53 再開
早歩きで人混みを掻い潜りながら歩いていると、途中泊まった宿の前でアラさんと出会った。
あら、と声をかけられ、そのまま無視しようとしたが、見つめてくる視線が強く、いつもの癖で返答を返してしまった。
「なんですか?少し忙しいのですが……」
私は少し息が荒くなっていて、甘噛みをしてしまった。
「ずいぶんと大変だって聞きましたよ。噂で、私も手伝いましょうか?」
彼女が動くたびにその大きなものが揺れる。そこに視線が引き寄せられそうになったが何とかこらえた。冷静を保ち、私は返答する。
「いえいえ、そんな。大丈夫ですよ、あなたはあなたの仕事があるでしょう」
「それならすでに宿主には許可は取ってありますわ。みんなマンダさんのことが大好きですので、救いたいのです。ほとんど見ているだけですがね。」
目がキラキラと輝いている。行かせてください!とでも言っているかのようだ。
だがしかし、この件に関係ない人を巻き込むわけにもいかない。アラさんは冒険者でもないし、国に関する職業でもない。なにより戦いもできないであろうと思った。
ここは丁重に断ることにした。
「そうなのか……だが本当に私たちだけで大丈夫ですよ。それに力仕事なので」
するとそこにゲーシュさんが遅れてやってきた。
「何やってんだ、はよ行くぞ!」
と言って私の手を引っ張って行ってくれた。慌ててさよならと言いながらそのゲーシュさんに早足でついて行く。それを見送るアラさんは何も言えずに手だけ振っていた。箒を持っては中に悲しそうに入っていった。
「お気をつけてー!」と手を振ってもらい、それに俺はちょっと返しただけですぐに走り去っていった。
正直手伝ってもらいたかったが、やはりこの事件にあの人は関与しない方がいいだろう。
どうか、平凡な生活を送ってほしいのだ。
道を走っていると、やはりたまに頭の中に嫌な考えが浮かんでくる。
王様は今頃どう思っているのだろうか。この事件のことを噂で聞いてはいるのだろうか。
王様の情報収集能力は伊達じゃない。千里眼で全部見えているのかというくらいお見通しだ。
アラさんにまで噂が広がっているということは、きっと噂として聞いているのかもしれない。そうしたら、きっと怒られるだろうなぁ。優しいから殴らないかもしれないが、少なくとも信頼を失ってしまっただろう。
それに、マンダのことも心配だ。きっと彼女は今頃……。
「いまごろ……」
そう恐ろしいことを考えた途端、足取りが少し重くなった。
なぜか呼吸が急に荒くなって、頭に何かが詰まっていくような感覚がした。
過呼吸で酸欠になりかけていたのだ。
ゲーシュさんが体を叩くが、私はそのまま足取りが重くなって、その場に倒れ込んでしまった。
「おい!大丈夫か!急にどうしたんだ!?」
その様子に気づいた他の人もこちらに視線を集める。
私にとってはその視線が体の中をずきずきと刺してきている気持であった。
お願いだ!どうか見ないでくれ!と今すぐに叫びたくなった。
どうにか過呼吸を止めようと一旦息を止めるが、体が勝手に息を吸い始める。そのうち末端の感覚がピリピリと電気が走ってきたようで、感覚が薄くなってきていた。
カイロがその事態に気づき、駆け寄ってきて、私の頬に優しくふれ、首にも触れた。脈拍を計っているようだ。
「急にパニック症状が……一体どうして」
「わからん!」
カイロはすぐに俺の肩を重そうに持ち上げ、引きずりながらもなんとか少しずつ移動していた。
「とりあえず人に迷惑にならないように、裏路地に連れて行きましょう。手伝ってください!」
パニックになっている私を二人で肩を掴んで持ち上げた。
「立てるか?」と必死に声をかけられながらも、1歩1歩と進んでいった。
どうにか私も足を奮い立たせ、足をピンと立たせることはできるようである。
そして急いで、裏路地へと駆け込み、背中を壁に寄り掛からせて、呼吸がしっかりと通り、感覚が戻っていくのを待った。
喉が渇き、肺が苦しくなる。
腹筋もその影響で痛んできた。
そこで3兄弟が裏路地に入ってきて、トンが私に声をかけた。走ってきたのか、息も荒い。
「おい!何してるんだ……って大丈夫か!?苦しそうにして!」
カイロがそれを制止した。
「大きな声出さない方がいいです。極度のプレッシャーで少し混乱してるだけだと思います。」
「わ、わかった……」
私は、申し訳ないと思いながらも、その息を必死に整えようと、お腹を抑えて息を制限していた。そして少しずつ喋れるようになってきた。
「あ……少し、直って、きた。」
何か言おうとするドンをカイロが制止する。
やはりあっちもあせっているのだろう。
あぁ。申し訳ない。こんな弱弱しい姿になってしまって。
しっかりしなくては、と胸を1回強く殴りつけ、体に衝撃を与える。
今はこんなことをしている場合ではないのに、なぜこんなにも体は拒否をしているのだ。
恐ろしいのもわかるし心配なのもそうであるが、どうした。俺。今まで人生で一度もパニックになったことはないじゃないか!どうして、今頃こんな過呼吸なんかになってるんだ。
自身にとにかく落ち着くように言い聞かせる。また胸を1回たたくと、やっと体中に酸素が回ってきた。そして無事に立ち上がることもできて、足もなんとか万全な状態に戻った。
足を上げても、腕を回しても、何も影響がなくなっていた。
ただ腹筋と胸の痛みは残っていた。
「すまん、直った。ちょっと考えすぎたわ。早く行こうぜ」
そう言ってみんなの元へ向かっていくと、ゲーシュさんに背中を叩かれた。
「心配したぜ。なんもないならよかった。」
「あぁ。城までもうすぐだ。」
また足手まといとなってしまった。また私はすぐに思考を切り替え、王様の元へと走っていこうとした。
そしたら、町の中からざわめきが聞こえた。
それに気が付いて大通りを見ると、王様がたった一人で街中を歩いてきた。護衛もなしに歩いてくるその姿は、勇ましくて、周りの住民を圧倒するようなオーラを放っていた。
しかも服が普段と違っていて、おそらく汚れても良い用の服であろう。
薄汚れた布を首から体にかけて巻き付け、しっかりと固定していた。
「カイラ、久しいな。」
そしてその人は、まるで友達のように優しく声をかけてきた。
私はまた息が苦しくなる。きっと噂を聞きつけた王様が直々に私の事を叱りに来たのだろうと思ってしまったのだ。
だが、近づいてくるその笑顔は、怖いほどに楽しそうで、嬉しそうな満面の笑みであった。
「噂は聞いたよ。城に向かおうか。」
「な、なぜあなた様がこんなところに!?」
後ろの路地裏にいた4人がそれぞれ「王様じゃん」など噂のようにひそひそと話をしていた。
「早く話が聞きたかったもので、来ちゃった、テヘ」
「テヘ、じゃないですよ!」
ははは、と笑うその姿は王様の威厳を感じさせなかった。
まるでこれじゃあほんとに友達である。
しかし事実は、獣人の国の王、ファリア・アーノルド様がそこにいた。




