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25 豚にい

「こ、こんにちは」

 あの村の人がつい後ろにいたなんて、相当失礼なことをしてしまったと思いハッと気づいて慌てて謝罪をしていた。

「ごめんなさい」「すみません!まさか後ろにいらっしゃったなんて」

「大丈夫ですよ。私はあの村出身といっても、もとは村八分けの身で。あの村の者たちみたく話を聞かないやつではございませぬ。もうちょっと中に入りませんか?ここら辺は道が荒いので馬車がよく揺れるんですよ」

 早いことに周りはすでに森の中にはいりかけていて、舗装されている道の上をこの馬車は走っている。その人、ゲーシュさんによると、この先の道路はきれいに舗装されておらず、穴があったり小石があったりするそうな。

 ゲーシュさんに引き寄せられるように馬車の中側へと誘導されていった。そして内側から純番に、ゲーシュさん、私、彼と座った。特に彼の位置が放り出されやすいらしい。というアドバイスをいただいた。

「よし、ここなら落ちることもそうそうあるまい。彼さんがバランスを崩さなければの話ですがね」

「力はつよいので安心してください」

 彼はそう言って腕をまくって見せた。まげて力こぶが大きく膨らんでいるのが見える。

「ほほ!それは頼もしい!ではそろそろ本題に入らせていただきます。えと、あの村のことを話そうとしていたんです。」

 実際に暮らしていた当人の話を聞くのは珍しいので、私は聞き逃すまいと聞く耳を立てた。

 他の人は馬車の揺れが心地よかったのか、ほぼ寝ているか、寝かけてしまっていた。

「さて、この村ですが、170年くらい前にできた村でして、その当時は完全に外界から遮断されていた村だったらしいんです。ここはさっきの彼の話と同じです。んでそこで伝わっていたのが「村の外には悪魔がいる」というもの、これがさっきそちらの猫さんが話していたものの元ですね。ファランで言うところの絵本みたいな感覚でその話がされていて、んでー。なんでしたっけな」

 ゲーシュさんは思い出そうと顎に手を添えた。

 数秒ほどで内容を思い出し、また長々と話し始めた。道がガタガタと揺れてきたのもお構いなく、まるで物語の語り手のように。

「そうそう、その逸話があって100年くらい鎖村状態だったんですが、その時くらいにファランの元である町ができ始めたんです、そこで村のえらいさんは考えたんです。人間とかかわるのが無理なら獣人と仲良くすればいいんでは?と。まぁその時ちょうど食料とか諸々尽き始めたころだったらしいのもあるのですが。まぁここら辺があの村がああなった理由と一番かかわりが深いところであります。」

 そこで息が切れて一呼吸置き、のどを鳴らし通りをよくしてからまた話し始めた。

「んでえ、すこし飛んで私が生まれたのが40年前。その時期が一番差別とか色々激しくって、10歳になるまで村の外に出させてもらえんくてほんと大変でした……ですが10歳を超えた時からいろいろと行動範囲が増えていきました。村の長が許してくれたのです。ファランにももちろん降りて行きやした。……そこであなたと一応会っていますで」

「ん、ほんとに?」

「はぁい」

 ゲーシュさんは期待のまなざしで彼の方向を向いた。

久々に会えたうれしさでうずうずして、目が輝いているように見える。だが肝心な彼はそれを忘れているようであった。彼も必死に考えていたが、やはり思い出せないで小首を傾げていた。

 ゲーシュさんは悲しい顔はしなかったものの、落ち込んだような雰囲気が出ていた。

「えと……何年前?」

 彼もあきらめたのか、そうゲーシュさんに聞いた。

「うーむ、今からなら20年前くらいですかね」

「それってまだ俺9歳とか……うーむ」

 あからさま困ったと言いたげな顔をして、耳がしゅんと下がってしまった。さすがに9歳のことになると私も覚えていることが少ない。今の彼にとってそんな昔に会ったといわれても思い出すことはほぼ無茶ぶりに近いだろう。

「正直、あんまり覚えてない……な。その時期は」

 彼は気まずそうに目を泳がせる。申し訳なさで目も合わせられない、といったところだろうか。ゲーシュさんはそこで明らかへこんだような顔を見せ、そのあと申し訳なさそうに頭をへこへこと下げながら謝ってきた。

「あれぇ、とある公園で遊んでいた記憶があるんですが……たぶん私の勘違いでしょうかね、失礼しました、えへへ……」

「ん、公園……」

 ふと何かを思い出したのか、彼が顎に手を当て深く考え始めてしまった。

しばらくゲーシュさんの愛想笑いが続き、やがてそれも止んだ頃、ハッと何かに気が付いたかのようにゲーシュさんを見て言った。

「……あ、もしかして公園の管理者さんですか?」

「そうそう。覚えてらっしゃいます?「豚にい」です。」

 私にはまったく縁のない内容だが、彼にとっては目に涙が浮かぶほどの出来事らしい。その涙ぐんだ様子を見て、私は静かに見守ることにした。

彼は私の体を乗り越えてゲーシュさんと手をつなぐ。今度は彼の目が、涙のせいか輝いていた。

「ちょっともう、それ最初に行ってくださいよ!豚にい!めっちゃ久しぶりじゃないですか!あの頃の豚にいはちょっとおなかが出てる程度なのに今は丸くなってたのでわからなかったです!」

 珍しいことに興奮してありえないほど早口で話し始めた。他のお客さんを起こさないかと私は心配になって周りを見たが、誰も気に留めていない様子であった。

 丸くなってた、と彼らしからぬ失礼な発言をしていたが、ゲーシュさんは全く気付いていなく、嬉しさで頭がいっぱいなようであった。

「数十年ぶりですし仕方ないですぜ……豚は筋トレすればするほど体でかくなるから、それで丸く見えるんだと思います。」

 そういってゲーシュさんは力こぶを見せる。見事な丸い筋肉が一つ出てきた。

 彼と私の二人でその筋肉に驚いた。それと私の中での豚族は丸い体形の人が多いイメージだったのも、あれは筋肉が付いている人が多いからなのか、と合致がいった。

 また同時に、うらやましいなと思ってしまった。

 その後も二人は昔の思い出を語り合っては、再開を喜んでいた。間に挟まれていた私は窮屈になってきたので、その間を抜け出して馬車内の反対側の壁に寄り掛かった。

 盛り上がってる二人を見ると、なんだか喜び方などが似ている気がする。よっぽど仲がいいのだろうと思うくらいに。

 その地元話はなかなか終わらずに20分がすぎた。だいぶ長く話していたため少し私も嫉妬してきてしまっていた。

 一旦彼から目を離し、私は薄い布でできた膜の壁にもたれかかって天井を見ていた。

 ふとバッグに入っていた杖を思い出し、磨こうかと思いバッグの中をおもむろに取り出し、袖を伸ばす。宝石の方に手を伸ばすと、まずは服の袖の埃を払ってから表面を軽く拭い、宝石についた細かい指紋や塵を払った。いつもならフッと一息かけるのだが、それだと周りに埃が飛び人の迷惑になりかねない。

 やがて宝石を一周まとめて拭き終わると、次に宝石の状態をチェックする。杖の下部分を床に当て、宝石を下から見たり、横から見たりしている。

「うーん、ちょっと汚れてるな……」

 下の方に丸い点のような土埃が見つかった。だいぶこびりついているようで、少し強めにこすってやったらすぐに取れた。その落ちた欠片は木の隙間を抜けていく。やがて地面にコトンと落ちていった。

 その後も磨き続け、やがて持ってきたときと同じくらい、もしくはそれ以上にピカピカになっていた。太陽にかざしてみると、透明だがきれいな輝きを放っていた。

 なぜか赤く、燃えそうな色をしていると思った。太陽の光の影響だろうか。

 この杖の宝石の色は黄色で、たしか電気の宝石だったのに、一瞬だが赤色に見えたのだ。「……え、私持ってくる杖間違ったかな?」とも思ってドキッとしたが、日陰に持ってくると、ちゃんと黄色であった。

 そうつぶやいた瞬間に手に電気が走って危うく杖を落としそうになってしまった。

 電気属性の宝石であることも確定して、安心して元の位置に戻した。

 いつもよりしびれる力が強かった気がする。まるで何かに怒っているようだ。今までほとんど使わなかったから怒っているのだろうか。魔法がわからないんだからしょうがないじゃないか。と心の中で杖に向かって愚痴るように言った。

 これからも何があるかわからないし、ちょうど村についた時に使うだろう。あの村は危ないらしいし、話を聞いた限り怖そうだからなぁ。警戒して進もう。

杖もきらりと輝いて、うんと言っているようだとなぜか感じた。

「……おわったかな?」

 とつぶやきながら、彼ら二人のことを見て確認した。まだ話していたが、もうそろそろ終わりそうである。ちょうど区切りでありそうな笑い声のところを狙って、私も会話にまざった。

「随分と長い会話だこと」

「そんだけ思い出があるんだよ」

「あっはっは!ごめんなさいね、つい楽しくなっちゃった。もうそろそろ彼女さんがやきもち焼いちゃうから、この辺にしときましょうか」

「うん」「そうだな」

 私は空返事で頷いた。彼はあからさま怒っているのに気づいていたようだが、そこはいたずら心が働いたのか、嘲笑うかのような妖艶な笑顔であった。

「す、すまん、つい夢中になっちまって。」

 半笑いで、これだけ言った。

謝ってくれたことはいいが、それ以上にこの人を紹介するということはなかったのだろうか。私が知っているのはゲーシュさんという名前と、村生まれということだけである。もっと彼との関係性も知りたいものである。

 なんだかイライラする。これは嫉妬なのだろうが。このまま勝手に一人で無言で怒っていても何も伝わらず、怒っているという事実がただ彼に突き付けられるだけか。

「ん、まぁ大丈夫よ。その代わり、家帰ったらなんか奢って。」

「はい……」

 それでも紹介をしない私はため息を吐いた。

この件は一旦落着ということにしておこう。家に帰るまで何回もいじってやる。

 彼はまだ耳を畳んで申し訳なさそうにしている。さすがに妬みを表に出しすぎてしまったか、とこちらが加害したような気持になってしまった。

 私は彼に近づいて、馬車に乗った時の位置に、無理やり割り込むように座った。薄いシートに軽くよりかかり、彼の下を向いていた顔を覗き込む。

「こっちもごめんね。ちょっと怒りすぎた。」

彼は無言でうなづき、顔を上げた。やっと安心していつも通りの笑顔が戻ってきたようだった。

「まぁまぁ、夫婦というのはこんなに甘酸っぱいものなんですね?」

振り返ると、私たちの方をニヤケ笑いで楽しそうに見てきた。

からかっているときの彼と顔がよく似ている。と感じて、とっさに声が出てしまう。

「なわけないでしょ」

「なわけないだろ」

「……あら?」

 彼と言葉がかぶってしまい、少し照れ臭くなってしまう。

 ゲーシュさんは二人から反応が来るとは思わず、困惑をしてお互いを交互に見ては愛想笑いをした。それが私たちの笑いを誘って、思わず吹き出してしまった。寝ている人がいるにも関わらず、大声を出して笑ってしまった。失礼とは思い抑えようともするが、ながらもその笑いは止まらず、おなかを抑えて二人で笑いあった。

「……まぁいっか!」

「ですね」

 ゲーシュさんも明るくなった私たちをみて一緒に笑った。

 風が少し暖かく感じた。さて、帰ったら私は何をおねだりしようかな。


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