55 報告
城の中に入り、その真っ白い空間を抜けていく。入る道は今までと同じ道順であったが、豪華な装飾もなく、メイドがせわしなく動いているいつも通りの日常のお城がそこにあった。
王室に入ると、案の定奥の部屋へと案内された。しかも全員。
そして今私たちは横並びで長椅子や椅子に座っていた。だが数が足りなかったため、予備でおいてあった他の部屋の椅子も持ってきてもらった。
「さて、説明してもらおうか。事の顛末を。」
顎の下で手を組み、笑顔で私に話しかけてきている王様は、とても恐ろしいオーラを放っていた。
やはりお怒りである。
この後私がどうなるのか想像するとまたおかしくなってしまいそうだ。
しかし、ここはパニックになるような場面でもないし、なってしまったらより事態をややこしくしそうであった。
私はつばを飲み込んだ。
あまりの緊張で冷や汗まで出てしまって、背筋もピンと伸ばして体をガチガチに固めて緊張していた。
そのまますぐに、私は事の顛末をすべて話した。
村に入ったところから、村の掟を聞いて、宿に向かい、その後時間が空いて油断をし、それぞれ単独行動をしてしまったこと。そしてそのあとそれに気づいて隣にいる冒険者を集めたこと。村中を探し回り、跡をつけて運んでいる馬車を追っては破壊してまで取り返そうとして、寸前のところで霧のような謎の生物に彼女を奪われてしまったことまで。ざっくりとだったが、その話はとても長くなってしまい、30分も続けて話していた。
その間、王様は姿勢を崩しながら様々表情を切り替えて行って、動くたびに私の心臓が口から飛び出そうなほど跳ね上がった。
途中吐き気も感じたが何とか我慢して、すべて話し終えると王様は深く納得して大きく頷いた。
「以上で、ございます……」
俺は言い終えることには息も絶え絶えで、体中が熱に包まれていた。
「なるほどな。事細かく覚えていて、とても助かるよ。」
返事も喉元で止まり、静かに頷くことしかできなかった。
最初から残っている怒りのオーラが私の頭や胸をナイフで突き刺してくるように感じる。
しばらくそのオーラは続き、沈黙の間が続いていく。王様はおそらく状況を頭の中で整理しているのだろう。これ以上口を出すこともできずに私はその場で固まってしまった。背中の筋肉が重力に負けそうで、少しずつ痛んでいくのがわかる。
気持ちを少しでも落ち着けるために他のところに意識を向けてしまった。
今は、またマンダが心配になっている。
今頃何をしているのだろうか。
どうか無事であるだろうか。
奴隷として今はどんな生活をしているのだろうか。
大抵どの想像も「最悪」なものであった。しかしそれが私の不安を押し開き、パニックへとつながっていくことはなかった。
そんなことをもいながら待っていると、やっと決断が出たのか、息を吸いながら、王様はこちらに向けてまっすぐな視線を向けた。
「まず、お前は戦犯であることは間違いないが、それを取り返そうと努力はしたのか。人間を殺してまで。」
私は「ええ」とうなづくしかなかった。いつもの私ならここに一言つけ足すであろう。
「そこは、まぁ少し強引だと思うが、評価しよう。お疲れ様。……んで、この後の件だが、私としては、最後にして最大の国交を開く。エーテルとの最終交渉に一気に踏み込むつもりだ。ってお前らが来る前に考えていた。」
「踏み込む……」カイロがそうつぶやいた。
「そうだ。踏み込んでいく。言わなくてもわかると思うが具体的には、本格的な移住をさせてもらうのだ。労働力としてこちらの民を送るから、こちらも人間の労働力を貰う。そういう対価だ。だがしかし相手は獣人など役立たずだと思っていて、とても嫌っているらしい。そこが厄介な点だ。」
「なるほど」
「んでだ。そこで、お前に手伝ってほしい。それとあなたも。」
その王様が指したのは私と、なんとゲーシュさんであった。
ゲーシュさんはおそらくこの件に何も関係ないはずであるが、一体どういうことなのだろうか。
「わ、私もですか?」
本人も相当戸惑っていた。
「ああ、名前は?」
「げ、ゲーシュ・クルーと申します。……申し訳ありません、何のために私は行くのでしょうか?」
自身に指を指して、緊張で声が裏返ってしまいながらもなんとか質問をした。
「善良な市民代表として一緒に同行してほしい。」
「ぜ、善良な市民代行?」
「何回も同じこと言わせるなよ?そうだ。……まぁそりゃ戸惑うか、急に指名したら。」
そう王様は言ってはいたが、顎をついて、狙い通りといった笑顔であった。
「ごめんなさい、しかし、な、なぜ私が……?」
「確か、カイラと仲良いだろ?それにマンダとも。一番会っても問題ないペアかなと思って。マンダも翻訳係としてその場には来るだろうし、もしそこに知らない人が来たら警戒しちゃうだろ?」
「な、なるほど……」
そもそも善良な市民代行とか国交に必要だろうか。と思うが、王様が言うんだ。何か狙いがあるのだろう。と良く考えた。
「ほぼマンダを安心させるためにやることだけどな。知っている人がいたほうが彼女も少し安心するだろう。しかしそれ以外もあるから、なんとなく覚悟はしとけよ」
「は!」
ゲーシュさんはわかりやすく緊張した面持ちで背筋をピンとして、伸びきっている手を額にぶつけては軽い音を立てていた。
王様はその姿を見て少し微笑んだ。
「当たり前だと思うが、ガチガチだな。おい、そこのメイド、誰だっけ」
「アルシャでございます」
「アルシャ、あれやってあげて」
そう王様は言うと、少しアルシャという鼻の長い犬獣人のメイドは考え、あれかと思いついた。私はそのメイドに気づかずに驚いてしまった。
「あれですか……わかりました。ではゲーシュさん、ちょっとこちらへ」
いつの間にいたそのアルシャに驚きつつも、ゲーシュさんは立ち上がってソファから少し離れたところに誘導された。
「では、ここで背中合わせになってください」
言われるがままに背中合わせになるが、明らかに身長があってないように見える。そこでアルシャさんはしゃがみこみ、ゲーシュさんの高さに合わせた。
「では、腕を出してください。」
「怖いんですけど……」
「大丈夫です。寝覚めの運動みたいなものですので」
イマイチ納得のできない表情をしながらも、ゲーシュさんは腕を横に伸ばしては、アルシャさんがそこに腕を組む。そしてそのまま体を持ち上げられ、アルシャさんは前に倒れた。
「あいでででででででででででで!!」
そのとたんゲーシュさんの悲鳴が響いた。そこに容赦なくアルシャさんは弾みを入れた。
それを見て、王様は笑っていて、他は戸惑っていた。
「あっはっは!それ痛いだろう。だが終わったら背中が楽になるぞ!あと少しだ」
その謎の光景に、私たちの緊張は少しずつほどけていった。そして私たちも笑いそうになってしまったが、我慢してそれを見ていた。
やっと終わったと思うと、ゆっくりと降ろされて、拘束が解かれた。本人はへとへとで若干ふらふらしていた。
「ふぅ……やっと終わった……」
「どうだい、体が楽になっただろう?」
「背中が切れるかと思いましたよ!」
「はっはっは!それで十分。さ、戻りたまえ。」
大笑いされて不服そうなまま、素直に席に戻った。
「んじゃあ話を戻そう。といってもほぼ終盤ではあるんだがな。労働力を示すにはどうするか悩んでて、そこでそれぞれのアイデアを聞きたい。」
また先ほどのように顎の下で手を組んでは、真剣なモードに入ったようだ。
「労働力を示す……」
「実際の実績を見せる、というのはどうでしょう」
カイロがそういう。
「それは過去に何回か考えた。んだが、あいにく資料が足りない。カイラと一緒に行ったやつらの数人がやってくれていたはずなのだが、途中から途切れてしまってな」
「本当ですか……なぜなんでしょう」
「さぁ。だが今はどうでもいい。だからそれ以外のことを示さないと。」
そこで私はピン、と一つ思いついた。
「いえ、王様。私がいます。」
自信をもって、胸を叩いて自信の存在を知らしめた。
「ん……あっそうじゃん。いるやん、書類じゃないけどエーテルでの獣人が活躍できる証明をできる人が。私としたことが、なぜ忘れていたのだ……」
王様は頭を抱えてしまった。少し気に障ってしまっただろうか。
「じゃあカイラ、この会議はお前に賭けてもいいか?」
「は、はい。私も奮闘します。」
私は責任の重さを感じて、それがプレッシャーになるどころかわくわくしていた。今までもこういう責任の重い仕事をしてきたので、かなり場数には自信があったのだ。
「うん、じゃあよろしく。……それと、ついでにマンダとの愛も伝えてやってくれ。あの自慢の長話で」
冗談の事のように言っていたが、今のこの話の流れだと冗談ではないのだろう。だが一体長話癖がほんとに役立つのか疑問に思った。
「え、は、はい。」
「急に思い出して、思ったんだ。最初マンダと来た時のこと、覚えているかい?」
「あっはい、お恥ずかしいことをしてしまっていましたね」
「別に恥ずかしがる必要はないよ。あれは君の大事なスキルだ。そのスキルも国交で役立つと思うんだ。」
私はそこで「そうなんですね」と言おうとしたが口が止まった。
「ということだ。他の皆は特にない、ただカイラが冒険依頼をしたらしいから、ついでに一緒に来てもらった。それと、この話は一部公開する。それ以外は公開しないようにお願いしますね。」
そこにいた皆がそれぞれの返事をした。それを見て王様は満足そうだった。
そしてその会議は一旦解散となった。またすぐ駆り出されるが、それまで準備をしてほしいとのことだ。
私は獣人の有能さを証明できるものと、マンダを私の元に戻してもらえるくらいの愛を示すことだ。
ゲーシュさんは一般市民代表としてその手伝いとかをする。一番緊張し、一番もどかしい立場を任されてしまったのが気の毒に思えた。




