52 シャワールーム
見られてしまった。
匂い消しとかいろいろな証拠隠滅するのを忘れてしまい、きっとばれてしまったことでしょう。
……正直隠しきるのはかなりきつい。
もういいかな。
人間さん。
いつまでこう「情報」を伝えていけば食料と金はもらえるんでしょ?
人間。私はそれがないと死んでしまいますよ。さっきも蜜柑をつまみ食いしてしまったのですから。
どうなんですか、人間。私を攫っておいて、どうするつもりなのでしょう。
さて、戻りますかね。今晩には城を脱出できればいいのですがね……出来ますでしょうか?
*
カイラたちは森の中へと進み、村も超えて王城へ戻る頃にはもう太陽も下ってしまっていた。
やっと王城が見えてくると安心して皆が膝をついたのを覚えている。
城門に沿って並んでいる受付の列に並んで入ろうとしたが、その血まみれで人間の匂いをつけていた姿は、もちろん槍を向けられた。なので私たちはすぐに身分証明書を出して警戒を解いてもらうと、城門兵たちのシャワールームを貸してもらえることになった。一応名義としては魔物討伐だ。
そこは横並びのシャワーが仕切りなしでただ並んでいるだけで、排水管もすべて丸見えな、タイル張りの古びたシャワールームであった。
カイラは体を洗っている間も、ここまで来ている間も、マンダの件と王の事しか考えていなかった。
王はこの事態をどう判断するのか。
マンダは無事なのだろうか。
とにかくこの二つに挟まれては押しつぶされそうな感じがして、今にも声を出して発狂しそうになっていた。
カイラはもう、精神的限界を感じていたのだ。
ここまで来てくれたゲーシュさん、トントロドンの3兄弟にはとても感謝している。なのでここで私が崩れてしまったらどうする、ととにかく倒れないように頑張っていた。
それを感づいたゲーシュさんが、カイラに声をかける。
「大丈夫か?今にも倒れそうだが」
「あぁ。大丈夫。大丈夫だ。」
ゲーシュさんは体を洗う洗剤を使い、全身を泡で磨いて血の付いた部分を薄くしていた。かなりしつこいようで少し苦戦していた。
「大丈夫ならいいが、無理はするなよ?カイラ。彼女は生きているだ。別に死んだわけじゃない」
「そうだけど、高嶺の花になってしまった。離れ離れにされてしまった。」
「王様にもマンダは生かしてくれっていうんだろ?なら大丈夫だと思うかな。あの王様思考力もあるし、戦闘力だってある、まさに無敵の猫獣人だ。」
「……信頼するしかないのか。」
「あぁ。そうだよ。信じられないなんて言わないよな、大臣として昔から付き合ってるんだから」
「でも最近は実質大臣をやめたようなもんだ。連絡も取ってないし、手紙すら送ってないし送られてもこない。あの時の国交が最後だ。」
「特に大きな問題もなかったし、国交もうまくいってたんだろ?今までは」
「そ、それはそうだが……」
「大丈夫だ。王様が裏切っても、俺らが王様を裏切って殺すさ!……これはさすがに言いすぎた。それに俺らって言うか、少なくとも俺はその位の気持ちだ。お前のことを今までずっと街中とかで見てきたし、久々にファランに来たときも、とても仲が良さそうで、楽しそうで、俺も応援したくなった。人間と獣人が絡んでるのを見てそう直感したのは初めてだ。なにせ今まで人間のことを恐れてみたくないって人もいたし。」
ゲーシュさんは言葉を紡ぎながら時間をかけてもじもじしながら言っていた。俺はそのことを聞いてうれしいと思った。
しかしみられていたとは。
「そんなこと思われてたとは。恥ずかしいな」と言いながら後頭部をかいた。
「何をいまさら言ってんだよ!おもろいなぁ。街中の連中でお前らを見た人たちはみんな仲良いカップルだと思ってるよ。甘酸っぱくて本音が言いあえる理想のカップルさん、ってな!」
あはは、と愛想笑いをすると、ゲーシュさんは一呼吸おいて話した。
俺は顔がひたすら赤くなって、体を洗う速度が若干早くなった。
「とにかく、俺はそれを応援するし、支援する。それだけは変わらんから、安心してや。俺はお前の味方やで」
「ゲーシュさん……」
鼻を突かれ、肩を叩かた。私は鼻の奥が痛み、目が潤んだ。
そこに、ドンもやってきた。まぶしい笑顔で、若干楽しそうでもあった。
「俺も……一緒に応援する。あの、ファランの街中であなたたちを見たことが、私もあった。確か、ホテルを出てきたところで、ずーっと楽しそうに会話をしていて、うらやましいなぁって思った。」
「その話聞いたわ。」と話を耳にしたトロが会話に入ってくる。「相当仲よさそうだってのはわかってた。珍しくドンがしゃべった話がそれなんだ。」
「そうだな。」
トロまでも声だけで入ってきた。後ろで体中についた血を取っている。もうそろそろ全部とれるところだろうか。
「みんな……そんなに私たちって目立っていたのか?」
答えは予想がついているが、念のためというか、確信がしたくて質問をした。
「うん、というか目立つのは必然というか……。」
「あぁ。異種族カップルの中でも異例だしな。みんな夢中だよ」
その瞬間顔が火照って、傍から見ればのぼせているようにしか見えないくらいに赤くなってしまった。
しかし今になって冷静になって考えてみれば、(冷静にならなくても考えてみれば)言っている通り、目立つのは必然であった。おそらく今の世界に1組しかいない異色のペアだ。
その姿を想像してみると、かなり面白い。
「それにあんなにイチャイチャしてたら、だれでも見るだろ。そんなの」
「ほほえましかった。」
いじるように誉め言葉を畳みかけてくる。すぐに風呂を出たい気持であったが、まだ洗剤を使っていないため血が全然取れない。とくに根っこの部分が取れにくい。
少ししてそのいじりが止み静かになったため、話を入れ替えることができた。
「それにしても全然取れないな……」
「毛根を洗うイメージだと取れやすいですよ」
そうアドバイスしてくれたのは、カイロであった。
お手本を見せてくれたのでその通りにやってみると、ほんとにきれいに落ちていく。毛根を掘るように意識しているらしい。
そのまましばらく血が流れ落ちるまで洗って、体を拭いてすっきりしてお風呂から出てきた。
その間、会話はあまりなかった。
お風呂を出て体を拭いている時、ゲーシュさんなどを見ると、豚獣人は表面を拭くだけなのでかなり楽をしており、少しうらやましく思った。
「久々にシャワー入っていったぜ……」
「最近忙しすぎて入れたなかったからなぁ。」
とドンとトロが話している。やはり冒険者は外に数日間も出て野宿をして、お風呂に入れないほど激務なのだろうか。と勝手な想像をしていた。
「けどお前普段から風呂入らないじゃん」
普段からのようであった。なんだか印象が下がってしまった。
「いいじゃんか!汗かかないんだし」
「だとしても皮脂がたまるでしょ。きったな」
「わかったよ……」
と言って肌を触りながら気にするドンであった。なんだかそこに末っ子らしさを感じた。
多分気のせいだ。
そして服を着た俺たちは、あるわけないと思うが、入っている間に荷物を奪われていないかよく見て、しっかり確認した後にまた警備室へと戻って、再度においのチェックをしてもらった。
判定は、まだ血の匂いが付いてはいるのでまだ洗え、ということであった。
特に首元から背中にかけてが匂うらしい。
カイロに嗅いでもらうと、まぁ、若干?という感想であった。
血の匂いってなんて厄介なんだ!と嘆きながら私は重い足取りで風呂へと向かった。
カイロも同じ結果だったそうで、お互いにお互いの背中から首を強めに洗った。カイロが「痛い痛い!痛いです!」と暴れている姿はとても面白くて大爆笑をしてしまった。
トントロドン3兄弟とゲーシュさんは大丈夫だと言われ、先に外で待っているらしい。自分たちに毛皮があることを若干だが憎んだ。
だが先に行っている代わりに、タオルなどの風呂で使うものを除いては荷物も持って行ってくれたようである。ありがたい。
そして頑固な血の匂いを石鹸で取りきったとお互いしっかり確認をしてから、風呂から出た。そして着替えてまたチェックを受けると、無事合格していけるようになった。
「おせえぞ?」
「おつかれさまー!」
急いで4人の元に向かうと、ゲーシュさんが腕を組み足を絡ませながらバランスを取って暇つぶしをしていた。私は軽く謝ってはすぐに先に進もうと誘導した。
「すまんって。」
そのままみんなで、ファランの中に入っていくのであった。
少し足を引っ張ってしまったが、気を取り直して早く王様のところへ行かなくては。しかし圧倒的な人がいる街中を、走り抜けることはできない。
もうそろそろ王様に出会って、話をしなければいけないのか。
町の景色を見て、なぜかそう思った。
かなり緊張して、気づかない間に手には握りこぶしを作ってしまっていた。




