27 村の奥へ
私たちはジャスさんの後について村の奥まで入った。ジャスさんの友人ということで紹介をしてもらうと、とそれまで私たちのことを睨んで警戒していた村人たちが、安心したのか急に笑顔になり、そのまま村に溶け込みながら入ることができた。
きっとジャスさんの信頼が村の中で強いのだろう。一体ジャスさんがいなければどうなっていたことだろうか。
それにしても辺りを見渡す限り虎の獣人の圧倒的な多さに目を引く。
ファランに長くいたので、見た目がバラバラなことが獣人にとっての普通のように感じてしまっていたのだ。だがこの村を見てその常識が薄れていくのを感じる。この村がたった一人の虎獣人から始まったのも疑うことはないくらいに。
この村にはどんな物があるのかな、と辺りを見回していると、ふと一人の虎獣人と目があってしまい、睨まれては舌打ちをかまされた。やはりジャスさんや彼がいるとはいえ、人間には隠し切れない嫌悪感があるのだろう。今にも襲い掛かってきそうで、その表情に鳥肌が立つほどの恐怖を感じた。
「これからは私と一緒にこの村に1晩か2晩ほど泊まります。なにせ人間の国との境界を通るにはこの村にいる洗浄師に「洗浄」という行為をしてもらないといけないのです。」
「洗浄師?それに、洗浄?」
「はい、洗浄師とは、私たちが今まで居たファラン独特のにおい、エーテルで言うとケモノ臭を感じ取り、体の匂いから、そのケモノ臭だけを洗浄する者のことで、この村では国家公務員のうちの一つです。ファランとの条約によりこの村にいる虎獣人だけにしか許されていないのです。給料も意外と高くて、しかもこれからエーテルに向かう獣人も多くなるだろうと志望者も多く、人気な職業なのだとか。」
ジャスさんが歩きながらも淡々と説明してくれた。
「なるほど……って事は虎獣人に洗浄されるのか、私は。でもどうやって?」
そう首を傾げた私に今度はゲーシュさんが話してくれた。
「経験してる人を見たことあるが、マッサージみたいなものだ。ちなみに俺もついていきますよ。」
そういってきて私のことを見た。目の前に出て石を蹴り続けていた。
「……え?さっき虎獣人だけって」
「あぁ、洗浄するのは虎獣人だけで、そのほかの接客とか待機の案内とかはどの種族でもできる。ファランから来たやつでもね。」
「そういうことか。……それにしてもマッサージかぁ」
私は猫族特有の肉球の柔らかさを想像した。あくまで彼のものを想像し、それを空想上で大きく硬くして触り心地を想像する。対して人間の指ともかわらないのだろうが、ふわふわの中にその部分があるのはどこか萌えてテンションが上がるところもあるのであった。
「なにニヤケてるんだ。早くしろ」
気が付けば一行から遅れていて、顔も相当アホになっていたのだろう。想像するとなんと恥ずかしいことか。
やがて町の大通りを下りに歩いてゆくと、ファランの建物にとても似ている、レンガ造りの2階建てで横に長い構造物が見えてきた。他の建物とは違い、山にめり込んでいて、その奥にも続いていそうだ。
「あれは?」
そう聞くとゲーシュさんが答えてくれた。
「あれはこの町でも有名な高い宿だな。昔ファランから技術を受け継いだこの村の人達が建てた頑丈な建物だってきいたぞ。」
「だからファランの建物と似てるのか。」
「たぶんな」
たしかにレンガ造りの窓が大きい建物の構造がファランとだいぶ似ている。
きっと内装も似ているであろう。私たちが泊まった宿よりも広い部屋が。
その話をしていると、ちょうどジャスさんがその建物を指差し、さっきの会話を聞いていたのか自信いっぱいに話し始めた。
「ちょうど、今日はあそこに泊まる予定ですよ。」
その場にいた彼と私とゲーシュさんは目を見開いた。
「すごいな、高級宿だぞ」とゲーシュさん。
「へえ、あんな大きなところに泊まるんですね……」と怖気づいて敬語になってしまう私。
黙って開いた口が塞がらずにいる彼。
一歩一歩近づくごとにその圧は増していき、まだ遠くに見えるその建物に目が惹かれて仕方がなかった。
「ところで、ここでちょっとした雑談として、彼のことを教えてくれはしませんか?」
いいよ!と私は二つ返事で了承をした。ところがその話は大いに盛り上がり、建物のことなどそのうち気になる機会は減少していった。
「それでさ~彼がね?飛び上がって驚いてたんだよ!ほんとの猫みたいに!」
「へぇ~意外ですね。あいつが驚くことなんてめったにないですよ。見たかったなぁ」
「こっちもそれ見せたかった!「にゃー!」っていう顔!アレ思い出したら……はは!」
「恥ずかしいな……」
「たかがきゅうりで……あははは!」
「声でかい!」
彼に怒られながらも、その場で私は耐えられずに思い出し笑いをしておなかを押さえていた。
「笑っている間につきましたよ。」笑っている私にでジャスさんが呼び掛けてきた。
私たちは指を指している方向を見つめた。そこは言われた通り、あの建物だったのだが、近くで見ると地上部分に入り口はなく、火で照らされている廊下があった。
私たちはあいた口が塞がらなかった。
「さっき見てた時より数倍豪華じゃない?」
「だな……。」
目の前には、先ほどまでとは見るまでもなく違う建物が立っているようであった。
そこでその大きさが改めて強く感じられた。
私たちが見てきたファランの宿とは比べ物にならないほど大きな建物は威圧感を出しており、近づくのが億劫になるほどであった。そして改めてこんなところに私たちが泊まっていいのだろうか、と心配になった。
私は鳥肌が立ち、顔が引きつって顔色が青くなっていった。今にも移動費がなくなりそうなほど金欠なのに、最高級旅館に泊まるなんて、費用がなくなって借金までしまうではないか。
そう思ったすぐあと、お財布を慌てて出し始めた。
彼も同じく青ざめながらその建物を見上げていた。
「え?ちょっと待ってお金は?」
「それは私にお任せください。もうすでに前払いとして払っておきました」
「ジャスさんが?!」
「ええ、これを見てください」
というとジャスさんは何か紙を取り出した。その紙はおそらく請求書で、書いてあった金額はなんと18万。私たちの所有金額など優に超える単位だ。ジャスさんの手持ち金かと思い、本当に頭が上がらない。と思い関心する。
「すごい……お金持ちですね」
「いえいえ、私とは言いましたが、あくまでお金をもらって渡しただけ、お金はあの王様が用意してくださったことなんですよ!なので正直私もびっくりしております」
「えぇ!そうなんですね。あの王様が!」
私はその王様が支給してくださったお金のことをジャスさんと一緒に喜んでいたが、なぜか彼はそれを聞いた瞬間、困ったなぁ、というように頭を抱えて「はぁ」と重いため息を吐いた。
「大丈夫?」と声をかけるも、ただ頷いて彼は何も言わなかった。
たぶんあとで何か話してくれるだろうと、そこからはあることに気づき、聞かなかった。そのあることとは、彼の無意識でする癖が出ていたことだ。
足をタンタンタンと地面にたたきつけているときは、重大なことで焦りが募っているという合図だ。声はかけない方がいいだろうと事前に言われている。
そんな彼を気にする暇もあまりなく、ジャスさんが「行きましょう!」と言って私たちを中へ連れて行った。
そこには、見たこともないの光景が広がっていた。
壁には誰かが書いたであろう絵が飾ってあり、天井にはガラスでできた複雑な明かりがつるされている。ゲーシュさんによるとこれをシャンデリアというらしい。
しかも、床にカーペットまで敷いてあり、赤く輝いていた。
これはもう只のホテルではないことは明らかであり、なんでこの村にこんな豪華な建物があるのだ、といろいろ考えてしまって思考が追い付かなくなってしまっていた。
一方彼は、私みたいに驚いているわけではなく、その美しい空間を見るなりまた大きくため息を吐いて頭を抱えた。
その様子を私は不思議に思うが、さっきも言った通り、部屋で話してくれるのだろうと信じることにして受付に向かった。
ゲーシュさんが宿の受付をしてくれて、村のものだと示す会員証のようなものを出して宿の受付さんに見せると、すぐに納得して部屋の鍵を探しては渡してくれた。
「ほれ、高級宿にただ泊まりできる券ですよ」
と言ってゲーシュさんは顎を出しウインクをした。きっとゲーシュさんなりの洒落たジョークであるが、だれも笑うことはなかった。
「ありがとうございます」
チケットを受け取り、受付に向かうと、部屋の鍵を渡されて生き方も説明された。「ではごゆっくり~」と締めくくるまで、自然な笑顔を保っている受付の人が大変だろうに、と気分を紛らわせるような、無駄な心配をした。
受付の説明が終わり、部屋に向かうと、受付の人達が手を振って部屋まで送ってくださった。なんと待遇の良い宿なのだろうか。
廊下は意外と普通で、正面ほどの豪華さはなく、落ち着いている。ほんのりとした明かり以外はほぼ古宿と同じような木製だった。しかし違うところは、綺麗さであった。隅々まで掃除が行き渡っており、塵一つ見当たらない。
それに木の香りが仄かに香る。深呼吸をするだけですごく落ち着いてきた。
「いいところだねここ」
「あぁ、本当にいいところだ。」
彼に話しかけるとまだ不安そうな顔をしながらもそう笑顔で返してくれた。
だがそれには少し皮肉が込められているような気がして気になって仕方がなかった。さっきのこともあるので本当に何があったのか早く教えてくれないかとうずうずしてしまっていた。




