ち着きなさい私。

落ち着いて。


「……わかった」


「何が?」


「側にいればいいのだろう」


レオスの目が、少し柔らかくなった。

気のせいかもしれない。

気のせいじゃないかもしれない。


「ニア」


「ハルニアだ」


「ありがとう」


ありがとう。

この男が、ありがとうと言った。

捕虜に。

私に。


不幸なお姫様だわ、私。


命がけの交渉が、

愛らしいなの一言で終わった。

しかも部下は、

昨夜のうちに帰されていた。

なんなのよもう。

心が、少しだけ、

おかしくなりそうだ。

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