44 その後
一言でいえば、作戦は、失敗した。
目が覚めると、私は地面に転がっていた。荷物を枕にして、顔を正面に向けられている。
既に日は昇っていて、木漏れ日が心地よい温もりをくれた。周りを見渡すと、カイロが私のことを見ては「大丈夫ですか?」と声をかけてきた。手をあげて返事をすると、頷いて立ち上がり、急いで他の人に報告をしに森の中へ行った。
私は確か……あぁ、気絶をしていたのであった。
右手は強く痛み脈打ち、頭痛でフラフラする頭を何とか上げながら、起き上がって周囲を見渡した。
そこはまだ森の中であり、左を見ると遠くの方にさっきの戦った場所であろう空き地があった。
私のバックは枕替わりに使われていたようで、すぐに中身が奪われてないかと心配になり、中を見たが何も無くなってはいなかった。安心して胸を撫でおろすと、トロがまず帰ってきた。
振り返ると、腕と頭が痛む。
「大丈夫ですか……ってまだ寝ててください!」
「いや大丈夫だ。頭と腕が痛いだけで」
「それが問題なんですよ!腕は大丈夫だったんですが、頭がどうにも……触ってみてください」
「え?」
私は困惑しながらも、自分の顔を触った。すると毛に液体が付着してカラカラに乾いているのが感じられた。なにかと思っていくらか爪でひっかいてみると、手に着いたそれは血が固まったものであると気が付いた。それにまだ液体のところも中に残っていたらしく、そのひっかいたところからドロドロの固まりかけている血が流れてきた。手で触れると赤黒く染まった。
それは頭から顎にかけて伸びているようである。おでこには包帯代わりの長い布が巻いてあった。
クラクラとするのは頭から血が出すぎて貧血になっているせいか。
と冷静に分析する。本当はパニックになるはずであるが、痛みのせいか寝起きのせいか、なぜか逆に冷静であることができた。
これは冷静というより、はっきりと状況判断がまだできていないだけだろう。
つまり寝起きで頭が働いてない状態。
私はカイロに指示された通りに横になり、またバックを枕にした。
「どうかそのままで、他の皆さんもじきに来ます。」
そういっている間にドンがこちらに走ってきた。
「大丈夫か!ってグロ!」
「そんなこと言うなよ……」
私の顔の血を見た瞬間に明らか青ざめて少し離れられてしまった。気持ちはわかる。
私はその姿を見て面白くなって口角が上がった。
「トンさんか。それにドンさんまで。モンスターは大丈夫でしたか?」
「俺はぴんぴんですぜ。体がみんなよりも頑丈にできてるんでね!」
そういってトンは筋肉を見せてそれを叩いてみせた。硬くぺちん!と軽快な音が鳴っては森の中に響いた。
なんて強靭な体なのであろうとわたしは恐ろしくも頼りに感じた。
私は寝起きの影響で、頭が混乱して記憶を思い出すのに少々時間がかかった。
たしかマンダを救おうとしたら直前になって何か不思議な……なんだったかな。
「それにしても、まさか霧にやられるとはな……」
「あぁ、まさか。」
そう。霧だ。葉っぱを飛ばしてくる霧だった。んでそれでマンダは連れ去られて……
あぁ。失敗か。
「あ゛ぁっ!」
私はそう心に意識をした瞬間、地面を激しくたたいた。
「くっそ……」
歯を噛みしめては涙を流す。
とにかくすすり泣きながら、悔しがった。目を覆って、前が見えないようにする。
その悔しさを噛みしめ、なるべくみんなに見せないようにしながら、強く唇を噛んで血が出たのか血の味がした。
あるいやな予感がして、身体中に鳥肌が出てくる。そして息がだんだんと荒くなってきた。
「マンダは、このまま奴隷になるのだろうか。」
そう宙に放り投げた質問は、カイロが返してくれた。
「さあ、なんかのお偉いさんとかであっても、奴隷になるやつは見捨てられるしなぁ……言ってしまえば、なるやつが悪い理論で。ファランでもそうだし、エーテルでもそうなんじゃないかな」
「まじかぁ……」
現実を突きつけられ残酷さを感じた。なんて冷静なやつなのだろう。と感心して恨めしくも思い、にらみつけた。
しかし正論だ。なにも言い返すこともなかった。
そこで、
「ちょっとひどいんじゃないか?」
とゲーシュさんはしっかり言ってにらみつける。それで気が付いたカイロは、発言の迂闊さを謝ってきた。
「あぁ……すまん。でもわかってた方がいいのかなって」
カイロはうつむきながらそう言った。
「だとしても今じゃない。それじゃあ泣きっ面に蜂だ。」
「ごめんなさい。悪気はなくて……気を付けるよ。」
気まずそうに謝罪をしてきた。
それに対して私は
「いいよいいよ。逆にちょっとだけそのおかげで、頭の中が、整理されたかもしれない。」
とカイロに励ましの言葉をかけた。
だがその言葉を言ったときにまた悲しさが波のようにこみあげてきて、また涙が出てきた。
泣いている場合ではないのに。
早く彼女のことを迎えに行かなくてはならないのに。
頭の傷は痛むが、そんなことも気にせずに立ち上がって早く彼女の元へと駆けていきたいと思った。
だがそんな無茶もこんな森の中では、しない方がいいだろう。もし倒れてしまった時が大変だ。それに今までついて来てくれたみんなにも迷惑をかけてしまう可能性がある。
今は、しっかり回復に専念したほうがいいのだろう。
「とりあえず、2時間くらいここで休んでいくか。食料になりそうなモンスターでも狩ってくるわ。」
そういってドンはどこかに行ってしまった。
「とりあえず、休んどけ。また準備をしてから、彼女さんの元へ行くぞ。」
「ああ。わかった。」
私はそう掠れ声でカイロに向かって頷いた。
カイロもそれで一旦は安心をしたのか、少し顔がほころんだ。
と、少しカイロが口ごもって、なにか言おうともじもじしていた。
「……あ、あなたはとても一途な人なんですね。正直、もっと冷たい人かと、王宮にいたときのあなたを見て、子供ながらも怖く思っていました。」
王宮にいた時……たぶんまだ仕事に追われていて連勤していた時期だろう。
もう何年前だろうか。
「あぁ、あの頃か。もう懐かしい領域に入ったかな」
「ええ、あなたが演説をしたのを、覚えております。」
それはもう9年も前の話であり、彼女とも出会うことも、それどころか将来のことも予想できなくて、しかも自律すらできていなかったころであろう。
思い出しては微笑ましく思う。
「なぁに、あれは立派なことは言ってるが、すべて王様の気持ちを代弁しただけの事。ほんとだぞ?」
冗談のように呟いて、はっはははと乾いた笑いをして見せた。
その後唾をうまく飲み込めずに咳も出た。
「そ、そうだったのですか……」
話を崩してしまったが、その後すぐにカイロは息を吸って立て直してくれた。
「それでも……あなたにはとても良いオーラ的なものを、ずっと感じ取っていました。あの時からずっとです。依頼を受けたのもほとんどそれで」
おどおどしていながらもはっきりと喋り、緊張であまり口も動かない様子であった。
なので私は、言葉の途中で悪いが切らさせてもらうことにした。
「あぁ、愛は伝わったよ。だが今は一人にさせてくれないか?後でサインでもなんでもしてやる。」
「はい……では、私たちは木の実とか水とかないか探してきます。それまで待っててください。」
それを聞いてカイロは静かにゲーシュさんと一緒に見えないところまで行った。
その尊敬してる人が泣く姿を見たくはないだろう?と質問も目で投げかけた。だがその言葉がすでに震えていて、我慢できずに泣きかけているか泣いているのであろう。自分自身のことを情けないと思った。
服で涙を拭うそぶりをするも、すでに顔の毛に吸われていたので、手には何もつかなかった。
「あぁ……」
涙はまだ歯止めが利かないであふれだしている。
なんて私は無力でバカなんだ。と思い知らされる涙であった。




