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第12章 不幸なお姫様だわ、私。春告げの花の意味を、知った。

ニーゲルスを出たのは、翌日だった。


父は何も言わなかった。

兄も何も言わなかった。

言えなかったのだと思う。

捨てた娘が、帝国の皇太子妃になる。

言える言葉など、ない。


「姫様」


馬を進めながら、レックが言った。


「何だ」


「お顔の色が、よくなりましたね」


「……そうか」


「はい。ニーゲルスに入る前より、ずっと」


私は前を向いたまま言った。


「物量攻撃のせいだ」


「左様でございますか」


「それだけだ」


「はい」


レックは一拍置いた。


「おめでとうございます、姫様」


真顔だった。

いつも通りの、真顔だった。

だが。

目が、笑っていた。


「……うるさい」


「申し訳ございません」


「喋りすぎだぞ、お前は」


「よく言われます」


「誰に」


「殿下に、と姫様に、と、最近は自分でも思っております」


私は小さく笑った。

また笑ってしまった。

レオスが隣に並んだ。

目の下の隈が、少し薄くなっていた。

少しだけ、眠れたのかもしれない。


「ニア」


「ハルニアだ」


「一つ、聞いていいか」


「どうぞ」


「この国の言葉で、ニアとはどういう意味か、知っているか」


私は固まった。


「……春告げの花、だろう」


「それだけか」


「それだけでは、ないのか」


レオスは少し間を置いた。


「我が国では、ニアの花は花嫁を象徴する」


私は、固まった。

完全に、固まった。

ち、ちょっと待って。

心の中で、素の声が爆発した。

花嫁を、象徴する?

最初から、ニアって呼んでたの?

三年前から?


「……最初から、知っていたのか」


「ああ」


「三年前から、ニアと呼んでいたのか」


「ああ」


「つまり、三年前から」


「ああ」


即答だった。

三つとも、即答だった。

私は前を向いた。

道が、続いている。

帝国への道が。

レオスの国への道が。


「……レック」


「はい」


「お前は、知っていたか」


「はい」


「なぜ言わなかった」


「お聞きになりませんでしたので」


「聞けるか、そんなこと」


「左様でございますね」


私は空を見た。

青い空だ。

ヴァルハラの空より、少し高い気がした。


「ニア」


「……ハルニアだ」


「春になったら」


「何だ」


「ニアの花が咲く」


「……そうか」


「一緒に見てほしい」


私は前を向いたまま言った。


「……小さい花なのか」


「ああ」


「白いのか」


「ああ」


「冬が終わる頃に咲くのか」


「ああ」


私は少し間を置いた。


「……見てやってもいい」


レオスが、微かに笑った。

気配でわかった。


レックが、小さく息を吐いた。

安堵の息だった。


私は道を見た。

続いている道を。

これから歩く道を。

妾腹で、捨て駒で、端っこで育った私が。

春告げの花嫁として、歩く道を。


不幸なお姫様だわ、私。


花嫁を象徴する名前で、

三年間呼ばれていた。

しかも。

春になったら、一緒に見ようと言われた。

なんなのよもう。

悪く、なかった。

全部。

悔しいくらい、悪くなかった。

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