46 非常にまずい事態 猫
時すでに遅しとはまさにこのことと言えるだろう。
それは突然のことであった。カイロの声であった。
「彼女が売られて、奴隷となったそうです。」
「はぁ!?奴隷!?」
「ちょ、声がでかい!」とゲーシュさんが殴りながら慌てて私を制裁する。
「あっ、ごめん……」
それが報告されたのはあのカフェを出ようとした時だった。
イヤホンから突然、荒い息が聞こえて、その後に言われたのだ。おそらく何かから逃げて走った後だろう。もしかして相手にバレてしまったか?とどきっとして心配になったと同時に、なんでそっちで行動したんだとも思った。
だがそんな場合ではない。言い終わった後も息継ぎが激しかった。
それに、何かにビビっているようだ。
私たちはとりあえず店の端っこに待機して、静かに誰にも聞かれないように、その話を聞いた。
「それに、ドンさんが、連れて、いかれちゃい、ました!はぁ……耳栓も取られてしまいました、ので、連絡が、つかなくなってしまって……」
「ドンが!?」「ドン?!まじ?」「え、ドンも?」
まさかの依頼を受けてくれたドンまでもが裏社会にて売られてしまったようであった。
「正式にはエーテルに、奴隷として、貴族の間で、売られることになってしまった。のです。はぁ……息を整えますね……」
「ちょ、ちょっとストップ!ドンはどうして捕まったんだ!」
深呼吸をした後、カイロは答えた。
「よし……実は奴隷を運ぶ馬車に乗せられるところを見たんだ。それを追って隠密行動をしようと思ったら、そこで物音を立ててしまって、それで逃げたんです。でも出遅れたドンがそのまま攫われてしまった。大変申し訳ない、私の力不足だ。」
「くそっ!あいつなにやってんだ!!」
トロらしき声が悔しそうな声でそう言った。そして泣くような啜り声が聞こえた。
私は冷静に意識しながら、聞いた。
「これから彼女とドンはどこに向かうんだ?」
「会話からおそらく、エーテルのヨシノワール・シュタイン男爵、という男の元だそうです」
「ヨシノワール……?」
正直、聞いたことのない貴族の名前である。
だが男爵ということはかなり位の高い男であろう。かなり警戒しないといけないことになってしまった。
また、カイロが続けた。冷静沈着に、まだ若干荒い息を抑えながらひそひそ声で。
「そ、そこで!作戦を思いついたんです……後で、伝えますのでとりあえず私はココから逃げます。では」
そこで途切れ、また静寂になった。
「まじかよ……」「……。」
私はその場で強い怒りと悔しさを感じた。
彼女が奴隷となった事実に怒り、もう売られてしまって間に合わなかったことがとても悔しかったのだ。体が震えて、今すぐにでも彼女のもとに走り出したいと思うくらいに。
拳を強く握り、爪が食い込んで傷口から血があふれ出て、滴り落ちる。
ゲーシュさんは心配をしてくれていたが、私はそれを気にする余裕はなかった。
こりゃあ、とんでもないことになったものだ。
私はそう思い、また頭を抱えたくなった。
私たちは人のいないところを探して移動していると、ゲーシュさんと再開した裏路地の簡素な椅子があったので、そこにに座った。
そこで心を落ち着かせていると、しばらくしてそのカイロから報告が来た。
「も、戻りました……なんとか、無事です……ではいくつか彼女について報告を。手短に1回しか言えないので、よく聞いててくださいね。」
カイロはひそひそ声でそう言った。
第一に、彼女の現状を聞くと、さっきも簡略的に聞いたように、馬車に乗り、すでにこの村を離れるところにいるらしい。
しかしまだ主人の元へと到着していないため、まだ助けることができるチャンスがある。その助けるチャンスを無駄にしないように、作戦を立てたという。
私は、なんと話の早いやつだろう、と思った。
そしてその肝心な作戦とは、一言で言うと、「奴隷を運ぶ馬車を襲う」というもので、山賊のように大胆であった。
ぱっと見私は簡単だと思ったが、今回は通常と様子がだいぶ違っているようであった。
通常、奴隷を運ぶ馬車は何も護衛もなくて無防備な馬車が多い。
奴隷に人権などないに等しい扱いなので、いざ敵襲が来たら奴隷自身が対処するしかないのだ。檻も汚くサビている小さなものに詰め込まれているのが多い。経費節約のため使いまわしているそうな。
しかし、今回はそれとは違って、男爵に送る奴隷と決まっているので、かなり豪華な馬車にきれいな檻、それに周りにはなかなかに強い人間の護衛がついているそうだ。剣士と弓使いと魔法使いがいたような、とカイロは話していた。
しかし、それゆえ軽快が解かれやすいと予想し、こちらの実力も考えて、そこを襲撃するらしい。
その後は作戦をするときの陣形や、役割などの話になった。すでにある程度考えているらしく、あんな短時間でよく考えられるものだ、とその思考の早さに驚いた。
「とりあえず、この後すぐに行動するのは前提。」といった彼の言葉には緊迫感を感じて、私は唾を飲みこんだ。おそらく、体術だけでは対処できない。弓兵がいるのが最大の厄介な点だった。
この作戦のキーは「トロ」にあるという。
本当はドンがいればいいのだが、攫われて武器も奪われてしまった。
トロは「火魔法とそれに関連する魔法、それに基礎魔法ならほとんどできる」と言っていて、そのおとなしいイメージからは想像できなくて驚いてしまった。
しかし驚くのも無理はないそうだ。トンが「恥ずかしがって自分から言うことはないからな。」とからかうように言っていた。
耳栓の向こうで胸を張って叩いているような強い衝撃音が聞こえた。ほんとに恥ずかしがっているのか一瞬疑問に浮かんだが、すぐに消え去った。
カイロの口から、やっと作戦の詳細が説明された。
まず、馬車の周りに一斉に向かう。
その時に、なるべくなら横並びでその馬車を囲うように陣形を作っていく。
その時点で敵に場所はバレていると想定しておく方がいいらしい。相手は感知能力にもたけていると言っていた。
そのため、まず魔法があまり使えない組が一斉に前に出る。私とトンだ。
とにかくその身を囮としてほしいらしく、とにかく馬車を目指して突っ走るか、敵を1人でも多く馬車から遠ざける、もしくは倒すのを優先してと言われた。
そしてそこで隙ができた瞬間に、トンが隠し持っていたマッチを馬車に向かって火をつける。
馬車が慌てて発進されることも想定し、前の森も燃やしておく。それはトロの魔法だ。
そして全体的に布が燃えたら、そこにカイラが入る。
おそらく鍵のかかっている檻に詰め込まれているので、カイラはとにかく檻を外に出すか、鍵を壊す。壁を壊したっていいそうだ。
俺はとっさに無茶ぶりをされた気がして、話の腰を折った。
「ちょっと待て。俺鍵壊せないぞ!あんな金属の固い物」
高いお金を払って高い錠前を付けているかもしれないし、そもそも通常のものでも壊すのは苦戦するものである。
「そういうと思って、破壊できる専用の機器も用意した。でも鍵が魔法で施錠されてるタイプの開かない可能性があるから、壊す想定にした。人間を数十人倒した猫人ならいけると思ったんだがな。それにカイラさんなら愛の力で……なんて?」
「そんな無茶な……」
微笑しながら言っているような声に、愛の力とか言いやがって、と思いながら少しバカにしているのかと思った。
トロがそこで「あ」と声を出した。
「ほんのちょっとだし、リスクもあるが、力を増幅する魔法があったはず。」
「本当か!」と私は声をあげてしまった。思わずすぐに口を塞いだ。
表の道にも響いてしまっただろうかと心配になったが大丈夫なようで、ほっとした。
そこで話は作戦に戻った。
トンの力増幅魔法で出来る限り力をつけといて、崖の上、もしくは木の上から燃える馬車に乗る。そして入ったタイミングで鍵をすぐに壊すか檻を外に出し、マンダとドンを助けて人間をどうにか撒くことにする。
そこは行き当たりばったりで行くそうだ。具体的な人数もわからないのでここら辺はどうしても決めかねてしまったという。
だいぶ無茶苦茶な作戦であるが、想像上では行けるような気がしてきていた。
「……っていう感じ。これでいいかな」
一息ついてそういうと、間髪入れずに突っ込みが入った。
「無理やり感半端ないな」
私がそうつぶやくと、それぞれから苦情が飛んできた。「大胆だね」だとか「ほんとにいけるの?」だとか。カイロはごまかすように笑った。
「走りながら考えたら、こんくらいしか思いつかなかった。許して」
そう謝ってから水を飲む音が聞こえてきた。水筒でも飲んでいるのだろうか。
「でも意外といけそうな気もしなくもないかも」
「気がするだけだろ」
トンの言葉に突っ込んだのはトロであった。
その後わざとらしい笑い声が聞こえた。私もそう思ってしまったことは静かにしておこう。
「でも時間がない。とりあえずみなさん準備が済んだら村の入り口集合でお願いします。」
早口でカイロがまとめた。
そのくらいまずい状況であるのは確かで、あちらも私と同じく、早くしないと事態がどんどん大変になるのだろう、という思いからあせりはじめているのだろう
とにかくその作戦しか今はないので、他に手段はないと心の中で言い聞かせるしかなかった。
「とりあえずわかった。」「リョ」「できる限りは作戦通りに。」
それぞれ同時に別々の言葉で返事をすると、その通話は切れた。
「とりあえず、急ごうか。何があるかわかんないけどな……」
「あぁ。」
ゲーシュさんがそう言って立ち上がり、伸びをした。私はその姿に感心してしまった。
いつでもこの人はどこか余裕そうに見える。
それがなぜなのか不思議であったのだ。もしかしたら事態は意外と余裕があり、意外と焦らなくてもいいのかもしれない。と一瞬でも思ってしまった。
私もゲーシュさんが伸びを終えたのと同時に立ち上がり、走る準備をした。
「ああ、ちょっと先いくぞ」
そうゲーシュさんに伝えると、私は急いで走ってホテルへと戻った。
あ、ちょ!と止めようとする声が聞こえたが、無視をした。あんなにゆるりとしていたらマンダを助けられなくなってしまうんじゃないかって心配になった。
マンダが手遅れになる前に一刻も早く行かないと。
作戦を聞いてるときにはその考えが頭の中で渦巻き、早く準備したくてしょうがない欲を抑えながら聞いていたものだから、それがより一層爆発してしまったのだ。
待ってろよ!マンダ!
少し乱暴になりそうだが、今助けに行くからな。




