第11章 不幸なお姫様だわ、私。捨てた側が、青ざめた。
ニーゲルスの城門は、開いていた。
当然だ。
帝国の皇太子が来るのだ。
閉める選択肢など、ない。
城門の前に、人が並んでいた。
父が、いた。
兄が、いた。
重臣たちが、いた。
全員が、頭を下げていた。
……頭を下げている。
心の中で、素の声が静かになった。
私を捨てた人たちが。
私の前で、頭を下げている。
「ニア」
レオスが静かに言った。
「……わかっている」
私は馬を進めた。
城門をくぐった。
父が顔を上げた。
その顔が、こわばった。
兄が顔を上げた。
その顔が、青ざめた。
そうだ。
私が、いる。
捨てたはずの私が。
帝国の皇太子の隣に、いる。
甲冑を着て。
剣を差して。
堂々と、いる。
「ハルニア」
父が言った。
しわがれた声だった。
「……久しいな、父上」
私は言った。
戦場の口調で。
「無事で、よかった」
「おかげさまで」
父は目を逸らした。
兄は、まだ青ざめたままだった。
レオスが馬を進めた。
私の隣に、並んだ。
父が、レオスを見た。
「殿下、此度は——」
「一つ、聞いていいか」
レオスが言った。
静かな声だった。
「はい」
「この方を、戦場に置いていったのは、そちらの判断か」
父は黙った。
兄は俯いた。
答えは、沈黙の中にあった。
レオスは父を見たまま言った。
「そうか」
それだけだった。
それだけなのに。
城門の前の空気が、冷えた。
「姫」
レオスが私を見た。
「城を、狩るか」
私は父を見た。
しわがれた父を。
老いた父を。
私を捨てた父を。
「……いらない」
私は言った。
「こんなものは、もういらない」
父が、小さく息を呑んだ。
兄が、俯いたまま動かなかった。
私は城を見た。
生まれた城を。
端っこで育った城を。
「殿下」
「何だ」
「一つだけ、やりたいことがある」
「どうぞ」
私は馬を進めた。
城の中庭へ。
昔、一人で剣を振っていた中庭へ。
誰も来なかった中庭へ。
石畳の真ん中に立った。
見上げると、空が広かった。
ヴァルハラの空だ。
知っている空だ。
でも、今日は違って見えた。
「……もういいわ」
心の中ではなく、声に出た。
素の口調で。
「もう、十分よ」
誰に言ったのか、わからなかった。
父に、かもしれない。
兄に、かもしれない。
三年間戦い続けた自分に、かもしれない。
レオスが馬を降りた。
中庭に入ってきた。
私の隣に、立った。
「ニア」
「……ハルニアだ」
「終わったか」
私は空を見たまま言った。
「……終わったわ」
素の口調で。
レオスは何も言わなかった。
ただ、隣に立っていた。
父が、中庭の入り口に立っていた。
兄も、いた。
重臣たちも、いた。
全員が、私たちを見ていた。
私はレオスを見た。
目の下に、まだ隈があった。
一睡もしなかった男が、隣に立っていた。
私は父を見た。
「父上」
「……何だ」
「一つだけ、申し上げることがある」
父は黙って待った。
私は息を吸った。
「私は」
戦場の口調と、素の口調が、混ざった。
「この方の妻になる」
城門の前が、静まり返った。
父が、目を見開いた。
兄が、顔を上げた。
重臣たちが、ざわめいた。
レオスが、私を見た。
静かな目で。
いつも通りの、静かな目で。
「ニア」
「……ハルニアだ」
「ありがとう」
私は前を向いたまま言った。
「……返事が遅れた」
「いや」
「一睡もしなかったくせに」
「……レックが喋ったか」
「喋りすぎだぞ、あの従者は」
レオスは微かに笑った。
私も、少しだけ笑った。
父の前で。
兄の前で。
捨てた側の前で。
笑った。
不幸なお姫様だわ、私。
返事が、ざまぁになった。
しかも、
笑ってしまった。
捨てた側の前で。
なんなのよもう。
でも。
悪くなかった。




