45 くまのち
しばらくして涙が収まってきたころ、ドンが戻ってきた。のだが、その背中には身長以上に大きな熊を背負っていた。しかも角が生えている。
「よっこいしょお!」
地面に落とすようにして置かれたクマは、地面を揺らすほどの衝撃と音を放った。すでに死んでいるようで、複数個所に痣と引きちぎられた傷が残っていた。ドンの手も乾いた血だらけで、それが少し恐ろしく見えた。
「ふぅ、カイラさん、生肉食えますかい?」今までの一連がなんてことないような笑顔になり、バックからナイフを取り出してそのクマに刃を入れ始めた。
「え、一応は……でも生肉の味はあんま好きじゃない。」
生肉は生臭いし血の味も苦くてあまり好んで食べられないものであった。
「そうか、でも食えるんなら食った方がいいですぜ。」
「ああ、食えるだけいただくことにする。」
体力も落ちてきているし、何より腹が減った。
ドンの包丁さばきは見ているととても洗練されているように見える。おなかを開き、その脂肪の一部をまっすぐに切り取る。過去に料理経験でもあるのだろうか。
「運がいいですな、今日のはいい感じに油が乗ってますぜ」というと、お腹が鳴り、よだれが出てきた。
その手に持っていたのは、手のひらサイズの四角く切り取られた肉片であった。白い筋はなく、赤身だ。
起き上がり、ドンに肉片を一つ渡されると、手に油と血が多く着いた。熊の肉でこんなに油が出ているのは初めて見る。よほど肥えていたのだろう。私はその肉をかじった。浅く小さく欠片を切り出すように。
口の中には予想通り血と生臭さが広がるが、同時に油によるうまみも感じた。
「うまいな。」
「でしょう?こいつをやっつけるの相当時間かかったんです、強敵でした」
そこでドンもがぶりつくと、目を輝かせてもう1口行った。その口はとても大きなもので、口の周りに血がついても気にもせず、4口ほどでぺろりと平らげてしまった。
私もいただこう。すぐに一口かぶりついた。それはウサギの一口程度であったが、油が程よい旨味のようなものを出し、苦みも臭みと混ざって香りは良いものと呼べなかった。
だがそれでも、さっきよりもうまいと思った。腹が減っているのもあるのだろうが、それにしても生肉を食べてうまいと感じるのは何年ぶり、いや何十年ぶりであろうか。
だんだんと口が大きくなり、最後は大きな一口で完食した。食べ終え口元を拭うと、口の周りに血が付いてしまっているのが見えた。できれば血を付けたくなかったが、生肉で血抜きもしていない以上これが正常であろう。
「もっとくれ!」
「ああ、たんまりありますぜ。」
また1切貰い、今度は小さく口周りに血が付かないように食べた。そのせいでいくらか服についてしまい、帰ったら洗う分が増えてしまったと後悔する。
そんなことをしながらも、私は4切ほどを食いつくし、おなかいっぱいになった。目の前の熊はまだまだ食える量があり、ドンはまだそれを食べていた。
「ふぃ~、生肉久々に食べたが、こんなにうまかったっけな?」
「ほんとに。後で血抜きして焼いてみたいですな。」
私たちは二人で笑った。
と、そこで二人が帰ってきて、手のひらいっぱいに木の実を集めていた。
「おかえり」
「ただい……ま」
熊を見るなり二人は青ざめ、ドンのことを見た。
「ドン、これって……」
「あぁ、デケェクマだよ」
口周りにべとべとと血を付けながら平然と喋る。
「ちげぇだろこれ絶対!えとなんだっけ、あの珍しい熊。」
「ツノクマは森の中ではめったに出会うことのできない種類だぞ!なんで暢気に食ってるんだ!ドン!」
「え……まじ?」
ゲーシュさんは驚いてあたふたしており、カイロが半ば叫ぶように言って、やっとそのクマの価値を私もドンも理解した。
ツノクマは別名ユニコーン熊とも呼ばれ、とても珍しく、しかも強く毒のある強靭な爪をもっている。森の中で出会ったら逃げろと言われているほどであるが、捕まえると本当にうまいという噂だけが広がっている。
しかし死ぬことはない程度の毒を持っており、食べると3日間はお腹を下すと言われている。
「え、じゃあ……」
血が苦いのも、毒があるからということなのだろうか。
そう思った瞬間、恐ろしくなり吐き気が押し寄せてきた。下痢になるくらいなら吐いた方がましであると思ったのだ。だがそれは背中を叩かれ制止させられた。
「大丈夫さ、解毒剤は作れるしな!」
「ほんとか!」
まさにその時は藁にも縋る思いであった。そのため大きな声が出てしまい、カイロを驚かせる。
「まぁまぁ落ち着け。これから作ってくるし、速攻効くようなやつだから安心して」
私は大きく何回も頷いた。だがその時、お腹に強烈な痛みが走った。
「ぐあぁ……」
胃が暴れているようだ。おなかを抑えて必死にもがいて痛みにひたすら耐えた。頭痛もひどかったが、こちらの方が3倍痛んだ。
「もう効き始めたのか、10分待っててくださいね!」
私はなんとか冷や汗をかきながらそのお腹の痛みに耐え、ただひたすら待った。
その場で転がり、時にはまた吐きかけようとしたが、吐こうとしても胃がけいれんしてうまく吐くことはできなかった。10分間がとても長く感じ、ただひたすら叫んで痛みを我慢しているだけしかできなかった。だが8分ほどするとその痛みが少し下に伸びていった。おそらく腸の方にも入っていったのだろう。
「ぐあぁああああぁ……あぁぁ……。」
ゾンビのような声を出しながらこんなにも苦しんでいるのに、なぜドンはずっとその肉を食べても平気なのだろうか。ドンを見ては、あの体がうらやましいと何十回も思った。さっきから頑丈とは言っていたがいくら何でも頑丈すぎやしないか?と驚いてしまう。
やがて腹時計で10分が過ぎた。だがそれでも帰ってくることはなく、痛みも腸に伸び、もうじき穴から出てきそうになった。消化もされてしまっているのか、その周りの器官も痛い。
まさに今ここで死んでしまうのか、と思ったほどだ。
「作ってきました!」
その声を聴いた途端、私は神が救いの手をくれたのかと思った。
カイロは慌てて私の口の奥に薬らしき瓶を突っ込んでは無理やり飲まされた。飲まされた瞬間に喉にピリピリと電気が走るような感覚がして、それでむせこんでしまうかと思った。
「ちょっとピリピリしますけど時期に収まってきますよ!」
遅れてその声が聞こえてきた。遅い!と言いたかったがその体の中の状況が飲みこめずにただひたすら悶えるしかなかった。痛みはだんだんと引いてきたが、その分静電気のようなピリピリと突く電気が体中を刺すようにして動き回った。
「なん、なんだ……これはぁ……!!!」
必死に絞り出した声は、締め付けられているようであった。いや、実際には自分で自分の首を本当に閉めていたのだ。電気がとても強い部分であったから。
「大丈夫ですよ、死にはしません。これくらい副作用がないとその毒消せないんですよ」
「恐ろしい薬だな……何が起こってるかわからんが」
「あぁぁががががががががが!!!」
「体中に静電気が発生しまくってる、みたいな状況かな今は。うん!ちゃんと効いてる証拠だね!」
証拠だね!じゃねぇよ!と全力で殴りたくなってきたが、いまだにその電気は収まらなかった。だが腹の痛みは治っているようであったので、きっとこの電気も収まることであろう。
予想通り、数分もすればその苦しみからは解放された。
だがしかし起き上がった瞬間に激しい便意に襲われた。
「土掘ってそこにしてこい!」と遠くに走っていく私にゲーシュさんは投げかけてくれた。




