第2章 不幸なお姫様だわ、私。捕虜なのに剣を返された。
天幕は、広かった。
私に与えられた天幕が。
捕虜に。
天幕が、ある。
しかも広い。
……なんなのよこれ。
心の中で、素の声が漏れた。
捕虜の扱いじゃないわよね?
ふかふかの寝台まであるじゃない。
私はとりあえず天幕の中を確認した。
寝台。
卓。
椅子。
水差し。
全部、ある。
全部、きれいだ。
「失礼します、姫様」
従者が入ってきた。
敵国の従者だ。
年若い。
丁寧だ。
馬鹿丁寧だ。
両手に、甲冑を抱えている。
私の甲冑だ。
「……何をしている」
「お返しします」
「返す?」
「手入れが終わりました」
私は甲冑を見た。
磨かれている。
返り血の跡が、ない。
全部、落ちている。
て、手入れ?
心の中が、忙しくなった。
捕虜の甲冑を手入れして返すの?
どういう扱いなの、私?
「誰が命じた」
「殿下です」
殿下。
レオスだ。
私は甲冑を受け取った。
慣れた重さが、戻ってきた。
「……剣は」
「こちらに」
従者が剣を差し出した。
私の剣だ。
鞘ごと。
「返す気か」
「はい」
「捕虜に、帯剣を許すのか」
従者は少し間を置いた。
言いにくそうだった。
だが、言った。
真顔で。
「殿下が、姫様には必要だと」
「理由は」
また間があった。
従者の目が、微妙に泳いだ。
「……正直に言え」
「はい」
従者は咳払いをした。
一つだけ。
「殿下は、姫様は甲冑姿が一番美しいから、と」
沈黙。
私は従者を見た。
従者は真顔だ。
作り話ではない。
本気で言っている。
ちょ、ちょっと待って。
心の中で、素の声が爆発した。
甲冑姿が美しいから帯剣を許す?
それが捕虜に剣を返す理由なの?
な、なんなのよその理屈は!
「……それが、理由か」
辛うじて、戦場の口調で返した。
「はい」
「帯剣を許す理由が」
「はい」
「捕虜に」
「はい」
私は剣を受け取った。
腰に差した。
慣れた重さが、腰に戻った。
「殿下は、正気か」
「至って正気です」
「捕虜に剣を返す君主が、正気か」
「姫様に関しては、殿下は独自の判断基準をお持ちで」
独自の判断基準。
外交的な言い方だ。
だが意味はわかる。
私は天幕の外を見た。
レオス軍の旗が、風に揺れている。
勝った側の旗だ。
「一つ聞く」
「はい」
「お前の名は」
「レックと申します」
「レック」
「はい」
「殿下は、いつから私を知っていた」
レックは間を置いた。
今度は、長い間だった。
「……戦場で最初に対峙した時から、と伺っております」
「それはいつだ」
「三年前の、春の戦です」
三年前。
私は記憶を辿った。
三年前の春。
初めて戦場に出た年だ。
「……あの時、殿下はいたのか」
「はい」
「私は気づかなかった」
「殿下は、遠くからご覧になっていたそうです」
遠くから。
三年間。
三年間も?
心の中で、素の声が静かになった。
三年間、遠くから見ていた。
返り血まみれの私を。
白い花を、夢見ながら。
な、なんなのよそれ。
「不幸なお姫様だわ、私」
「姫様?」
「独り言だ」
レックは黙った。
賢い従者だ。
私は剣の柄を握った。
慣れた感触だ。
三年前から、この男は私を見ていた。
戦場で。
返り血まみれの私を。
不幸なお姫様だわ、私。
三年越しの執着を、
捕虜になって初めて知った。
しかも甲冑を磨かれて、
剣まで返されて。
なんなのよ、もう。




